修羅場の予感
「……」
私の言葉に、不意に勇者の雰囲気が変わったように感じられた。
「どうして、そう思うんだい?」
あくまで自然にそう言ったつもりだったのだろうけれど、私はその言葉の節々から勇者の僅かな動揺を感じ取っていた。
「猫の嗅覚を舐めないでください。性別の判断ぐらい匂いで簡単にわかります」
最初に会った時に言おうと思っていたが、あの時はそんなことよりも優先するべきことがあった。
しかし今はそうではない。
「……」
勇者はしばらく黙っていたが、やがて観念したのか、
「参ったな…、匂いかぁ…。それじゃあ誤魔化せないわけだ」
そう言うと、勇者はパチン、と指を鳴らす。
するとショートカットだった髪は長くなり、更には小さかった胸も大きく膨らんだ。
どういう魔法かはわからないものの、何かしら自身に魔法をかけていたのだろう。
元々、顔立ちが女性的だったのもあってか、完全に女性だった。
「この姿を見せるのは多分、父上と母上以外ではネネコさんが初めてなんじゃないかな…。でも、やっぱ長い髪は落ち着かないなぁ」
そう言って金色の長い髪をいじる勇者。
「何故、そのような真似を…」
「まあ、色々あってね」
そう言って苦笑する勇者。どうやらそう簡単に答える気はないようだ。
別に私としては勇者が男だろうが女だろうがどうでもいいものの、女だとしたら問題がある。
「女性なら、ルイ様と同じ部屋はもってのほかです。今すぐ部屋を変えてください」
「ふふ、まあ言うと思ったよ。でも、それはできない」
明確な否定。
勇者の目から、それだけはできないという意思表示がみてとれた。
私が全く納得してないのを見かねてか、勇者は、
「それだけ言っても、当然納得はしてくれないのはわかってる。
だから一応理由を言っておくと、まず1つ目。この男子寮には僕の部屋以外に空きがないということ。2つ目、ルイ君を監視しなければならないということ。
そして3つ目。他の人と共有部屋にしたとき、もしかしたらルイ君が魔王だとバレる可能性があるからだよ」
なるほど…一応筋としては通っている。
しかし言葉ではわかっていても、頭ではどうしても理解することができなかった。やっぱり、勇者が女性だから?
「ルイ様を監視…。
結局貴女はルイ様をどうしたいというのですか? 私には貴女の意図が全くわかりません。
一体何を企んでいるのですか」
「うーん…。まあ追々話すことになると思うけど、今はまだ話せない……かな」
勇者の飄々とした物言いに、私は少し苛立ちを感じていた。
しかしルイ様が寝てる手前、それを表に出すことはせず、私は勇者を睨みつけると、静かに言った。
「どんな理由があるにしろ、貴女がルイ様の力を封印さえしなければ、あの仮面の男にルイ様が襲われて死にかけるようなこともなかった。
貴女は間違いなく敵です」
その言葉に勇者は否定もせず、かと言って肯定することもなくこう言った。
「今はそれでいいよ。でもこれだけは信じて欲しい。
僕は、今はもうルイ君をどうこうするつもりはない」
勇者は寝ているルイ様を見ながら言った。その言葉の真偽は定かではないものの、警戒しておくに越したことはない。
私はルイ様の剣となり盾となる者だ。ルイ様の危険因子は、ルイ様に害が及ぶ前に排除する。
「さてと。とりあえず、ルイ君には僕が女だってこと、内緒にしておいてね。いや、まあ別に言ってもいいんだけど、大好きなルイ様に余計な負担をかけたくはないでしょ?」
「当たり前です」
勇者の性別がわかったところで、特に何か変わるわけではない。それならばルイ様から聞かれるまでは、別にいちいち報告することもないだろう…。
勇者は再び何かを唱えると元のショートカットに戻り、胸も平べったくなった。
そうして勇者が部屋の外に向かおうとしたところで、何かを思い出したのか、私の方を見て、
