間諜を放つ
寮から離れこっそり向かったのは学園の裏庭にある薔薇園。
まだ咲いておらずただ蔓だけが蔓延っている。
さて、来ているかな?
若草色のストレートヘアが見えた。
どうやら目的の人物はすでにいるようだ。
「お忙しい中、失礼します。
サンドラさん。」
「!」
私を見て声を掛けられようやく私が手紙の主と気づいたらしく驚きの表情をする。
入学式開始前不名誉を被る事を厭わず、教室に行き机の中にあったエンリの手紙を破棄し代わりに私の手紙をいれた。
「こ、これはサナさん。
貴方が私をこちらにお呼びしたのでしょうか。」
「はい、私が貴方を呼びました。
意外でしたか?」
「は、はい。予想もしておりませんでした。」
「では、誰と思いこちらまで?」
私は手紙に自身の名前は書いてなかった。
「そ、それは…」
「エンリ・ハウル公爵とお思いになられました?」
「!」
「そのお顔、どうやら当たりのようですね。」
私は楚々として笑う。
「と、ところで私にどのような用事が…」
「貴方はハウル公爵がどのような用事で自分を呼び出すと思いまして?」
「…そ、それは…」
視線を外す。
「定時連絡でしょう?」
「え!?」
「私知ってますのよ?貴方、ハウル公爵の命令で間諜をするつもりで私に近づいたのでしょう?」
私はひらりとエンリが書いた手紙を見せる。
途端、顔色が悪くなる。
「アイーダさん達には『ハウル家には未来がないからフェルゼン家に着きたい。』とでも言って近づいたのでしょう。」
「そ、それは…」
「まあ、それはどうでもよろしいのです。」
「え?」
「単刀直入に申し上げます。
貴方には、こちらが流してほしい情報をそれとなくハウル公爵に流し、また、公爵の情報を私に流してほしいのです。」
「…私に二重で間諜せよと。」
「ええ。」
「それは我が家はハウル家に与する侯爵家と知ってのお言葉ですか?」
「勿論、存じてます。
ですが、今、貴族間の勢力図の書き換えが起ころうとしております。
ハウル公爵はまだ若く実務に不慣れでいらっしゃるご様子。
このままでは、他の悪意ある貴族によいように食い物にされるでしょう。
そうなれば、公爵家に近いボネット家は共倒れ必至。
共倒れ前に抜け出す為の一手です。」
「ハウル公爵家が筆頭から落ちると?」
「落ちるかどうかは神でない為わかりかねますが、今分が悪いのは確実でしょう。
ボネット家はどちらに転んでも痛くない道を探すべきです。」
「痛くない道…」
「二重間諜など、バレなければよいのです。
…貴方はハウル公爵家に覚えめでたきボネット侯爵家の第一子。
そう簡単には疑われないでしょう。」
「…確かに…」
彼女の心が動いた。
私は心の中で笑う。
ゲームではサンドラは私の取り巻きとなりながら間諜行為を働きゲーム終盤の断罪場面で主人公虐めの証拠を突きつけるキャラクターだった。
一体いつから彼女は裏切っていたのか?
ボネット家はハウル家に与する侯爵家。学園入学前から知り合いだった事を鑑みて手駒にするのは楽だったはず。
なら、最初からにきまってる。
そこまでわかったら後はエンリの動きを見て裏をかきサンドラをエンリの手駒から私の手駒に書き換えるだけだ。
やってる事はエンリの猿真似だが、自身が放ったつもりの間諜に逆に喰われろ。
「わ、わかりました。
我がボネット家はフェルゼン公爵家に忠誠を誓います。」
「それは嬉しいわ。
あ、あとね、念の為教えてあげる。」
私はにこやかに微笑む。
「私は吉兆。裏切ればそれ相応の報いを受けるから気をつけなさいな?」
「ひっ!」
サンドラは引きつった声をあげ、絶対に裏切らないとさらに誓ってくれた。
こういう時、吉兆って便利だ。
「そ、それでは私は失礼します…」
「まって。貴方に会わせる人がいるの。」
「会わせたい人ですか?」
「ええ。そろそろ来るよう指定したのだけど。」
ガサリ
足音とともに一人のつり目で小柄な少年が現れる。
そして私達を…いや、サンドラを見て目を丸くして言う。
「サンドラ!?」
「ダビー様!?」
ほぼ同時に口を開いた為、言葉が重なった。
「な、なんでここに…!?」
「はっ!さ、サナ様、まさか、私に、会わせたい者とは…」
漸く彼は私を見た。
私は頷く。
「ええ。彼を会わせたかったのよ。
最もお二人は婚約者同士。
知らぬ者同士ではないのでしょうけど。」
「よ、よくご存知で…」
「夜会に行くとそういう噂はあちらこちらで飛びかうものですわ。」
私は笑う。
二人の家柄を考えれば全く関わりのない人間も知りうる程度には噂になるのよ。
「わかっていると思うけど、別に密会させたくて彼を呼んだ訳じゃないのよ?」
こてんと小首を傾げていう。
「?」
彼は不審顔だ。
「一体、なんの用で?」
「改めてご挨拶させていただきます、私、サナ・フェルゼン。フェルゼン公爵家第一子です。」
「知ってる。この国…いや、世界中探したって貴方を知らない者はいない。」
「ええ。では、勿論近頃貴族間の勢力図が変わろうとしている事も…」
「成る程。」
彼は顎に手をやり思案顔。
「俺に間諜しろと。」
「…その通りですわ。」
意外に飲み込みがよくて驚く。
彼はサンドラと違い元々は間諜の役割なんて担わないただのエンリ取り巻きその1というモブキャラだ。
「サンドラも間諜を?」
「ええ。」
「成る程、協力しよう。」
「あら、意外とあっさりですのね?」
私の言葉に彼は意地の悪い笑みを浮かべる。
「先代ハウル公爵が亡くなったのだ。
おまけにフェルゼン家には国宝吉兆がいる。
どちらが筆頭として相応しいかは火を見るよりも明らかだ。」
「一応、ハウル家に与する侯爵家でしたわよね?」
「確かに我がマクドネル家はそうだが、既に父はハウル家を見限り初めており、私にエンリ公爵を見極めてこいと命じられた。」
「まあ。中々見所のあるお父様なのね。」
「見極めが遅ければそのぶん利を失うからな。
だから、エンリ公爵を見極めながら間諜すれば、どちらが潰れても我が家は安泰だ。」
「バレない自信があるのですね?」
「我が家はハウル家から信頼されてるし、私自身、幼い頃からエンリと友であった。
そう簡単には疑われないだろう。
まして、我が婚約者が仲間なのだ。
お互いフォローし合える。」
どうやら、ダビーの方が根性も覚悟もありそうで使えそうだ。
私はにこやかに微笑む。
「では、お二人にはしっかり働いて貰いますね。
サンドラさんには週に一度私の部屋に来て下さい。
そこで定時連絡としましょう。」
「その前日、私はサンドラを部屋に呼ぶ。
婚約者だから男子寮に入れる。
そこで私と定時連絡をしよう。」
「わ、わかりましたわ…」
サンドラはこくこくと頷くのだった。




