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12―戦闘だと思った?残念、説明なんだよなァ!―

触手ワンちゃんはズンバラリンと解体されました

暗く視界、重い体、うすぼんやりとした意識の中でふと懐かしい匂いを覚える。これは一体何だったか、最初はその匂いが嫌いで、しかしそれが当たり前で今となってはただただ懐かしい。ああ、これは―――


「父・・上・・・」


そうだ、敬愛する家族・・・その家長である父が好んでいたタバコの匂いだ。思わずぎゅっと手を握れば、父ではないだれかの苦笑する声と共に安心させるように優しく握り返してくれる。


「・・俺ぁまだ嫁さんもいねぇんだが」

「ん・・・・?」


少し低いながらも、記憶の父よりは幾分若い声に意識が覚醒へと向かう。閉じていた目を開けば木目の天井と側面の窓から入ってくる陽の光、そしてその窓を少し開けタバコを吸う浅黒い肌の人間の男。

片手は口元のタバコをつまみ紫煙を燻し、もう片手はと視線を向ければ自身の手がしっかりと握りしめていた。


「・・? ―――――っ!」


寝ぼけた頭でも自分が握りしめていたことに気付けば、急速に頬が熱くなっていくのが自覚できる。急いで手を離せば、横で座っていた男も苦笑して手を戻す。


「あ、いや・・これはその・・!?」

「落ち着け落ち着け。・・・・おはようさん、気分はどうだい?」


タバコの火を近くの灰皿に押し付けて消すと、眠たそうな垂れ目で自分の顔を見ながら男が言う。


「気分・・は悪くない・・・そうだ!触手付きは!?」

「倒したよ。今はあれから一晩経って昼前だ。・・・よし、経過はまぁ良さそうだ。ほれ、これ飲んでおきな」

「これは・・?」

「ヒルデの嬢ちゃんに譲ってもらった造血剤さ。傷はしっかり塞いで治してるが血は戻ってない。ましてや腹に大穴開けたんだ、結構な血が流れたからな」

「腹・・・そうだ、確か触手に貫かれて・・・」


ボンヤリとしながら体を起こして渡された薬を飲む。そのまま掛けられた毛布をはがし自身の腹を見れば、そこにあったはずの傷はなく普段見慣れた自分の裸が目に映る。


「まだ寝ぼけてるのかね・・・。ほれ、風邪ひくから寝てろ毛布戻せ」

「―――――――!!?」


思わず声にならない叫びが漏れた。

らしくないな、とどこか冷静な自分が頷くのを覚えながら毛布をかぶりベッドに横になった。


―――


「落ち着いたかい?」


カラカラと笑いながら男―ギンジと名乗っていた―が言えば、ついつい恨みがましく睨んでしまう。


「傷を治すために服を脱がしたのは謝るが・・・安心しな、服を脱がせたのはヒルデとかイルセの嬢ちゃんたちだ。お前さんの大怪我治すために手伝ってくれてね」

「そ、そうか・・・。彼女らにはあとで感謝しなければな・・・」


サイドテーブルに乗せられたタライの水でタオルを濡らし、ぎゅっと絞って自分の額に乗せてくれる。そこでようやく、頭がぼんやりしていたのは寝ぼけていただけではなく熱が出ていたためとわかる。


「傷は治したが体が落ち着くまでは少し熱は出るだろう。そこまで重症でもないからしばらくは飯をしっかり食って栄養付けてれば問題なく回復するさ」

「ああ、貴方にも感謝を―――」

「どういたしまして。・・・ま、そんなことより聞きたいこと、あるんだろ?」

「あ、ああ。・・・参ったな、どうにも貴方には考え事が見抜かれている様な気がしてしまう」

「ハッハッハ。流石に他人の考えてることまではわかりゃしねぇよ、お前さんが分かりやすいだけだ。さて、何について聞きたい?」


再度椅子に座った彼は煙草をつまみ、チラリと視線を送ってきたので頷く。すると流れるような仕草で先端に火をつけてまた紫煙を揺らし始める。


「まず・・あのあとはどうなったのだろうか」

「まぁ単純に言えばお前さんを傷つけた奴を倒して、そのあと隠れていたやつも倒した。対処法さえわかっていれば問題なく倒せたからな、お前さん以外に大怪我し奴はいない」


口にタバコを咥えて、両手をはさみの様にしながらチョキチョキとジェスチャー―倒し方などの詳細はカットするという意思表示だろうか―をするギンジの言葉に安堵のため息を吐く。


「その後はお前さんの治療をするために急いだからな、現場でなんか話してたとしても俺は知らん。ああ、そうだ。ちなみにここ、冒険者ギルドの仮眠室を無理言って貸してもらってる」


