弟子入り
バルコニーには、ほとんど人はいなかった。
俺は椅子に座ると、星空を眺める。
さわやかな夜風が頬をなでた。
「ん? あら、ルイくん」
どれくらい星空を眺めていただろうか、不意に声をかけられたので振り向くとエリカがいた。
戦う時の服ではなく、ちゃんと正装している。しかし胸元がかなりはだけており、思わず視線をそこにもっていきそうになった。
今のをネネコに見られていたら叩かれていたところだな。危ない危ない。
エリカは手に持っていたグラスをテーブルへ置くと、俺の正面に座った。
「その様子だとあまり楽しめていないようね」
俺が不機嫌そうな顔をしていたのか、そう言われる。
「そりゃあな。この宴が開かれたのも、俺が倒されたからだし。
でも、それだけじゃなく俺は元々こういう宴的な催しはあまり好きじゃないんだ」
「騒がしいのは嫌い?」
俺は頷く。
ふーん、と言ってエリカは頬杖をついた。
「でも、私未だにルイくんが魔王だなんてちょっと信じられないなぁ」
「おい、どういう意味だよそれは…」
「あ、いや別にルイくんのことを馬鹿にしてとか、そういう意味じゃないのよ。
ただ、ルイくんみたいな青年が魔王だなんて少しギャップを感じたの。
私、魔王って聞いたからもっと禍々しくてごついイメージがあったけれど、まさかそれがかっこいい男の子だとは思わなかったわ」
「まぁ確かに俺の先祖にはそういう人もいたのだろうけど、ここ何代かはずっと人間の姿をしているぞ」
先代が確か人間と子を作ったおかげで、俺にも少し人間の血が入っているらしいからな。
そのおかげで姿形が人間そっくりになったんだと。
「だが、急にそんなことを聞いてきてどうした?
というかだな、あんたらと俺は敵関係であるということ忘れてないか?」
「ん、そうだったの?」
「そうだよ!」
俺は思わず突っ込んでしまった。
その様子がおかしいのか、エリカがくすくすと微笑む。
「冗談よ。
そうねぇ、確かに魔族と人間っていうのは昔から敵対関係ではあったわ。
私たち側からすると魔族が悪で人間が善。学園でもそのように教えられた。
でも、私はそうは思わない」
不意に真剣な表情になるエリカ。
俺は黙って聞いていた。
「正直最初は半信半疑だったのだけれど、ルイくんのあの言葉を聞いてそれは確信に変わったの。魔族の中にも善は存在するということが」
あの言葉。具体的にどれを指すのかはわからないが、恐らく勇者との会話のことだろう。
アリサがエリカとフェイリスも聞いてたって言ってたし。
「ルイくん、ありがとう。
今まで、魔族達がこっちの世界でほとんど悪さをしてこなかったのは、貴方が抑圧していたからなのよね? 本当にすごいと思う」
「何故あんたが礼を言うのかは知らんが、確かにそっちの世界に過激派の魔族達が出向かなかったのは、俺が無理やり抑えていたからだというのはある。
それでもそっちで悪さをしに行った奴らはいるが」
「完璧にできることなんて少ないもの。それは仕方ないわ。
でも、リュートがルイくんの力を封印したおかげで少し危ないことになるかもしれないのよね?」
・・・。
その話か。
勇者の野郎、封印を解除する方法がわからないとかいいやがって。本当にどうなってもしらないからな。
「そうだな。表向きには゛魔王を倒された恨み゛だのなんだのと言ってくると思うけど本心はただこっちに来て暴れたいだけさ。
あの過激派の中には雑魚がほとんどだが、一筋縄ではいかない奴もいる。並の人間なら瞬殺確定だろう。
だから正直、勇者のしたことは完全に自分達の首を絞めたことになったというわけだ」
「でも、確かに何でリュートはルイくんの力を封印したのかしら。
私達がそれを聞いた時は本当に驚いたのよ。
だって、それまでは魔王を倒すって言っていたのにある日突然意見をコロッと変えたんだもの」
なに、勇者が?
確かにそれは怪しさ満点だけど、何か考えでもあるのか?
エリカは続ける。
「それに、最近よく1人で何処かに出かけることが多いのよ。
リュートはあまり多くを語らない人だから、どうしてなのかさっぱりわからないの」
1人で何処にか。
まさか、ソープにでも行ってるのか?
なんだ、あいつそういうの興味なさそうな感じを醸し出しておいて、やっぱ男だったんだな。
まぁ冗談だが。
「そりゃあいつは勇者という重荷を抱えているんだ。1人で黄昏れたくなることもあるんじゃないか?」
エリカの表情からして、半分は正解で半分は間違いと言ったところか。
「そうなのかなぁ…。でも、なーんか怪しいのよね」
そう言うとエリカは呪文を唱え、テーブルに手をかざす。
すると、テーブルに、商人や貴族達と談笑している勇者の姿が映った。
「反映の魔法か。なかなか高度な魔法を会得しているんだな」
「ルイくんに比べたら私なんて大したことないと思うわよ。
あ…そうだ! 魔法で思い出したわ。
私魔法のことでルイくんに聞きたいことがあったのよ。
ルイくんって禁止級の魔法って使えるの?」
「禁止級? まあ一応な…」
禁止級魔法。
言葉の通り、その力が強力すぎるが故に素人が手を出すととんでもないことになってしまうという究極の魔法。修練を積んだ黒魔道士や白魔道士でも人によっては消費魔力や精神力が大きすぎて1回放つだけで死んでしまう可能性も孕んでいる恐ろしい魔法だ。
俺も禁止級魔法については、先代の魔王、つまり親父(既に病気で昇天したが)からきつく言われていた。けれど好奇心の湧いた俺は、側近の大魔道士に禁止級魔法を教えてもらったことがある。
最初の方はミスを連発して城を消し炭寸前に仕掛けたこともあった。今となっては懐かしい。だが、今や俺にとって禁止級魔法を扱うなど、たやすいことだ。
「まずは召喚系。火の精霊イフリートから水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフィード闇の精霊・・・
精霊系統の魔法は一通りマスターしたな。
次に攻撃魔法となるとビッグバンや剣の舞ぐらいだな。
あと、数秒先の未来を読む論理回路や死の魔法も使える。
まぁ禁止級で使えるのって言ったらこのぐらいか。
でも、さすがに過去に遡るタイムリープの魔法だけは会得できなかったけどな。
……って、どうした?」
気がつけば、エリカは放心状態になっていた。
どうやら俺の言葉に驚いているらしい。
まあでも驚くのも無理はないか。
「え、え…? 本当にそんな数の禁止級を使えるの?
嘘でしょ、私だってこの前やっと1つ覚えたばかりで…しかもよく失敗するのに」
「いやいや、人間が禁止級の魔法を1つでも使えるってことの時点で大したものだと思うぞ。
その体のどこにそのような莫大な魔力があるんだ」
「・・・」
聞こえていないのか、エリカはただ黙っていた。
が、やがて立ち上がると、不意に俺の手を握ってきた。
「ルイくん、お願い!!私に禁止級魔法を教えて!!!」