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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小牧と春日井

作者: 佐野和哉

 深夜1時。舞浜市から特急電車で1時間の距離にある松浜市。県庁所在地でもあるこの街の中心地から少し離れた県立体育館で6日間にわたり行われた冬季合同強化練習に参加している私立大河内記念高校の生徒たちが宿泊するビジネスホテルの3階。午前1時。

 12月の冷え込みが厳しい館内で一日中猛練習が続き、宿舎に帰ったら帰ったで引率教師の目を盗んで大騒ぎを繰り返した合宿もいよいよ明日が最終日となった。1年生から3年生までの24人全員が宿泊するので、一部屋に3人ないし4人が詰め込まれてワンフロアー貸切状態になっている。

 日付が変わる少し前までは各部屋から声を潜めた話し声や堪え切れずはじけるような大きな笑い声が響いていたが、今はそれも幻だったようにひっそりと静まり返っている。


 薄暗い廊下のいちばん奥。非常口の緑色の明かりと自動販売機の白い光が入り混じる辺りで、301号室の部屋のドアが静かに開いた。音もなく、ぽっかりと空いた四角い暗闇から背の高い男子生徒が影のように現れて、そのまま廊下の突き当たりにある非常口のドアを開けて滑るように消えていった。鉄製の重いドアを開けた時に、運動部らしからぬサラリとした黒い長髪がふわあ、となびいた。


 都心部から多少離れたとはいえ幹線道路と高層ビルがびっしりと並び、24時間営業のコンビニやレストラン、それに人通りの絶えた往来を煌々と照らす街灯があるおかげで、非常階段の3階部分も十分明るかった。

 長髪の少年は黒の学生ズボンに白いワイシャツ、足元はホテルのスリッパという出で立ちで、左胸のポケットからメンソールの煙草とライターを取り出して火をつけた。

 タバコを咥えたまま階段の壁に両腕を乗せて、しばらく外を眺めていた。素肌の上からワイシャツを着ただけなので、少し肌寒い。でも、彼はこの格好が好きだった。部屋に居る時もこの格好だったが、暖房が効いていたので今は余計に寒さが身に染みた。だが合宿中の彼に残された場所はここだけだった。一見ひどく開放的な、だけど都会の闇からはぐれたような孤独な場所。端正な顔たちで、仲間内でも女顔と評判の彼もまた孤独だった。元々群れることが嫌いな性質でもあるのだが、理由はもっと別のところにあった。それも、誰にも打ち明けられない心の奥底に眠る孤独な秘密のために。


 ふーっと流した煙に少しだけむせてしかめっ面をしたその時。きぃ、と小さな軋みをあげて非常口のドアが開いた。そして彼の待つ孤独な場所には不釣り合いなほど純な顔をしたクリクリ坊主の少年が、赤らめた頬を俯けてやってきた。ほとんど二分狩りの坊主頭はこの少年だけの特徴ではない。1年生は全員、入部と同時に坊主なのが習わしだった。県内有数の強豪校とあって、上下のしきたりは厳しかった。坊主頭の少年も普段は怒られてばかりで、大きな目をきょろきょろさせながら雑用に追われていた。

「春日井先輩…。」

 変声期が遅いのか、かわいらしい少年そのものの声で坊主頭が言う。

 春日井と呼ばれた長髪の少年は大儀そうに振り返り、一言だけ返した。

「先輩、はやめろ。」

「はい、先輩…。」

「………。」

 春日井は、もう何も言わなかった。その代わりに、すっかり冷えた身体を坊主頭の少年に預けるように抱き着いて、短く刈られた頭に頬を寄せた。今しがた部屋から出たばかりの身体は温かくて、冷え切った自分の身体と心をほんのりと癒してくれるような気がした。

「なあ小牧。」

「…はい。」

 小牧と呼ばれた坊主の少年が、華奢な身体を包んだ黒と白のチェック模様のパジャマのボタンを素早く外しながら答えた。

「気が早いな。」

「………。」

 純朴そのもののような顔をしているが、心の準備はすっかり整っていたようであった。春日井は不意に身体を離すと、タバコの火を消して外に投げ捨てながら足音を立てずに階段を上り始めた。小牧も慌ててパタパタと後を追う。ボタンをはずしたパジャマの下は、やはり素肌であった。小柄で無駄毛の薄い小牧は実年齢より2つか3つは幼く見え、逆に細身ではあるが筋肉質で上背のある春日井は高校3年生だが、知らなければ二十歳そこそこに見える。

 非常階段の四角い空間はあと3フロア分伸びていて、6階まで上ると屋上へと続くドアが行く手をふさいでいた。ドアには鍵がかかっていて、開けることはできない。もっともすっかり錆びついたドアノブが、生身の人間の手で開けられるとも思えないが。

 春日井は閉じたままのドアにもたれて、背の低いビル越しの夜景を眺めた。後からついてくる小牧が、一段下から向かい合うように抱き着いて坊主頭を胸元にうずめた。

「寒い?」

 春日井は不意に尋ねた。

「少し…。」

 小牧が遠慮がちに答える。確かに風も空気も冷え切っていて、地上6階の高さもあってか相当寒い。年の瀬の街をけたたましく走る救急車のサイレンが、長く尾を引いて響いてゆく。すっかり冷えた小牧の身体を、春日井はほんの少し強く抱きしめた。

