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28―黒いアレをアレする話だ―

まだ辺りが薄暗い、夜が明けて間もないころに銀二は宿の中庭で木の棒を一心に振っている。一応先を尖らせてそれっぽく見立てた木の槍(仮)だが、中々どうして習い始めて間もないというのに様にはなってきている。

アリエルから教わった型を一通りこなした後、今度はひどくゆっくり型をやり直す。踏み込みから腰の捻り、体幹の回旋を経て最後に腕を突き出す。開始から終了まで常に一定の速度でブレることなく行い残心の後に構えを解いて一つ頷く。


「ひとまずこんなもんか・・」


びっしょりとかいた汗を、近くに立てかけていた黒杖に引っ掛けたタオルで拭きながら呟けば、ふと視線を感じるが振り向いても誰もいない。


「――気のせいか?」


――


「それで、結局見ていた人物はいなかったと?」


陽も昇り通りに人が行き交い始めた頃合い、銀二達も道を歩きながら今朝あったことを話していた。


「ああ。ちょいちょい見られてる感じがしたんだがだーれもいなくてな」

「でもギンジさんが見つけられないってちょっと意外かも。なんでも見抜くって印象があったけど」

「見えれば見抜く。見えなきゃ意味がないってことなんだろ。まぁそこまで万能ってわけじゃないってこった」


あまり気にした様子もなく呟く銀二の姿にそんなものかと納得しながら歩くアリエル。二人を追いながら歩くライラは、時折チラリと周囲に視線だけ向ける。


「ちなみにギンジ殿、今尾行しているのは?」

「はっきりわかるよ。どーやら俺を見てたのは別口っぽいなぁ」


通りの露店を覗きながら、チラリとだけ衆人に紛れている獣人を見れば、確かに今朝感じた視線とはなんとなく違う気がする。そもそも彼らの焦点は自分ではなくライラあたりだと感じることもそれを助長する。


「・・今後ろにいるのは狸人って種族らしいが」

「りじん・・・?」

「タヌキ系の獣人ってことだろ。尻尾は縞々だし目元黒っぽいし言われてみれば確かにタヌキっぽいな」

「狸人か・・」

「どんな種族なんだ?」

「獣人の中ではそんなに力は強くないが・・・まぁ頭が回るタイプだな」

「商人とか政治家みたいなのが多そうだなぁ」

「そうだな。狸人の多くは商人が多いし政治家として大成して国政に携わる者も多かったはず。しかし・・狸人が火の一族を狙うモノか・・・?」

「どんな種族だって決して一枚岩で事にあたるってことはないだろ。なんとなく野心家っぽいイメージもあるし」


銀二の言葉にそういうモノかと頷くライラ。それはそれとして、と街の外周にほど近い場所まで来たところで煙突から煙を吐き出す建物が目に入ってくる。


「ここは鍛冶屋か。なにか必要なものでもあったのか?ギンジ殿」

「旅の途中で消耗したものを仕入れたりなー」


ガランコロンとドアベルを鳴らしながら入る銀二に続き、ライラ達も続いて入っていく。


「らっしゃい。・・この辺じゃ見ねぇ顔だな」

「冒険者でも旅人でも巡礼者でも好きなように呼んでくれ」


一行を出迎えたのは筋骨隆々の小柄なドワーフの男性だ。ドゥールで出会った鍛冶屋の親方、アレハンドロと同じように立派なヒゲを生やした男は銀二の言葉にそのヒゲをしごきながら頷く。


「巡礼者か。見たところ王国から来たんだろうが、珍しい事だ」

「その王国からの旅でちょいと解体用のナイフやらが消耗しちまってね。ちょいと見させてもらうよ」


銀二がそういいながら後ろを振り返れば、既にライラ達がナイフなどを見ている。ついでにアリエルは目をキラキラさせながら壁に掛かった大剣を見て回っていた。それに苦笑しながら視線を巡らせれば、店の奥から物音がしていることに気づく。


