3章 何度目かの違った道
幾度となく繰り返したこの日に、また私は立っていた。
私の場合、立っていたという表現が正しいのかどうかは分からない。
何故なら足がないのだ。足どころではなく、胴体すらない。
私の名前はジャック、ジャック・オー・ランタン。
数日前にとある少女に早めのクリスマスプレゼントを渡したしがない紳士だ。
透明な体に乗った、唯一見ることの出来る頭部のかぼちゃ、それだけが宙に浮いて見えるのはあまりにも不格好なので、店主はもう家へ帰ったであろう刻に街角のブティックに忍び込み、ロングコートにマフラー、手袋をもらい、それに見合った金額をレジに置いてハロウィンで賑わう街へと出ていく。
栄えた街、といっても幾千年か前の二十一世紀程栄えているわけではなく、むしろそれ以下の人口の薄汚い街で、けれどもここら辺一帯では最も栄えているその街は、十月三十一日のハロウィンで大通りは人で溢れ、チカチカと装飾品が光を反射し、クリスマスやら初詣やらと並ぶ程の賑わいだった。
当然、街行く人々の内の大半が様々な仮装をしていたため、ジャックのこの格好では不自然には思われないだろう。
大通りを幾らか進んでいくと、ツギハギだらけの気味の悪いぬいぐるみや、くまの可愛らしいぬいぐるみが飾ってあるテディベアショップを見つけた。
そこの前で立ち止まり、ハロウィンの装飾として飾られているツギハギだらけのテディベアとも呼べそうにないくまに似たぬいぐるみを見つめる。
その頃、ジャックの後ろに位置する裏路地から二人の少女の声がした。
本来ならもっと早くに彼女と接触していただろうが、今回はそうしなかったためかもう一人の少女の声がする。
これは興味深い、今すぐにでも声をかけたかったが、今回はまた別の可能性を模索するのだ。今ここで接触してしまえば全ての計画が狂ってしまう。
だから今は胸の内に沸き起こる感情を沈めてテディベアショップに踏み入る。踏み入るための足はないのだが。
テディベアショップは庶民的な一戸建ての一階を店として使っているため、さほど広い訳では無いが、それでもしっかりと整理整頓されていて狭いと感じる訳では無い。
店に入ってすぐの所に少し怖めのテディベアや魔女や死神などの仮装をした可愛らしいテディベアが並べられている棚があり、そこが恐らくハロウィンのイベントとして作られたテディベアが置かれているブースだろう。壁際は天井までの高さの棚に様々な色や形のテディベアが並べられていて、こちらはハロウィンとは関係ない。ハロウィンイベント以外の棚もホールに並べられていて、こちらは恐らく店員のオススメなどだろう。そしてレジの脇には小さいハロウィンのテディベアが置かれている。これも商品なのだが、レジを装飾しているともとれる。
ジャックは入口から一歩のところでそれらを見渡し、店の前に飾られていた気味の悪いぬいぐるみが無いのを確認すると、店員のいるレジに歩いていく。
レジに立っている若い女性の店員の前に行くと、こんな見てくれなので務めて優しい口調で声をかける。
「すみません、表に飾られているぬいぐるみって買うことって出来ますか?」
「はい、できますよ。店内に同じものがあると思うので」
「いえ、店内にあるものではなく、表に一つしか出てない気味悪目のぬいぐるみを」
そういうと、店員は意外そうな顔をした。
「あ、あれを…ですか?」
「だめ、ですかね」
「いえ、そうではないんですけど…」
店員はしばらく言うべきか迷った後に再び口を開く。
「あのぬいぐるみは先日私が拾ったものなんです。夜、店の前の看板を中に入れようとした時に店の前に置いてあって。拾った時はもっと傷だらけで、ツギハギの部分もはだけていて…。不気味で怖かったので捨てようかと思ったんですけど、呪われそうでもっと怖いですし、何より可哀想ですし。なので直してあげたんです。それで、折角のハロウィンなので飾ってみようかなって感じで飾ってみたんです。でも、本当はもっと怖くて不気味なんですよ?それでももらってくれるんですか?」
戸惑った瞳で店員はジャックを見る。
きっと店員は娘を嫁に出すのと似たような気持ちなのだろう。
