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21―東銀二の数ある特技、周りの風景に紛れる!え?ただ単に存在感薄いだけ?―

グラナドス首長国連邦との国境に位置する霊峰山脈、その山岳要塞を守護する山岳警備隊の一員であるギュスターヴはその武骨な顔を僅かに歪ませ、焦りを表情に滲ませる。

昨日の日没直前に訪れたという精霊教会の治癒師が、あれほど苦労して瀕死に追い込んだ隊長の治癒にあたり回復の傾向を見せているという情報が隊舎内でまことしやかに伝搬しているのだ。ガヤガヤとざわつく隊舎の食堂で、いつもの朝食を食べながら情報の精査を行う。


「昨日の行商でいいモノが――」

違う。


「聞いてくれよ、またご禁制のクスリを荷台の底に隠してるのが――」

違う。


「聞いたか?昨日精霊教会の神父様が隊長の治療に来てくれたって話」

「ああ。ほら、昨日門の当番だったウィルの奴が言うには、助手二人を連れた神父様が治療に来てくれたとか」

「そうそう。ただやっぱり傷が深かったのかまだまだ予断を許さないってよ」

――これだ。


スープを口元に運んでいたスプーンが一瞬ピタリと止まるが、何事もなかったかの様に食事を再開する。そうでなくては。そうでなくては暗殺者アサシンと手を組んでまで陥れた甲斐が無いというモノ。

今やこの王国は至る所で腐敗が蔓延している。賄賂は当たり前に行われ貴族たちは不正に民たちから税を巻き上げ私腹を肥やす。刺激を求める貴族婦人共は禁制のクスリに手出す始末。変えねばならぬと思い立った折に、とある情報筋から手に入れた情報。『アレ』さえ手に入れば、この国を変えることさえ夢ではない。


「(そのために隊長は・・・あの男は邪魔だった。だが・・)」


そう、唯一の障害はこの山岳警備隊を指揮する隊長だった。だがその唯一の障害はしかして最大の障害でもある。自身も中々の肉体であると自負があるが、あの隊長は別格だった。かつて霊峰樹海で一大勢力を誇っていた山賊団を自身が先陣を切って壊滅する事に成功し、強剛ぞろいの王都近衛騎士団をして敵わないと言わしめた王国最強の剣士。


――剣士ヴィクトル

この名はこの大陸で知らぬものはいないとさえ言われる、生きた伝説。齢50を超えてなお意気軒昂、衰えを知らぬ肉体と年月を重ねるごとに強く鋭くなるその剣は、オーガキングですらただの一刀で両断すると言われている。


そんな化け物に正面から向かうのはただの自殺に過ぎない。だから調べた。日々の行動を、その思考を。そしてそれをリークすることで暗殺者に不意を打たせた。殺すことはできなかったが、強力な出血毒を縫った仕込み刀で瀕死にすることはできた。並大抵の治癒師では回復すら困難な傷の筈だったが・・・。


「(治癒師が来た、という話を聞いた時には驚いたものだがそれでも快癒はできなかったと見える。この隙に忍び込んで暗殺できればいいのだが、あの一件以来警備は厳戒になってしまった)」


口惜しいとばかりに口を真一文字に結び、食べ終わった食器をカウンターに返却すると何食わぬ顔で食堂を出る。だが彼は気づいていなかった。


――警備隊の隊士服を着た、珍しい浅黒い肌の男がいることも、その男が自身を見ていたことにも。


―――

――


時は遡り、隊長の治療を終えた直後に戻る。

ジジっとタバコの先端が音を立てて燃えていく。紫煙を揺らめかせるローブ姿の男の話に、部屋の中の男たちは顔を曇らせる。


「内通者を炙り出す、か」

「実行犯の暗殺者はおそらくもうここにはいないだろう。下手すれば自身の顔すら見られた可能性や、ましてやアンタに気配を覚えられた可能性だってある。だろ?」

「ああ、あの暗殺者ならば二度と不意を突かせることはない」

「そのアンタにここまで深手を負わせるんだ、暗殺者だって馬鹿じゃないし腕も立つだろうから、引き際も心得てるはず。じゃなければ寝込んだアンタに追撃があってもおかしくはないかったはずだからな」

