22―見え過ぎることは時に危険である(超ダッシュ)―
執務室へ報告に行った帰り、パタンと閉まった扉と反対に、銀二は首元までしっかり閉めていたシャツのボタンを外して上着を脱ぐ。銀二達は旅人用の宿舎ではなく、アリエン達から使ってほしいと借りた隊舎の一室―恐らく上位の者用の少し豪華な部屋―で一晩過ごしていた。
銀二が脱いだ上着をそのまま預かりハンガーを着けて壁に掛けるクラリッサは、ニコニコとしながら銀二へと問いかける。
「旦那様はすごいですねぇ」
「ん~?あ、上着すまんな。んで、なにがすごいって?」
「いえいえ~。アレだけ人数のいた食堂でよく見極められたと思いましてぇ」
「あー・・・まぁなんて言えばいいかねぇ」
借りていた隊士服を脱ぎいつものローブ姿へと戻る銀二は、流れる様にサイドテーブルに置いていたタバコを一本咥え、横からにゅっと伸びてきた手・・その指先の間に流れる電気で火を着ける。
「なんだなんだ、至れり尽くせりだな」
「いつも一緒にいるとギンジ殿の行動が読めるようになってきたからな。ふむ、本当に電気で火が付くのだな・・・」
感心したようにふむふむ頷き、人差し指と親指の間でパリパリと電気を流すライラ。身体強化の延長線上でしか使ってなかった雷の異能だが、旅の合間合間に銀二の入れ知恵や暇つぶしを兼ねた練習、クラリッサの鎮圧()と使ううちに細かい制御も慣れてきたようだ。
スパーと煙を吐き出しながら顎に手を当てて思案に耽る銀二。それを邪魔するでもなく備え付けの小さな台所でお茶を淹れるクラリッサとライラ。
「・・・お前さんらすっかり仲良しだな」
「ウフフ、共通の話題で盛り上がれますからぁ」
「まあその、クラリッサは知識が豊富で話していて楽しいというか・・」
淹れた茶を持ってテーブルに着けば、銀二も相伴にあずかり一口飲めばウンウンと頷く。
「あー美味い茶に美味いタバコ・・頭脳労働の後には効くわぁ」
「うふふふ、お褒めにあずかり光栄ですわぁ」
「ふぃー・・・と落ち着きながらちょと俺のことを話しておきますか」
長い付き合いになりそうだしなぁと呟きながら、対面に座る美女たちに視線を向ける。
「まず俺はこの世界の生まれじゃないってのは話したよな?」
「ええ、馬車に揺られながらお話して頂いきましたわねぇ」
「まぁ王国の王族が何かの目的のために呼び出した奴のおまけと言うか巻き込まれただけなんだが・・それはまぁいいとして、俺がいた世界には魔力や魔法は御伽噺でしか存在しない。このままじゃこっちの世界で生きるには強いハンデになるってんで、見かねた大地の精霊神から魔力を貰ったわけだ」
「それがどういうわけか、小源ではなく大源だったわけだな」
「ああ。んで、その際魔力以外に貰ったもんが一つある」
灰皿にトントンと煙草の灰を落とし、煙は二人に向かわないように横向いて吐く。
「時に二人は、あのアリエンっていう若者をどう思う?」
「アリエン殿か?ふむ、まぁ・・・気配りが上手く、頭の回転も速い好青年というくらいか」
「そうですねぇ、体の軸もぶれないので中々腕も立つ殿方かと」
「ま、普通はそうだよな・・・俺の見解とは、違うけどなぁ」
頭の後ろで手を組み、天井を仰ぐ様に背凭れに身を預けながら銀二が言えば、二人は首を傾げながら先を促す。
「名を偽り、出自を偽り、そして性別すら偽る。まぁそれも必要に迫られてのことだと思えば仕方が無いんだろうが」
「ん・・?いや待てギンジ殿、それではアリエン殿は」
「女性、ということですか?」
「アリエル・フェルメール、女性、20歳」
「フェルメール・・・!?」
「祖父は2代前の、簒奪された王。つまり、アリエンまたはアリエルは王族直系の孫娘ってわけだ」
口に咥えたタバコを揺らしながら告げれば、爆弾級の情報に言葉を失う二人。
「中々ここの王国は業が深いねぇ。現王の親である先代の王は、先々代の実の弟。兄を殺し王位を簒奪した先代はそのまま即位、以後数十年在位し後に病没。現王へ王位を継がせたというわけだ。そして数十年前のクーデターの最中、腕利きの近衛騎士に連れられ王城を脱出したのが、アリエルの親というわけだ」
「そんな情報をどうやって・・・」
「見ればわかる。・・・精霊神に貰った力は、つまりはそういうものってわけだ」
ふー・・・と煙を吐き出し、タバコを灰皿へ押し付けて火を消す。