お前さんの宿知らんし、黙って女の部屋覗くわけにもいかんしなーと呟く男は、だらしなく見えるが案外どうして義理堅い男なのだろうか。


「他に聞きたいことは?」

「そう・・だな。私の体はケガをしただけだっただろうか?触手に貫かれた際、なにか力が抜けるような変な感覚があったことは覚えているのだが」

「ふーむ。そうさな、確かに傷を見たときに外傷だけじゃなく、魔力に黒い澱みの様な・・毒のようなもんかね?そんなもんが混じってはいた」

「っ!」

「安心しろ、そいつももう治してある」


ギンジ殿の言葉に思わず体が固くなるが、次いで出た言葉に思わず顔を彼に向け額のタオルがずり落ちる。きょとんとした表情をしながらもタオルを乗せなおしてくれた彼は、教えたがりの姉のレイラの様に人差し指をピンと立てて話を続けてくれる。


「黒い澱み・・・便宜上、仮の名称として瘴気としておくが、あの瘴気はどうやら体内の魔力、ようするに小源オドに対して過剰な反応を見せることが分かった」

小源オドに・・?」

「あの瘴気は小源オドを取り込み吸収することでその数を増やすらしい。そしてそれが限界を超えたとき、あの触手となって宿主の体を食い破り新しい宿主を探し始める」

「なん・・だと・・・」

「俺は実際にはそんな見てなかったが、なんでも魔法使いの坊主の魔法が吸収されたんだって?ヒルデの嬢ちゃんにも聞いたが、魔法とはいわば小源オドの塊・・奴らにとっては格好の餌というわけだ」

「アレックスの魔法が効かなかったのはそういうカラクリか・・・」

「そういうこと。ついでに言えば、帝国ではアレを瘴気の魔物・・・瘴魔と呼び研究をしているわ」


瘴気という名称は間違ってはいないわね、そういって扉から顔を覗かせてきたのはヒルデ君だ。片手を振りながら入ってきた彼女は、抱えていた荷袋をベッド横に降ろし空いてる椅子に座る。


「これ、安物だけど服ね。着ていた服は血だらけで穴も開いちゃってたし・・なにより瘴気が少し付着していたから燃やしちゃったの」

「そう・・か。あ、いやすまない。面倒をかけてしまったね」

「別に構わないわよ、ライラさんにはいつも研究用の素材集めとか依頼しちゃってたしね」

「それでも、だ。あとでかかった費用はしっかり払おう。・・・あ、すまないギンジ殿。話を続けてくれ」

「おう。んで今ヒルデの嬢ちゃんも言ってたが、瘴魔は小源オドが着いてるものには無機物でも付着する。そして触手は生き物のようにも見えるが、その実あれは生き物じゃない」


ヒルデ君の買い物袋から飲み物を受け取り喉を潤しながら話すギンジ殿も、なにか探るような思案するような表情で話を続ける。


「あれは魔力の一部・・・もっと詳しく言えば、小源オドの一部か?」

「・・・すごいわね。触手付きの報告に来ていた彼らやライラさんの治療で詳しく見ていたとしても、帝国の研究に迫る内容よ」

「まぁ瘴気やら瘴魔についてはヒルデの嬢ちゃんの方が一日の長があるだろうし、あとで話してもらうとして、瘴気の治療法についてだが――」

「治療法がわかったのか!」


思わず話を遮ってしまい面を食らったギンジ殿の表情で我に返る。


「す、すまない・・」

「いや、構わんよ。さて、その治療法だが・・・簡単に言えば大源マナを浴びせる」

大源マナを・・?」

「そうだ。奴さんは小源オドは大好物だが大源マナはどちらかといえば苦手としているようだ。瘴気に対して大源マナを直接流し込めば中和するようにいずれかき消えていくってわけだ」


なんでもない顔で話すこの男は、おそらくそれがどれだけ困難なものかわかっていないのだろう。チラリと視線をヒルデ君に向ければ、彼女も手を顎に当て思案し眉間にしわを寄せて小さく顔を振る。私とギンジ殿の顔を見て一つ頷くと、部屋の扉へ向かいカギをかける。


「ギンジさん、その大源マナを浴びせる・・という話だけど、この前話した魔法とかのこと覚えてる?」

「ん~?ああ、人には小源オドがあって属性が付与されるってやつか?」

「そう。改めて言うと、ヒトは大源マナを取り込むと、体内の器官で小源オドへと変換するの。ということは、ヒトの体内・・・正確には生物の体内に大源マナはない。魔力を扱うということは自分の体内の小源オドを操ること。大源マナを操るというのは不可能なの」


ヒルデ君が語る内容はある程度は一般的な話だ。一応学院と呼ばれる教育機関で覚える内容だが、簡単な内容だったら一般的にわかるはずだ。


「ってなると、やっぱこの前の魔力検査・・・属性が無かった俺は異常なことってことか」

「属性が付いた魔力を小源オドと呼ぶ以上、ギンジさんの体内に属性が無いということは小源オドではなく大源マナしかない。異常ではあるけれど・・・あの時も言ったけど、理論上は小源オド大源マナと同じということはあり得ないわけじゃないわ」


