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第一章「序論」

 二〇〇七年八月、奈良県明日香村。古代、大和朝廷の本拠地として日本の政治の中心となり、かつて聖徳太子や中大兄皇子など歴史上有名な人物たちが実際に政務を行っていたこの土地は、現在はのどかな田園地帯となっている。しかし、そんなこの土地は遺跡の宝庫でもあり、有名な石舞台古墳、高松塚古墳、キトラ古墳など貴重な史跡が多数点在すると同時に、今でも多くの遺跡が眠り続けている、考古学研究家にとっては聖地ともいえる場所である。

 その遺跡が発見されたのは、先に述べた有名な史跡群がある明日香村の中心部から東に数キロほど離れた場所にある、小さな集落の裏山だった。周囲をいくつかの山に囲まれているこの小さな集落であるが、明日香村に近い事もあってかやはり過去の遺物が多く出土しており、大きな発見こそなかったものの何人かの考古学研究者からは注目されている土地だった。そんな折、後に考古学界を揺るがす事になったその遺跡は、この集落に住む二人の小学生によって発見された。

 集落の片隅にある小さな木造二階建ての建物。ここがこの集落の小学校である。全校生徒三十人程度のその小学校の裏手に、一般的には丘と言っても差支えないような小さな山が存在する。地元の人間からは「原田山」と呼ばれているこの山であるが、普段は小学校の子供たちの遊び場でもあり、放課後になると子供の声が響く事が多かった。

 この日も、小学校の六年生である野辺裕樹のべゆうき平木瑠奈ひらきるなは、放課後が終わると同時にこの裏山へと足を踏み入れていた。目的地は、裏山の中腹にある秘密基地。小学校の同級生たちで力を合わせて作り上げたもので、この山における子供たちの拠点である。この日は、他の子供たちは色々と都合があったせいで、この二人だけがその基地を目指していた。

「ねぇ、待ってよぉ」

 先行する裕樹に向かって、瑠奈が後ろからそう呼びかけた。彼女たちにとって慣れた道とはいえ、やはり男子と女子の間では体力差というものが出てしまう。

「おっそいなぁ。置いてくよ」

 裕樹は口ではそう言いながらも、少し歩く速度を緩めた。何だかんだで女の子の事は気に掛けるタイプらしい。

 この先少し開けた広場のような場所があって、その少し先に目的地である秘密基地があった。手近な大木を使った本格的なもので、雨宿りもできる裕樹たちの憩いの場でもあった。

「ねぇ、今日は何するの?」

「そうだなぁ。今日は二人しかいないから、秘密基地でオセロでもしよっか? 僕、この間から瑠奈ちゃんに負けっぱなしだし」

「いいけど、私も負けないよ」

 そんな相談をしているうちに、やがて二人はその秘密基地の直前にある少し開けた広場に出た。この山は普段から遺跡の発掘だのなんだのであちこちで作業が行われていたりするのだが、小学校に近いこの周辺はまだ手が付けられていない場所だった。ゆえに、この広場もいつもと変わらない殺風景な光景を見せてくれると二人とも思っていたのだが……その日、彼らの目の前に出現したのは、ある種異様な光景だった。

「あれ……何?」

 瑠奈がこわごわと呟く。が、裕樹もそれに答える事は出来なかった。

 普段なら何もないはずの広場。その広場の一角の地面に、大きな穴がぽっかりと口を開けていたのである。

「何だろう?」

 裕樹はその穴を不気味に思いながらも、好奇心に負けてゆっくりと近づいて行った。

「裕樹君、危ないよ。やめた方がいいよ」

「平気だって。怖いならそこで見てろよ」

 同級生の女の子にかっこいいところを見せたいという思いもあったのか、裕樹はそう言いながら穴の淵に到着する。

「うわぁ、凄いや」

 穴は二メートル前後の深さがあるようだった。どうやら土砂崩れか何かで地中の空洞に上の地面が崩れたようで、先日の台風のせいかもしれないなぁなどと裕樹は呑気に考えていた。

 だが、そんな穴の中をよく見てみると、その土砂に混じって何かが埋もれているようにも見える。それが何か確認しようと、裕樹が大きく身を乗り出した瞬間だった。

「危ない!」

 瑠奈の叫びに裕樹が振り返ろうとしたまさにその時、突然足元が崩れて裕樹はなすすべなく穴の中に転がり落ちてしまった。

「うわぁぁ!」

 情けなく叫び声をあげて、裕樹は穴の底に落下する。幸い土砂自体が柔らかかった事もあって怪我はなかったが、格好悪いところを見られたとバツの悪そうな顔で裕樹は立ち上がった。

「大丈夫?」

 穴の上から瑠奈が心配そうに声をかけてくる。また落盤の恐れがあるのに、健気にも穴の淵にまでやってきてこわごわと穴の中を覗いていた。

「僕は大丈夫。でも、どうやってここから出よう……」

「わ、わたし先生呼んでくる! 待ってて!」

 そう言うと、瑠奈は顔を引っ込めてそのまま学校に向かって走って行ってしまった。後には裕樹一人が残される。

「でも、これ一体何なんだろう?」

 裕樹はそう呟きながら周囲を見回した。と、その視線がある一点で止まった。

 土砂に埋もれてよく見えなかったのだが、近くで見るとそこには明らかに人工物にしか見えない石棺のようなものがあった。そして、周囲には同じく土砂に埋もれてはいるが、社会科の教科書で見たような土器そっくりなものがいくつか散乱しているのである。

「これって……」

 裕樹は思わず石棺の方に足を踏み出す。そこで、彼は顔色を変えた。石棺の中……そこにはどう見ても人間の骨としか思えない茶色の物体が何本も転がっていたのである。

「う……わぁぁぁぁぁ!」

 裕樹の二度目となる絶叫が原田山に木霊した。


 二人の小学生によって発見されたこの遺跡はすぐに奈良市にある国立博物館に報告され、翌日には博物館から数多くの研究者が現地を訪れていた。原田山からはこれまでもいくつかの遺物が発見されてはいたが、これほど大規模な墳墓の出土は今までに例がなかった。しかも天井こそ崩れてはいたものの、どうやら内部にいくつかの出土品や埋葬者の遺骨らしきものが存在するらしいという事になって、学者たちの期待は嫌でも高まった。

 この新たに発見された墳墓は、原田山で十三番目に見つかった遺物という事から「原田山13号遺跡」と呼ばれる事になり、全国のマスコミに大体的に報じられたのだった。


 物語が始まるのは、この「原田山13号遺跡」発見のニュースが新聞をにぎわせてから一ヶ月程度が経過した頃である。

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