20―銀だ二のおっさんの事件簿(おっとだれか来たようだ)―
クラリッサを新たに加えた銀二達一行は、それからは特別問題もなく―たまにクラリッサが発作の様にハァハァと荒い息をさせたがライラの電気ショックの練習台になったり銀二に濃いモノ(意味深)を撃ち込まれたりしたが問題はない―旅を再開させ、やがて雪と風によって防寒具がなければいられないほどの高度にまで達した。
一見いつものローブだが中に厚めの服を着こんだ銀二は、寒さに身を震わせながらそれでもタバコは吸いたいと馭者席に座っている。とはいっても本日手綱を握っているのはファー付きのモコモコしたローブを着こんだライラである。
「寒さよりもタバコを取るのはギンジ殿らしいな・・・」
半ば呆れた様に苦笑しながら銀二に言えば、んー?と手に持った本から目を離さずに答える。痛んだ表紙に日に焼けた紙面からそれなりに古い本であることが伺える一品は、ドゥールから出る際にヒルデから預かった本である。
「それは確かヒルデ君から預かった本だったな。一体何の本なんだ?」
「んー、簡単に言えば魔法の学術書・・みたいなもんか。俺の魔力やらってのは大分特殊だってのは知ってるつもりではいたんだが、この前クラリッサに指摘されてからちょいと気になってね」
チラリと幌の中を覗けば、銀二に目の保養もとい目の毒と言われたドレスの上から野暮ったい厚手のローブを着こんだクラリッサが揺れる馬車でも平気そうにスヤスヤと寝ている。
絶世の美女といっても過言ではないクラリッサも、寝ていればあどけない表情をするもんだと和みながら銀二が見れば、それを横から白い目で銀二を見るライラ。
「寝ている女性の顔をマジマジと見るものではないぞギンジ殿」
「おっとこりゃ失礼。普段はアレでも寝ていればまともだと思うとついな」
「まぁ・・確かにそれはそうなんだが・・・いや、でも発作さえ起きなければ中々の智慧者ではあるぞ」
「その発作が問題だっての・・・」
口から煙をモクモクと吐きながら呟けば、苦笑したようにライラも頷く。
「しかし、まさか治癒術も特殊な部類に入るとは思わなかったな。精霊教会で治療院やってるのがいるって聞いたから、案外一般的に使えるのかと思ったんだが・・・」
「確かに治癒術自体は精霊教会の一派が治療院という形で行っているから、ある意味では一般的なのだが・・クラリッサも言っていたように、ギンジ殿のはその速さが異常なのだ」
視線を前方に戻し安全運転を心がけるライラの言葉に、ほぼ毎日治癒術を受け続けてなんだかやたら逞しくなった馬も同意するように嘶く。
「この本にも書いてあったよ。本来他人の魔力を直接体内に取り入れればそれを異常と捉えて発熱なんかの症状を起こすってな」
「あまり聞く話ではないが、新人の治癒術者に診てもらった後に体調不良をきたしたということもあるらしい」
「問診や診察をしてる段階で患者の魔力を感じ取って、自分の魔力を患者の魔力と同調させて術式を行使する・・か」
「そう言われれば並大抵の魔力操作では出来ないことがわかるな・・・」
しみじみと呟いたその時、大きめの窪みにガタンと大きく馬車が揺れて幌の中からゴツンと音が鳴る。
「うぅ~?痛いですねぇ・・・ふぁ~・・・」
「おはようさん、大丈夫か?」
「おはようございます旦那様ぁ。あぁ旦那様あたたかーい」
「おわっ急に抱き着くなあぶねぇ」
寝ぼけ眼をこすりながら体を起こした彼女はそのまま銀二の後ろから抱き着き暖を取る。抱き着いた拍子に後ろから覗き込んだ銀二の手元の古い魔術書に不思議そうな顔をするクラリッサ。
「あらぁ、魔法のお勉強ですか?」
「チラッと見てすぐに魔法の事ってわかるのはすげーな・・・。ああ、この前お前さんに言われてからちょっと気になってね」
