明るいお姉さん。
一月も半ばになり、新聞や報道でも大統領就任式のことでどの局も盛り上がっている。私も大学一年、最後の期間となりこの4月からは2期目を向かえる。2年生になると(海外留学制度)があり、約一年間、ホームスティをしながら現地の大学に通うことになる。イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ・・・その行き先は、5月の連休あたりに伝えられる。
(おはよう。今日もいい天気ね。)
朝食をしにいくといつも声をかけてくれる、食堂の厨房で働いているお姉さんがいる。
(おはようございます。また一週間がスタートですねぇ・・・なんか嫌ですよね・・)
(そんなこと言わないの。ちゃんと大学で授業を受けれるなんてこんな幸せなことはないわよ。朝ごはんだって食べれるし。笑。)
(そうですよね。笑。)
(私の娘もこの春から中学2年生なの。部活や勉強とか、いろいろ忙しいわよ。好きなクラスメイトもいるみたいだし。)
(じゃ、今、中1なんですか。部活ってどんな?)
(陸上なの。将来は、マラソンの選手になるなんて言ってるんだ。)
(へぇ・・すごいですね。でも中学なんて、なんだか懐かしい。)
(月岡さんもそういう時代があったでしょ?笑。)
朝、食堂に行くといつも私に話しかけてくれて、とても感じのいいお姉さんだ。 私も朝食は必ずとるのでこのお姉さんがいると、気持ちのいい朝を過ごすことが出来る。
(今度、娘に合わせてあげる。乃木坂46の大ファンで本人も真似たりしてるのよ。)
(じゃ、すごい可愛いんじゃないですか?笑。)
(当たり前じゃない。笑。)
仲のいい親子そうで、なんだか羨ましい。 このお姉さんとはいつもこんな感じだ。
しかし、その異変に気づいたのは、報道が過熱していた、トランプ大統領就任式の翌週、月曜日の朝だった。 いつもならこの時間には必ずいるのに珍しく今日は休んでるようでいなかった。 他のおばさんに聞いてみると、
(今日、出勤なんだけど連絡しても出ないのよ。娘さん、具合でも悪いのかしら・・)
あれだけ明るい人が、無断欠勤などするはずがない。 いやな予感がする・・・ でも連続で休んでるわけではないから、ま、今日一日くらい、何かあったのだろう。そう思い午前の講義に向かった。
新潟、糸魚川の被災地から戻り、理事長にも報告を済ませ、さぁ、新しい一年のスタートだと思ってはいたが、なんか胸騒ぎがする。 お昼になる前に、もう一度、食堂に行き、おばさんたちに聞いてみた。
(さっきから、何度も電話してるのに出ないのよ。だから会社からもかけてもらってるんだけどね。)
(どうしたんだろうね。無断欠勤なんて。初めてだからね・・・)
(お姉さんの自宅ってどこにあるんですか?)
食堂のおばさんたちによると、お姉さんは、市営住宅に住んでおり大学からもそう遠くはない。娘さんと2人の母子家庭で生活も厳しいようだが、なんとか出来てるみたいで、娘さんの成長をよく話していたそうだ。 娘さんのことを話しているお姉さんはとても嬉しそうだったらしい。
授業が終わったら、行ってみよう・・・・そう思った。 余計なことかもしれないがいつもいる人がいないとなると、私はどうも落ち着かないのだ。
昼食が終わり、午後の講義。 早く終わらないかな・・・ 今、すぐにでも行かないと・・・そう思えば思うほど、時間が長く感じてしまう。
午後4時。
ようやく今日の講義は終了。 私は一目散に部屋に戻り、お姉さんの自宅へといくことにした。
(アイ? このドーナツ一緒に食べない?)
急いでるというときに、ティファニーが部屋に来た。
(ティファニー。悪いけど、ドーナツどこじゃないんだ。すぐに行かなきゃいけないの。)
(え?どこ行くの? )
(お姉さんの家)
(お姉さん?・・・)
ティファニーも、何か察知したのか、
(アイ? 私も一緒に行く。何か変・・)
いちいち説明はしてられない。 ほら!行くよ!
おばさんたちがメモに書いてくれた、場所にむかった。
(ここかな・・いや、そっちか・・・)
団地が3棟、並んでいてその中の一室にお姉さんは住んでいる。どのあたりだろう・・・お姉さんの部屋があった。先客がいるようで男の人が3人、ドアの前にいた。
(あの・・・何かあったんですか?私たち、お姉さんが働いている大学からこちらに来たんですけど。)
その3人は、市役所の福祉課の人たちだった。この後、運送業者も来るらしい。
(実はね、この部屋の人、家賃を2年半、滞納していて今日が強制執行の日なんだよ。だけど、開けてくれないんだ。だから業者が到着したら強制的に開けなければならないんだ。)
ちょっと信じられない。お姉さんが? 家賃滞納? 強制執行? うそだろ?
