侵略
「その後ひどい怪我をした私をエリカは治療してくれました。
そして事情を説明して匿ってもらい、父とは完全に縁を切ったあとエリカ達の学園に編入することができたんです。そこで私は同じくしてリュートさんやアリサさんと出会って努力の末9にまで数字を上げることができました。
けれどそれ以来、私は男の人がとにかく怖くて……触られようものなら腰を抜かして声を上げてしまうようになってしまったんです」
「……」
俺は目を瞑り腕を組みながら情景を浮かべるかのようにその話を聞いていた。
フェイリスの闇……。それは彼女の心を傷つけ、男性恐怖症へと変えてしまった。
そして、それが彼女に与えた影響は計り知れない。
フェイリスは俺を見上げるようにして近づいてくると、不安そうな声で、
「ルイさん……私が悪かったんでしょうか? 父の期待に応えられず、ずっと落ちこぼれだった私のせいなんでしょうか……? 私がもっと最初から結果を出していれば父は……私を―――!」
俺はフェイリスをそっと抱き寄せた。
彼女は、一瞬肩をびくつかせたものの、そのまま俺に体重を預けてくる。
「大丈夫だ。フェイリスは何も悪くない……。誰だって努力してもどうにもならないことはあるんだ。それを一番理解してあげないといけないのは他ならぬ親だ。だから、フェイリスが罪を感じることは何もない」
よりにもよって暴力にはしるなど、言語道断。
それに、最後にはフェイリスを何者かに売ったのだ。とてもじゃないか親のすることとは思えない。ただの外道だ。
「ぅっ……ぐす…ありがとう、ルイさん…」
「ああ…」
フェイリスは時折嗚咽を漏らしながら、俺の胸に顔をうずめてくる。俺はそんなフェイリスに対して、頭をゆっくりと撫でてやった。ネネコによくやるものだ。
「……」
そのままお互い何を話すわけでもなく、時間だけが過ぎていく。
やがてフェイリスは落ち着いたのか、俺から離れると、
「す、すみません! ルイさんの服が……」
「ん?」
見れば、俺の服はフェイリスの涙で濡れていた。
「ああ、気にするな。どうせすぐに乾く。それよりも、もう大丈夫か?」
「あ……はい。ルイさんに話したらなんだかすごくスッキリしました!」
もうあの暗い表情を見せたフェイリスはどこにもない。
晴れ晴れとした表情で、俺の手を引くと、
「ルイさん、学園に行きましょう!」
そう言って俺を急かしてきた。
「わかったわかった……」
俺はフェイリスに手を引かれるようにして寮を後にする。
周りの男達が、おっかなびっくりといった顔で俺達のことを見ていたのは言うまでもない。
そして、その登校中、
「しかし、フェイリスは俺だったら触られても大丈夫になったんだな」
さっきは思わず慰めるために抱き寄せてしまったが、よく考えたら気絶してもおかしくなかったはず……。
それにさっきも手を引かれたし……。
「そ、そういえばそうですね……。私、ルイさんになら触られても平気になったみたいです」
そう言うと、フェイリスは俺の体をぺたぺたと触ってくる。
どうして急にそんなことになったのか。
心当たりがあるとすれば、やはりあの眷属の誓いぐらいしか思い浮かばないが……。
よし。
「フェイリス。俺が君に魔力を供給したとき、なにか感じたか?」
俺が問いかけると、フェイリスは自身の口元に指を当てつつ、
「えーっと、はい。ルイさんの魔力が流れ込んできたとき、私の中の魔力が上昇するとともに、何かあたたかいものが流れてきたのを覚えています」
「あたたかいもの?」
「はいっ。それは何か安心する気持ちというかなんというか……。とにかく、それで私の精神はすごく落ち着いたんです」
あの時、フェイリスの光の矢はとても正確に放たれていた。
それはもしかするとこのことが関係しているのかもしれない。
そしてフェイリスが俺に普通に触れるようになったのもそれのおかげかもしれない。
「まあ、とにかく俺に触れるようになったのならもう大丈夫じゃないか」
そう思い、学園について早々、フェイリスはコウヤに触れてみるのだが……
「ひゃあっ!?」
「あ……フェイリスさん!? 大丈夫か!」
と言って、フェイリスは悲鳴を上げた。
結局フェイリスの男に触れないというのは治っていなかった。
もう特訓は不要だろう、と思っていたもののまだまだフェイリスには必要だったようだ……。
「だが……」
俺はフェイリスの事を今まで、いつも少しおどおどしていて小動物のようなイメージを想像していたが、その認識は改めたほうがいいのかもしれない。
彼女はここぞという時にはきちんと動ける、そう確信した。
魔界では恐れられているネネコとタイマンで口論したり、そして勇者から俺をかばって前に立ってくれていたりと、非常に肝が座っている。
男に触れられると気絶してしまうという欠点はあるものの、徐々に直していけばいい。その手伝いなら俺もできる。
そして彼女は魔族の弱点である聖魔法の使い手でもあり回復魔法の使い手だ。
(フェイリスはきっと将来大物になる……)
そう推測したのだった……。
その頃、ルイの城では大勢の武装した魔族達がルイの城へと集まっていた。
その数およそ10万。
彼らは、何かを探すようにして、ルイの城を動き回っていた。
暫くして、1人の魔族がルイの城へと到着する。
