27―ライラはアマゾネス出身だった疑惑―
「誰かに尾行されてる?」
宿の部屋で備え付けの椅子に座りながら読書をする銀二に、いつもの三人娘たちが神妙な顔で頷く。それにふぅむと声を零し、いつもの様に―今日は外に出る予定はなかったのでいつも以上に髭が伸びてる―顎髭をジョリジョリとさすりながら思案に耽る。
「単純にお前さんらが美人ぞろいだからお近づきになりたい野郎共がいるってわけじゃないのか?」
「というにはぁ欲にまみれた様な感じではないですし、どちらかというと犯罪者を追う官憲のような冷静さと言いますか・・・」
「動きも洗練されてるし、なにより連絡員の様な人とやり取りをして情報をどっかに持ってってるみたい」
「っていってもなぁ?俺らがこの街に入ったのは昨日だし、昨日なんて冒険者ギルドでやり取りして飯食って寝たくらいだろ?なんか御法に触れる様なことはしてないはずだよなぁ」
呼んでいた本に栞を挟んでから閉じてテーブルに置いた銀二は、懐からタバコを取り出していつもの様に火を着け、目で三人に座る様に促すと三人も椅子に座り始める。
「まず俺はこの国に来ることすら初めて、アリエルも同様。クラリッサは?」
「私は国には入ってはいますけど表立って何かしたわけではありませんわぁ」
「裏では何かしてるって言ってるようなもんだが・・まぁそれはいいとして、ライラは?」
「法に触れる真似をした覚えはない」
「だが、思い当たる節はあるって顔してるぜ?」
「(ライラさんも大概表情動かない気がするけどなぁ)」
「(私のところの族長様ほどではないにしろ、ライラちゃんもあまり表情動いてない気がしますわぁ)」
「・・?なんだ、二人して私の顔を見て。なにか着いてるか?」
アリエルとクラリッサの考えていることが何となく読めた銀二は、苦笑と共にテーブルに肘を乗せて頬杖をつき、煙を吐いてライラに話を促す。
「思い当たることと言えば、私の一族にまつわることだろうか」
「ライラの一族ってーと火の一族ってことか」
「ああ。我が一族はその性質上、この国にとっても最重要であるといっても過言ではないだろう。それは単純に火の精霊様から授かる戦闘能力が高いこともあるのだが、それ以上にこの国の成り立ちにも深くかかわった経緯があるからだ」
「この国の成り立ちね。どっかで聞いたような話がここでもあるのか・・」
そういって銀二が見た先にはポットから紅茶をカップに注ぐアリエルの姿。それに「ん?」というふうに顔を傾けるが、なんでもないとばかりに手を振る銀二。
「この世界、この大陸においては精霊と人々の営みは切っては切れない。故に国の興亡にも精霊は深く関わっているということだ」
「どの種族の方も、基本的にはなにかしらの精霊様を信仰しているのはそういった背景があるからですねぇ。旦那様の故郷の様に、存在を感じることすらできないモノを信仰してるわけではないということですねぇ」
「グラナドス首長国連邦、というようにこの国は元々各獣人の種族たちの長が周辺諸国に負けぬ様にと団結した歴史がある。統率のとれた狼人、気ままだが狩りの上手い猫人、智慧者が多い狐人に力自慢の猪人や熊人。その他にも様々いる多種多様な我ら獣人は、元は縄張りを争うような関係だったと聞くがいつの時代だったかにその多様性を争わせるのではなく、共存させる道を選ぶことができた」
「・・・けどよ、今縄張りを争ってたって言うことは、住める場所が少ないからそうなってたんじゃねぇの?」
「そうだ。この国・・・今いるこの街周辺は荒野であることが多いが、もうちょっと中央部や北部に行くと景色が一変する。緑に囲まれた場所になっていくのだが・・」
「北部・・・帝国の南部とほど近い場所は確かふかぁい森でしたねぇ?」
「そうだ。そしてその森の一部に鎮守の森と呼ぶ場所がある。・・・今もなお、私の一族がそのほど近くで暮らしている」
「鎮守の森・・・ね。ちょいちょいその名称は耳にしてきたけど、具体的にはどんなとこなんだ?」
ふぅーと煙を吐きながらアリエルが差し出した灰皿にタバコの灰を落とす銀二。相変わらず細かいことに気が回る娘である。
「鎮守の森は・・・そうだな、言ってしまえば樹木系の魔物が跋扈する魔の森・・と言えばいいか」
「・・・名称とは真逆のイメージが飛び込んできたんだが」