運送業者の人たちも到着し、部屋のドアをバールで外し、鎖をチェーンカッターで切断してドアは開いた。
(私たちも入ります。)
職員の人、運送業者の人、そして私とティファニー・・・恐縮だが強制的に入らせてもらった。 部屋は二間あり、内、一間に、お姉さんはいた。テレビを付けていてその前には娘さんなのか、布団の中で寝ているようだ。お姉さんは、ただテレビを見つめていた。映像を見ると、娘さんのようで幼いころの姿が映し出されていた。
(お姉さん? どうしたの? )
お姉さんは無言のまま、私たちが入ってきたことにも目を向けずテレビだけを見つめている。
(おい? まさか?)
職員の人が布団をはいだ。 そこには娘さんがうつぶせになっていた。顔を見ると青くなっており、首には紐のようなものが巻かれていた。 職員と運送業者の人が娘さんを仰向けにして、それを解き・・・
(お姉ちゃん、心臓マッサージ出来るか?)
女性に心拍蘇生をする場合、同じ女性の方がいいそうだ。男性が行うと力が入りすぎてしまい胸の骨が折れてしまう可能性がある。しかし、女性なら男性よりか力が弱いため加減も出来て都合がいいらしい。
(はい、あの、あとAEDはどこかにありますか?)
(AED? よし、俺が探してくる。)
運送業者の人がAEDを探してくる間に、私とティファニーは、心拍蘇生の準備に入った。AEDが到着するまでとにかく、人力で心臓マッサージをしなければならない。
(ティファニー、交代で行くよ!)
(GO!!!)
胸の中心辺りに両手を当て、イチ・ニ・サンとリズムを取りながら心拍蘇生を始めた。ティファニーと交代で、繰り返す・・・・
職員の人も救急車と警察に連絡、とにかく急がなければならない。 何度繰り返してもダメだ。 しかし諦めない。 とにかく繰り返す・・・
(あったぞ。近くのコンビニにあった!!)
運送業者の人から、オレンジ色のケース(AED)を渡され、本格的な心拍蘇生に入った。
娘さんの上半身を裸にし、パットを2枚、胸の下、脇の下辺りにセット、アナウンスが流れ、あとはスイッチを入れるだけだ。
(下がってください。行きます!!)
バン!! 体が電気ショックで跳ねる。
(もう一度!!)
バン! バン!
ダメだ・・全く反応がない。 そのとき、救急車も到着し救急隊員も中に入ってきた。
(AEDかけてもダメ?)
(全く、反応がないんです。)
隊員が目の瞳孔、首を見て、即、担架に乗せ救命救急へと運ぶ指示を出した。
(そのまま心臓マッサージをしながら一緒に、乗ってくれる?)
(分かりました。)
ティファニーも一緒に救急車に乗り、車内でも心拍蘇生を繰り返した。お願いだ、動いてくれ・・・
病院に到着し担架に乗った娘さんの上に乗り、繰り返し、繰り返し心臓マッサージをした。
(起きろ!!目を覚ませ!! マラソン選手になるんだろ!!!起きろ!!)
ほら!!!思いっきり胸を拳で叩いてしまった。
(アイ・・もう、だめだよ、体、痛めるだけだから・・・)
(諦めない!私はぜったいに諦めない!!)
起きろ!!・・起きろ!!・・・・ ティファニーと交代でするが、だんだん私も力が尽きてきた・・・・
(え? アイ? 娘さんの顔・・・)
ティファニーの呼びかけで娘さんの顔をみると、さっきまで青かった肌が、肌色に戻ってきている・・・ そばにいた隊員や看護師の人たちも、
(生き返ったわよ。すごい!! 息を取り戻した!!)
(良かった・・・生きてくれた・・・)
私はティファニーに抱きついた。
娘さんは、そのまま集中治療室へと入っていった。
一方、お姉さんは、警察に連行され取調べを受けることになり、強制執行も一旦、保留となった。 職員の人も運送業者の人も病院に駆けつけ、娘さんの無事を確認、私たちはお姉さんの事の経緯を聞いた。
お姉さんは、5年前にこの秋田に娘さんと2人で来た。しかし、市営住宅の家賃を滞納するようになり約2年半、支払われていなかった。何度か、訪問もし相談などもしたが、持ち合わせのお金がなく支払いが出来ず、2年半という期間をえて、やむなく今回の強制執行となってしまった。
(今回みたいに(強制執行)となると、部屋で自殺を図る人もいるので、やむなくドアを壊してでも中に入り本人を確保しないと命の危険もあるからね。しょうがないんだ。でも、貴女たちがいたおかげで、娘さんも助かったし、お母さんも無事に保護できた。本当にありがとう。)
(お姉さんは、どうなるんですか?)
(今、警察で取り調べを受けてるけど、娘さんへの殺人未遂で逮捕になるかも・・・)
しかし、何でこんなことを、しでかしてしまったのか?
(役所も一個人の家庭の事情までは踏み込めないからね。個人情報っていうのがあってさ。だけど、生活はかなり困窮していたみたいで、相当、苦労をしていたらしい。特にお金の面でもう、どうにもならなかったんだろうな。)
集中治療室で、娘さんは一命を取り留めた。