「確かに。アリエン達の協力で警戒を強めてもらったお陰もあって、あれ以来襲われることはなかった」


携帯灰皿にポンポンと煙草の灰を落とし、窓の外を見ながら再度口にくわえる。視線の先は、自分たちが通ってきた王国側へと続く山道だ。


「目下、最大の危険である暗殺者はいない。となれば次はその暗殺者に情報を流した奴を探さないと、いつまた命を狙われてもおかしくはない」


だろ?と問いかける銀二に苦い顔をしながら隊長―ヴィクトル―が頷く。深く刻まれた皺をさらに深めながら唸れば、その横で聞いていたアリエンも深刻な表情で俯く。


「問題は一体だれが・・というところなんだが・・・心当たりは?」

「心当たり、か。どうだろうな、王国の貴族共には恨みや妬みなど買いすぎて売り払いたいほどだが・・」

「なんだ、アンタもやんちゃした口かい」

「御前試合や武術大会で、貴族がパトロンについていた騎士団を軒並み倒して回ったからな。面目丸つぶれ、というところだろう」

「後は・・貴族たちへ遠回しな嫌がらせなんかもしてますからね・・」

「嫌がらせ・・?」


しみじみと呟くヴィクトルと続いて苦笑しながら話し始めるアリエンに銀二は不思議そうな表情で問いただす。


「賊に扮した隊士を樹海に潜ませ、特定の貴族と関係の深い商人たちを襲撃して荷が届かないようにしているんだ」

「それはまた・・荒くれ共が多いって噂はそのあたりから流れてるのかね」

「あはは・・荒くれなのは元からだよ。貴方に丁寧な対応をしたのは、精霊教会の方で隊長の治療をしてほしいからだから」

「ふーん・・しかし商人を襲うってのは穏やかじゃねぇな」

「元より禁制の薬物や違法な代物を扱うような犯罪者だ。そこに慈悲はない」

「まぁ、アンタらが貴族に恨みを買ってるってのはわかったが・・・。問題は内部の人間だろ」


ふぅーと煙を吐き出して根元まで燃えたタバコを携帯灰皿にねじ込む。そこで脇に控えていた一人の兵士が顎に手を当てて思案に耽るのを目にする。


「そっちアンタはなんか心当たりは?」

「私でありますか?・・何分、ここの隊士達はその出自は皆バラバラ。騎士団で問題を起こし追われたものや、貴族の反感を買い左遷させられたもの、ヴィクトル隊長に憧れて志願したものなど様々。中には貴族出身の者もいたはずだと思いまして・・・」

「その辺の管理は?」

「俺や一部の幹部ならば把握している・・・が」

「該当者は思いの外多そうだな。となれば炙り出していくしかないなぁ」


顎髭をさすりながら思案する銀二に、アリエンは訝し気に眉を顰める。


「炙り出すなんて・・どうやって?」

「計画を立てた奴はきっと今頃焦っていることだろうさ。ライラ、なんでかわかるか?」

「うむ?ああ、この部屋に来るまでに何人もの兵士にギンジ殿の姿は見られている。つまり、そちらの隊長殿の治療が行われ回復してしまうのでは?と焦るという事ではないか?」

「そう。せっかく苦労して隊長さんの情報を集め、安くはないだろう金額を払って暗殺者を雇ったのに、その苦労が水の泡になるところまで来てるわけだ」

「となると・・?」

「犯人は今頃情報が欲しいだろう。隊長の傷は?毒は?どの程度まで回復したのか。事と次第によっては自ら手を下さねばならないかもしれない。しかし下手に動けば疑われてしまうだろう」

「・・・・」

「となれば、自然と情報が入る場に出向くだろうな。例えば、ある程度情報が落ち着く明朝。人が集まる・・例えば食堂のような場所は格好の場だろう」


新しく取り出したタバコに火を着けて告げれば、感心した様にヴィクトルは頷く。


「そこである程度の情報を流して様子を伺う、ということか」

「そういうことだ。まだ予断を許さない状況、あたりに情報を流せば直ぐに強硬手段に出ることはないだろう。されとてただ座して待つ、という状況でもないから何かしらの動きを見せる可能性はある」