「そういえば、ネネコさんの編入も決まったよ。明日学園にいけば制服ももらえるはずだ。君も、ずっとそうしてルイ君の傍にいて護衛するだけじゃ息が詰まるだろう。学園内は基本的に安全だから、ゆっくり楽しむといいよ。じゃあ僕は大浴場に行ってくるね」
そう言って勇者は着替えを持って外に向かっていった。
別にルイ様の傍にいて息が詰まることなんて全くもってないものの、ルイ様と一緒に学園に通えるというのは純粋に嬉しい気持ちもある。
ただ、その学園がルイ様を討伐するためだけに作られた学園というのもまたおかしな話だけれど。
「うーん……」
その時、ルイ様が寝返りを打った。
その際に、手元から何かが落ちる。
拾い上げると、それは2枚のトランプのカードだった。
「どうしてトランプのカードが……」
私は疑問に思いながらも、ルイ様の胸ポケットにそっとカードを入れてやる。
「ふぁあ……」
時計を見れば、既に日をまたいでいた。
昨日から一睡もしていない私は、流石に眠気に襲われていた。
私もそろそろ眠らないと…。
眠くてはルイ様の護衛に支障をきたす可能性がある。
「………」
結局私はどこで寝ればいいんだろう……。
「う……」
次の日。
俺は、妙な暑苦しさで目を覚ました。
そして、体が重い。まるでなにかに抱きしめられているようだ。
「……」
自分の体の方に顔を向けると、確かに抱きしめられていた。
俺はそいつを見て思わず苦笑する。
「ネネコ……」
「すぅ…すぅ……」
ネネコだった。
昨晩、俺は多大な疲労感によってそのまま寝てしまったがネネコの事をすっかり忘れていた。
ネネコに結局どこで寝ればいいとか言わなかったからな……。
ネネコは俺の腕に抱きつきながら、無意識のうちに頬ずりをしている。
それはさながら猫のようだ……ってネネコは猫族だった。
こんなに無防備な姿で眠っているなんて、危機管理能力が少し足りないなと思いつつもそれだけ俺が信頼されているということに嬉しく感じる。
試しに抱きつかれていない方の手で猫耳を撫でてやると、ピョコッと反応した。
こんなにじっくり触ったことはなかったものの、猫耳ってこんなにふわふわしてるんだな。
「というか……」
ネネコの服は完全にはだけている。あと少しすれば、胸が見えてしまうんじゃないかというほどだ。大きいとも小さいとも言えないネネコの胸が俺の腕に押し付けられ、俺は少し変な気分になる。
だ、ダメだダメだ。ここには勇者もいる。変な考えはよそう。
しかし、そう言いつも俺も男だ。そういった興味は当然ある。だからこれは仕方のないことだ。
そうして俺が無理やり頭の中で正当化していると、ネネコの目が開いた。
俺は慌てて目をそらす
「あ…ルイ様おはようございます…」
「あ、ああ…おはよう」
危ない。もう少しで視線が胸にいったのを気づかれるところだった。
「……どうかしかしましたか?」
「いや、なんでもないぞ。それより悪かったな。お前の寝る場所をどうするか言ってなかったよ」
「そんなことは…。前も言いましたが私は野宿でも全然構いませんので…。
しかし、ここには勇者もいますのでルイ様のお側で眠った方が何かあったときすぐに動けるので眠らせてもらいました。
すいません、迷惑でしたか?」
上目遣いでそう聞いてくるネネコに俺は首を横に振る。
「いや、そんなことはないぞ。
ただ、こんな状況を誰かに見られたら誤解されるだろうし…、ネネコもプライベートな空間は欲しいだろう」
「そんなことは…。それに私は誤解されても――」
その時、ドアがノックされる。
「ルイさん、起きてますか…?」
そう言って中へ入ってきたのはなんとフェイリスだった。
ちょ、どうしてこんなタイミングで…!?
というかなんで鍵かかってないんだよっ。
そうしてフェイリスの足音が近づいてくる。そしてベッドで寝ている俺と目があった。
「ああ、ルイさん。もう起きていましたか。よかっ―――」
フェイリスは、ネネコが腕に抱きついているのを見て固まった。
 




