ネネコと眷属の誓い
「ネネコ。これから俺達はきっと戦うことが多くなる。そんな時、いくら強いお前でもどうしようもない時が来るだろう。その時に頼りになるのは仲間だ。
フェイリスの言う通り、俺の護衛は多いに越したことはないだろ?」
「そうですが…」
そう言うと、俺から目をそらすようにして俯く。猫耳や尻尾も力なく垂れ下がっていた。
恐らく、言いたいことは山ほどあるのだろうが俺の手前、我慢しているのだろう。
だから俺は、
「なぁ、ネネコ。もし例えば俺がお前を庇って大怪我をしたり、最悪死んだりしたらどう思う?」
「もしルイ様が私を庇って死んだら…?」
ネネコは想像したのか急に泣きそうな顔になり、血の気が引く。
「私は一生後悔すると思います…そして私も死にます」
俺は頷く。
「死ぬまでとはいかないまでもきっと後悔するだろう?
でもなネネコ。それは俺も同じ気持ちだ。
ネネコが傷つけば俺も悲しいし、俺がもしドジを踏んだせいでネネコが傷つけば、俺も必ず後悔する」
「ですがそれでは護衛の意味が…」
「そうだな。だから、俺はできるだけネネコだけにかかる負担を避けたい。
フェイリスも俺の護衛に加わってくれるのなら、敵に襲われてももっと楽になるはずだ」
特に敵が複数の場合。
多勢に無勢という言葉もあるように、ネネコ1人でも対応できる人数は限られてくる。
それをネネコにわかって欲しかった。
「……」
ネネコはしばらく黙っていたものの、やがて、
「……それなら」
と、呟くようにして言った後、
「私も、その娘と同じように眷属の誓いを結んでください」
と顔を赤くしながら言った。
「え……」
「ふぇええ!?」
俺とフェイリスは同時に素っ頓狂な声を上げる。
まさかいきなりそんなことを言われると思っていなかったからだ。
「ルイ様への忠誠心なら私の方が断然上です。そして私の方がルイ様と一緒にいた時間は長い…
なのに、その娘がルイ様と眷属の誓いを結んでいるのはその…ずるいです」
「待て、ネネコ。俺がお前と眷属の誓いを結ばなかったのは――」
「ルイ様が死ねば私も死ぬから…ですよね?」
俺は頷く。
俺が死んで、優秀な幹部であるネネコまでも死んでしまえば魔界をまとめる者がいなくなる。その上ルシエル達が死んでいる現状、もしネネコまで失って
しまえば、魔界は過激派に完全に乗っ取られてしまう。
だから、俺は今までネネコからの眷属の誓いをかわし続けていた。ネネコは俺が何度も断ったので一時期落ち込んでいたようだが……
ネネコは一瞬フェイリスに視線を送ったあと、俺の方を向いてこう言った。
「ですがルイ様。私はルイ様あってこそのネネコです。ルイ様がいなくなれば、その後の世界のことなんて知ったことではありません。
ルイ様のいない世界に、意味なんてないのですから…」
「……」
そう言って、所在無さげに地面を見るネネコ。
まさかそこまで慕われているとは思ってもいなかったがそうか…。
俺のいない世界に意味はない…か。
ネネコは俺に忠誠を誓ってからどうも他の者達と排他的になっていったが…まさかここまでとは。
俺が黙っているので、困っていると勘違いしたのか、
「も、申し訳ありません。こんな我儘なことを言ってしまって。やっぱり忘れてくださ――」
「いや、その必要はない」
俺はネネコの肩を掴むと、真剣な眼差しでネネコを見る。
ネネコは肩をびくんっとさせるが、拒絶することはなく俺にされるがままにしていた。
俺はこう言う。
「まさかお前がそこまで俺に忠誠を誓ってくれているとは思ってもいなかった。
すまない、どうやら俺は何か勘違いをしていたようだな」
「ルイ…様…?」
恥ずかしいのか俺から目をそらすネネコ。その頬がみるみる紅潮していく。
「だが、もう後戻りはできない、それでもいいんだな?」
