難航不落の凶兆
私とルドガーは並んで書き取りをしていた。
敢えて何もせず、声もかけず一心不乱に書き取りをした。
一時間程度で私は終えた。
ルドガーはまだ少々残っているらしい。
私は復習を始める。
私の様子にルドガーは少し驚いているようだった。
サナは我儘な女の子だ。
ゲームでは特に描写はないものの勉強ができるキャラではないだろう。
事実、昨日は勉強したくないと駄々をこねていたのだから。
そんな彼女が真剣に宿題をして復習までしているのだ。
ギャップもひとしおに違いない。
「…?どうしたの?」
さも、今、見つめられているのに気づきました風を装い聞く。
ルドガーはさっと視線を逸らしてしまった。
「…変なの」
ポツリと零し引き続き復習に励む。
簡単すぎてあくびが出そうだが、ここであくびをしては台無しなので堪える。
暫くしてルドガーは書き取りを終えた。
鉛筆を置く音に反応して私は復習の手を止める。
「お疲れ様!
明日も一緒に頑張ろうね!」
私の笑顔にルドガーは胡散臭そうにして、無言で部屋から出て行ってしまった。
…っち。
頬を染めてくれればちょろいと思えたのに、簡単にはいかないか。
だが、ゲーム中よりまだルドガーには表情がある。
ゲーム中ではルドガーは無表情キャラだ。
最後の最後、トゥルーエンドを迎えて初めて笑顔を見せる。
彼はその纏う色のせいで世界から嫌われている。
本当のご両親から捨てられ、遺棄先でも嫌われ、今後出会う人出会う人からも嫌われる。
主人公が現れるまでずっとずっと嫌われ続けるのがルドガーだ。
しかも近くには我儘で傲慢、だけど色のおかげで誰からも愛される女の子がいる。
どうして僕は愛されない?
そんな思いは熟成され、やがて諦め、世界を憎む事すら無意味と己の心を殺してしまったのが15歳のルドガーだ。
だが、今はまだ6歳。
まだ、僅かながら愛される事に希望を持っているに違いない。
私の事も嫌いという感情を込めた目で見てくるし、無言という態度で示してくれる。
そう、嫌いという感情があるだけまだマシなのだ。
だから、悪役令嬢である私でも時間に物を言わせて攻略できると思うのだ。
まずは隣で毎日勉強するのが当たり前と思わせる事に専念しよう。
勉強も始まったばかりで難しくない。
もう少し難しくなってから頼るように聞けばいい。
じっくりじっくり距離を詰めていこう。
私は我慢強いのだ。
この世界にも一週間という概念が日本のまま存在する。土曜と日曜はお休みだ。
月曜から金曜は数時間の勉強。
文字、算術、外国語、歴史、倫理、宗教、礼儀作法、芸術、剣術
いや、6歳が学ぶようなものじゃない。
貴族の勉学ちょっと舐めてたかもしれない。
文字…わかりやすく言えば国語と算術は余裕。
外国語、歴史、倫理、宗教もまだまだ子供向けの為余力有り。
礼儀作法は必死。
芸術は先生が無言だ。
剣術は、もう嫌になってきた。
18歳のチート有りとは思えない有様だが、真実6歳のルドガーはさらに悲惨だろう…と、思うでしょ?
全科目を通してルドガーは私を上回る。
苦手科目とかない。
全て滞りなくこなす。
本物のチート野郎がここにいた!!
ゲームではこんなに優秀なんて出てこなかった。
いや、勉学ができるという設定ではあるが、それは公爵家で家庭教師の話を隅で聴いていたからと本人が答えていた。
隅っこでこっそり聴いていただけで優秀な成績を学園では常にとっていた彼だもの、堂々と勉学に励めば天才レベルに昇華するのもわかる。
うわー、すごいわぁ。
色味なんかどうでもいいから国政に関わらせるべきだと思うよ。
「ルドガー凄い!」
私は今日もルドガーを褒め称える。
ルドガーは勉学ができすぎるので、現在私とは違う内容をやっている。
わかりやすく例えると、私が小学一年生レベルの問題をやっているのに対してルドガーは中学一年生レベルの問題をやっているのだ。
ここまでくるのに一ヶ月程度しかかかっていない。
再来月には先生教える事がなくなるのではないだろうか?
勉学は凄く進んでいるのに、私とルドガーの仲はちっとも進んでいない。
さっきの凄いのよいしょにも視線ひとつこちらに向ける事がなかった。
部屋で宿題をしようと言っても初日以降部屋には来てくれないので、ルドガーの部屋がわりの屋根裏部屋に通っている。
ちなみに入れてもらえた試しはない。
ドアの前で体を縮こめて私は宿題をしている。
…あれ?
なんか悪化してる??
初日に何か大きな過ちでも犯したか?
うーん、わからない。
でも、時間はあるし…
そうだ、教科書!
無駄にたくさん貰ってるお小遣いを使って新しいのを用意しよう。
折良くルドガーの誕生日が来週だもの!