17-いつの間にか俺はテレパシーを習得していたらしい―
パチ、パチと薪が燃え弾ける音が静かな森、その開けた場に響く。揺れる火をぽけーっと眺め、タバコを咥えた口元から紫煙を吐き出す。
片膝を立てて座る銀二の足を枕に、毛布を被り猫の様に丸まったライラが静かに寝息を立てている。その頭、サラサラな髪の感触を楽しむように無意識に撫でながら改めて周囲を見渡す。
「ぶっ壊された山小屋にめくれ上がった地面、ちょっと外れに血だまり&肉の山・・」
一種のホラーだな、と眠気が占める頭でぼんやりと呟く。火を絶やさない様に手元に集めておいた薪を適時投げ込み、手に持った黒杖でちょいちょいと焚火を整える。
『―――』
「へいへい、これくらいいいだろ?」
『――――』
「扱いが雑?頑丈な素材で作ったのが運の尽き、諦めな」
『―――――』
抗議するような意思―明確な言葉ではないが、ぼんやりと伝わってくる不思議―に空っぽにした頭で適当に答える銀二。傍から見ればちょっと頭のおかしい人に見えなくもない。
「―――で、お前さんなんなの?」
『――――』
「闇の精霊・・の一部?違うな、分霊?」
『――』
「大層なもんだねぇ・・・。そういや、お前さんの持ち主達はどこにいるんだか」
ドゥールや今まで通ってきた街で集めた情報から火や地、風や水の精霊教会の所在地はつかんでいる。が光は王都にあるので除外するとして、唯一分かっていないのが闇の精霊教会である。
そもそも前の世界、地球では発展した科学が未知を解明することで神秘を否定していたが、この世界アストリアでは精霊やそれを司る精霊神―つまり神秘は実在し、生活とも強く結びつく存在である。特に各地の環境等から強く信仰することで出来たのが各地の各属性の精霊教会である。日夜共にある神秘、それを司る精霊たちに感謝をささげるという事が主目的であり、そこに優劣はない。故に地球のような宗教戦争というのは今までは起きなかった。
しかし、いつのころから聖光教会が王都に出現することで追いやられたのが闇の精霊教会とその信徒である。迫害に近い扱いを受ける形となった彼らは、その身と信仰を守るために定まった場に根を下ろすことはなくなり、それこそ根無し草のように日々移動する事となったのである。
つまり、普通に探して見つかる相手ではない。まさにどこにでもあってどこにもない、闇のような存在なのである。
『―――』
「そのうち見つけるって、お前・・魔力供給できる俺がいるからって暢気すぎるだろう・・・」
根元近くまで吸ったタバコを指先でつかみ、焚火へと放り捨てる。空いた手でライラの頭、丸くふわふわな耳の裏の付け根をコリコリと弄ってやれば、少し血色の悪かった顔色に赤みがさしてくる。
「んぅ・・・・」
「ライラにゃ、お前さんはちょいと刺激が強すぎたみたいだな」
『―――』
「なるほど?魔力適正が低いとああなる可能性があるってことか」
懐から新しいタバコを取り出し火を着ける。白んできた空、雲一つない天気に少し目を細めながら紫煙を吐き出し、若かりし頃にちょっとだけやった某TRPGが脳裏をかすめる銀二なのである。ああ、窓に!窓に!
――
ガラガラガラと馬車の車輪が音を立てて森を進む。無事だった馬車の馭者席には、目が覚めてから頬を赤くしたままのライラが座っている。
「それで、あの山小屋はあのままでいいのかい?」
「ん、ああ。昨日の商人や護衛達が早ければもうドゥールに着いているころだろうから、すでに報告が上がっていると思う。おそらくあの山小屋の周辺調査などがクエストとして出されるだろうからな、山小屋の修復もそれで行われるだろう」
「破落戸、荒くれがイメージとして定着してる冒険者でもそういうところはしっかりしてるのな」
「情報は命にに直結する。ある程度冒険者として活動していれば誰でも身に着く常識だ。だからこそ、よほどの儲け話でもなければある程度の情報は流すさ。触手付きのときも駆け込んできただろう?」
「なるほどねぇ・・・逆に、それが出来なきゃ冒険者として大成しないってことか」
「うむ。そもそもそんな輩は中位にもなれないだろう。ギルド側の査定で弾かれるだろうさ」
「肝に銘じておくことにするよ」
「私としてはギンジ殿が低位なのが未だに信じられん・・・」
「ま、冒険者になってまだ2,3カ月ってとこだし、そんなに実績もねぇからな」
「ほぼ単独でオーガキングを倒すような男が低位なわけがない・・。連邦で報告すれば中位にすぐ上がるだろう」
「逆に信じてもらえなさそうだがなぁ」
「そこはギルド員の目を信じる他ない。彼らも日夜様々な冒険者の相手をしてるわけだし、観察眼もあるだろう」