「治癒術のことですねぇ?普通の治癒術は魔力の同調に時間がかかるのはもちろん、傷の深さや病巣の場所を探り当てるのにも時間がかかるので、旦那様の様にすばやく治療を完了させるのは不可能ですねぇ」
「そんなものかねぇ?まぁ・・医者だった経験がいきてるのかね」
「そういえばドゥールで路銀稼ぎに治療していた時にも、怪我以外に本人も自覚していない病気を治していたな」
「ありゃアイツらが分かりやすいんだよ・・・。肉と酒ばっかの不摂生で体崩してんだから。野菜食え、野菜」
「や、野菜か・・・」
「あらぁ、ライラちゃんは野菜が苦手?」
「その呼び方は未だに鳥肌が立つのだが・・・。なんというか、私達の一族は基本的に肉が主食だからな」
「見た感じ獅子を祖先に持ってますって感じだもんなライラは」
「よくわかったなギンジ殿」
「まぁ・・・犬猫は一部の野菜で食中毒起こすって聞くし、肉食動物が祖先にいるならそりゃしょうがねぇだろうが。俺が言ってんのはあの人間の冒険者連中だよ。いい年して酒と肉しか食わねぇとか」
心底あきれてため息を吐けば、パタンと呼んでいた本を閉じてタバコをつまむ。それを未だに抱き着きながらニコニコとして聞いていたクラリッサは、ふと馬車の行先に薄っすらと見える建造物に気づく。
「あら、旦那様。見えてきましたわぁ」
「ん?おぉーありゃすげぇな」
「ふむ、改めて見ても巨大なものだ」
3人の視線の先、未だ遠いが険しい岸壁で谷間になっているその間を巨大な石壁でふさいだ要塞が目に入ってくる。谷間といっても石壁で塞いでいる距離は数百メートルにも及ぶほどだ。
「なるほど、両サイドの谷の頂上にさらに見張り台を置くことで監視を強めているのか」
「ああ。冒険者の様な身軽な者なら兎も角、軍隊の様な大所帯はそもそも近づけばわかるようになっている。あまりいい噂を聞かないが、それでも精強な部隊だと聞いているぞ」
「・・・まぁお前さんらなら大丈夫だと思うが、あんまり顔は晒すなよ?」
「ウフフ、下品な視線を送ってくる獣に遅れは取りませんからご安心ください」
「良いか悪いかはアレだが、私も名が売れてきたのか変に近寄ってくる者は減ったから大丈夫だと思うが・・・」
「アレックス某の件で説得力ないんだよなぁ・・・」
「うぐぅ・・・」
痛いところを突かれたと言わんばかりに顔を顰めるライラに、不思議そうにしながらニコニコと二人のやり取りをみるクラリッサ。
「ウフフ、二人とも仲良しですねぇ。妬けてしまいますわぁ」
「え、あ・いやその!」
「ウフフフフ・・」
「・・・あそこにはなんとか今日中には着きそうかねぇ」
キャッキャと話し始める女子二人に、下手に話に入るのは危険と思い現実逃避する銀二。ぼんやりと見る先の要塞ではゆっくり休めるだろうかと一つため息を零すのである。
――
もう間もなく日が沈もうかという、遮るものが無い見事な夕陽を横目に見ながら、銀二達は要塞の入り口で検問を受けていた。金属鎧に身を包んだ男たちは、銀二達が冒険者であることと馬車の中を確認するが、特に問題なしと馬車の行き先を指さす。
「もう今日は移動しないだろう?ならばそこの厩舎に馬車を預けて、旅人用の宿舎に寄るといい」
「おう、お仕事ご苦労さん」
「なに、これも職務だ。・・それより貴殿、見たところ精霊教会の信徒のようだが」
「まぁ信徒ってよりは関係者って感じだが・・それがどうした?」
「もし、治癒術が得意ならば診てほしい方がいるのだ。迷惑でなければ同行をお願いしたい」
「ああ・・そりゃ構わんが、後ろの二人も連れていくぜ?」
「無論、風紀は取り締まっているが他の旅人の中には変なことを考える輩はいるだろう。見たところ少人数であるし、問題はないだろう」
「わかった。なら馬車を預けてから向かうとしますか」
