18―山の天気は変わりやすい―
オーガキングを倒してから数日、銀二達は霊峰麓の樹海を超えて山岳地帯へと足を踏み入れていた。あれからというもの、大物の襲撃は今のところなくゴブリンやコボルド、あとは蟲の魔物達といった小物が散発的に現れるだけに収まっていた。
今日も今日とて馭者席でタバコを吸いながら手綱を握る銀二は、まもなく昼になろうかというところで丁度いい広場を見つける。
「おーいライラ、そこの広場で飯にしようぜ」
「ああ、了解したよギンジ殿。それにしても、最初こそトラブルがあったものの順調な旅路だね」
「今まで歩いて旅してたからなー馬車だと楽でいいわ~」
「前の世界では結構旅をしていたのか?旅の話を聞くに随分な健脚だったようだが」
「いやぁ、旅なんざ出てる余裕なんてなかったさ。週に五日は勤めていた病院・・あー、治療院?で朝から晩まで、下手したら晩から朝まで働き通し。休みの日にゃ実家の治療院に顔出して手伝いってな感じさ」
「それはまた・・・随分と過酷な状況だったのだな」
馬車から降りて馬の足元にタライを置き、そこに水の宝具で清潔な水をザっと入れる。段々と宝具の扱いが慣れてきたのか、思考と実行にタイムラグが無くなってきている銀二である。
「実家が小さな治療院で、てっきり兄貴が継ぐもんだと思ってたらその兄貴がさっさと家を出ちまってね。俺が医者になって継ぐことになったんだが・・・医者ってのは20代は鼻たれ、30代で若造、40代で一応一人前ってな感じさ。まだまだ若造な俺は宿直で残らにゃいかなかったし、親もそう若くはないからな。徐々に俺に継がせようってことで休みの俺を引っ張り出すのさ」
手早く火を熾し即席の竈を作ると、鍋を置き料理をし始める。
「今頃実家はどうなってるやら・・・」
「ギンジ殿・・・その、なんだ。ギンジ殿にとっては辛いことが多かっただろうが・・その、私はギンジ殿がいてくれて助かったというか・・・」
具材を入れた鍋の中をかき混ぜながらしどろもどろにライラが告げれば、きょとんとした後に苦笑しながら彼女の頭を少し乱雑に撫でる。
「悪い、気ぃ使わせちまったな」
「わぷ」
「ま、もう戻れない故郷をいつまでも引きずるよりはこれからを考えるさ」
「むぅ、髪が乱れる」
言葉では少し拒むように言うが、手で払うこともなければむしろ嬉し気に尻尾を振るライラに今度こそ呵々と笑い声をあげる銀二。そのまま鍋の横で小さな焚火を作り直し、小さなポッドでお湯を沸かし始めコーヒーを淹れて料理を作る彼女に手渡す。
「む、ありがとう」
「おう。―――実家のゴタゴタに巻き込まれて将来を強制され、日々の仕事にただ追われる。ま、こっちも巻き込まれて来ただけだが、それでもこれからを選ぶことはできる。案外、救われたのかねぇ俺も」
優し気に細める目、穏やかな表情で告げる銀二の雰囲気はどこか憑き物が落ちた様にも見える。フワフワと捉えどころがないというか、若干浮世離れしていたというか・・そこにいるのに気が付けば居なくなるような雰囲気をしていた銀二が、初めて現実に根を下ろしたような感覚がしたライラ。
不思議とほっとしながら、勝手知ったるといった風に銀二のアイテムバッグから木皿と食器を取り出すと、鍋で作ったキノコと山菜のスープを入れる。
「ギンジ殿のおかげで荷物はまとめて入れられるし、宝具のおかげで水などに困らないから随分と旅が楽だな」
「水の宝具はホント助かるよなぁ。その場でササっと清潔な水が作れるから飲み水にも水浴びにも困らないし」
「・・・・ギンジ殿、本当に覗いてないだろうな?」
「バカ言え、俺だってまだ電気で黒焦げになりたかないわ」
ケラケラ笑いながらスープを食べる銀二を訝し気に見るが、諦めた様にため息を吐き自分も食べ始める。ほのぼのとしながらも、周囲の警戒は怠らない二人。ついでに、と銀二が行き先を見上げれば圧倒的に少なくなった植物と、風雨にさらされる岩肌が増えた山道が目に入る。
「こっから先はドンドン道が険しくなりそうだな」
「ん、ああ。本格的に登山道に入っていくからな。だが、気付きにくいが樹海の中も少し傾斜があったから、ここでもちょっとした高度はあるのだぞ」