「は、はいっ私は全てをルイ様に捧げるとあの日から誓ってますから!」
「ふっ大げさなやつだ」
だが、その気持ちは嬉しい。
「じゃあ目を瞑れ」
ネネコにそう命令し、ネネコが目を閉じたのを確認すると、
俺はそっとネネコの唇に口をつけた。
「ん……」
たった数秒の時間が何時間にも感じられた濃厚なキス。
魔力を送り込むためには、深い口づけが必要だ。
俺はネネコの後頭部ごと抱える。
「ん!? んぅっ…ちゅ」
ネネコは俺が舌を絡めると完全に腰が抜けたようでその場にへたりこもうとする。
俺は後頭部の手を離すと、ネネコの腰を支える。
そして、その唇を離した。
「っと、大丈夫か?」
「あは……ルイひゃまぁ…」
ネネコは完全に飛んでしまったようで、目もどこかうつろだった。
しかし、次の瞬間、痛みによって現実に戻ってくる。
「っ腕が…熱い!?」
「どうやら成功したみたいだな」
ネネコの腕には俺の眷属の証である紋章がくっきりと刻まれていた。
それを見たネネコは飛び上がるように喜ぶ。
「これで私もルイ様の眷属……! やった!」
本来眷属なんて嫌がるはずなんだけどな…。まあ嬉しそうにしているネネコに釘を指すことはしないでおく。
「あ、そうだネネコ。魔力の上昇は感じられるか?」
「はい。キスを通じてルイ様の魔力が大量に私に流れ込んでくるのを感じました…!
ルイ様の魔力…この胸にしっかりと感じています…」
そう言ってネネコは大事そうに自身の胸をおさえる。
「これがルイ様の魔力……。今ならあのバイラスにも勝てる自身が沸くぐらいすごいです…!!」
そう言うネネコに俺は得意げに頷く。
「当たり前だ。俺の魔力だぞ? それがどれほど膨大か知らないはずはあるまい」
「はい……!」
しかし、フェイリスの時にも思ったが封印されていても魔力の供給はできるんだな…。
全くよくわからない封印だ…。
「フェイリス、待たせたな。これで一段落――」
そう思ってフェイリスの方を見れば、彼女は目をまん丸にしたまま表情が固まっていた。
その顔は真っ赤になっている。
「どうした?」
「へっ!? い、いやなんでもないです! あの、その、ネネコさんも…?」
「ああ。フェイリスと同じ、俺の眷属になった。
ネネコ、これでもう文句はないか?」
俺がそう言うと、ネネコは、
「はい。一度言った以上、もうその娘のことについてとやかく言いません。ですが…」
ネネコは再度フェイリスを指差すと、こう宣言した。
「貴女には絶対に負けませんから…!」
「っ!」
その言葉に、フェイリスははっとなると、ネネコを見据えてこう言った。
「はい、望むところです…!!」
2人は不敵に微笑む。
これで一段落ついた…のかな?
2人が何やら何かの闘争心に燃えているようだが…一体なんなのだろうか。
ネネコのフェイリスに対するトゲトゲしさがほんの少しだけ緩和されたようにも見えるが…。
まあいい。
「あ、そうだフェイリス。1つ頼みがある」
「はい、なんでしょう?」
とことことこちらに駆け寄ってくるフェイリス。
その距離はかなり近い。
その間をネネコが阻んだ。
「ちょっと距離が近すぎです。離れてください」
「そんなことありません、こうした方が聞き逃すこともありませんし!」
「そんなに近づかなくともルイ様の声は十分聞こえるはずです。早速色目を使うなんて油断なりませんね…!」
「い、色目なんて使ってません~~!!」
そうして言い合いになる2人。
「………」
ネネコがあんなに感情むき出しにするなんて珍しい。
というかフェイリスも普段大人しいのにネネコと対等に言い合うなんてすごい度胸だ…。
その後、2人の言い合いはヒートアップしていき、お互いが武器を取り出そうとしたところで俺は慌てて止めに入る。




