刻印、闇前編
フェイリスは、窓の方へと体を向けつつ、ポツポツと語り始めた。
「元々私の家はとても貧乏で、本来ならこんなところに住めるなんて夢のまた夢でした。
両親は些細な事ですぐ喧嘩をしていましたが、1人っ子だった私のことはすごく可愛がってくれました。
特に、父とはすごく仲が良かったんです」
「……」
父親とは元々仲が良かったのか……。
フェイリスは続ける。
「そうして貧しいながらもなんとか生活していました。
しかし、父が変わってしまったのはあることがきっかけでした……」
「あること?」
「はい。その前にルイさん、前に魔法船からルイさんが初めてこっちに来る時に、大富豪システムの話をしたと思います。その時、エリカに革命は相手の数字によるものなのならそれをどうやって魔族に応用する、とおっしゃっていましたよね。あの時エリカははぐらかしましたが、ルイさんに全てお伝えしようと思います」
確かに、そんなことをエリカに言ったような気がするがよく覚えていたな。
「ルイさん、刻印ってご存知ですか?」
「ああ。フェイリスの腕にあるじゃないか」
あ、でもフェイリスの腕にあるのは紋章か……。
いや、でも紋章と刻印も似たようなものじゃないのか?
「そうですね。ルイさんが紋章と呼んでいるこれも刻印の1つです。
でも、私がルイさんの刻印じゃなくて、別の刻印です」
「別の……刻印?」
俺は思わず首をかしげる。
しかし、かなり興味深い話だった。
「はい。私達人族や魔族にも共通して存在している刻印があるんです。
そして通常、刻印の場所は人によって様々です。私の場合お腹の部分に出ましたが……。
その刻印は大富豪のカードと同じ3からJOKERまでが刻まれていて、更にダイヤ、ハート、クローバー、スペードのいずれかも刻まれています。
女性はダイヤ、ハートマークがほとんどで男性はクローバー、スペードのマークがほとんどなんですけど……」
俺達魔族や、人間達に刻印がある……?
その話にはちょっと懐疑的だった。
何故なら、俺は今まで魔族にそんな刻印が刻まれているのを見たことがないからだ。それに、魔界での書物にもそんなことは書いていない。
だが、今の話が本当だとするならば、俺は今とんでもない話を聞かされていることになる。
「俺はそんな刻印は見たことがないが」
「それは当たり前だと思います。刻印が見えるのは“人族”だけですから」
「え……?」
人間にしか見ることのできない刻印……?
少し頭が混乱してきたな……。
ま、まあいい。とりあえず最後まで聞こう。
「混乱するのも無理はありません。このことを、魔族で知っているのはかなり少数なはずですから」
「ちょ、ちょっと待て。かなり少数と言うことは、俺以外にも知っていた奴らがいるということか?」
フェイリスは頷く。
「ルイさんが前言っていたように、純粋な魔族はこの刻印を見ることは不可能です。ですが、人間の血を持つハーフならば話は別です」
そうか。ということは、人間の血が何か関係しているんだな。
しかし、それだとおかしい点はまだ出てくる。
それは、どうしてそんな話が今まで俺の耳に一言も入ってこなかったのか、ということだ。
正直今のところ実際に見ていないので眉唾物だが、もしハーフでも見れるのならば魔界にその情報が飛んできてもおかしくないものだ。
俺は今思った疑問点を全て言っていくと、フェイリスは話の腰をおることなく静かに聞いていた。
「まず、どうしてルイさんの方に話がいかなかったのかというと、この刻印は純血の魔族には見ることができません。なので、そのハーフの方が言ったところで証明のしようがないんです。だから相手にされなかったのではないのでしょうか?」
ああ、確かにそれならありえなくもない。
魔界ではハーフは両方に属しているとも属していないとも言え、忌み嫌われている存在だ。一度人間界に行って子を成し、その子が魔界に帰ってきたところでここに帰る場所はないと言っても過言ではない。そんなハーフが今のような戯言を言ったところで誰が信じてくれるだろうか? 俺ですら一瞬バカバカしいと思ってしまったぐらいだ。おおよその予測がつく。
魔王である俺には1日にかなりたくさんの情報が出回ってくる。だからできるだけ変な情報が俺に来ないように最初に部下がチェックしている。だから今の情報は、こっちに流れてくる前にどこかでシャットアウトされ、俺に流れてこなかったというのが濃厚だろうな……。
「まぁまずハーフがこっちの世界に戻ってくるなど滅多にないからな……。
完全に人族として生きる道を選ぶものの方が圧倒的多い」
俺は別に悪ささえしなければ特に人間とそのような関係になることは容認している。
だが、他の魔族達はそうはいかない。
だからもしも俺がハーフであることがバレればその時どうなるかは言うまでもないだろう。
「それに、この情報が魔族に漏れ出てなんらかの対策をされてしまうと、私達人族は窮地に追い込まれる可能性が高いです。
そして今ルイさんが言ったことが本当だとすれば、ハーフの方は人族が追い込まれる事態になることは避けたいはず。なので、その話を知ったとしても黙秘したままという可能性も十分ありえるとおもいますっ」
「ほう……」
フェイリスの鋭い指摘に俺は思わず感嘆してしまった。
確かにその2つの可能性から情報が届かなかったということはありえるだろう。
「今の話は、大聖堂にある図書館の書物にしか書かれていない話です。なので、まず魔族達がそこの書物を読もうとしたところで、近づくことすらできないと思うので、知ることができなかったんだと思います」
なるほどな。
それに例え人間界の書物に印されていたとしても、言語が違うためか俺達は読むことができないからな……。
これで、どうしてその話が今まで魔族達に漏れないのかは大体納得した。
だが、問題はまだ残っている。
それは、俺がハーフなのに刻印が見えないということだ。
「なあ、もう一度聞くがハーフはその刻印を見ることができるんだよな?」
「そうですね」
うーむ……。
じゃあ一体どうして俺には見えないのだろうか……?
