19―こ、こいつ・・存在が色んな意味で危ない!―
そういえば、今更かと思いますが多分ちょっとグロいであろう描写があったりなかったりしますので、苦手な方はご注意下さいませ。
ジャリ、ジャリと湿った色を混ぜた足音を立てながら褐色の美女が悠然と近づいてくる。妖艶なドレスとその端正な容姿、そして真正面にいた人間だったモノの頸から流れ出た血液がさながらレッドカーペットの様相を呈すことで、こんな状況ながらにもハリウッド女優か?などとボンヤリ考える銀二。
手に持つ命を刈り取るのに最適そうな大鎌、真っ黒なドレスも相まって死神のようにも見える美女は、熱に浮かされた様な瞳で銀二を見ていたが、不意にその熱がスッと冷え、冷酷な色で周囲の山賊たちに視線を向ける。
「貴方達は・・・ちょっと邪魔ですねぇ?」
「ヒッ・・!?」
静かにゆっくりと振り上げられたその大鎌は、その巨大さでは考えられない様な速さで振り払われる。
「っ!」
頭に響いた警鐘が最大音量になった瞬間、自然と体が一歩二歩とバックステップを刻む。その銀二の首元を撫でるように風が流れた。
「あっぶねっ」
「ギンジ殿、無事か?」
「ああ。あと一瞬遅けりゃ、俺もアイツらみたいに首を遊覧飛行させてただろうがね」
ライラのすぐ横まで下がった銀二は、ぶわっと背中に冷や汗が噴き出るのを感じながら冷静に褐色の女を観察する。
山ほどいた山賊たちのほぼすべてが、首と体が別れを告げて引力に従って自由落下を始め、それと反対に天井に向かって血を噴き出す。一面に血とその臭いが充満し、鼻の利くライラは露骨に顔を顰める。それは褐色の女も同様だったのか、小源を瞬時に練り上げると彼女の足元、その影が蠢き始める。
「なんだ・・?」
「―――――」
「っ!!」
まるで精霊と同じような声を上げたその瞬間、彼女の影が洞窟の床面全体に広がり、精霊と同じような、しかしそれよりは小さいヒトと同じサイズの黒い腕が影から天井に向かって伸ばされていく。
無数の黒い腕は宙を舞っていた首や地面に向かって倒れ始めた体をキャッチすると、それを闇の様に暗くそして黒い影の中へと沈み込ませていく。そしてその腕は銀二達にも迫るが、ライラを抱き寄せてバックステップで洞窟の壁際まで跳び、同時に咄嗟に黒杖に魔力を流すと、影はなにかに怯えるように銀二とライラを避け手を出すことはなく引き下がる。間一髪、といったようにため息を一つ吐くが次の瞬間には銀二も顔を顰めた。
―グチャリ、バキリ・・・と声が途絶えた洞窟に咀嚼音が響き渡り、超常の存在とその捕食シーンにライラは顔を蒼白にする。その一方で、銀二と黒杖から発せられた強い魔力に褐色の女は見てわかるほどに頬を紅潮させ、再度熱に浮かされた様に銀二へと視線を向ける。
「ライラ、気を強く持て。大丈夫、あの影はこっちには来ねぇよ」
「あ、ああ。・・・すまない、もう大丈夫だ」
ポンと一度頭を軽く撫でてライラを背に庇えば、一度深呼吸したライラも気を取り直して鞭を持ち直す。
「ああっ!やはりやはり精霊様の魔力!あの黒く、逞しいモノ(魔力)が、私の体を私の中を貫くこの感覚・・・!」
「うわぁ・・・」
身悶えるように自身の体を掻き抱いてトリップし始める彼女に、銀二もライラも思わず一歩足を退かせる。
「久しぶりの魔力・・たまりませんわぁ・・・!うふふふ!」
「ちょっと・・・穏やかじゃねぇな・・・」
「ええ、ええ!私もこの身を焦がすように熱が収まりませんわぁ!ですから―――」
ヒュンっと鎌を一度振り払い、槍の様に鋭い穂先・刃側を下に構えなおすと、熱にそして狂気に染まった瞳を銀二へ向ける。
