勇者の理由
目が覚めた。体に伝わる冷たい感覚、上から押し付けられる重力。抗えないその重さは初めは岩か何かが乗っているかと思った。だが、上から聞こえる唸り声、それは上にあるのが岩ではないと雄弁に語ってくれた。
唸り声が聞こえてから意識が瞬間的に覚醒した。急いで脱出しようともがいても、その体は一ミリも動くことはない。
「離して!!その輝きは誉の証。“輝波”!!」
白い炎を呼び出し自身と魔獣の前で爆発させる、それは激しい閃光を放つ、焦っていたため自分も若干視界がぼやける。魔獣は驚いたような声を上げると勢い良く後ろに飛び頭を振る。
(いまだ!)
身体の重圧が解かれた瞬間一気に逃げる。左右も判らない、視界も未だにぼやけ良く見えない、だが戦いたくなかった。戦ったら負けることが安易に想像できたから。だが、聞きたくなかった声が、見えないことでより鮮明になった耳から、微かな唸り声を聞き取った。
(うそっ!?なんで…?)
魔獣は目が見えなくなったあと目の感覚を捨て、鼻に全てを掛けたのだろう。結果岩に所々あたり、血が出ているが確かにその鼻先には獲物がいる。
(死にたくない…死にたくない!!)
その思いが全身を支配する、おかげでスタミナが切れかけてる今も全力疾走できているのだろう。だがここで意識の外から思わぬ出来事が起こった。
「はぁ…!はぁ…っ!!うわっ!?」
それは足元、見えなかったことで小さな石に躓いてしまった。必死に体を起こそうと躍起になるも、限界を超えて走った体は何も受け付けてくれなかった。
「はぁ…!はっ…!はっ…!!」
必死に体をよじり、魔獣の方に体を向ける。そこまで見えなかっため瞑っていた目をあける。
「……………。」
そこで声を失われた。まずここは大きく開けた洞窟なのだろう。4つの入り口が遠くに見える。目の前には未だに目を開けずに探している魔獣、大きさはおよそ全長20mの狼型の魔獣だって。それはここの主と呼ばれるものなのだろう。だが、それだけではなかった。その4つの入り口から、魔獣がぞろぞろと集結している。熊型のものや二足歩行の兎など、様々な魔獣がぞろぞろとこちらへ向かってくる。
「はっ…はは…!」
呆れて笑い声が出てきた。僕が何をしたっていうんだ。
勝手に連れて来られ、先導をやらされ、挙句に叫び声が聞こえたときに裏切られただけじゃないか、僕はなんにもやっていない。何にも、何にも出来なかったじゃないか!
怒りがこみ上げてくる。それは自分自身に、そして裏切ったあいつらに。そして絶望した。こんなにもろい自分自身と簡単に崩れる日常に。そしてこんな世界に平穏で安泰な世界に心底うんざりした。
「そうかよ神様、そんなに僕が嫌いか。」
魔獣の目が治ったのか、鋭い双貌が睨み付ける。
「僕…いや俺も今お前のことが大っ嫌いになったぜ。」
魔獣は大きな口を開け、こちらに突っ込んでくる。全身に死の恐怖が襲い掛かる、だが今は、それが心地よかった。
「こんな試練を与えたんだ、神様。『覚悟』しとけよ?」
そういって、銀髪の彼“ソル=フリード”は自分の人格を捨て、新たな人格と共に勇者限定魔法を習得した。
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「・・・。」
心配そうにソルを見るリズ、2時間前に倒れたっきり一向に目を覚まさない。アニー先生は
「体内の魔素が急激に低下したことによるいわゆる一種の気絶状態。」と判断した。今は洞窟の隙間風が入る涼しい場所で休ませている。シグはその姿を一瞥する。ソルが倒れた後、アニーは全員に「魔法は感情で左右するもの説明し、危険だということを伝えた。そしてソルを煽り感情を揺さぶったシグにアニーはとても厳しく叱りつけた。
「ケッ。あの野郎あんな簡単な魔法で倒れやがって。勝負は俺の勝ちだなこりゃぁ。」
シグは鼻で笑う、そして勝利に喜んでいた。ソルの魔法“黒天”は誰も見たことがないという特性、ソルの詠唱が小さかったと言う結果、魔法の暴発としてみんなの記憶に刻まれている、なのでシグには“火炎”を放ち倒れたように見えている。
「はぁ…そうね、一つ言いましょうか。」
そういってリズはシグに振り向く。その顔は心底呆れた顔をして溜息を吐く。
「まず、あの勝負についてなんだけど、貴方『威力』勝負といったわよね?別に『倒れちゃいけない』ルールはなかったわ。」
「…それは。「そして、」
言葉をかぶせる。呆れ顔は崩さないが先ほどよりも口調が強くなっている。
「距離の問題なんだけど、あなたはおよそ中間あたりから撃ったけど、ソルはいちばん端から端に向かって撃ったわよね?これはどうやってもソルのほうが上回ってるわよ。そして最後に。」
一瞬目線を下に落とし、再度シグの顔を見る、その顔は先ほどとは違い、恨みがこもったような顔で見上げた。