体はマントに覆われ、その中身まではわからないものの、顔には斬られたような傷があり、その鋭い眼差しは、睨まれたら蛇も恐れをなして逃げ出すほどの威圧感を放っていた。
一見、人間と見間違えるような姿形をしているものの、その存在感はとても大きい。
「……」
そして堂々とした振る舞いで風を切りながらその魔族は歩くと、中へと入っていく。
それに気づいた、他の魔族達が、一斉に敬礼すると、その魔族は頷いた。
自身の体より数倍大きい魔族がその魔族に対して敬礼しているのはまさに異例の光景だった。
しばらくして、重鎮だろうか、華美な装飾品を着飾った魔族が現れた。
「ヴァルグレイド様。ようやく来られましたか」
「エイジスか。状況を報告せよ」
そう言うと、エイジスと呼ばれた魔族は、首をかしげるようにしてこう言った。
「ルイの姿は見当たりませんでした。既にバイラスに殺された可能性も考えましたが、それならばバイラスがもっと強くなっていないとおかしいですからね。逃げられた可能性が高いでしょう」
「ふむ……」
ヴァルグレイドは顎に手を当て考えた。
「あの日、ルイの魔力が弱くなるという情報は察知していた。だからこそバイラスをけしかけたのだが……。よもや気付かれたのか?」
「さあどうでしょう。しかし、少なくともオザルリオ、ミリア、ルシエルは亡き者にしたようですが」
「……ネネコは殺していないだろうな?」
ヴァルグレイドは睨みつけるようにして言うと、エイジスは飄々とした感じでこう言った。
「さあ、それはバイラスに聞いてみないとわかりませんね。
……おい、バイラス!!」
エイジスがそう言うと、突如空間に黒い霧のようなものが現れ、そこからあの仮面の男、バイラスが姿を現した。
『はいはーい。僕に一体何の用?』
「お前が殺したのはミリア、ルシエル、オザルリオで間違いないんだな?」
『そうだよー。あ、あとヴァルとかいう奴も殺したかな~。
でもあの猫さん、すっごいすばしっこかったんだよ。僕の真の姿まで晒す羽目になったしね。もう少しで殺せるところだったんだけどなぁ』
その言葉に、ヴァルグレイドは胸をなでおろした。
穏便派の主戦力である3人が死んでしまえば、もうこっちのもの。
思わず心の中でほくそ笑む。
「ヴァル? そんな奴いたか?」
『いたよ。なんか、僕に命令してきて鬱陶しかったから殺しちゃった!』
エイジスの質問にそう答えるとバイラスは笑った。
あっけらかんとしたその物言いに、他の魔族達は思わず戦慄する。
「まあよい。それで、ルイの居場所に検討はついたのか?」
「さぁ……。人間界の何処かにいるとはわかっておりますが……。バイラスは何か知らないのか?」
『ルイとか言う奴ならヴァルを殺したあと、追いかけて殺そうとしたけど失敗したよ。僕の分身が死んでしまったからね』
「なんだと!?」
思わずエイジスとヴァルグライドは顔を見合わせ驚いた。
バイラスは、指をくるくる回しながら、
『なんか、見たことのない僧侶の矢に貫かれて死んじゃったんだ。
場所は……どこだっけな』
首をかしげるバイラスに詰め寄るエイジス。
「アホかっ! その場所が重要なんだろうがっ!」
『いて、いてて! 殴らないでよエイジス博士。ちょっと待って、今思い出すからぁ……』
わざとらしく考えるふりをするも、その時バイラスお腹の音が鳴った。
『お腹空いたなぁ……。まずは腹ごしら―――』
「そんなことは後回しにしろ! ヴァルグレイド様の御前だぞっ!」
そう言って怒るエイジスをヴァルグレイドは手で制止した。
「よい……バイラス、思い出したらすぐに我に伝えよ。ルイの元に我々が赴く。
勿論、お前も来てもらう」
そう言うと、ヴァルグレイドは、魔王の間へと足を運ぶ。
本来ならルイの許可なく入ってはいけないその場所に堂々と入ると、壊された玉座の前でふんっと鼻を鳴らした。
「なんだ、座ろうと思ったのに壊されてるではないか……まぁよい」
ヴァルグレイドは振り返ると、整列している大勢の魔族達に向かって大きな声で言った。
「聞け、諸君! 今を持って我こそがこの魔界の王となる。魔王ルイは我々に怯え何処かに姿を隠した! この魔王の間から離れたのだ!! そのような軟弱者がこの魔界を統べる王にふさわしいか? 答えは否だ! ならば誰が次の王にふさわしいか?
聞こう、エイジス」
エイジスは、ヴァルグレイドの傍に跪くと、
「ヴァルグレイド様です」
「そうだ。我だ。我こそが次の魔王にふさわしい! 異論のないものは拍手せよ」
ヴァルゼライドがそう叫ぶと、魔族達からの拍手喝采が飛んでくる。
「長き間、我々はルイに苦しめられてきた……。奴さえいなければ、もっと簡単に人間界を支配できたのだ。だが、そのルイはここにはもういない。無様に人間界へと逃げていってしまったからな!
さあ、皆の者、今が復讐の時ではないか? 散々苦しめてきた我が宿敵を葬り去り、新しい魔界を作り直そうではないか!! そして共に人間界を支配し、我々の楽園をつくろうではないか!!」
再び、魔族達の野太い声が轟いてくる。
魔族達はヴァルグレイドの演説で士気が上がっていた。
ヴァルグレイドはそれに満足すると、空に浮かぶ赤い月を見つめ、
「待っていろルイ……。貴様の時代はもう終わったのだ―――――!」
そう言って心の中でほくそ笑んだ。