「ん・・・奥で鍛冶仕事してるのかい?」

「ああ、ほれ・・ちょうどこの時期は闘技大会で使う武器を作ってんだ」

「闘技大会の?自分の武器で戦うんじゃねぇのか」

「よっぽど変わった武器でもねぇなら大会側が提示した武器で戦うってのが通例だな。流石に殺しはご法度だからな、刃を潰したもんで戦うんだよ」

「ほぉー」

「んで国の審査を通った鍛冶屋が分担して必要な数を揃えるんだ。弟子共のいい練習になるからこっちも助かるぜ」


そう言いながらプカプカと暢気にパイプを吸い始めるドワーフの男。それに頷きながら、銀二も手に持った鉈を手に持ち重さを確かめる。


「ってことは結構忙しいか・・」

「なんだにーちゃん、鍛冶場になんか用でもあんのか?」

「用ってか、少し試したいことがあってね」


そういって銀二がアイテムバッグから取り出したのは、ドゥールでアレハンドロから貰った黒鉄の塊だ。それを見た親方のもじゃッとした眉毛がぴくっと動く。


「なんじゃい、黒鉄かい。そんな屑ッコロになんぞあんのかい」

「もし、コイツを打てる・・・って言ったら?」

「・・・なんやって?おまさんの言いゆーことは本当やか!?」


ガタンと座っていた椅子を倒しながら立ち上がる親方と、その気勢に思わず銀二も体を反らす。それを何事かとライラ達が振り返るが、相手が銀二だと分かれば商品に視線を戻す。中々銀二の扱いが分かってきた三人である。


「落ち着けって」

「落ち着け?落ち着ける訳ないろう!」


怒鳴りつけるドワーフの気勢と独特の方言に押されるが、まぁまぁと抑える様に両手を振る。その大声に鍛冶仕事で金属音が鳴り響く鍛冶場にいた弟子達も何事かと扉から顔を覗かせる。


「できる可能性があるって話だ。言ったろ?試したいことがあるって」

「む・・・むぅ・・・すまんな。興奮して故郷の訛りがでちまったな」

「ドワーフの訛りってあんな感じか・・・。ああ、いや気にすんな?」

「・・・もし、お前さんの言ってることが本当にできるなら、歴史が変わることになる。俺たち鍛冶に命を捧げたなんて言われるドワーフですら成し得なかったことだ」

「親方ぁ!なんぞあったんですかい?」

「えれぇ声がこっちまで聞こえてきましたぜ?

「おう、おめーら。仕事は終わったか?」

「あいあい、丁度さっき終わったとこでさぁ。これで延べ50本の直剣、揃いましたぜ」

「おう、ご苦労。んじゃ炉は空いてるな?」

「あい。まだ火は落ち切ってないですから、使えますぜ」

「おう・・んじゃ、にーちゃん着いてきな」

「ほいよ。それと・・・ライラ!ちょっと手伝ってくれ!」

「私か?」


呼ばれたライラは自分を指さしながらきょとんとした表情で問う。それに頷き返せば、渋々と言った風にアリエルたちにナイフ類を預けて銀二に続いていく。


「・・普通なら鍛冶場に女子は入れたくはねぇんだが、今日はそうも言ってられねぇな」

「そういうことで大目に見てくれ」


銀二の申し訳なさそうな顔に、しょうがないなとばかりに溜息一つ零すと頷いて中へと通す。店の奥の扉と、もう一つ頑丈な扉を開けると親方はそこで一礼する。


「これより鍛冶場に入りますは、鍛冶場長のアマンシオと巡礼者にございます。精霊様の火により無事鍛冶を行えること、畏み畏みお頼み申す」

「「――」」

「よし、ちゃっちゃと始めるぞ」

「・・おう。それじゃ、まずはこの黒鉄を炉で暖めよう」


そういって取り出していた黒鉄を親方に渡すと、スポンジの様に所々穴あきになったそれをハサミで持ち上げる(黒鉄は滅茶苦茶な重さなので文字通り両手で持ち上げる)と、熱された炉の中に突っ込む。


「このまま吹いちまっていいのか?」

「ああ、鉄とかと同じように熱してくれ」


銀二の言葉にフイゴを押し空気を流すことで答える。空気を送り込まれた炉は急激に温度を上昇させていく。しばらくその様子を眺めた後、普通の鉄であれば赤熱する温度を遥かに超えた時に銀二が静止の声をかける。


「上げてくれ!ライラ、アレに放電!」

「ああ。親方殿、金床の上に」

「おうよ!」

「ついでにこのハンマー使うぜー」


熱されてもその色を変えない黒鉄が金床に置かれると、金床の一部に水鉄の鞭を巻き付けたライラが放電する。青白いスパークが金床から黒鉄に流れたころ、銀二が傍に置いてあった槌を振り下ろす。


―ガン!ガン!