「一曲、踊ってくださいませ!!」
「生憎、ダンスは苦手で・・ね!」
下からの切り上げを杖の石突で弾き、足を撓らせて鋭い前蹴りを返すが、足が伸びきるころには素早く後退している。
「はえぇなぁ」
「うふふ、貴方も素早い蹴り・・・。それに、先程も私の攻撃を躱せるななんて・・・」
ジャリッと足音が鳴ったかと思えば、女の姿がぶれるようにして消える。身体強化と反射強化をしている銀二をもってしても辛うじて『入り』が見えた程度。拙い、と思った瞬間に膝裏を鋭く蹴られ強制的に膝をつかされる。
「―――ッ!」
「ああっ!ああっ!滾りますわ!」
それは本当に咄嗟の判断だったのだろう、杖を自身の前に立て踏ん張ろうとした結果それが命を救った。膝から崩れる勢いを利用し、背後から銀二の前方に回した鎌を合わせて引くことで首を断とうとしたのか、ギャリリ!と銀二の目と鼻の先で杖と鎌が火花を散らす。
柄を短く持ちながら鎌を引き寄せ、銀二の背後から抱き着くように密着していく。流石に膝立ちでは力が入らないのか、なんとか鎌は防いでいるが引き寄せられる力には勝てない銀二。そんな彼の耳に顔を近づかせると、熱を持った吐息で囁く。
「さぁさ、そのお力をお示しくださいませ?」
「ぐっぬぬ――!」
「ギンジ殿!!」
ヒュンと風切り音が聞こえると同時に女の姿がまた掻き消える。ライラの攻撃で身を引いたのか、助かった、と呟きながら素早く構えを取り直す。
「で、抱き着かれた感想は?」
「柔らかかった・・じゃなくて、ライラさん?」
「なに、ギンジ殿なら投げ飛ばせるだろうと思ったのだが」
「それどころじゃない程の馬鹿力だったんですがそれは・・・」
「あらぁ、女の子に馬鹿力はひどいのではないですか?」
声と共にスゥっと姿を現し、頬に手を当ててにこやかに答える女。顔を顰めて目を細める銀二の視線に、ゾクゾクっと体を震わせる。
「ああっいいですわぁ!その目、その魔力・・っ!」
「戦いにくいな、ちくしょう・・・め!」
「そう!もっと、もっとぉ!!」
反撃、とばかりに鋭く踏み込み空気を裂き腕が霞むほどの速さで黒杖を突き出せば、大鎌を槍の様に巧みに操って銀二の剛撃をいなし、反らし、弾く。身体強化だけではないその巧みな技術に、糠に釘・暖簾に腕押しという言葉が銀二の脳を過る。
ギャン!と互いに得物を叩きつけると、その反動で共に後方へと退く。
「素人にゃきっついだろ、あの手合いは!」
「あの褐色の肌に尖った耳、妖精の様に整った容姿。おそらく、彼女は幻とまで言われたダークエルフだろう。ともなれば長い年月を生きている可能性が高い」
「年月に裏付けされた技術って訳かい」
「うふふ、女性に年齢の話題は感心いたしませんわぁ」
「どわぁ!あ、あぶね!―――くらえ!」
「――っ!」
視線を一切外していなかったのにも関わらず、スルリと滑るように側面から鎌を振るう。間一髪の反応で前方に身を投げ出して回避に成功した銀二は振り向きざまに圧縮した魔力、魔力撃を放つ。思わず、といった風情で腹部に直撃し軽く体を浮かせるが、すぐに構えを取り直す。
「・・・・」
「結構、いい感じに入ったと思ったんだが。もしかしてこれってそんなに痛くねぇのか?」
「・・・試し打ちで樹海の大木をぶち抜いたのを忘れたとは言わせないぞ、ギンジ殿」
直撃した腹部を片手で押さえながら、少し俯かせて表情をその長い髪で隠す女を横目に、いつもの調子に戻ったライラの突っ込みが入る。
「・・・・」
「なんだ?平気そうに見えて効いてたか?」
