6章 少女
私はきっと、造られた人だ。
たった一人の女の子の、友達が欲しいという素朴な望みを具現化した姿だ。
私は、あの子の友達。
あの子は、私の友達。
誰よりも大好きで、何よりも守りたいもの。
だから、絶対に。
***
私はハロウィンよりも幾日か前にそこで目覚めた。
どこかの建物の中、尻をついたコンクリートと背中を預けていた壁が冷たかったのを覚えている。
目が覚めた私は何一つとして分かることがなかった。
私には記憶がほとんど無くて、知っていることと言えばマリンという女の子のことと、自分という概念だけだった。
私には感情があるのか分からないし、それを感じてしまっていい存在なのか分からない。
でも、この時のあの感情はきっと恐怖というものだったと思う。
何も知らない状況の中、唯一理解ができるマリンという存在に縋った。
縋るしかなかったのだ。
恐怖から逃げるために彼女のことだけを考え、ずっとその建物に引き篭もっていた。
けれどもそれも限界で、恐怖からは逃げきれなかった。
そこで今度はマリンという実物を求めた。
私は建物から外へ出て、終わらない夜の街をさ迷った。
『君に魔法少女の力を与えよう』
その声がする方へ視線を向けると、マリンという女の子がいた。
彼女を視認した瞬間、私の体内に沢山の情報が流れ込んできた。
《私は、魔法少女だ》
その強い認識から空想上の記憶が生まれ、私は昔から魔法少女をやっているという催眠にかかった。
「こんばんわ、あなたも魔法少女になったの?」
声をかけてからは魔法少女の基礎などを教えた。
私自身、魔法少女として活動したことは無いはずなのだが、自分の本当の意識なんて無くって、私じゃない誰かがマリンに教えている。
もしかしたら、私自身が自分じゃないのかもしれない。
上辺だけの記憶が本当の自分なのかもしれない。
その恐怖に潰れそうになりながらも、私は私という記憶に身を委ねてしまった。
私はそれから数日間の出来事をよく覚えてない。
もしかしたらその間の私は生きていなかったのかもしれない。
意識が覚醒した頃にはどこかの建物の上にいて、その下にはマリンがいた。
《およ、悩み事かい?》
そんな言葉を私の身体は発した。
とうに自我などないであろう私の体内に、また新しい情報が入ってくる。
今日はハロウィン。ここから見下ろせる街の大通りの騒ぎはその行事。
そしてそれはきっと楽しくて、悩みなんて吹き飛ばせるんじゃないかなんていう安直な考え。
私はマリンと話した末に行動を共に過ごすことになった。
流れ込んできた教会の神父の情報をそのまま伝えると、その隣町まで行くことになった。
その瞬間から、何故か私は彼女のことを友達と認識している。
私自身、彼女のことを友達だと思ったことは無いはずなのだ。
だがしかし、そう感じている。
それでも。
適当な布団と呼べない布団で寝て起きた翌日の一日間、私はきっと幸せだった。
私は、
私は、
私は、
私は──
──マリンの友達だ。
守らなきゃ、守らなきゃ。
記憶を自我としているはずの私に、そんな感情が芽生える。
きっと、委ねた私の核が真っ直ぐにそう思ったのだろう。
体が重い、胸が痛い。
うつ伏せに倒れた体がどんどんと冷たくなっていくのがわかる。
でも、立たないと。
放り出された手で土を握り、拳に力を入れる。
こんなところで死んでたまるか。
私は、私は!
マリンに生きてほしい!
ぐったりとした身体を起こし、手に持った剣を振るう。
私が剣を振り終わると、一つの首が宙を舞った。
かぼちゃの、私の知らない方のジャックの首だ。
守れたんだ。私。
私が、マリンを…。
私がそいつの首を飛ばしたのよりも少し早く、脇腹に鈍い感触を覚える。
あぁ、終わりなのか。
私は力なくその場に倒れた。
あぁ、神様。
私の願いを叶えてくれるなら。
もう少し、マリンと、友達と一緒に居たかったなぁ。