「助力、感謝する。今案内の者を呼ぶので、その者についていけば大丈夫だ。・・・アリエン!精霊教会の方が診てくださるそうだ!この方の案内を頼む!」
フルフェイスの兜の前面を開き、門の近くにいた細身の男に声をかける兵士。声をかけられたアリエンという金髪の男も兜こそ外しているものの、門番と同じフルプレートの金属鎧を身に着け、ガチャガチャと音を立てながら走り寄ってくる。
「お待たせしました、まずは厩舎に案内しますね」
「はいよ」
こちらです、と先導するアリエンに続いて馬を歩かせる銀二。前情報と違いやたら丁寧な対応に少し眉を顰めながら手綱を握る。
案内された厩舎に馬車と馬を預け、馬車に着けられた木札と同じものを渡される。
「出発される際はこの木札を職員に渡してもらえば大丈夫です。馬車と馬は責任をもってお預かりします」
威風堂々という雰囲気を醸し出す馬に驚かれたものの、銀二が首をポンポンと撫でれば馬も落ち着いた様子で職員の案内にしたがって厩舎に入っていく。
「中々見事な馬ですね・・・というか本当に馬ですか?」
「立派に育ったなぁとは思うが確かにドゥールで買った馬だな。さて、荷物も持ったし案内してもらえるかい?」
「ええ、こちらです」
走ってきたときには鳴らしていた金属鎧を、一転してほぼ音を立てずに歩いていくアリエンに銀二は思わずほぅっと息を吐く。
「――?なにか?」
「いやぁ、見事なもんだと思ってね。そんな重そうな鎧を着ながら体の軸をブラさないし重心も安定している」
「はは、ボクなんかはまだまだですよ。隊長はもっとすごいですから」
目鼻立ちの整った中世的な顔ではにかめば、ちょっと遠くで見ていた女性冒険者たちからホゥと熱のこもったため息の音がする。チラリと周囲を見渡せば、少なくない数の行商隊とその護衛や冒険者パーティーの姿が見える。
「ここにゃ結構な人数がいるんだな」
「ええ、国を超えて行商をする方は少なくないですし、なによりここで商売しようという方が多くて。何分山奥なので国からの物資も中々届かないこともあって、彼らには助かっています」
王国側と連邦側にそれぞれ巨大な門と防壁を設け、その間に宿舎や隊舎などが建てられている。その中庭にあたる場所では露天商が休憩や非番であろう兵士たちと商売をしている様子が見て取れる。
感心したように顎髭をジョリジョリさせながらアリエンの後に続いて隊舎に入っていけば、すれ違う度に兵士の面々が銀二の精霊教会のローブを見て道を譲る。敬礼付きでだ。
「・・・診せたいヒトってのは結構エライ人物かい?」
「ああ、門番の彼からそこまで説明はなかったんですね。診てもらいたのは、さっき言った隊長です。・・・ここですね」
そういうとアリエンはゴンゴンと扉をノックすると、低い声で誰何の声が聞こえる。
「アリエンです、隊長。精霊教会の方がお見えになられました」
「なんと・・助かる、入ってくれ」
失礼します、とアリエンが扉を開き銀二達を招き入れる。入った室内は私室なのだろう、壁に掛けられた見事な大剣やよく磨かれた金属鎧が置かれている。そしてベッドに視線を向ければ、辛い体に鞭打って無理矢理体を起こそうとしている大男の姿。
「隊長、無理しないでください!」
「そうも言ってられんだろう・・・失礼があってはならんからな」
上半身をと額、そして左目を覆う様に包帯を巻いた姿から尋常ではない怪我であることが伺える。それに加え――
「――毒、か」
「っ!」
スッと細められた銀二の瞳には男の症状が詳細に映し出されている。その鋭い眼光と、ただ見ていただけの筈の銀二にひどく驚くアリエンと隊長。
「止血法としては間違っていないが、少し動いただけで包帯に血がにじむ。血液の凝固を妨げる毒が使われている。ちょいと失礼するよ」