「樹木の魔物を鎮め、国を守る最前線の森。略して鎮守の森だ」
「えぇ・・・普通、こう・・・神社とか神殿とかをさ、こう・・・取り囲むように整備した森とかを鎮守の森って言うんじゃねぇの・・?」
「そうか?ふむ・・・いや、でも確か森の中には火の精霊様の社があったはずだな。族長やその跡継ぎくらいしか立ち入ることは許されていないから見たことはないが」
「あーもう、ゼッタイ神秘的で静かな森じゃないってことははっきりとわかるなー・・・」
「基本的に、気勢を上げる叫び声が響き渡る森だ」
「今までの中で一番の戦闘狂じゃねぇかよーまじかよー」
ゴツンと額をテーブルにぶつける銀二に、その衝撃で紅茶を零さないようにカップソーサーごと持ち上げて避難させるアリエルとクラリッサ。駄々っ子の様にグリグリ頭を振る銀二の様子にクスクスと苦笑の声が漏れる。ある程度そうした後、ピタリと止まってグルリと顔を起こしてライラに視線を向ける。
「・・・それで?」
「ああ、話を戻すぞ。それで・・そう、多種族が団結して国とするために必要な国土が足りなかったわけだ。足りなかったのは現在鎮守の森にまで抑え込んだ樹木の魔物が、当時には広く蔓延っていたからで」
「その魔物を退治して回って国土を広げていったのがお前さんの一族ってことか」
「そういうことだ。我ら獅子人の一族はその数の多さも獣人の中でも多いが、なにより火の精霊様と魔力同位体である族長を筆頭とした火の異能を操ることに長けた戦闘集団である。いわば、この国の象徴的な存在なわけだ」
「サ〇ヤ人か何かかよ・・・」
「本題はここからだ。その力の強さと数の多さ。それが国防ではなく国内に向けられれば、この国という獲物をとることすらできると言われている。だが、それをすることはない」
「もーそこまで揃ってるなら自分らの国にしちまえばいーんじゃねーの?」
「そうですねー。どこぞの王国と同じように、精霊様の加護を―なんていえば民衆は簡単についてきそうな感じですけども」
アリエルがそう言えばライラは神妙な顔をして頷く。それは獣人の単純さと王国という前例からくる説得力に同意するという意味合いだった。
「おそらく、やろうと思えばそういうこともできただろう。獣人は基本的に単純なものも多いし、火の精霊様への信仰はかなり根強い。しかし当時から続く代々の族長はそうしなかった」
「・・・単に、国なんか治めてたら暴れられなくなりそうとか思ってたんじゃねーの?」
「それは・・なくはない・・・と思う。しかしそれ以上に各種族の多様性をこそ重視したと伝えられている。その証拠に、当時からこの国は各種族の長とそれを補佐する者たちでの合議制をとっているし」
きょろきょろと視線を泳がしながら言うライラとそれと同調するようにフリフリする尻尾に一行は和みながら話を続ける。
「その一族の出身だっていうライラを知ってる奴がいて、それでなにかしようと企んでいるってことか?」
「可能性は・・ある。特に、一族の血を・・精霊様と同じ魔力を入れようとする者は昔からいたらしい」
「らしい・・・って他人事みたいに言うなぁ」
「一族の者は滅多なことではその里や森から出ないし、ましてや他の種族と結婚しようと考えるものは、いない。だから狙うものがいたとしても関係ないと突っぱねてきたわけだ」
「いない・・って、いやぁそれはわからんだろ?こう・・・なんかのきっかけでっていうのも」
「ギンジ殿・・・私達の一族は、少し女性が多いんだ。とはいっても極端に多いというわけではない」
「お、おう?」
「なおかつ、力の強さや狩りの上手さも女性の方が上であることが多い。というか唯一の例外を除き男は女に勝てない種族だ」
「な、なるほど?まぁライオンってそんな感じだよな」
「それを誇りに思っているし、そしてその強さをはるかに凌駕する族長という男には非常に強い尊敬と憧憬を向ける」
「ふんふん」
「そんな女達が、他の種族のひ弱な男に靡くとでも?熊人の全力の腕力ですら片手で捻りつぶすんだぞ?」
「「「・・・」」」
「族長の嫁は複数人いるとは言っても、それでも数は限られている。族長の妻になれないのなら、妥協してせめて同族の男、というのが一族の女たちの共通認識だ。まだ他の種族の男に比べて強いし」
少し遠い目をしながら話すライラの言葉に、三人は言葉を失う。それなんてアマゾネス?