「観察眼や洞察力を向上・発展させて看破ってスキルにしたというかさせられたというか。人に対しては氏名性別年齢出自に趣味特技から病気の有無にその病巣まで。物にも痕跡探しに探し物に大活躍ってわけだ」
「それは・・・また・・反則の様な力だな・・・」
「まぁ発動にはちょっとした条件があると言えばあるが・・あまり気にせずにいても発動するし、制約にはならんかな」
ティーカップを傾けて喉を湿らせ、「だから――」と話を続ける。
「本当は今回みたいに回りくどい事をせずとも、ぶっちゃけギュスターヴという男を見れば大まかな概要はわかったわけだ」
「ではそれをアリエン殿・・・またはヴィクトル隊長に伝えればよいではないか」
「そうか?なぁクラリッサ、隠しごとをしてる連中に向かって、俺に隠し事はできませんってのは、どう思う?」
「――怖いでしょうね。ただでさえ旦那様はこの周辺に暮らす人々とは違った民族の様ですし、得体の知れない方に見抜かれているとわかれば」
「王族に連なるものでしたーなんて厄ダネを抱えてる以上、口封じをしたっておかしくはない」
「うっ・・・」
「自分の診た患者が死ぬのは嫌だが、自分の生命線をさらすような真似をしてまで助けてやれるほど俺は聖人君子って訳じゃない。元を正せばこの騒動も俺らには全く関係が無かったわけだしな」
そういって席を立ちあがりフードを被り黒杖を持つ。
「さて、俺はこれから散歩がてら隊長さんのとこに顔出してくるが、まぁ二人はここにいな」
「お供しなくてもよいのですか?」
「んー、まぁ一人で歩いてるほうが接触しやすいだろ。それより、お前さんらは一緒にいろよ?」
「ああ、わかった。まぁギンジ殿なら大丈夫か」
「おう、じゃあ行ってくるわ」
「あ、旦那様?先程氏名年齢がわかると仰いましたが、もしや私の――」
「戸締りはしっかりな!」
ぴゅーっと出ていった銀二を見送りながら、苦笑いをするライラとうふふふと妙な迫力がするクラリッサなのであった。
――
部屋をすたこらさっさと出た銀二は直ぐにヴィクトルの部屋に行く前に、言葉通り散歩がてら隊舎から出て露店を開いた行商へと近づいていく。
「おやいらっしゃい。珍しいねぇ、精霊教会の人を見るのは」
「まぁ最近は巡礼者もいないって聞くしなぁ・・ちょいと品を見せてもらうぜ」
「ええ、ええ。見るだけならタダですのでいくらでも」
「んーー、結構嗜好品とかが多いのか」
「ええ、酒は食堂に卸していますがタバコなどは手に入れづらいですからな、ここは」
「僻地だものなぁ・・ここにいる連中も大変だな」
「しかしここには音に聞こえた剣士ヴィクトルが率いていますからな。憧れて志願してきた、なんていうのはいくらでもいますぞ」
王国産のタバコかーと呟きながら商品棚に戻し、ドライフルーツが詰まった瓶を手に取る。
「お客さん、今朝から噂になってる治癒師さん?」
「ん?どういう噂かは知らんが治癒師ではあるな」
「おお、っていうことは・・・ヴィクトル隊長の具合はどうなんだい?」
「結構傷が深かったからなぁ・・治療はしてるがまだまだ予断は許さない状態だな。これ、もらうよ」
「へい毎度。そうか・・・しかしアンタも大変だなぁ。巡礼の旅の途中だろうに」
「もう慣れたさ。あれだ、カミサマも急がねぇでゆっくり来いって言ってるんだろ」
「ほい、これオマケだ。隊長殿がなんか食えるなら食わしてやってくんな」
「ああ。アンタもしばらくはここに?」
「ええ、予定では2週間ほどは」
「そうかい。それじゃまた寄らせてもらうさ」
紙袋にドライフルーツの瓶を多めにいれてもらい片手を挙げて去る銀二に、店主の男もにこやかに頭を下げる。
暫くすると休憩に入った隊士達が数人ぞろりぞろりと顔を出し始める。
「ああ、いらっしゃい」
「――タバコを貰えるか」
その中には今朝銀二が見ていたギュスターヴの姿もあった。彼は買ったタバコをその場で一本吸い始め、他の隊士が品物を見ている姿をぼんやりと眺めながら店主に話し始める。
「相変わらず盛況のようだな」
「ええ、おかげさまで」
「アンタが来なきゃ俺らもタバコにありつけんからな・・・。そういえば、先頃精霊教会の者がいたようだが」
「ええ、隊長殿の治療をしたのだとか」
「そうか・・・。詳しい話は俺らも知らなくてな、隊長の容態で何か言っていたか?」