「それであれば、こうして水を持って部屋に入った自分がある程度同僚たちと話せば」

「聞き耳を立てたりとか動きは見せるだろう。アンタ、予備の制服なんかあれば貸してくれ。俺も紛れて様子を伺おう」


銀二がそう言えば兵士も真剣な表情で頷く。血の付いた布を纏めて袋に詰めたライラや、のんびりと話の流れを見ていたクラリッサは少し意外そうに銀二を見る。


「意外だな、ギンジ殿はあまりこういう事には深入りしないと思っていたのだが」

「俺だって面倒事は嫌いだが――」


そこで言葉を区切り未だ体力の戻っていないヴィクトルや、そんな彼を心配そうに付き添うアリエンの姿を横目に煙を吐き出す。


「自分が診た患者が死ぬのを見るのはもっと嫌いだ。どのみち、その隊長さんがまだ治ってないって設定ならすぐにここを出発することもできないしな」

「――貴殿に感謝を。この恩はいずれ」

「んなこと考えるより、まずは自分の体の事に専念しな。それがなによりの報酬だ」


タバコを咥え顎髭をさすりながらいたずら小僧のように笑えば、厳しい表情だったヴィクトルやアリエンの表情が和らぐのだった。


――

―――


「ギュスターヴ?ああ、もちろん知ってますよ」


執務室で書類の決裁を行っているアリエンに、隊士服を着た銀二が報告に来ていた。それを物珍しそうにキャッキャと話し込むライラとクラリッサは無視しながら、いつも尻尾の様に結んでいた髪を下ろし、整髪剤で整えた髪を掻きながら銀二は懐からタバコを取り出そうとしてその動きを止める。


「あ、喫煙してもらって大丈夫ですよ。普段は隊長もパカパカ吸ってますから」

「おう、すまんね」

「いえ、こちらの問題を解決して頂いている状況ですから、ギンジさん達には不自由なく過ごして頂きたいですから」

「生真面目だねぇ・・・そこらへんは隊長さんに似てるな」

「そ、そうですか?」


銀二の言葉に少し照れたように頬を染めて、所在なさげに頭を掻く。その姿を見ながらタバコを咥え火を着ける。


「それにしても、若いのに副長とは恐れ入ったわ」

「ふふふ、みんな書類仕事が苦手で、面倒事をボクに押し付けているだけですよ」

「それだけじゃない気はするが・・まぁそこらへんはいいさ。それよりも、さっき言った男は?」

「ギュスターヴ・シェベク。年齢28歳、家名の通りシェベク家という貴族の家の出です」

「貴族?あのナリでか」


今朝見た角刈り頭の男を思い出し、脳内で隊士服から中世ヨーロッパ風な貴族の服(銀二のイメージ)を着せてみるが、違和感しか仕事をしない。アンドレと呼ぶよりオンドレとドスの利いた声のほうがイメージに合う。

そんな銀二の様子に考えていることが伝わったのか、苦笑しながら補足情報を出してくるアリエン。気配りと察する力は相当なもののようだ。


「王国南部の辺境伯と関係の深い家柄で、対蛮族との戦で名を馳せた武家です。確か元はその地方の任侠一家だったと聞いています」

「ほぉー。そんなとこの出なら、そのまま南部の軍隊にでもいりゃよかったのに・・・何でこんなとこに?」

「確かに義侠心の強い彼なら、国のためにと蛮族と戦うことに否はなかったのでしょうが・・・。問題はその実家にあったようですね」


一通り書類を書き終えたアリエンは自分で淹れた紅茶を飲みながら、脳内データベースからシェベク家の状況を思い出し、顔を顰める。


「先程話した通り、元は任侠の出ですから親と認めた辺境伯やひいては王国への忠義は強い方だったのですが、いつのころからか家は腐敗と衰退の一途を辿りここ2代ほどは落ち目であると」

「その家が嫌で出奔を・・?」

「そのようです。元々彼は次男ですから家も継げないですし、そのまま実家の領軍に入るか別の道に進むか選ぶしかなかったようですね。しかしそうですか・・・」

「決定的な証拠はなにもないんだ。迂闊に動くなよ?」

「ええ。こちらでもそれとなく調べを入れてみます。ギンジさんにもお手伝いして頂く事があるかと・・」

「乗り掛かった舟だ、顛末まで見させてもらうさ」

「―――ありがとうございます」


そういって頭を下げるアリエンに、気にするなと言いながら背を向けて部屋を出ようとする。ドアノブに触れたところで思い出したように顔だけ振り替えると、少し眠たげな垂れた目でアリエンを捉える。


「なにか思い当たる事でもあるんだろうが・・・あまり思い詰めないことだ。様子見がてら隊長さんにでも相談するといい」


銀二の言葉にキョトンとしたあと、苦笑しながらその金色の髪を掻く。そして苦笑しながら頷くアリエンに、銀二もニヤッと笑いながら今度こそドアを開けライラ達を連れて執務室を出ていく。


「なんだか不思議な人だ。まるで全部見透かしてるみたいだ・・・」


椅子に背中を預けてため息を吐いて数秒ボンヤリすると、銀二の言葉の通り隊長へ見舞に向かうアリエンであった。

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