動かなくなった女を訝し気に見ながらジリジリと円を描くようにしながら徐々に近づいていく。後半歩近づけば互いの得物の間合い、というところで女がフッと顔を上げれば恍惚・といった表情で銀二を見る。
「ハァハァ・・・!」
「あ・これ全っ然効いてねぇ」
「イイですわぁ・・!まるで精霊様のような力強い魔力!もっとくださいませ――!」
鎌を持たない左手を振り上げれば、その軌道を追う様に影から黒い闇が炎の様に噴き上がり銀二の視界を隠す。直後には今度は銀二が女のスラリと伸びた足で腹部を蹴り上げられ、喉からせりあがってくるものを堪えながら回転するようにして振るってくる鎌を杖で弾く。
「ってぇ~・・」
「ウフフ、技術はまだまだ粗削りですが反応は素晴らしいですわ」
鎌を持たない左手を地面に翳せば、影から黒い直槍が生えてくる。それに対して渋い表情がさらに顰められた銀二は自身と杖に魔力を再度流す。
「ちょいと手伝ってもらうぜ?」
『――――』
「ああ!聞こえますわ、精霊様のお声が!」
杖の宝玉から黒い靄が出てくると今回は銀二の体を薄っすらと包み始める。
「真似っこだが、文句は言うな――よっ!」
「アハッ!」
杖の横薙ぎが鎌を打ち付け火花を散らして削りあえば、銀二を穿たんと突き出される闇の槍が銀二の腕を覆う精霊のガントレットに弾かれる。艶めかしい足がその鋭い蹴りで銀二を切り裂かんばかりに振るわれれば、踵で地面を蹴った銀二の前に間欠泉の様に噴き出した闇が彼女の動きを止める。
まさに踊りあう様にクルリクルリと立ち位置を変える二人に、さすがのライラも迂闊に鞭を振るえずふぅとため息を一つ零す。
そんな彼女を他所に二人の剣戟は加速し、目で追うことも難しくなってくる。
「ウフフフフ!楽しいですわ、気持ちいいですわ!!」
「オッサン的に段々辛いんだけど!?」
「まだまだ楽しませてくださいませ!私と気持ちよくなりましょう?」
両手の得物を交互に振り上げれば、その軌道を追う様に黒い炎が銀二に向かって噴き上がる。下がりそうになる足を踏ん張り、歯を食いしばって炎へと突っ込んでいき――
がら空きになった胴体に手を添えて渾身の震脚と共に力を通す。
「落ちろ!!」
ボッ!と背中から黒い衝撃波が彼女の体を突き抜け、数秒立っていたが最後にはくたりと銀二に凭れる様に倒れ込んだ。
「・・・満足気な顔されると腹立つなぁ」
銀二の言葉通り、鋭い衝撃を受けたにもかかわらず紅潮した頬のまま満足気に気絶するのであった。
――
じんわりと暖める様に、慣れ親しんだ魔力の様なそれでいてどこか違うような魔力が腹部を包む。初めて受ける魔力の扱いに、それでも強い安心感が身を浸す。ぼんやりと微睡む意識の中、腹部に添えられた手を感じながらゆっくりと目を開ける。
「ん、気が付いたか。なんか最近こんなんばっかだな」
「―――どう、して」
目を覚ました自分に気が付いたのか、声をかけてきた男に思わず質問で返してしまう。それに対して疲れた様に、しかし手のかかる子供を相手にした大人の様な表情で苦笑すれば、懐から取り出したタバコに火を着ける。
「さっきライラに聞いたんだが、お前さんの種族がこの黒杖の持ち主だろ?」
「ええ。我らダークエルフが崇拝する闇の精霊様の宝具に違いありませんわぁ」
「そうかい、そりゃよかった。いや、お前さんと戦ったのはよくないんだが・・・。まぁそれはいいとして、唯一手掛かりが無かった連中とコンタクトが取れて助かった」
ふぅーと紫煙を吐きながら治療する彼の手に触れようと思ったが、そこで自身を縛るものに気づく。
「あー・・俺は大丈夫じゃねぇか?なんて言ったんだが、そっちのライラが警戒を解かなくてな」
