1-地下室の温度と湿度は少し低めらしいー
ぼちぼち始めていきましょう。
どさりどさりと物が落ちる音が周囲に響き、天井に輝いていた魔法陣の光が消えていく。その中心にいたのは、まだ幼さが少し残る明るい茶髪の男子高校生―藤堂一真―だった。彼の姿を確認し、「おお・・・っ」と周囲から声が上がる。と、同時に「おお・・・?」という疑問符を交えた声も上がり始めていた。
「いてて・・・いったい何が・・・?」
打ち付け痛む尻を抑えながら立ち上がり、周囲を見回す一真はそこでピタリと動きを止めた。
「え・・なに・・どこ!?だれ!?」
慌てふためく一真少年の後ろから「いってぇ・・今日は厄日か?」と声が響き、ビクッと体を震わせた一真は恐る恐る後ろを確認すれば
「あ・・・さっきのおじさん・・?」
「だぁれがおじさんか。ああ・・・いやでもあれか?16・7のやつらにゃ俺も十分おっさんか・・?」
浅黒い肌、眠そうに垂れた目、にやつく口元に無精ひげの生えた顎。土手ですれ違ったおっさん東銀二に違いなかった。少し気分の悪そうな銀二は一真の言葉に答えながらも、石畳の床に座り込みながら周囲に目を走らせる。
「おじさん・・ここどこ?っていうか大丈夫か?」
「俺が知るかよ・・・・見た感じ、どうにも日本じゃあなさそうだがね。それと酷い乗り物酔いみたいに気持ちわりぃ」
そういって今どき珍しい石畳の床を手で触れ、ついで顎先で正面を示す。
つられて視線を動かせば、ローブに身を包んだ一段の中から、フードを取り払い金髪碧眼の姿をさらす女性の姿があった。
「ようこそおいで下さいました、勇者様」
「へっ!?ゆ、ゆうしゃ!?」
見た目は完全に欧州の白人美女から流暢な日本語が飛び出てくることもさるながら、その単語もいろんな意味で驚かざるを得なかった。
「お願いいたします、勇者様。どうか我らをお救い下さいませ・・・。」
「え・・・いや、あの・・・状況がどうにもさっぱり・・?」
言葉と同時に頭を下げられることで一真は狼狽した。ハリウッド女優顔負けの美女に顔を合わせるなり頭を下げられてはわからなくもないが。
そうこうしている間に、銀二はさりげなく周囲の観察を進めていた。
「そう・・ですね。勇者様にとっては突然のこと。もちろん説明をさせて頂きます」
「(この部屋に窓はなく、少し涼しい気温と体感的に低めの湿度。おそらくは地下か?ローブで分かりづらいが周囲の人間の体つきからして、この女を除いて全員男。囲まれた状況で出口は目の前の女のすぐ後ろ。下手には動けんな。)」
「は、はぁ・・・。」
「よろしければ場所を移し、王より直々のお言葉にて説明をさせて頂きたいのですが・・・」
そういって金髪の女性は視線を一真から銀二へと移す。その視線を受け、銀二は肩をすくめた。
「勇者召喚によって現れるのは適正者一人だったはず・・。あなたは・・?」
「・・・おそらく、だが。おそらく、そこの勇者とやらの坊主の召喚に巻き込まれた・・が正解かね」
「巻き込まれた・・・そんなことが・・・」
「事実、あの光ってた模様・・、魔法陣か?あれはそこの坊主を中心に出てきたが、俺ぁ運悪くその魔法陣の端っこに乗っかっちまっててな。それで一緒に飛ばされてきたんだろ。・・うぇ、気持ちわりぃ」
少し青ざめた様な顔で口元を隠す銀二に、訝し気な視線を送りながらも事実魔法陣に二人が出現したことと、一真が魔法陣の中心にいたことは全員が確認していた事実であったためか、女性は一つ頷く。
「わかりました。あなたにも事情を説明しようと思うのですが・・・?」
「ああ・・・いや、できればちょっと落ち着くまで待ってくれないか?」
そういう銀二であったが、周囲をちらりと一瞥し、頭を振る。
「もしあまり時間がねぇってんなら、先にその王様のやらの話を聞いてきたらどうだい」
「いえ・・ここは王城でも秘中の場所。限られたものしか出入りが禁じられている場所です。そこから誰もつれずに貴方が出てきた場合取り押さえられることも・・・。」
「あー・・・じゃあ、そうだな・・・。そこの男を置いてってくれれば、体調が戻ったら彼に案内してもらうよ。どうだい?」
「そう・・ですね。時間はあまり無いのは事実。一刻も早く勇者様への事情説明が第一・・・。わかりました、あなたの症状もどうやら魔力酔いの一種に見えますし、そう回復に時間はかからないでしょう。騎士マルテイン!」
「はっ!」
女性の声に一人の男が返事と共に一歩前へ前進する。フードを取り払った彼は、刈り上げた金髪に四角い顔でその鋭い視線を銀二に向けた。
「マルテイン、彼の体調が戻り次第謁見の間へお連れしなさい。・・わかったわね?」
「はっ!畏まりました。」
「それでは勇者様、謁見の間へお連れいたします」
「え、いや・・でも」
そういって一真はチラッと背後の銀二に視線を向けるが、銀二は手をしっしっと犬を追い払うように振るった。
「俺は大丈夫だ・・・。それに、用事はどうもお前さんにあるみたいだしな。ほれ、女を待たせるといい男になれねぇぞ」
行った行ったと追い立て、渋々と一真は女性の後についていく。そんな一真を囲うように周囲の男たちが配置につき、その部屋を出ていった。
マルテインと呼ばれた男は、その場で腕を組み視線を少し彷徨わせた。そんな彼の様子をちらりと確認しながら、体調を落ち着けるためか目をつぶる銀二。
「(さぁて、坊主にゃ悪いが・・・賽は投げられちまったからな。ホントなら年長者の俺が守ってやらなきゃならんのだろうが・・・)」
あまり悪いと思った様子もなく思考から一真のことを切り捨てた銀二は、一つ息を吐く。
「(そんなことよりも俺は俺で大変だしな。ああ、若ぇころにやってたゲームみたいにセーブしてぇ・・・)そうだ・・・あんた、確か・・・マルテインさんだっけか?」
「む。ああ、マルテイン・デニス。この王城の警護を担当している騎士だ。」
「へぇ・・・騎士か。そいつぁすげぇな。」
気分を落ち着かせるように深呼吸をしながら、マルテインへと話しかける銀二。その目はにこやかにしているように見えて、瞳は冷徹な色を宿している。
「(得意な武器は長物、普段から甲冑やらの鎧を着ているんだろうが今は勇者への威圧感を与えないためかローブだけ。武器の所持もない。)」
その目にマルテインの姿を収めるたび、彼の視界には―――
マルテイン・デニス 騎士 男 23歳
スキル:アーマーマスタリー
ランスマスタリー
装備:ローブ(王国騎士団配給品)
備考:年若く、騎士になったばかり。ランスの扱いに長けているが格闘術の習熟度は低く、また突発的な状況への対応力は低い。
という文章がマルテインの頭上に浮いていた。