幌の中から外を覗けば、陽が昇り日差しが強い。銀二が荷物から水筒をひょいとライラに渡し、気づいたライラが手綱を片手に水を飲む。
「ありがとう。・・・それより、気になることが一つ」
「ん?」
「昨日のオーガキングだ。そもそも、あれほどの個体ともなれば樹海の奥地で活動しているはず。特に、人が通るような浅い場所には滅多に顔を出さない」
「昨日のはあのゴブリン達を追ってきたようだったが?」
「幾らゴブリン達の知能が低いからと言っても、竜の尾をわざわざ踏みに行く愚者ではないだろう」
「―――なんらかの外的要因によって、ゴブリン達がオーガを相手にしなきゃならんことがあったとか、逆にオーガがゴブリンを追わなきゃならんことがあった。そういうことかい?」
「互いの縄張りはほぼ交わることはないから、通常では考えられないが・・・」
「―――きな臭ぇなぁ・・・おぉ、やだやだ」
よっこいせ、と呟きながら馭者席に出てきた銀二はライラの隣に座ると懐からタバコを取り出して火を着ける。ある程度の喫煙マナーは守る銀二である。
表情は動かないが頬を赤くし尻尾をフリフリと動かしながらライラが銀二、そしてその手に持つ黒杖に視線を向ける。
「それで・・・昨日のあの腕は一体・・?」
「ん、んーー・・。まぁお前さんが寝てる間に聞いたが、なんっつーか、闇の精霊の分霊?とかなんとか」
「――――それは、つまり・・精霊と交信した、ということか?」
「ん?魔力適正があってれば出来るんじゃないのか?」
「あの時の声と思えない音は精霊の意思だったということか・・・。精霊と交信、つまり意思疎通が取れるものとは、つまりは魔力同位体であるということ。いや、そうか。大源との同位体であるギンジ殿ならばできて当然なのか・・・」
つくづく規格外だなあなたは、と呟き苦笑する。そしてハッと何かに気づいたように体を震わせると、再度銀二へ視線を向ける。
「つまりその杖に精霊が宿っているということは・・・」
「ん?加護がついた宝具ならそういうもんじゃないのか?」
「加護は加護。精霊が宿ることとはまた別だ。そもそも武具や道具に精霊が宿る、というのは聞いたことがない」
「つまり?」
「精霊とはその土地に根付くもの達だ。ましてやあれ程までに強力な存在ともなれば、それこそ教会を建てて聖地とするほどのものだ。つまり、その杖こそが闇の精霊教会そのものである、という可能性がある」
「――――は?」
「教会とは信仰の拠り所。例えば火の精霊教会には精霊によって焚かれた『燃え尽きぬ聖火』がある。むしろ、『燃え尽きぬ聖火』がある場に教会を建てた。それは聖火が火の精霊と繋がっているからだ。聖火を奉る事で火の精霊への信仰を現すからだ。聖火が他の場所にあったのなら、教会もまたそこにある。そういうものなのだ」
「つまり・・・闇の精霊教会の信徒からすれば、教会そのものが10年以上奪われたままだということ・・・あれ、俺やばくないか?」
「万が一、闇の者達との間に誤解が生じた場合・・・正直考えたくないな」
良くなっていた顔色がまた少し青ざめるライラ。流石の銀二も眉を顰めて、ついで諦めた様に煙と共にため息を吐く。
「ホント、面倒事は勘弁してくれよ――」
咥えたタバコから昇る煙を追う様に見上げた空は、憎たらしいほどに青く透き通っていた。
―――
――
―
暗がりの中ドチャっと音を立ててぬかるんだ地面に首の無い人間の体が転がる。ビシャっと頭を乗せていたはずの頸から血が噴き出し、足場へさらに水気を供給する。宙を舞っていた首から上を片手で掴み、しげしげと恐怖に歪んだ男の顔を眺め、数瞬後には興味を失ったのか無造作に放り捨てる。
黒いイブニングドレスをわざと裂いた、長いスリットから見えるスラリと伸びた足、ドレスを押し上げる豊満な胸にギュッと括れたウェスト。黒く膝裏まで届く長い髪に褐色の肌。そして長くとがった耳。見目麗しい美女がその頬に赤い化粧をつけ、うっとりとした表情で手に持った身の丈よりも大きな大鎌を払い、刃についた血を振り飛ばす。
「また派手にやったね、クラリッサ」
そんな彼女の後方から呆れた様な色を乗せて呟くのは、同じく褐色の肌を持つ銀髪の女性。クラリッサと呼ばれた黒髪の女性と違って、感情を全く見せない表情が特徴的である。
「あらぁ族長様。お久しぶりですねぇ?」
「5年ほどならば我らにとっては些末な時間だろう。他の人種と違い、我らには時間が有り余っているからね」
「とは言いましても、10年も精霊様を感じられないのは苦痛でしたわぁ・・」
「ふむ。その様子なら感じたようだね」