もう少し行った先で景色を見下ろす場所がある、とライラが告げると興味深そうにふむふむと頷く銀二。
「険しい山道、とは言っても馬車が通れるよう最低限整備されているし、ギンジ殿のおかげで進みながら治癒術を受けているからか馬も調子がいい。この調子なら早めに関所まで着けそうだ」
「となると近いうちに防寒具ださないとな」
「ああ。この時期ならそこまで深い雪にはなっていないと思う。ただ我々が動きやすいという事は――」
「山賊なんかも動きやすいってことだろ?ま、道中気を付けていこうや」
食べ終わった皿に水をバシャッと流してキレイにしながらタバコに火を着ける。いつもの動作で慣れていたからこそ、遠くの岩山の上にチラリと見えた影に気づく。
「ん・・・・?」
「どうしたギンジ殿」
黒い人影の様なものが見えた気がしたが、一度ライラに視線をむけてすぐに戻せば違和感を感じた場所には何もなかった。
「いや・・気のせいか?」
「なにかいたのか?」
「あそこの岩山の上のとこに何かいたような気がしたんだがな」
「ふむ・・・あそこの辺りはアッシュウルフの生息域だし、岩陰や洞窟が多く隠れ場になるので山賊が潜みやすいと聞く。念の為用心しておこう」
ライラの分の皿もチャチャっと洗いながらその言葉に頷く。不意に空を見上げれば、晴れてはいるものの雲は速く流れていた。
「――――少し、荒れそうかね」
――
ザァァァ雨水が地面を強く打ち付ける音がどこか遠くに聞こえる。崖の隙間、丁度谷になっている通り道の途中に、大きくせり出した岩が庇となってちょっとした洞窟になっている場所で二人と一頭は体を休めていた。
「いやぁ参ったね、山の天気は変わりやすいって言うがホントにあっという間に降り出しやがった」
「ああ。しかし日が落ちる前に今日の目的地であるこのキャンプまでこれたのは僥倖だった」
お前のおかげだな、と馬車から離して休ませている馬の鬣をライラが撫でれば、ぶるるっと機嫌良さそうに馬が嘶く。
それを横目に見ながら手早く焚火を熾して雨に濡れて冷えた体を暖める。
「ほれ、ライラ。いつまでも体冷やさねぇようにこっちであったまんな」
「ああ。・・・ふぅ、あったまるな」
パタパタと機嫌良さそうに尻尾が床を叩く姿に内心和みながら、アイテムバッグからタオルを取り出してライラの頭にかぶせる。
「わっ」
「よく水を拭いておけよ。・・・よーし、馬も拭いてやるか~」
「・・・タマは絶対に馬につける名前ではない気がする」
ブラシと一緒にタオルで馬の水気を拭いている銀二の姿を見て、釈然としないようにつぶやく。先日の精霊といい、どうやら銀二にネーミングセンスはないようだと思案しながら、火を絶やさないように薪を投げ入れる。
焚火の明かりによって薄暗かった洞窟が照らされ、岩肌に描かれた壁画が目に入る。
「ん?おおーなんだこれ、すっげぇな」
「太古の昔からここにあると言われている、霊峰山脈の大壁画だ。描かれているのは全ての精霊神と、それと戦う『ナニ』か、といわれている」
まるでエジプトの壁画のように描かれたそれには、なるほど言われてみれば精霊ともとれる神聖な存在と、それと相対する黒い化け物の様な何かが争っている。
「王国を始め様々な国の考古学者が諸説唱えているのだが、決定的なものには至っていない、と聞いたことがある」
「ふーん・・?」
「なぜこの壁画が描かれたのか、誰が描いたのか。すべて謎に包まれているらしい」
「ほほー。いいねぇ歴史ロマンがありそうだ」
治療術を馬に流しブラシ掛けを〆て焚火に当たりなおす銀二。それと交代するように、さて食事の準備でもと立ち上がったライラが何かに気づいたように足を止める。
「む・・拙いな」
「ライラ?なんかあったのか?」
「・・・ギンジ殿、囲まれている」
ピクピクと動く耳が雨音以外に水を跳ね上げさせる音を捉える。そんなライラの様子に銀二も立ち上がり馬を洞窟の奥へと連れていく。
「お客さんはどっちから?」
「両方だ。どうやらそれなりに数をそろえているらしい」
また面倒事か・・と呟きながらライラを手招きして呼び寄せ、防寒に使える様にと買っておいたローブを被せ、自身はフードを取りはらう。