「最後に…。今、対戦相手が倒れた今!!ソルのことを慮らず、そんなことを言う貴方は!!何一つとして!ソルに勝ててなどいないわよ!!」
リズはソルが倒れた時からシグに対してとても憤りを感じていた。家族同然に育てられた二人は、深い絆で結ばれていた、だから、ソルもリズへの些細な悪口で憤った。ソルが倒れた今、リズの憤りは相当の物だろう。
「・・・。」
シグは驚き、何も言えずにその場に立っていた。リズはもうシグのことを見ることはなかった。そこからの沈黙、シグには1分が1時間のように感じられた。だがそれは幸か不幸か、すぐに破られることになる。
「・・・うぁ。」
「!!ソルっ!?」
いうが早くリズがソルに向かって駆けだした。
「ソル!!大丈夫!?」
「ん・・・?あぁ、リズちゃん。・・・そうか、倒れちゃったんだっけ、ごめんね、心配かけて。」
「馬鹿っ!私なんかより、自分の心配いなさいよ!」
安心して涙が出るリズ、ソルは弱く笑いながらも安堵する。
(転生前の僕は独りだったから。常に独りだったから強さを得たんだね。僕がそんな力使ってもいいのかな…。)
夜な夜な見る“彼”の夢、見なくても潜在意識ではすべてを知ってる僕でも、心に来るものがある夢ばかりだ。彼はそれを“受け入れた”。“心が壊れた”ともいうが、耐えきり受け入れ、自ら反逆し始めた。だが今のソルにはそれがない。彼にはない守るべきものがあり、彼にない信頼がある。
「体は何ともないの?どこか痛んだりしない?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって。」
そう言い体を無理やり起こす。多少ぐらついたが、何とか上体を起こす。
「先生はもう今日は帰っていいって言ってたから、いっそに帰ろ?」
「いや、大丈夫だよ。授業もしっかり出れるって。」
「ダメ!ソルが良くても私が許さないの!今日はおとなしく帰るわよ!」
「うーん…じゃぁ、僕一人で帰るからリズちゃんは受けてきなよ。」
「貴方また倒れたらどうするの!?いいから私と一緒に帰るわよ。」
そういってソルの肩を組んで、リズ達は出口へと向かっていく。シグはは何も言わずにリズと話していたところでそれを見ていた。ソルは途中でシグがいるのに気づいた。
「あ、シグ君。ごめんね勝負の件。また今度再戦させてもらうね。」
そう言ってソル達は去っていく、その姿が見えなくなった頃、シグは小さく吠えた。
「…なんで?勝ったのはお前だろうがよ。なんで負けたみたいな言い方してんだよおい…。」
その声は誰にも聞こえず、洞窟の奥に吸い込まれた。
「…まったくなんで男の子たちは無駄に戦ったりするのかな。」
「うん、ごめんね。でもあそこで立ち向かわなかったら自分が嫌いになっちゃうからね。」
「もー!私が馬鹿にされたからってあそこまで怒らなくてもよかったのに!!」
「そうだね、ごめんごめん」
実際は怒ったことも原因の一部だが、昔の癖で勢いよく使った結果、昔よりも魔素の貯蔵量が少なく、足りない魔素の分意識を持っていかれたのだ。
「でも…アリガトねソル。」
「えっ。」
いきなりの感謝の言葉に間抜けな声を上げるソル。
「私のために怒ってくれたんだもん、怒ってばかりじゃ申し訳ないからね。」
満面の笑みを浮かべるリズ。この笑顔のために頑張った甲斐があったと思ったソルであった。
そして夜、誰が寝静まったころ、ソルはひとりでに外へ出た。
(あの時得た魔法の名前…。何だったっけ?)
それは“黒天”を使い気絶した時の夢、彼の大事な心が粉々に砕けた時浮かんだ魔法。勇者限定魔法である。その効果は様々あり、1種類の魔法なのに全元素を操ることができるようで、汎用性が高く、使い勝手が良い。
(そう確か・・・。)
「戦火の果、光さす道しるべ、消えぬ栄光をここに誓わん。この力『民』の為に。“戒刃”」
「それはこの世ならざる者への道しるべ、この力『世界』の為に。“聖絶”」
「祝福を我に、それは玉であり唯一無二の咎への理由。この力『人』の為に。“処恵”」
三つ続けて詠唱してきた。だがどれも発動しない。
「魔法が出ない・・・か。」
魔法は理解。簡単な魔法はその祝詞を覚えるだけで理解できるが、むずかしい魔法になればなるほど、その魔法について理解していかなければならず、知っているだけでは意味がない。
「また、記憶を探ってのぞかなきゃならないんですね。はぁ…。」
ソルは憂鬱だった。転生前の僕とは言え他の人の人生。それを勝手にのぞき見る行為。その行為に若干の罪悪感が芽生えているのだ。
「まぁでも、寝てる間に見ちゃうものだから、しょうがないんだけどねぇ…。」
欠伸を垂らしつつ、ソルは自身の寝床へ戻った。
前回のが短かったのと、4連休という素晴らしい休みをいただき、完成いたしました!
次回はいつも通り来週に投稿予定です。




