或る男
1「或る男」
皆、一様に同じだ。
朝のラッシュ時の駅の光景なんて、見飽きてる。
難しい顔で新聞を小脇に抱えビジネスバッグを重そうに持つビジネスマン。
警戒心のためか、口を一文字に結んだスーツ姿の女性。
きっと、自分も面白くなさそうな顔をしているに違いない。
ガタン ガタン ガタン
行過ぎる通過電車に意識を奪われ、気がつく。
今日は、月曜日だ。
だから皆、面白くない表情なのかもしれないな。休みあけの仕事ほど憂鬱なものはない。
周囲の人間の固い表情も納得できた。
しかし、自分は休みあけではない。
自分など、ついぞ休みらしい休みなど持てたことがなかったからな。
自分が面白くなさそうな表情なのは、今日が本社出勤の日だからだ。
プシュゥゥ…
自分が乗る電車が来た。
プシー…
さあ、乗ってくれといわんばかりにドアが開く。
人波に押されるように電車に乗った。
満員だ。
本社へ向かう電車は満員であることが多いから嫌いだ。
自分の鞄は、仕事上普通のビジネスバッグと違い、かなりデカイのだ。
この鞄のせいで痴漢に間違われたら…と思うと冷や汗が出る。
この話を同僚にすると、
「俺は、そんな時、吊り革持つぜ?
まあ、両手ふさがってましたって言える状況にしとけばいいのさ!要は!
なんなら、万歳して満員電車に乗るか?」
と、笑い飛ばされた。
すぐ近くに、小柄な若い女性がいた。満員電車に慣れていなさそうに電車が揺れるたびにフラフラしていて、危なっかしい。気の弱そうな感じだ。自分の目線からは女性の顔より頭で判断するしかないが、黒い艶やかな髪は健康だが真面目そうな印象を見るものに与える。着ているスーツはグレーであるが、着慣れていないのか、どこかぎこちない。
新入社員なのだろう。
誰も他人に関心の無い電車の中で、少し微笑ましい気持ちになった。
女性の頭が動き、自分のほうを見た。
どんな顔かと思って、自分も見ていたが、女性は何か文句言いたげな表情だった。ちょっと大きな黒い瞳を潤ませて自分を非難するように睨んでいる。
おや、もしかして痴漢と思われているのかな。確かに、自分のデカイ鞄が女性の身体にあたっているのかもしれない。
ちょうどドア付近の吊り革しか持てないが。
誤解を解くためにも、自分はせめて鞄の持っていない片手を吊り革に伸ばした。
自分もそう背が高いほうではない。身長は165センチだ。この体制で、ドア付近の少し高くなっている吊り革を持つのは、少し苦しい。
或る男は、このまま目的の駅まで電車に揺られた。誤解されるといけないので、さっきの女性のほうを見ないように心がけた。