「ええ!ええ!それはもう!あの黒く、大きく!この身を貫く魔力の波動・・・!忘れようもありませんもの!」
ハァハァと荒い息で恍惚といった風にその豊満な胸を潰しながら自身の体を抱きしめ、頬を染めてうっとりと呟くクラリッサに、族長と呼ばれた銀髪の女性も二度三度と頷く。
「10年前に杖が奪われた時には驚いたものだが・・・今回はさらに驚かされた」
「族長様がおっしゃられてもいまいちピンときませんわねぇ・・」
「表情が動かなくて申し訳ないね。それよりも、まさか我ら以外にあの杖を使えるもの―精霊様を喚ぶものがいようとは思わなかった」
「魔力の波動が流れてからも、その波動の元が移動してますわ。つまり持ち主は任意で精霊様を喚び、そして無事だったということは――」
「ああ。我らと同じく、精霊様と魔力同位体として繋がっているということだ。同じ時代に我と君が魔力同位体としていることすら驚きではあったのだが」
「眉一つ動かさずに驚くと言われましてもぉ・・・」
片手を頬に当て困ったように苦笑しながらクラリッサが言えば、族長はその無色な瞳で見つめ返す(多分睨んでいる)
「それよりもクラリッサ。君に使命を与えよう」
「―――はい、族長様」
「闇の宝杖を持つ者を追え。もし、意に沿わない者なら――」
「その首、刎ねてしまってもよろしいのでしょう?」
「判断は君に委ねるよ。我は他の子達と合流してから君を追うとする」
「委細承知しましたわぁ。それでは――」
そう言えばクラリッサの体が闇の中に消え、周囲を静寂が包む。残った族長―アンナマリア―は一つ頷き、そして自身の頬に触れる。
「そんなに表情が動いていないものだろうか。結構笑っているつもりなのだが」
心底不思議そう(無表情)に呟くのだった。
―
――
―――
所変わって気品のある調度品が嫌味なく並べられた室内で、一組の男女が紅茶を飲みかわしながら談笑している。男は総髪にした金髪と高く伸びた鼻、青い瞳と髪と同じ色の良く整えられた顎髭が特徴的な偉丈夫。対する女も鼻は高く、茶色の髪を腰まで伸ばしている。年の頃はどちらも40~50代といったところだろうか。
「ウチでも栽培は順調だと聞くが、やはりタバコと紅茶は連邦のものが美味いな」
「ええ、自然と共に生きる方々ですから、その育て方も良いのでしょうね」
「―――それで、巨大な魔力を感じたということだったかね?」
「はい。あの恐ろしいほどまでに強い魔力ともなれば、おそらく何者かが精霊召喚を行ったのでしょう。それも、おそらくは闇の精霊かと」
その言葉に顎のヒゲをさすりながら思案する男。
「闇の精霊とは穏やかではないな。しかし、ここ10年は聞かなかった話題でもある」
「私共大地の精霊教会において大地のローブが強奪されたものと同様、世界各地で宝具が強奪されたという事件は記憶に新しいかと」
「我が国の教会騎士達が犠牲になったあの事件、ああ覚えているとも。当時騎士団長だった我が親友もその時に死んだのだからな」
「――アイゼンラウアー前騎士団長ですね。惜しい方を亡くしました」
「あ奴ほど義理と人情に篤い男はそういないだろう。老いには勝てぬと引退を考えていると相談受けた矢先だったのだがな。ふむ、そう言えば奴に娘がいたな――」
「ヒルデグントさんですね。道は違えどもやはり血でしょうね、勉学において才覚を現し、今は確か魔導研究所に勤めていたかと」
「ああ、そうであった。魔導の研究の一環、という形で王国へ魔法を学びに行ったという話も聞いたな」
「ええ。そして精霊の魔力を感じたのもまた王国の方面。とは言いましても、何分距離も遠く大雑把な方角でしかわからなかったのですが」
「王国か。以前から何かあるようだが、ここ数カ月は特になにやらしておるようだが」
鋭い視線でカップの中の揺れる紅茶を覗き込み、次いでグイっと茶を飲み干す。
「何かが動こうとしている、か。いや、すでに動いていたのだったな」
「闇の精霊――、その召喚者が悪しき者でないことを祈るばかりです」
「ふっ、貴様の祈りならば通じそうだな、大地の巫女よ」
「いえいえ、私などまだまだでございますわ、皇帝陛下」
銀二達のあずかり知らぬところで、世界は動き出そうとしていた。
「へっくしょい!チキショーメ!」
「フフ、誰かがギンジ殿の噂でもしてるのではないか?」
「ん~、いい噂ならいいんだがね。あ、そういえば精霊うんぬんってのを余人の前でするわけにもいかないからアイツに仮称ってことで名前を考えたんだが」
『――!』
「ほう?なんと?」
「ああ、ポチだ!」
「『―――』」
「ん、どうした?」
「いや、ギンジ殿でも苦手なことがあるのだな、と」
「えっ」
『――』




