サナ攻略に王手をかける
「凶兆…!」
男が額を押さえながら呟く。
「はっ!」
男は笑い声をあげ剣をかまえた。
「姉さんから離れろ!」
今、姉さんって呼んだ!
私はルドガーが来た事で既に安心しており、心に余裕ができている。
今の私はきっとキラキラした目でルドガーを見ているに違いない。
ルドガーは走った。
男はルドガーの剣を受け止める。
私は邪魔にならないように立ち上がり、二人から距離をとる。
途中別の黒ずくめが私を攫おうとするが、ゼロの手によって斬られていく。
気づけば、ルドガーと斬りむすんでいる男がただ一人残るのみで他は地面に伏せていた。
「サナ様、こちらへ!」
私はゼロの元へたどり着き、馬車へと戻る。
「サナ!」
「お父様!」
私と父は抱き合い無事を喜び合う。
「このまま行きますか?」
ゼロが問う。
ゼロにはルドガーを救う気はない。
吉兆の私と違い凶兆のルドガーは公爵家の血筋ですらない為助ける理由などないからだ。
寧ろこれを機に死ねばよいとすら思っている。
ゼロが特別冷たい訳じゃなく、これが普通の考えなのだ。
実際生き残った騎士達は出立するつもりでいる。
だけど、彼らは知らない。
ルドガーが我が家で養育されている理由を。
この理由がある限り、いかな凶兆といえど捨て石にすることなど出来ないのだ。
「いや、ルドガーを助けろ!」
父はゼロに命じる。
えっ?と言った顔をゼロはする。
他の騎士達もルドガーの為に命張るのはちょっと…みたいな顔をしている。
「どうした!?早くしろ!」
「…畏まりました。」
渋々ながらゼロは再び剣を抜き男へと視線を向ける。
ここまで約数分。
僅か数分といえど大人の男に7歳になって間もない少年が怪我せず対抗しているのだからルドガーの剣の才能は本物なのだろう。
ゲームでは本の虫のような描かれ方をしていたので意外である。
きっとゲームがはじまる15歳時点ではゼロの息子より強いと思うよ。
ゼロが男の背に周り斬りかかる。
ひらりと避け、二人から距離をとる。
不利と悟り男は迷わず逃走する。
「待て!」
「こら、行くな!」
逃げる男を追おうとするルドガーを止めるゼロ。
「深追いするな。
返り討ちにあうかもしれん。」
「…ッチ」
ルドガーは舌打ちする。
そしてルドガーは馬車へと視線を向け、中にいる私と目が合った。
「ルドガー!」
私は馬車から飛び降りルドガーに駆け寄り抱きついた。
「…!!」
抱きつく私を抱きしめ返してよいのかわからず、私の背中辺りを触れそうで触れない距離でルドガーの両手は動いている。
「サナ様!
離れてください!」
ゼロが慌てた様子で私達を引き離す。
「凶兆、貴様がこの男達を呼んだのか!?」
「…!」
ゼロが強く非難めいた口調でルドガーを糾弾する。
ゼロからみたら凶兆がこの襲撃という不幸を呼んだようにみえるのかもしれない。
ルドガーは目に悲しみの色を讃えて剣を鞘におさめて去ろうとする。
…去ってはダメ。
ここで去られてしまったら、例え何年かけようともルドガーを攻略なんてできなくなる。
今がルドガー攻略の絶好のチャンス。
「そんな訳ないでしょ!?」
私はゼロを非難する。
「ルドガーは私を助けてくれたのよ!
なんでそんな言い方するの!?」
「凶兆がこの惨事を招いたのですよ!」
「そんな訳ないでしょ!?」
「姉さん、いいよ。
もう、別に…」
「言い訳あるか!!」
公爵家のご令嬢とは思えない口調で叫ぶ。
「あのね、この襲撃をルドガーが呼んだ?
そんな訳ないでしょ。
何勝手に公爵家の人間に襲撃犯の汚名を着せようとしてんの?
ここは助けてくれてありがとうって場面でしょ?