身体強化をふんだんに使った銀二の全力の振り下ろし。食い入るように見つめていた親方の目が、徐々に驚愕によって見開かれていく。


「黒鉄がつぶれた!?」

「・・・よおっし、ライラ。もういいぞ」

「・・ふぅ」


数度叩いた後に放電をやめさせて金床の上の黒鉄を見れば、スポンジの様に穴ぼこの石の様だった形がしっかりと潰れてプレート状になっていた。

ハサミで再度持ち上げて水に漬ければ大量の湯気を吐き出しながら急激に冷やされ、しばらくして引き上げて親方の目の前に差し出す。それを分厚くなった手でつかみ取れば、しげしげと見る角度を変えて黒鉄を観察する。


「こいつは驚いた・・・・まさか本当に黒鉄を打つとは・・・」

「炭鉱泣かせに鍛冶屋泣かせと異名の多い黒鉄がこうなるとは、私も驚いた」

「にーちゃん、こいつはどうやったんだ」

「まぁ・・簡単に言えば、雷様に頼るしかねぇかなぁ・・」

「雷様・・?そっちの嬢ちゃんがそうだっていうことか?」

「まぁ、そういうこった」


ハンマーを元の場所に戻しながらそう言えば親方は神妙な顔で頷き、ヒゲをもじゃもじゃとしごく。


「アンタ、確か巡礼者って言ってたな」

「ああ。次は火の精霊様のとこに向かおうとね」

「となると・・鎮守の森の方か。よし、ちょいと店の中で待ってろ」

「「?」」


ズンズンと更に奥に入っていった親方を見送りながら、その後顔を見合わせた二人は首を傾げながら店内へと戻っていく。


「あ、ギンジさんお帰りー」

「おう・・・ってかお前さんは何やってんだ?」

「ん~?この店で一番重い剣を持たせてもらってるんだよ」


店内のちょっと広いスペースで剣を持ち上げ軽く素振りをするアリエルと、ちょっと離れたところでニコニコとその様子を見ているクラリッサ。そして二人に見惚れているのか呆けた様子で二人を見てる弟子二人。顎髭をさすりながら状況把握に努めるが、そのうち諦めてクラリッサに視線を向ける。


「んで、ナイフとかは買えたのか?」

「はいー問題なく購入しました~。旦那様も恙なく?」

「ああ。んで、なんか親方さんにちょっと待ってろって言われたからな。ちょいと待たせてもらおう」

「はい、かしこまりましたぁ」


二人の会話を聞き耳立てていた弟子1がなにやら膝から崩れ落ちるが、二人は気にせずに会話を続ける。


「そういや、お前さんの鎌っていつもどうしてんだ?」

「うふふ、ちゃんと仕舞ってありますよぉ」


トントンとつま先で自分の影を叩けば、納得したように銀二が頷く。そうこうしていると、店の奥から親方が再び姿を現す。


「おう、待たせたな。にーちゃん、これ持ってきな」

「ん、手紙か?」

「ああ。もし他の街でもさっきみたいなことやるんだったら鍛冶場がいるだろう?そいつを持ってドワーフがやってる鍛冶屋に行けば貸してもらえるように書いておいた」

「親方の紹介状!?お客さん一体何もんだ!?」

「しがない巡礼者だよ。紹介状か、ありがたく貰っておくよ」

「ああ。・・・俺らドワーフも頑固者が多い。俺だってさっきのを見ていなければアレをしたなんて信じられんよ。できれば多くのドワーフに見せてやってほしい」

「確約はできんが、まぁ寄ることがあれば顔を出すさ」


それでいいと頷く親方に銀二も頷き握手を交わす。


「闘技大会が近いせいか、商人達も商機とばかりに動き回ってる。そのせいで盗賊が少し活発になっているってのを聞くようになった。道中気を付けてな」

「ああ、忠告痛み入る。協力、ありがとうな」


その様子に小難しい話は終わったのかとばかりに、大剣を元の場所に軽々と戻したアリエルがちょこちょこと近づいてくる。犬の様なその姿に苦笑しながら髪をくしゃりと撫でてやればえへへとはにかむ。ついでに弟子2が膝から崩れ落ちたのだった。

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