じっくり育てる。
黒フードの男視点→サナ視点→ルドガー視点と移ろいます。
「ふふふ…」
逃走した黒いフードを被った男は案外近くにいて、サナの演説を聞いていた。
自然と笑みが零れる。
男が受けていたサナという子供の人格と大分違う事に驚いてもいた。
己の特殊性に胡座をかいた我儘なご令嬢。
ルドガーを毛嫌いしているとも聞いていたが、全然違う。
こんなに賢いとは知らなかった。
ルドガーも想定外だった。
引きこもりの少年とだけ聞いていたが、本当に引きこもっているだけならあんなに剣を扱える訳がない。
「所詮街に流れる噂などあてにならぬという事か。」
男はそう呟いた。
この男、間者として今しがた働いていたが、本職は間者ではない。
本職の方が間者としての仕事より何倍も大事であるが為、そう長くこの国に留まってもいられない。
吉兆は勿論、凶兆も欲しくなってきた。
しかし、今すぐには手に入りそうもない。
ならばじっくり時間をかける必要がある。
でも、その時間を自分では捻出できそうもない。
「そうだ、あの子を使おう。」
男は自分の息子の顔を思い浮かべてほくそ笑むのだった。
***
私とルドガーとお父様は同じ馬車に乗りそのまま領地へと向かった。
伝令を走らせ王都には報告と護衛の補充依頼も出してある。
このスピードなら途中で補充された護衛と合流も可能だろう。
それに、ルドガーがいるのだ。
この旅の安全は確約されたも同然。
私はルドガーにべったりとくっついている。
襲われて怖かったから側にいて欲しいのなんて言えば無碍にはできないというものだ。
事実ルドガーはカチンコチンに固まり視線をどこに持っていけばいいのかわからないという風に泳がせつつもなすがままにされている。
こっそり心臓の音を聞いているがすごく早い。
そんな私達を見つめている父。
何を考えているのかまではわからない。
さて、ルドガーは今後私とは話してくれるだろう。
屋敷の使用人に凶兆の馬鹿馬鹿しさを伝えてルドガーの誤解を解こうなんて一欠片も思わない。
主人公が出てくるまでは、私とだけ話していればいいのだ。
狭い世界で味方は私だけと思わせる事に成功すれば、後は自ずと恋愛感情も育つというもの。
優しく優しくしてあげて、でも敢えて姉弟の距離感を作り出す。
ゲーム開始時点で漸く恋心を認識するくらいが丁度いい。
上手く彼の心の成長を操作していこう。
大丈夫。
私なら上手くできる。
前世で成功した手腕を見せてあげる。
***
姉さんが僕にひっついて離れない。
今回の襲撃はとても怖かったようだ。
僕だって怖かった。
まさか、追いついたら襲撃の真っ最中だなんて思いもよらなかった。
しかも攫われる直前。
無我夢中で向かっていって本当によかった。
少しでも躊躇ったらこの場に姉さんはいなかっただろう。
公爵様もこのまま一緒に領地へと僕を連れていってくださるとの事。
姉さんといてもよいと言ってくれた。
凶兆のこの僕が!
吉兆の姉さんの側にいていいと!!
公爵様は僕を唯の護衛と見做したから側に置く事を許したのだろう。
姉さんはああ言ってくれたけど、凶兆の恐ろしさは理屈ではないのだ。
周りから見れば凶兆が吉兆を唆したとしか見られてないだろう。
けれど構わない。
世界中の人が僕を悪しきものと呼び蔑んでも、姉さんが味方してくれるなら、もう寂しくなんかないんだ。