奇襲
王国が生んだ世界の吉兆。
縁起物と呼ばれ大事にされている私は領地へと移動するだけでちょっとしたパレードだ。
王都から出て静かになりほっとする。
綺麗に舗装された街道をガタゴトと移動する。
パレードのせいで王都から出るだけでかなり時間がかかってしまった。
太陽は天高く登り馬車の中が暑い。
私は扇子で扇ぐ。
父も団扇で扇いでいた。
窓を開けても暑いのだが、日本の夏と違い湿気がないぶん過ごしやすい。
「もう少しで森の中だ。
森に入れば日陰で涼しいはずだ。」
「ですね。」
私は扇子を閉じて冷たい水で喉を潤す。
父も同じものを飲む。
そうこうしているうちに森の中に入った。
途端、涼しくなる。
ほっと一息ついた。
汗をハンカチでふく。
父もハンカチで額の汗をふいていた。
あ、このハンカチは私があげたハンカチだ。
使って貰えると嬉しいものだ。
もう、王都を出て一時間は経った。
王都とは打って変わって静かだ。
小鳥の小さな囀りさえもよく聞こえる。
予定では夕飯時くらいには着くだろう。
…だが、その時。
この場に不釣り合いな音がした。
小鳥が羽ばたき逃げていく。
馬車の周りにいた護衛達が散会し抜刀する音がする。
「なんだ!?」
父が窓から外を覗く。
私も反対側の窓から覗く。
外には10人程度の黒いローブを目深にかぶる怪しい人間が馬車の前に立ちふさがっていた。
「何者だ!?」
ゼロが剣を突きつけ問いかける。
しかし、それに答えず、怪しい人間も抜刀する。
「拐え!」
怪しい人間のうち一人が言う。
おそらくこの人間がリーダーなのだろう。
この人間の声に合わせて他の黒ずくめが馬車に向かってくる。
護衛達も黒ずくめ達に向かう。
人数的にはこちらの方が多い。
だから、問題ないだろう。
この瞬間までは私は襲われているのに楽観視していた。
しかし。
黒ずくめ達の動きは想定を遥かに上回る。
護衛達を華麗に切り倒していく。
勿論護衛も負けていない。
人数的には三倍なのだ。
三対一で持っていく。
結果、半分くらいに黒ずくめは減る。
しかし、それはこちらも同じだった。
いや、実力差があるのか、半分以上減らされていく。
さすがにこのあたりで怖くなる。
血に濡れた剣。
倒れる人。
呻き声。
全てこちらの世界なら当たり前の光景だが、治安の良い日本の記憶に引きずられている私には、刺激が強すぎる。
足が震えてきた。
「だ、大丈夫だ。」
父が私の隣に移動して抱きしめてくる。
「お、お父様!」
私は父の胸にすがりつく。
しかし、不意に馬車が大きく揺れた。
『!』
私が座っている側のドアの鍵が壊され、無理矢理こじ開けられる。
「まずい!」
ゼロの声が聞こえたが、もう遅い。
黒いローブを纏った…あのリーダー格の男の手が伸び父から引き離され、私の首根っこを掴み馬車から引きずり落とす。
「…痛い!」
「サナ!」
父の悲痛な声がする。
しかしその声を無視して馬車に張り付いていた男は馬車から離れる。
「サナ様!」
ゼロが私に向かって来ようとするも、他の黒ずくめが邪魔をして来る事が出来ない。
私を馬車から引きずり落とした男が私の前に立ちふさがる。
尻餅をついた私を見下ろす男の顔は目深にかぶったフードのせいでよく見えない。
ただ、赤い髪が一房フードから溢れ落ちていた。
男は私の腕を掴み担ぎ上げる。
「なっ!?」
ちょっとまて!
え?
私攫われる?
いやいやいや、大丈夫だ。
落ち着け。
だって数年後のゲーム開始時点で私はちゃんと自宅で主人公と出会っているんだ。
もしここで攫われてしまったら、私は主人公に出会う事が出来ないではないか。
そんなシナリオ崩壊ありえない。
だから、大丈夫!!
ゼロがまた一人斬り伏せこちらに向かって来る。
そうだ、きっとゼロが助けてくれる!
だが、無情にも男は私を担ぎ上げたままその場から去ろうとした。
うわ!
ダメだ!
自分でなんとかしないと攫われる!!
私は必死で暴れるが、男はちっとも意に介さない。
ちきしょう!!
「離せ!」
だが、男は私の言葉に答えることなく去ろうと踵を返そうとして。
石が男の額に直撃した。
その反動で私は落とされる。
「痛っ!」
男は額を抑えつつ石が向かってきた方向を見据える。
私もそちらを見る。
果たしてそこには予想外の人物がいた。
白髪白眼。
ゲーム開始まで決して屋敷から出ない男。
世界の滅亡を呼ぶ凶兆。
ルドガー・フェルゼン。
我が義弟が剣を構えてそこにいた。