 小柄な小牧の背中に春日井の両腕が易々と回ってしまう。階段ひとつ分の高さがそのまま大人と子供のようなシルエットを作り出して、ぼんやりとした非常灯の灯りで錆びついたドアに二人の影を描く。じっと抱き合った二つの影法師がやがてゆっくりとほどけて、くすんだ壁の中でわらわらと揺れた。


 春日井ははだけたままになっている小牧のパジャマを手早く脱がせて、それを自分の右腕にくるくると巻きつけて取り上げた。寒さに震える小牧が子犬のような顔をして、こちらを見上げて再び抱きしめてもらおうとすり寄ってくる。その小牧の丸くて小さな顔の、少年らしさが色濃く残るあごのラインをすいと掴んで…春日井は音もなく小牧の唇に口づけた。

 二人の乾いた唇に暖かな湿っぽさが加わって、少し濡れた音がする。春日井のお気に入りの煙草の香りと、小牧がいつも使っているイチゴ味の歯磨き粉の甘ったるい後味が混じり合って、二人の胸に渦巻く背徳感をかばうように広がってゆく。

 ぷはっ、と短い溜息を吐いて、小牧が唇を離して顔を上げる。青白い月明かりの下で春日井を見つめる小牧の視線だけが、鮮やかな色合いを放っているようであった。はっきりとした、濃厚な恋慕の赤い色を。


 がたん。

 階下で音がしたようだ。誰かが扉を開けて、この階段に出てきたのだろう。夜風を浴びに来た宿泊客か、それとも隠れて煙草でも吸いに来た部員たちだろうか。小牧の身体がきゅっと強張った。こんなところを見られたら…という不安が、顔から体中からにじみ出ている。

 一方の春日井はというと、冷静である。少なくとも動揺を表に出してはいない。不意に、にやりと笑った。ぞっとするような、冷たいほほえみだった。小牧はその笑みが意味するとことを知っていた。彼が何か残酷で、気まぐれに、加虐的なひらめきを得た時に浮かべる愉悦の表情かおだ。

 春日井は右手に巻いていた小牧のパジャマの上着を、バサッと音を立てて投げ捨てた。冷たい夜風をふわりと吸い込んで、かわいいパジャマが舞っていく。小牧は声を上げることもできず、ただそれを呆然と見守っている…そして春日井に非難の眼差しを向けた時、その目を疑う光景を目の当たりにした。


 春日井はいつの間にか、一糸まとわぬ姿になっていたのだ。しっかりと筋肉がついた分厚い胸板も、腹筋がはっきり浮き出た腹部も、その下の陰部も、すらりとした両足も、すべてが露わにされていた。小牧は驚きながら、春日井の素肌へと近づいた。

 むき出しの小牧の腕に、一段高い所に居る春日井の屹立がじかに触れる。ひどく熱を持っていて固いそれが、小牧の心に再び火を灯した。

 そのとき。

 かつ、こつ、かつ…と乾いた音が響きだし、二人を慄然とさせた。先ほど非常階段に出てきた人物だろう。それが何を思ったか階段を登ってきている。ドアの開いた音からして、おそらく3階…自分たちの仲間の誰かか、引率の顧問だろう。無情にもその誰かの足音は止むことなく階段を上がり続けている。かつ、こつ、かつ、こつ…


 と。それまで身体を縮めていた小牧が、ついと春日井の身体を引き離した。珍しい挙動にきょとんとする春日井を尻目に、小牧は自ら下半身の衣服を脱ぎ捨てた。春日井が脱いだ衣服は見当たらない。きっと小牧のパジャマ同様、とうに投げ捨ててしまったのだろう。それを確かめることもせず、小牧は脱ぎ去ったパジャマのズボンと下着を丸めて、遥か下に見える閑散とした往来に放り投げた。そして改めて、春日井のすべすべした胸板に顔をうずめる。

 寒い。12月の凛と冷えた夜気が、むき出しの二人を容赦なく包み込み、肌を切るような風を浴びせる。しかし、触れ合った肌と肌の摩擦熱が心も、思考さえも爛れさせるほど熱く燃え始めていた。


 階段を登る足音が近づいてくる。

 足取りからして、中年の男性だろうと春日井は思った。顧問のトド昌か…ヤニ臭くてあだ名の通り醜く太った顧問の姿を一瞬だけ思い浮かべて、少し嫌気がさした。けど、まあ、いいか。春日井は再び小牧の身体を抱き寄せて唇を重ねながら、すべての思考をシャットアウトした。小牧も、小柄な身体をぐいぐいと押し付けて、その顔と見た目にそぐわない、いびつな彼自身をたぎらせている。

 かつ、こつ、かつ、こつ…。

 ああ、足音が階下の踊り場を回った。もう一度階段を登って、5階と6階の踊り場まで来たら…彼らの淫らな姿を目の当たりにするだろう。

 小牧と春日井は最早何もかもを忘れてしまい、真冬の夜の乾いた空気に、少し湿った音を立てている。その湿った音の正体を見ることになる、乾いた足音も、すぐそこに。

 

 かつ、こつ、かつ、こつ…。


 おしまい。


この作品を書いたのは3年ほど前でした。

当時は人名に愛知県の地名にちなんだものを付けていて、この二人もそれです。

大河内記念高校、や、舞浜市、は、他の世界とも繋がっています。

なので、その同じ舞台の上でこんな二人も居るよ、と。

そういう世界の片隅の話がキッドさんは好きなのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして綿花音和と申します。感想欄に突入してすいません。 この物語の雰囲気が好きです。 非常階段の景色とか、見える景色とか丁寧に描かれていて脳内にイメージが浮かびました。 先輩の春日井の…
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