フェイリスに俺がハーフであることを打ち明けて聞くことも考えたが……。
今はやめておこう。
別にフェイリスを信頼していないとかそういうわけではない。ただ、俺自身今話を聞かされたばかりで頭の整理が追いついていない。だから、また後日でも大丈夫だろう。
「……」
あ、そうだ。
これだけは聞いておこう。
「じゃあ俺の刻印が今どこにあるのか、とかわかるのか?」
「はい。ですけど、人間が刻印を見るのにも条件があって、魔族が魔力を消費するときにだけ浮かび上がるんです。なので……」
「じゃあ魔力を使うことのできない俺は、今どこに刻印があるのかとかがわからないということか……。でも、初めてフェイリス達に会った時、俺は確か魔力を消費したはずだが……」
「す、すみません。あの時は緊張で気が動転していて、刻印を見る余力はありませんでした……」
そうか……。まあそれなら仕方がない。
勇者を問い詰めて聞くことにしよう。
「……えーっと話がそれてしまいました。それで、この刻印の数字と今の大富豪何か関係あると思いませんか?」
「あっ!そういうことか……」
俺はフェイリスがこの刻印について一生懸命話してくれる理由がわかった。
つまり、俺達や人間達に刻印として現れる数字は恐らく魔力の大きさもとい、強さの指数をあらわすのだろう。
どうしてそんな刻印が全員に存在するのかは検討もつかないが、それ以外に考えようがない。
そして、確かにそれならば革命を起こすことも可能だな。魔族が魔力を使った瞬間に刻印が浮かぶのだから、人間たちは当然、その魔族がどの程度の強さを持っているのか瞬時に判別することができる。なるほど、よく考えたものだ。
そして、その後フェイリスから全ての説明を聞いた話を要約すればこうなる。
・魔族、人族にはトランプのカードと同じように3~JOKERまでの刻印が刻まれており、その刻印は人族、もしくはハーフにしか見ることができない。
・人族が魔族の刻印を確認する方法は2つ。魔族が直接魔法を使い魔力を消費するもしくは、誰かが透視の魔法を使うかだという。
・人族は、成長とともに刻印が薄れていき、10歳を過ぎる頃には完全に消滅し自身の数字が一体いくらなのかはかるすべがなかったという。それをどうにかしたのかあの大富豪システムに則った機械の測定。その昔、リガウスという科学者によって構築されたものらしい。
なるほど……人間達が突然強くなった背景はこの大富豪システムが関係するのか。それならば、以前魔界の書物で読んだ『人間達は突如見違えるように強くなり、我々は後退せざるをえなくなった』というのも頷ける。
というか、魔族には見えないけど人間には見えるってかなり都合のいい話だな……。
まあ、魔族と人族とでは強さの違いがありすぎるため、そんなものが存在したのかもしれないが……。何故そんなものができたか、まで今は議論する気はない。
今ある真実だけ、俺は真摯に受け止め、その対策を講じるだけだ……。
「なるほど。大体はわかった。
しかし、フェイリス。そんな歴史が変わってしまいかねない情報をよくも魔王である俺に話せたな?」
今の情報を知った俺が悪用すればどうなるかわからないはずはないのに。
しかしフェイリスは体を窓の方から俺の方へと向けると、笑みを浮かべ、
「ルイさんは、きっと悪いようにはしないと信じていますから」
「……」
くっ……、俺に対する純粋な信頼が眩しい。
この子は、疑うということを知らないのか……?
誰かが守ってやらないと、きっといつか痛い目を見るだろう。
俺は気恥ずかしくなって、フェイリスから顔をそらすと、
「どうなっても知らないからな……」
と言った。
しかし、これで大富豪のシステムというのもわかってきたような気もする。
それでもまだ不可解な点は残っているが……。
「それで、大体刻印やそれが今の大富豪システムにつながるということもわかった。
それがフェイリスの父親とどう関係があるんだ?」
俺がそう言うと、フェイリスは影を落とすようにして言った。
「はい。それは、私の刻印が消失して1年が立った時でした。私が住んでいた地域でも機械による測定が行えるようになったんです。基本的に、1人1枚は持つことが義務付けられていますから、私と父もそのカードを貰いに今とは別の学園にまで行きました。
刻印が消失する前、私が最後に見た数字は4だったのでかなり運が良くても5ぐらいだろうな、と思っていたんです……。
けれど、出てきたカードの数字は私の予想をはるかに上回る8のハートだったんです」
4からいきなり8か……。
それはとんでもないな。
「そして、私はその高い潜在能力を認められ、今とは違う学園に通うようになりました。あの当時、私の歳で8という数字を出す人なんてまずいませんでしたから当然皆は私に期待しました。
ですが、確かに8というカードは貰えましたが、それをうまく使いこなすことのできない私はクラスの中でもかなり落ちこぼれだったんです
しかし、それでも私は頑張りました。その学園だって、安くはありませんでしたから……。
けれど、父が変わってしまったのは母と離婚してしまってからのことです。父に引き取られたあと、多大な期待を寄せられたのも関わらず全く結果の出せない私に、父は徐々に苛立ちを募らせ、暴力を振るうようになりました」
当時の状況を思い出しているのか、フェイリスの目には怯えといった表情が見え隠れしていた。
それは、あの大富豪クラスとの模擬試合の時に見せた怯えと同じものだ。