「ギンジ殿?」
「飢えた獣に餌を見せる必要もねぇだろ。前面にゃ俺が出るからバックアップ頼むな」
そうしている間に、銀二の耳にも雨音以外の足音が聞こえ始め、やがて洞窟の入り口を塞ぐ様に大勢の男たちが姿を見せる。
その中でも一際大きな男がのっそりと姿を見せると、洞窟内をぐるりと見渡し中にいるのが銀二とローブで容姿を隠したライラと馬一頭だけとわかると、露骨に舌を打つ。
「チッ、湿気てんな。ま、この山越えようってんだ、それなりなモン持ってんだろ」
「おーおー、夜分に何か用かい・なんて聞こうと思ってたんだが、隠す気もねぇときたか」
「あ?んだオッサン、見てわかんだろ?いいから身包み置いてきな」
命だけは助けてやるからよ、と大男が言えば周囲の男たちもニヤニヤとしながら包囲を狭め始めてくる。それに対して動揺を見せないでいつもの様にタバコに火を着ける銀二の姿に、大男たちが次第にイラつき始める。
「雨の中近づいてくるってことで接近を気づかせないようにしたってのはまぁ評価するが、その後はお粗末だな」
「んだと?」
「例えば数人を旅人に装わせてここに紛れ込ませて、俺らが警戒しないように暗殺するとかあるだろ?もっと頭を使ったらどうだ?」
スパスパと煙を吐き出し、片手で頭を指さし下から覗き込むように大男に問いかける銀二。そこで何かに気づいたように、「ああ」と声を上げてニヤリと口を歪ませ周囲を見渡す。
「―――頭が使えたら、山賊なんてやってなかったな。悪い悪い」
「テメェ!!ぶっ殺す!!」
大剣を振り上げて気勢を上げる大男と、同調するように叫びながら駆けこんでくる賊たちに一つため息を零す。それと同時に風切り音と共に銀閃が洞窟を駆ける。
「ギャア!!」
「ぐえぇぇ!」
パァン!!という乾いた音が数度響けば、鮮血と共に皮膚が裂け腕が飛ぶ。異様さに一度洞窟内の全員が動きを止める中、紫煙を吐き出しながらチラリと後方に目を向ければライラが水鉄の鞭を振るっている。その姿に口笛を鳴らせば、咥えていたタバコを再起動して近づいてきた男に向かって投げ捨てる。
「あっちぃ!」
「かーらーのー・・オラァ!」
いつもの様に黒杖のフルスイングを食らわせれば、相変わらずの膂力で成人男性が紙くずの様に吹き飛び、後ろにいた男たちをボーリングのピンの様にまとめて弾き飛ばす。
「ストラーイク!」
「なん・・・なんなんだテメェ」
「なぁに、しがない低位冒険者のオッサンさ」
「テメェみてぇな低位冒険者がいてたまるか!!」
ごもっとも、と後ろで頷くライラに気づかない銀二に向かって大男が再度突っ込んでくれば、その大剣を黒杖で叩き折り、返す刀()で下から顎を打ち据える。100Kg超えの大男が軽く浮き上がった姿に、再度男たちが進む足を止める。まるで時間が止まったような一瞬、その間に体勢を直した銀二は、浮き上がっている男の鳩尾を前蹴り(ヤクザキック)で吹き飛ばして残った男たちを再度吹き飛ばす。
「ば、化け物じゃねぇか!」
「に、逃げろ!!」
気絶した大男を数人がかりで担ぎ、怪我した仲間に手を貸して逃げようとする姿に、顎髭をさすりながら感心したように声を上げる銀二。
「へぇ?破落戸にも仲間は見捨てない程度のモンはあるんだな」
洞窟から出ようとしている男たちとは逆に、銀二は奥のライラの元へと近づいていく。
「いいのか?首でも獲って関所あたりに持っていけば賞金くらいは出るだろうが」
「―――いや、それは譲るさ」
「え?」
「「ギャアアアアア!」」
フードを被りなおし、懐からタバコを取り出した銀二はゆっくりと悲鳴の上がった洞窟の入り口へ振り替える。
闇から出てきたかのような黒い髪が靡き、無造作に振り払った大鎌が山賊たちの首を刎ね飛ばして周囲を赤に染める。モーゼの様に男たちを切り開いて姿を見せたその姿に脳内の警鐘が鳴りやまない銀二。
ハァハァと荒い息でひどく興奮した様子のその女は、その美しい顔を紅潮させて銀二とその手に持つ黒杖に視線を向ける。
「ウフフフフ・・・やっと、見つけましたわぁ・・・!」
「美女のお出迎え、みたいだぞ。ギンジ殿?」
なぜかライラから白い目で見られる銀二なのであった。