シュッと手袋をはめて隊長の包帯を素早く取ると、明らかにヒトの手によって切られたと思われる刀傷が露になる。
「鋭い刃物、それもお宅のように叩き切るような剣とは違って斬り裂くタイプの刃物。傷口の大きさからナイフ以上片手のブロードソード以下の得物。傷が一番大きいのが背中、しかしお宅はどう見ても相当な手練れって感じだし、真正面からというよりは不意打ちで背中を斬られて、なんとか体勢を立て直したが顔や体を斬られたって感じか。よく生きてたな」
ぼうっと治癒術を流しながら検分する銀二に、アリエンと隊長は言葉もないといったように驚いた表情で彼を見る。
「ギンジ殿、なにか手伝うか?」
「そうだな、その外した包帯はもう使えないから捨ててほしいんだが、なるべく血には触るな。俺のアイテムバッグから予備の手袋出してそれ着けておけ。んで、クラリッサは清潔な水を持ってきてもらえるように誰かに頼んできてくれ」
「ああ、わかった」
「はいわかりましたぁ」
後ろを見ないで声だけで指示を出した銀二は、治癒術でまず毒を取り除いていく。
「なかなか強力な毒だったみたいだが、アンタよく無事だったな本当に」
「全てにおいて、仲間たちに助けられた。暗殺者に襲われた時、そこのアリエンが助太刀に入ったおかげで退けることができ、かつ数人の隊士達が応急処置をしてくれたおかげでなんとか生き永らえた」
「特に応急処置をした奴には感謝しておくといい。出血毒だが止血法が見事だった。そうでもなければ数日前には失血で命は無かっただろう」
淡々としながら告げる言葉にアリエンが顔を真っ青にして立ちすくむ。だが銀二が手を当てるところから傷が塞がっていくのをみてほっと安堵にため息をつく。
「見事な治癒術だ・・・。あれほど熱を持っていた傷口の痛みが無くなっていく」
「そいつはどうも。毒は取り除いたし、傷口もじきに塞がる。が――」
「失った血は戻せない、だろう?しばらくは安静にすることにしよう」
「わかっているならそれ以上は言わんさ。獣人と違ってただの人間は回復力も並だしな、体調が戻るのに一週間・・元通りに体を動かすなら2,3週間は見ておいたほうがいいかね」
「なに、死んでいたかもしれんのだ、その程度ならば安いモノだろう」
そう話している間に水を貯めた桶を持った兵士が部屋に入り、復調している隊長の姿に安堵のため息を吐く。
「お連れ様から水をとの事でしたのでお持ちしました。ご無事でなによりです、隊長」
「ああ、心配をかけた。皆には無事を―――」
「伝えるのは、待ったほうがいいんじゃないかね?」
「む・・?」
備え付けの棚からタオルを借りた銀二は、塞いだ傷口周りの血を拭きとっていきながら二人の会話に待ったをかける。
「それは、どういう?」
「さっきも言ったがお宅、相当な手練れだろう?そんなアンタがまず不意を打たれること自体がおかしな話だ。おそらく暗殺されかけたのはこの関所の敷地内、特に警戒を解きやすいプライベートな空間にほど近い場所・・・違うかい?」
「確かに、襲われたのはこの隊舎のすぐ裏手。訓練後に軽く汗を流すために井戸に立ち寄った時だ」
治療が終わり血を拭ったタオルと血の付いた手袋をライラが持つ廃棄物入れの袋に投げ入れ、近くの窓辺によってタバコを咥える銀二。視線で喫煙の許可をとり、隊長もまだ青い顔で頷く。
「全くの外部の人間なら裏手に井戸があることも、アンタが訓練後に裏手の井戸で汗を流すことも知らんだろうさ」
「まて、それはつまり―――」
「ここの構造に熟知して、アンタの行動を知ることができる人物・・・内通者が、いるんじゃねぇのかって話さ」
シュボッとタバコに火を着ける音が静まり返った室内に響くのであった。
名探偵銀二の活躍が今ここに!
というか探偵業始めたら銀二はきっとチート級