怖い怖いと言っておきながら自分の手で直したのだ。その時間は嘘ではないし、自然と愛着が湧くだろう。そうして可愛がってやったぬいぐるみが引き取られようとしているのだ。不気味なぬいぐるみを引き取られるのと同時に大切な何かも引き取られてしまうような気持ちなのだろう。
でも、こればかりはジャックも譲れない。
店員の気が変わらぬうちに引き取ってしまおう。
「ええ、喜んで。私ああいった感じのぬいぐるみとか好きなんですよ。だからハロウィンとかも舞い上がっちゃって、仮装にも気合い入っちゃって」
「そうなんですか。道理でそんな本物みたいな頭なんですね」
「はい。これ、手作りなんですよ。それで、いくら払えば良いですかな?」
「いえいえ、お代は結構ですよ」
店員と会話をしながら店の前に出て、店員の手からぬいぐるみを受け取る。
「そうですか、では、お言葉に甘えて」
店員に礼を言った後は大通りから外れ、人目のない裏路地へと入る。
裏路地を通って街の外れへと向かっている途中、手元のぬいぐるみがモゾモゾと動き出し、ジャックの手元から飛び出してジャックの前に自立する。
「一体何のつもりだい?今更君がどうこうしても運命は変わらないって分からないのかい?」
「お前が原因なんだ。お前さえいなければ彼女は…!だから、私が今ここでお前を排除すれば…」
声を発したぬいぐるみに、ぐっと拳を握ってバツが悪そうに答える。
すると、ぬいぐるみは奇声にも似た笑い声をあげる。
「君、本気で言っているのかい?君が僕を排除するだって?」
「そうだとも。私がお前をここで排除して、彼女を救うんだ」
「救う?あの小娘を?笑わせてくれるね。あの娘は僕らに利用されるために作られ、その運命を辿るんだ。人の生から外れ世界に固定された君じゃあ彼女を救うことなんて出来やしないのさ」
そんなはずない。そんなはずない。
混沌とする胸中にそう言い聞かせて自己暗示にかけようとするが、今更そんなものは効くはずがなかった。
この時、いや、きっともっと昔からジャックは感じていたのだ。
私には彼女は救えない、と。
でも、これまで繰り返して積み上げてきたものを今更無に還すなんてできないし、それに、あの子のあんな顔を見てしまっては何もせずに見捨てるなんてことはできない。
運命が変わらないのであれば、運命から切り離せばいいのだ。
あと何度繰り返せるか分かったものではないが、少しずつでも道を切り開いていけばいいのだ。
そしてその道の開拓のために、今回は試すことがある。
彼女と接触をする前にこのぬいぐるみを殺すのだ。
「出来やしない、そんなことは分かっているよ。でも、やるんだよ」
右手を前に上げ、手のひらを上に向ける。
一度握って再び開けば、そこには手のひらサイズの紫色の焔があった。
「お前をここで殺して、運命を変えようか」
見渡せる範囲の暗い夜道には、人魂とも思えるその焔が無数に浮遊していた。
あれからは勝負という勝負も起こらず、ジャックの一方的な攻撃によりぬいぐるみの損傷は激しかった。
ぬいぐるみとして生活していることもあってかそれの生命力は大変高く、あと一歩という所で逃げられてしまった。
それを追って街中探しては見たものの尻尾すら掴めずに夜が開けてしまった。
とぼとぼと裏路地をさ迷っていると、前方に二人の少女が見えた。
片方の少女は分からないが、もう片方の少女はよく知っている人物だった。
もっとも、相手はジャックのことをまだ知らないだろうが。
銀髪紫眼の少女の名はマリン。ジャックにとって最も大切な人だ。
何やら困っている風だったので声をかける。
「どうしたんだいお嬢ちゃん達」
二人の少女の背後から声をかけると、二人同時に短い悲鳴をあげた。
心外だな、と若干傷つきつつも話を聞いてみると空腹で困っているとの事だったのでどこぞの正義の味方のように食べ物を分けてやった。
今回はマリンの家出に目的があるらしく、森を抜けて隣町に行くというので同行すると申し出た。
快く、とは見ても取れなそうだが同行出来ることになったので今回はまた違った情報が手に入りそうだ。