吉兆の想い、凶兆の想い
途中ルドガー視点
「お父様、次の土曜日街へ行きたいので護衛を用意してくださいな。」
私は街へ教科書を買いに行く為に父に護衛をねだる。
日本の記憶があると護衛なんて縁遠い存在だが、私は公爵令嬢で縁起物でもある。
特に縁起物とバレたら確実に攫われる。
私の髪一筋が金貨に、涙は宝石と等価交換可能なのだ。
元々の悪党は言わずもがな、善良な市民すらも金のなる木とわかればいとも容易く悪魔に魂を売るだろう。
まだ金目当ての人攫いならいいが、国政が絡む誘拐だと下手すれば戦争が起こる。
縁起物がいる国は豊かになると信じられているから世界全てが私を愛し手に入れようとしている。
ゲームでは描かれてないが、この世界全てに愛される吉兆も影では苦労しているのだ。
「街へ?何しに?」
「買物ですわ。」
「何が欲しいのかな?
パパが買ってきてあげるよ。」
父がなんでも買ってきてくれるのは、娘が可愛いからだけじゃない。
家から出さない為でもある。
吉兆を生んだ公爵家はこれを失う訳にはいかない。
万一失えば一族郎等処刑だろう。
その代わりきちんと育て国政に吉兆を据える事に成功すれば報奨金も領地も思いの儘王に願い出る事ができる。
「ルドガーへの誕生日の贈り物を買いに行きたいのです。
自分で選びたいのです。」
私の言葉に父は眉を顰めた。
私がルドガーに構うのを良しとしないからだ。
それは父だけでなく、母も使用人も皆んなそう思っている。
吉兆が凶兆に汚されると思っているのだ。
私がルドガーに構い初めてから我が家のルドガーへの当たりがきつくなった。
私がルドガーに避けられる要因のひとつだろう。
私は前世の影響で吉兆だの凶兆だの全く信じてないがそれはこの世界では非常識な事なのだ。
「サナ。ルドガーに構うのはよしなさい。
あれはこの世界の滅亡を予言する凶兆だ。」
「この世界の滅亡を教えてくれる親切な小鳥ですわ。
別にルドガーが世界を滅ぼす魔王という訳ではありません。」
「サナ、そうではなくてね」
「私はそう気づいたのです。
それに凶兆というのを抜きにしても、ルドガーは私の弟。
弟の誕生日を祝いたいのです。
愚かな私はずっと彼に辛く当たっていましたから。
許しを乞える程まだ親しくはなれていませんが、いずれは吉兆凶兆の壁を超えて真の姉弟になれると信じているのです。」
「サナ、ルドガーは滅びを知らせるものじゃない。滅びを呼ぶものなんだよ。」
「でしたら私が呼ぶ繁栄と足して2で割ればトントンでしょうに。」
ええ、わかりますよ。
せっかくの吉兆を凶兆と足して2で割ってトントンにして潰すなんて愚かだと考えているのでしょう?
国政を担う父ですもの、吉兆は吉兆の仕事をして欲しいのでしょうが、私はそんな事に興味はないのですよ。
ただ、攻略する。
それだけだ。
「お父様、ちゃんと変装もしますし、護衛の言う事もききます。
買物が終わればすぐに帰ります。
ですからお願いします。」
「凶兆に好かれたら滅びが襲う。」
「吉兆の私を滅ぼせるならやってみろですわ」
「好きにしなさい。」
父はため息まじりに許可をくれた。
別にルドガーとの関わりを認めた訳ではないだろう。
下手すれば、土曜日に護衛も連れずに屋敷から出て行ってしまう可能性がある為、渋々ながら許可をしたのだ。
でもそれでよし。
とにかく、街へ出れればいいのだ。
そして予定通り土曜日。
髪はお団子に纏めて帽子をかぶる。
目はサングラスをかけて隠す。
服は普段より質素なワンピース。
うん、芸能人のお忍びデートと同じだ。
前世でもやったな。
マスコミを欺き人目を避けてこっそりデート。
あのドキドキ感はハンパない。
それはともかく、私は馬車に乗り街へと繰り出した。
今年に入って初めての外出だ!
嬉しいな!!
***
鏡を見るたびにこの世界を呪いたくなる。
出来るならこの髪を剃り上げ目をえぐりたい。
しかし、不思議なものでこの髪は切れば次の日には元どおりに生えそろう。
目は怖くて潰せない。
毎日悪意に晒され生きるのは辛い。
僕は人より賢いらしく悪意に気づくのも、自分ではどうにもできない事もすぐに理解してしまった。
物心つく頃には公爵は自身の父でないと僕に伝えた。
父と呼ぶ事を禁じられた。
従って姉を姉と呼ぶ事も禁じられた。
使用人の名前を呼ぶ事も禁じられた。
屋敷の人間は僕を呼ぶのを禁じられた。
屋敷で話す事も禁じられた。
屋敷の人間は僕に用などないから問題ないし、僕も彼らに用などないから困る事もない。
互いが不可侵を守ればよかったのだ。
…それができない馬鹿がいたのが誤算だった。
その馬鹿が姉であるサナだ。
とにかく僕を呼ぶ。
まだ用があって呼ぶなら良い。
だが、大抵僕を虐げる為に呼ぶ。
暴言暴行人としての尊厳を奪う行為。
子供故に残酷。
誰か止めろよと思うが彼女は僕とは真逆の愛される存在。
虐げられて当然の僕が虐げられているからといって止める人間などこの家に…いや、この世界にはいない。
誰もが彼女に愛されたくて仕方がないのだ。
彼女に愛されれば繁栄が、僕に好かれれば滅亡が待ってるなんて同じ人間なのにどうしてこうも違うのか。
暴言暴行よりこの違いにより生まれる嫉妬心を抑える方が難しい。
どうして彼女だけが愛されるのだろう。
僕は我儘なんていわない。
なのに愛されない。
辛い辛い辛い…
一人は辛い…
この辛さを物心ついた時から感じていた。
当然僕を愛さない世界なんて大嫌いだったし、この家の人間も大嫌いだった。
6歳になって勉強をする事になった。
姉の気まぐれで堂々と授業を受ける事になった。
元々本を読むのが好きだったからあっという間に先生の教えを吸収していった。
「ルドガー凄い!」
そういえば僕に笑顔を向けるのはこの世界で姉だけと最近気がついた。
名前を呼ばれるのも、その笑顔も慣れないから呼ばれる度に笑顔を見るたびに心臓がどくりと跳ねる。
言葉を返したいが話す事を禁じられた僕は返事ができない。
笑顔の作り方を僕は知らないから笑顔を返す事もできない。
授業初日に彼女の部屋に呼ばれ共に宿題をした日を未だに夢に見る。
あの日、あの後公爵により釘をさされた。
吉兆を汚すな。
お前に好かれて娘を不幸にする事は許さないと。
だから僕は姉さんから逃げる。
僕にはあの日の思い出だけあれば充分だから。