「まだ予断は許さぬと言ってましたよ。回復して下さることを祈るばかりですなぁ」
「そうだな――。アンタが売るタバコを一番買うのがあの人だろうからな」
「はっはっは!そうですな、早く良くなってまた買ってもらいませんと商売あがったりです」
そんな二人の様子を隊舎の影から身体強化で視力聴力を強化した銀二が窺っていた。話を聞き終えると、ヤレヤレと呟きながら裏手の井戸まで歩き、周囲をぐるりと見渡す。
「(隊舎からここを直接見れるような窓はないし、ある程度身体強化なりすればそこの塀は乗り越えられそうだ。襲撃するにはうってつけってわけか)」
銀二の見ている風景には、まるで幽霊の様にぼんやりとヴィクトルと暗殺者であろう不審な男が争っている様子が浮かび上がる。背を斬られながらも何とかといった風に決定的な致命傷は避ける様子は流石といえるが、それでも傷の深さはあるのかどこか動きはぎこちなく、段々とその身に傷が刻まれていく。
「(背中の傷と・・あとは顔を斬られて片眼が塞がったのがでかいか)」
なんとか攻撃を見切るものの、片目では距離感が狂うのか避け切れないようであった。そうしている間に、アリエンを始め数人の隊士が駆けつけ暗殺者の攻撃を弾くと、多勢に無勢と言ったように周囲を見渡し、素早く転身すると塀を乗り越え逃亡していった。
「(追手は出したようだが収穫はない。身のこなしが良いみたいだし、あっという間に逃げたんだろう)」
一度目を閉じ、再度開けば先程まで見えていた幻影は掻き消えていた。確認を終えるとトコトコと隊舎へと入り、ヴィクトルの部屋へと向かうのであった。
――
一方、銀二が出ていった後の部屋でライラとクラリッサはそのままお茶をしながら会話を続けていた。
「しかし年々王国は良い噂を聞かなくなってくるな・・」
「先王の頃は賛否はあれど、その行動力や発言力など率いる力は強かったと記憶してます。しかし今のダミアン・フェルメール王はなんといいますかぁ・・・」
「・・・お世辞にも賢王とは言えないだろう」
「簡単に言えば暗愚ですからぁ」
両手でカップを包むようにしてお茶を飲むクラリッサは、ほうっとため息を吐きながら毒も吐く。
「獣人やエルフ・ドワーフと言った人種を蔑視し人族至上主義をあそこまで掲げるのはどうかと思うがな」
「今この国にいる獣人たちはそのほとんどが冒険者ですからねぇ。あとは精々ドワーフが鍛冶屋に少しいる程度でしょうか」
「何度かドゥール以外で活動したことがあるが、王都に近づくほど獣人には活動しづらくなったものだ」
「私達ダークエルフはもっとひどいですからねぇ。聖光教会がどんどんその発言力を強めているせいで迫害を受けるようになっていきましたし」
「・・・貴族たちもひどい状況と聞くしな」
「そうですねぇ~。先代の王をよく簒奪王と言いますが、簒奪王に賛同した貴族たちが王都周辺に領を置き、先々代の王を支持していた貴族たちを僻地に封じたのは割と有名な話です。しかしその殆どが代替わりを果たして、現王に尻尾をふるようになったと」
「・・・アリエン殿、いや・・アリエル殿の親御はどうなったのだろうな」
「さぁ~。しかし王位の正当性を訴えた人物の話は聞きませんし、おそらくは貴族たちの協力が得られず動くに動けないままだったのでしょう。現王とて、暗愚ではありますがそれでも反抗の芽ありとなれば踏みつぶすような男ですからぁ」
「・・・せめて身を隠し名を隠すことで守ろうとしたのだな、彼女を」
「そして今回の事件は恐らく彼女を利用しようとしたのでしょうねぇ」
ポットからお代わりを注ぎながらクラリッサが言えば、ライラも腕を組み頷く。
「しかしそれならばなぜ隊長殿が狙われたのだ?」
「先程旦那様のお話にチラッとでましたけど、逃げるときに一緒だった近衛騎士の子が隊長さんなのだと思います。恐らくアリエルさんの師となったのか親代わりなのかはわかりませんが、近くにいて守る彼が犯人には邪魔だったのでしょう」
「一連の全容はこんなところか・・・この後は一体どうなる事やら」
「旦那様もなにか考えがあるようですし、私達は邪魔しないようにしましょうねぇ」
クラリッサの言葉に頷き茶を飲むライラである。
「でもあとで旦那様には私のことどこまで知ったのか聞かなければいけませんねぇ・・・うふふふ」
クラリッサの呟きは聞こえなかったというスタンスを貫くライラである。