「当然だ。むしろギンジ殿は警戒を解くのが早すぎる」
言葉と共にタバコをつまんだ手で指し示す方向を見れば、水鉄という珍しい素材を鞭にした白髪の獣人の女が腕を組んで睨んでいた。
「暴れようとすれば魔力を流す。知っているだろうが、獣人の属性付与は強力だぞ?」
「まぁまぁ・・・。どうやら、彼女の頭も冷えたようだし、ライラも落ち着け」
「むぅ・・」
ギンジと呼ばれた殿方が声をかければ渋々といった風に腰を下ろして焚火に掛けた鍋を掻きまわす。そちらを見ていれば、それで・と幾分低い声が耳を打つ。
「こっちは諸事情で所有することになった宝具をそれぞれ返却する旅にいるわけだが、そっちは一体全体どういう用件で?」
「数日前、闇の精霊様を召喚されたかと思います。それで誰かが宝具を所有していることがわかったので取り戻しに参った次第ですわ」
「思いっきりバーサーカーだったんですがそれは・・・」
思わず漏れたのであろう殿方の声に、頬が赤く熱を持つのが自覚できる。
「お恥ずかしい話ですが、私・精霊様を思う気持ちは人一倍強いみたいでございまして・・・。特に、精霊様の魔力を浴びているとこう・・体が昂るといいますか。それで、つい」
「つい、てへっ★じゃねーよ!美人がやると絵になるのが余計に腹立つわぁ!」
「あら、そんないやですわ、いきなり口説くなんて」
「ギンジ殿・・・?」
「口説いてねぇよ!」
「今もなお緊縛されて無防備な私の体をいやらしくまさぐって・・・」
「ギンジ殿・・!?」
「まさぐってねーよ!治療で手を当ててるだけだよ!見ればわかんだろう!」
「冗談ですわぁ」
はぁ~~と煙と共に深いため息を零す彼に、思わずライラと呼ばれた子と共にクスクスと笑ってしまう。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたねぇ。クラリッサと申します。以後、宜しくお願いしますね、旦那様?」
「「だ、旦那様ぁ?」」
「ええ。だって、貴方のあんなに濃いモノをお腹に注がれてしまえば、私、もうお嫁にいけませんわぁ?責任、取ってくださいまし?」
「誤解を受ける様な言い方やめてくれんかねぇ!?ってか杖なら返すからお前もう帰れ!」
「あらいやですわ。その杖、闇の精霊様は貴方を所有者として認めています。今更私が持ったところで認めてもらえないでしょう」
「は?」
「先の戦い、あれ程までに精霊様のお力を引き出すことができるのは、精霊様に所有者として認めてもらわなければ不可能ですもの。失礼ながら戦わせて頂いたのはそれを確かめるためで・・・」
「確かめるのはあるだろうが、私には大半は自分の欲求を満たすためと見えたがな」
「なんのことだかわかりませんわぁ?」
「それはともかくだな。え、なに。これ俺が持ってなきゃならんの?」
『―――』
「ええ。ほら、精霊様もお認めになられているわけですし。精霊様と共にいられるなんてうらやましいですわぁ」
天井を見上げて呆然と煙を吐き出す彼が実に不思議だ。せっかく精霊様と共にいられるというのに。
「まぁ・・なんだ。さっきも言ったがそっちの獣人の嬢ちゃんがライラ、俺が東銀二・・こっち風なら、ギンジ・アズマだ。ギンジでいい」
「はい、旦那様」
「ギンジでいい」
「ウフフフフ・・・」
「はぁ・・・もう勝手にしてくれ」
心底あきれた様に呟く彼ですが、それでも私の治療のために手当てをしてくれる優しい方。闇の巫女としてお傍にいさせて頂きます。
ライラは獣人として危機管理に敏感なので、アイディアロールが成功しちゃってSANチェックにほぼ引っ掛かるという裏設定。