「私は火の精霊様の力を得られなかった分そこまで力が強いわけではないが・・・族長の・・父上のすごさは身近で感じていたからな・・」
「(っていう割にギンジさんに惹かれちゃってるのが(尻尾で)わかるんだけど・・・)」
「(お父さんに匹敵する力とか持っちゃってる化け物級の旦那様には懐いちゃったわけですねぇ)」
「だから二人はどうして私の顔を見る。・・まぁ、そんなわけで万が一求婚されても力づくで捻じ伏せてきた歴史があってな・・。またどこかの種族がやらかそうとしてるとしか・・」
「なるほどねぇ・・・」
話を終えたライラにアリエルが紅茶を差し出すのを横目で見ながら、彼女らに煙がいかないように横を向いた煙を吐く銀二。
「多分、昨日の門番とか冒険者にお前さんを知ってる奴がいたんだろうさ。・・こういっちゃなんだが、お前さんは多分一族でも変わり種だったんだろ?」
「そう・・だな。父上と共に近くの街に行った折、異能を継げなかった私を灰の女と言ったものもいるし、外見などを知っているものはそれなりにいるとは思う」
「えー、なにそれひどいなー!」
「安心しろ、言った本人は直後に父上にぶちのめされたからな」
ふふん、と珍しく得意げな顔をするライラに全員が苦笑する。存外彼女もファザコン気質だったらしい。
「今まで喉から手が出るほど欲しがっていながら誰もがこの血を迎え入れることができなかったのは、私の一族の強い結束があるからだ。もし一族の誰かに何かがあれば、一族が報復にむかうだろう」
「何をしたって訳じゃないが、その一族に会うのが滅茶苦茶怖いんだが」
「大丈夫だ。こと争いごとには熾烈な面を見せるが、日常では穏やかな気性のものが多い。ましてやギンジ殿は一族の宝を取り返してくれた恩人。手荒な真似をする者はいないだろう」
「(でも娘の心が旦那様に向いてると知ったらどうなっちゃうんでしょうねぇ)」
「・・・今なんか背筋にヒヤッと来るものが」
苦い顔で体をぶるっと震わせた銀二は、タバコの火を消しながら気を取り直して話を戻す。
「まぁ、手を出してくるってんなら迎え撃つ。とはいえ、強い一族ってのは向こうは百も承知だろう。もし本当に手を出すなら、どんな手段ですら使うことだって考えられる。ライラはなるべく一人で出歩かないように。お前さんらもできるだけライラと一緒にいてやれ」
「えー、ギンジさんそこは「どんな奴が来ても俺が守ってやる!」ぐらい言ってあげなよー。乙女心にキュンキュンきちゃうよー」
「んぐっ!?」
「んなの俺のキャラじゃねぇだろ」
「むしろ、ライラちゃんを手に入れようとする殿方の目の前で、熱い接吻を見せつけるほうが・・・」
「げほっげほっ!」
「んなもん人に見せつけるもんじゃねぇし、その後ライラの父親に地面とキスさせられるわけだな。おっさん簡単に想像できたわ。・・・ライラ、大丈夫かぁ?」
「あれライラさん大丈夫~?」
「あらあら、慌てて飲むと危ないわよぉ?」
「・・・・・ぜ、全員そこに直れぇ!!」
―ギャー
10分後駆けつけた宿の店主にしこたま怒られる一行であった。




