魔法船
次の日。
俺は兵士達の鍛錬の声で目が覚めた。
一瞬ここが何処か忘れかけたが、すぐに思い出す。
そうだ。俺はどういうわけか、今日から学園に通わないといけないらしい。魔王である俺が勇者に拉致され、何故こんなことをしなければならないのか、全く理解できないが、現状は従う他ない。
「そういえば、制服があるとか言っていたな」
俺は部屋を見渡すと、勇者が置いていった服を見つける。服とズボンの間に、紙がはさまれていた。
それを手に取ると、内容を確認する。
“おはよう。
この服に着替えたら、城門の前に来てね。”
一言、そう書かれていた。
俺は指示通りに服に着替え、城門の前に行くと勇者達が既に揃っていた。皆、俺と戦った時の戦闘服ではなく、制服を着ている。
腕を組んでいたアリサがため息をついた。
「やっときた。ちょっと遅すぎるんじゃない?」
「そうか? だってまだ朝の6時半じゃないか」
「ここから学園までは少し距離があるのよ。
普段は寮にいるから8時ぐらいに出ても間に合うけれど、ここだと今からでもギリギリだわ」
「エリカのミスティックドアとやらで行けないのか?」
俺はエリカにそう問いかけると、彼女は首を横に振った。
「ミスティックドアは週に2回までしか使えないのよ。
昨日ルイくんの城に行って、帰ってきたからまだ使えないの。
だから、魔法船での移動になるわ」
魔法船…!
確か、魔力が動力源となって船を浮かせているんだったか。
一度見てみたいと思っていたんだよな~。
ここに来て初めて、俺は少しワクワクしていた。
「船は僕が操作するから、ルイ君達は中でゆっくりしているといいよ」
「勇者が運転するのか? そこはかとなく不安なんだけど」
「まあね。本当なら、古い船で移動する予定だったのだけれど、王様が特別に船をプレゼントしてくれてね。だからとても快適だと思うよ」
あの王様、きちんと仕事をこなした人には相応の報酬を与えるんだな。
息子の方はすごいケチくさそうだったけれど。
俺たちは待機してあった船に乗り込むと、ふかふかなソファーに座り込んだ。体が沈んでいくのがわかる。
これ、そうとう高い素材を使っているな。俺の城なんて、もうボロボロの家具だらけなのに。主に好き放題する幹部たちによってだが。
勇者は操縦室へと向かうと、扉を閉めた。
間もなくして、船は地面から浮かび上がる。
「お、おお…」
初めて乗る魔法船に、俺は感嘆の声を漏らす。
浮遊の魔法で飛べるとは言え、こんな体験は初めてだ。
城がどんどんと小さくなる様子を、俺はじっと眺めていた。
が、その様子をアリサ達が食い入るように見ていることに気づいた俺は、彼女らの方を振り返る。
「…何か用か?」
何故かニヤニヤしているエリカとアリサに対して、俺は不審そうに言った。
「いや、魔王でも興奮することはあるんだなと思っていただけよ」
「ルイくん、もしかして魔法船は初めて?」
「初めてだが・・・何がおかしい?」
何でこの二人は俺を見て笑っているんだよ。
俺の顔が面白いとでも言うのか?
「いやいや、別に馬鹿にしているわけじゃないの。
でもルイくんなら空も飛ぶことなんて容易でしょう?だから少し気になって」
「いや、容易ではないさ。
浮遊の魔法はもう少しで禁止級に入ると言われてるぐらい難しいと言われているからな。俺も会得するまでには2年はかかった」
あの苦行は今思い出しただけでも吐き気がする。ただその分、会得できた時の喜びようは半端なかった。
禁止級魔法を会得した時よりも嬉しかったかもしれない。
「ふーん。でも、それなら何で昨日私があんたと戦った時に使わなかったのよ。
というか、その禁止級魔法も一度も使ってこなかったわよね」
「……」
俺はアリサのその問いに黙ってしまう。
確かに、アリサの言うことは正しい。正直、勇者達に禁止級魔法を使っていれば消し炭になっていたのは間違いない。
だが、昨日はできない事情があった。けれど、それはいわば俺の弱点だ。
アリサの問いに答えるということは、俺の弱点を教えることになる。
俺が答えに困窮していると、フェイリスがとんでもないことを言いだした。
「その…ルイさんは、年に1日だけ魔力が激しく低下する日があるんですよね…? その日に私達が攻めたから使えなかったんじゃ…?」
「ゑ――!」
なっ……何故それを…。
「え、そうなの?」
そう聞き返してくるアリサに、俺は冷や汗が止まらない。
「それは私も初耳ね。だけどフェイリス、何でそんなことがわかるの?」
「それはリュートさんが言ってたから」
「え、勇者が?」
何で勇者がそんなこと知って……。いや、そんなことは今はいい。
今はこの状況をどう切り抜けるか考えないと。
「さ、さあ。何を言っているのかわからないですね」
「いやあんた、目が泳いでるわよ」
「それに口調もなんだか変よ」
「……」
俺、嘘つくの下手すぎる!