貴方本当に近衛騎士団団長?」
「いえ、そうではなく、彼は凶兆でして…」
ゼロは口ごもる。
この子供をどう納得させるかと考えている顔をしている。
「凶兆凶兆うるさい!
そこまでいうなら、あの男達を呼んだのがルドガーだっていう確かな証拠でもあるんでしょうね?」
「いえ、その…吉兆であるサナ様を消す為にあの男達を呼んだ可能性も捨てきれず…」
「捨てろ!そんな考え!!
大体、同じ家に住んでんだから、やる気ならもっと前に実行してるでしょうが!
今回の件とルドガーは無関係よ!」
私は力強く否定する。
ルドガーが私を驚いた顔でみている。
「しかし、国の滅びを呼ぶ凶兆ですし…」
「前々から思っていたんだけど、国の滅びを呼ぶって何よ!?そんな訳ないでしょ。」
「しかし、凶兆が生まれれば必ず国が滅ぶべく歴史が動いたり天災が起きたりするのですよ!」
「あのね!人間の寿命は80年よ!
80年あれば国の一つや二つ滅びるし天災だって起きるわよ!
それともなに?凶兆がいない時は絶対に国は滅びないの?
天災は起きないの?」
「い、いや、その…」
ゼロは再び口ごもる。
チラリと視線を逸らして馬車の中にいる父に助けを求めるが父は私を見ていてゼロの視線に気づかない。
「大体、国が滅びる時はその国の腐敗が進んでるからよ。
天災が起きるのは自然の摂理で凶兆のせいではないし、いつ起こっても被害が最小限にすむよう準備を怠っている我々が悪い!
なんでもかんでも凶兆のせいにすんな!
迷惑だ!」
「…」
シーンと周りが静まり返る。
「ね、姉さん…」
ルドガーが私を呼ぶ。
「大体ね、ルドガー、あんたも悪いのよ。」
「えっ!?」
矛先が自分に向いて一歩下がる。
「自分は凶兆だからって一歩も二歩も下がって、思ってる事をなにも話さないから周りも図にのるのよ」
「あ、え、でも…」
「でももへったくれもない!
口があるんだ、喋れ!」
「でも、公爵様が話すなと…」
「そんな事馬鹿正直に守らんでよろしい!」
「え…だ、ダメだよ、不幸が来てしまう…」
ルドガーはビクビクしながら言う。
「来ない!」
「なんでそう言い切れるの!」
「凶兆に不幸を呼ぶ力なんて無いからよ!
あんた本気で自分にそんな馬鹿力あると思ってるの?」
「えっ、いや…」
「さっきも言ったけど、人間生きてりゃ一度や二度国の栄枯盛衰を見るもんよ。
吉兆凶兆なんて関係ないわ。
大体歴史で吉兆凶兆が確実に関わっていると断言できる滅亡も天災もないのよ。
吉兆凶兆なんて眉唾信じるのいい加減やめなさい」
「ま、眉唾…」
「そうでしょ?
なんでこんな眉唾信じて私はルドガーと仲良くお話出来ないの?
贈った誕生日プレゼントを使って貰えないの?
手紙の返事を貰えないの?
こんなの理不尽よ!」
どさくさに紛れてみる。
「お父様!」
「な、なんだい?」
今度は父に矛先を向ける。
「私はルドガーと仲良くなりたいです。」
「…ダメと言っても聞かないだろうね。
サナの中では仲良くしてはいけない理由が無いのだから。」
父は諦めたように言う。
「ええ。
そんなにルドガーが怖いなら近づかなくて結構。
吉兆である私がルドガーの凶兆を打ち消してプラマイゼロにしてみせます。」
再度どさくさにまぎれてルドガーに虫が付かないようにする。
私とだけ話せればいい。
はぁ…
父はため息をついた。
「好きにしなさい。
その代わり何か起こったら責任とって貰うよ。」
父が折れた。
ルドガーは目を見開く。
私は再度ルドガーに抱きつくのだった。