そういってヒルデ君は私に視線を向ける。語る内容は恐らく私に・・否、私の一族と深く関係していることだ。


「『魔力同位体』・・・つまりはそういうことかな、ヒルデ君」

「魔力同位体・・?」

「正式に言えば、属性魔力同位波長個体。魔力には属性パターンと呼ばれるものがあるの。魔力を特殊な装置に流すと記録針が揺れ動いて波を描いて調べることができる。例えば火属性だったら大きくギザギザに描かれる、みたいにね。人それぞれこの波長は小さな違いがあるのだけれど、属性波長の形状が似通っていれば大体似通っている属性を持つことになる。ここまではいい?」

「まぁ・・・属性には固有のパターンがあって、人それぞれどれかの属性パターンに近い魔力を持っていると。そこはまぁわかるんだが、そもそもその魔力の大元、属性パターンの基準ってのはどうやってわかったんだ?」

「精霊の魔力を基準にしたとされているわ。精霊の宝具って聞いたことあるかしら?精霊の加護を与えられた装備品なんだけど、その装備の中に宿っている魔力を属性パターンの大元としているの」

「へぇ・・・精霊の宝具・・・」

「それで話を戻すと、基本的に魔力の波長は人それぞれ違いがあるの。ただ、世界にはその属性パターンとまったく同じ波長をもつ人がいる。それが魔力同位体とよばれる人たち」

「それと俺の魔力とどう関係がある。そもそも俺には属性が無いだろ?」


ギンジ殿がそう言えばヒルデ君も一つ頷く。彼女の表情はどこか固く、自身でもにわかに信じていないような感覚を覚える。


「・・・大源マナの波長と同じ魔力同位体もいるのではないか、大昔から唱えられた学説で、それでも誰も実証されたことのない学説よ。つまり、ギンジさんは小源オドが無いのではなく、人類史上初の小源オド大源マナと全く同じヒト、ということよ」


帝国の学者たちが知ればすごい騒ぎになるわね、と彼女が呟く。だがそれ以上に恐ろしいのは――


「もしかして、魔法使いからすると俺って――」

「絶好の研究素材ね。私が扉の鍵を閉めた理由がわかるでしょ?」


話を聞いたギンジ殿はさも、「ああめんどくさいことに巻き込まれた」と言わんばかりのしかめっ面で口から煙を吐き出す。


「ふぅー・・・嗚呼、面倒くさいことに巻き込まれたもんだ・・・」

「ふふっ・・・」

「んぁ?」

「ああ、すまない。その顰めた表情でめんどくさいことに巻き込まれたと考えているのだろうと思っていたら、事実そう呟いたのが面白くてね」

「考えていることが分かりやすいのはお互い様か」


そういってギンジ殿はフッと笑うとタバコを灰皿に押し付ける。


「話が大分それちまったが・・・まぁ瘴魔の傷の治療法については吹聴しないでおくわ。絶対めんどくさいことに巻き込まれるだろうからな」

「それがいいわ。この国の魔法使いってどこか頭のネジが外れているような連中ばかりだし・・・。まぁでもギンジさんはどのみち近いうちにグラナドス連邦へ向かうんでしょうから、この町にいる間気を付けるぐらいで大丈夫よ。それじゃ、あまり長いこと話してるとライラさんも大変でしょうから、私は失礼するわね」

「おう、手伝いありがとうな」

「ああ、研究に忙しいのにすまなかったね、ライラ君」


気にしないで、と口にしながら扉を開き去っていくライラ君。それを見送りながらギンジ殿は頭を掻きながら申し訳なさそうな顔で私を見る。


「そういや病み上がりだったな。気分は悪くなってないか?」

「ああ、大丈夫だよ。これでも獣人の端くれ、回復力には自信がある」

「それはなにより。・・・さて、まだ聞きたいことはあるか?」

「では最後に・・・貴方が持っている剣を見せてほしい」


私の言葉にギンジ殿の目が細まり、否応なしに警戒しているのが伝わってくる。だが私も退くわけにはいかない。


「・・・病人の前で見せる品ではないが?」

「それでも・・だ。私には確認しなければならない理由がある。・・・お願いだ、剣を見せてくれ」


ジッと私の目を見て数秒か数十秒か。最後には観念したように目を閉じ眉頭を上げため息を一つ吐く。そして目を開いて近くにおいてあった袋―彼のアイテムバッグだろう―から一振りの剣を取り出し、切っ先を床に向けて私に見せてくる。


「波打つ刀身・・・記憶の通り・・・やはり・・」

「・・・お前さん、コイツを知ってるのかい?」

「ああ。この世でこの剣を知っているのは・・私達一族と一部の人間だけだろう。焔剣フランベルジュ、我が一族の宝剣にして、火の精霊の加護を与えられた宝具。そして十年前に強奪され、以後ずっと探し続けたものだ」


長年探し求めたものが目の前にある。興奮冷めやらぬ私を、意外そうな表情で見てくるギンジ殿。


「ギンジ殿・・・貴方はいったい・・・?」


私の言葉に今度こそ彼は天井を見上げ、面倒なことになったと呟くのだった。

次回銀二、初の正体バレ!?

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