でも、例え嘘を突き通したとしても、魔法を使わなかった理由を説明するのには少々無理がある。
観念した俺は、簡単に事情を説明することにした。
「へぇ、魔力の低下ね…。そんなの初めて聞いたわ」
「私も魔法を使いすぎたらなくなっていくけれど、それとはまた違うのよね?」
エリカの問いに対し、俺は頷く。
この呪いとも言える弱点は、俺だけではなく先代から受け継がれているものだ。理由は不明。
親父曰く、強すぎてもつまらんから神が弱点をつけたのだろうとのこと。何の根拠もないのでそんな理由ではないと思うけど。
「ふうん、じゃあ昨日のあんたは本気じゃなかったってこと?
けれど、そんなあんたに私は吹っ飛ばされたのよね。それに私のハンマーも片手で受け止めたし」
「その、魔力が下がるって言っても具体的にどのぐらい減るのかはわからないのかしら?」
「詳しくは不明だが、先代達の調べによると大体普段の0.2%ぐらいしか出せないと聞いたことがあるな」
単純な魔力量を比較しただけなので、実際のところ正確にはわからない。
魔力が低下する日の体のだるさといったら本当に大変だ。けれど俺はそれを表に出さないようにしている。
部下に悟られたら…それも過激派に知られたら面倒なことになるのは見えているからな。
「0.2%って。じゃあ私はその0.2%のあんたに負けたってこと?」
「あれでお前が負けたと思ったのならそういうことになる。
どうだ、自分の弱さを思い知ったか?」
「くっムカつくけれど言い返せない……」
そう言って悔しがるアリサ。
とても愉快な気分になった。
「でも、それならルイくんのカードの数字は一体いくらになるのかしらね」
エリカのその言葉に、俺は昨日勇者の言っていた大富豪システムのことを思い出す。
「それは勇者から聞いた。確か、数字によって強さが決まるんだよな?」
「そうよ。私とエリカが11、フェイリスが9、勇者が10ね」
そう言ってアリサがカードを見せてくる。アリサは前見たようにハートの赤、エリカはダイヤの赤だった、そしてフェイリスがハートの赤だ。
勇者もクローバーの黒だ。
「男子は黒いマーク。女子は赤いマークがもらえるわ。
けれどどっちのマークを貰えるかは、ランダムなの」
このマークの色は男女の違いを表していたのか……。
大富豪で遊んでいた時には全く気がつかなかったな。
「ふーん…」
「流石にロイ先生のKは超えないとしても、Qぐらいはいくんじゃない?」
Q?
それがどの程度の強さなのかはわからないが、アリサと1しか変わらないなんてことはないと思いたい。
ん? でもちょっと待てよ。
昨日も思ったが俺は今魔法もなにも使えない一般人となんら変わりはないのだ。
ならもしかすると…
俺がその結論の至ると同時に、フェイリスがこう言った。
「あの…多分ルイさんは3になるんじゃないかと」
「え? どうして……ってあぁ~!」
アリサが何かを納得したかと思うと、ふんふんと頷く。エリカも勘づいたようだった。
「なるほど、昨日リュートがルイくんの魔力を封じちゃったものね」
「機械は今すぐに使える魔力がどのぐらいかを見ているから、その原理で行くなら確かに3になるわね」
やっぱりか。
まさか最強と称えられ畏怖すらされる俺がよりにもよって最弱カードかよ。
俺がげんなりしていると、突然アリサが笑い出した。
「しっかしまさか魔王が3ねぇ…ぷっ」
その理由は言わずもがなだ。
「笑うなっ! 俺に一撃で吹き飛ばされたくせに!!」
「そうね。でも今のあんたは逆に私達から見れば赤子も同然。こんな面白い話ないわ!」
「くっ……」
そう言って笑うアリサ。
そして、ポンッと俺の肩に手を置いた。
「まっ、一度一般人の気持ちになって考えてみるといいわ。
その弱さを思い知ることになると思うから」
「…」
明らかな上から目線な発言に少し腹が立ったものの、今の俺が言ったところで意味がないだろうしな…。
なので、反論はしなかった。
「まあまあ、ルイくんも好きで弱くなったわけじゃないんだからアリサも笑ったらダメよ。
でも、3のカードを持つのならちょっと大変かもしれないわね」
「?」
エリカのその発言にアリサ達も真剣な表情になる。
「私たちの学園って、プライドが高い人がいるからさ、カードの数字が高い=強くて偉いみたいな縦社会ができているのよ。だから3や4のカードを持っている人は、結構馬鹿にされたりしているの」
なんだその糞みたいな縦社会は。
「でも、そうでない人も多いから卑屈になる必要はないわ。それに、大会ではクラスの皆と協力しないと絶対に勝てないようにできているしね」
「そういえば大会について気になっていたが、具体的には何をするんだ?」
勇者からは大会があるということしかきいておらず、内容までは知らないので少し気になった。
「あーそっか。あんたは当然知らないのよね。
じゃあこの際だから大富豪システムについて詳しく説明しておこうか」
そう言うとアリサは一度 咳をして息を整える。