真実
もうすっかり夜も遅いこの時間帯の噴水は、鍛錬に勤しんでいる者から、カップルで楽しそうに会話しているものまで様々だった。
俺は歩きながら、今日起きたことの整理を始めていた。
まず、ヴァルが何故か俺の力の封印を知っていたということ。これはつまり、過激派に既に情報がいっていると見ていい。
いつ頃になるかはわからないが、近いうちに世界中で魔物達の大襲来は免れないだろう…。
それまでに俺ができることといえば一体何だろうか。
理想は俺の封印を解くことだ。
それができれば俺が直接過激派のリーダーである、名前はえーと…アレイヤだったっけな…。そいつを黙らせれば解決する。
だが、その場合でも結局は俺が魔王として生きている間しか過激派を縛ることはできない。つまり短期的なものでしかない。
しかし、今のところあの過激派達を力以外でどうやって抑え込むのか、方法を知っている者がいればぜひ会いたい。
ふと、死に際の親父に言われたことを思い出す。
『いいか、ルイ。この魔界を統べるにはお前は優しすぎる。
だから魔界が穏便派と過激派で2つに分裂しかかるのだ。
先代のようにもっと魔王らしく、自分に従わない者は遺恨を残さないようその家族諸共徹底的にたたきつぶせ。
そして自分に従う者には、これ以上ないぐらい重宝してやれ。
それが王としてのあるべき姿だ』
しかし、それではただの独裁者だ。
俺は自分の発言が全て正しいと思っているわけではない。だから当然、幹部達には俺が間違っていたらちゃんと指導して欲しいというふうに頼んである。だから、自分に従わないものを徹底的に叩き潰すという親父の考え方には、あまり賛同的ではなかった。
しかし、中には話し合いでは解決できず、力を使いねじ伏せなければならない時もある。
この前フェイリスと図書館の時行った本に書かれてあったが、君主に求められているのはライオンのような勇猛さと、狐の狡猾コウカツさだという。どちらか一方が欠けていては君主として長く持たない。敵をねじふせるのにはライオンのような絶対的力が必要だ。しかし、ライオンは力はあっても知力は低い。罠があれば引っかかってしまう。そこで必要になるのが狐の狡猾さ、つまりは感知能力だ。この2つを匠に使い分けれる君主こそが、素晴らしい君主であるという。
それを読んだとき、俺は思わず納得してしまったものだ。
これは戦争においても十分にいえることだろう。
いくら戦闘能力が高くとも、それを活かせる場面でなければ意味がない。だからこそ、高い戦闘能力の持ち主をうまく扱える指導者と言うのは非常に重要だ。
中には強くて且つ知力にも長けたものも存在するが…。
「しかし…」
こんな人間らしい考えをするようになったのは、やはり俺に人間の血が流れているというのもあるのだろう…。
そう考え込んでいるうちに、目的地である噴水に到着した。
フェイリスはまだ来ていない。
しばらく待っていると、少し早足でフェイリスがやってきた。
「す、すみません! 遅れました…」
「時間的にはまだ全然余裕だから気にするな」
あれからまだ1時間と経っていない。
フェイリスは胸に手を当てつつ、荒い息を整えると、
「そ、それで話というのは……?」
「まあ、とりあえず座るといい」
近くの椅子にフェイリスを座らせると、俺も腰掛けて足を組む。
「君を呼んだのは他でもない、その紋章についてのことだ。
さっき軽く説明したけど時間もなかったからな。一度詳しく説明しておこうと思って」
「あ、はい!」
フェイリスは背筋をピンと張って俺の話に耳を傾ける。
「まず、さっきも言ったとおりフェイリスの腕にある紋章は魔王の眷属の証だ。
俺が命令すれば、どんな命令にも逆らうことはできない」
「はい。そして、接吻を通じてルイさんから魔力をもらえるのでしたよね」
「そうだ。俺の中の魔力のほんの一部を授け、より強くなれる」
だから、魔界でもこの話を知っている者はほとんどいない。眷属を作ればつくるほど、俺の魔力が吸い取られていくからな。
「そして、これはさっきフェイリスにも言っていないことだが……」
俺は影を落とすようにしてこう言った。
「眷属になった者は、主君が死ねば自身も灰になって死ぬんだ」
「え……?」
その言葉にフェイリスは目を丸くする。
「じゃあ、もしかしてルイさんが死ねば……」
「フェイリスも死ぬことになる」
俺がネネコと眷属の誓いを交わさなかったのもこれがあったのが大きい。
常に狙われている身である俺は、いつ何時殺されるかわからない。
その時に優秀な者まで一緒に消えてしまえば後に残った魔界が大変なことになってしまうだろう。
だから人生を左右しかねない。
「すまないな…」
俺がそう言うと、フェイリスは首を横に振る。
「本当なら、私ももう死んでいた可能性が高いんです。
ですからルイさんはむしろ私を救ってくれたんです。謝ることなんて何もありません!」
「そうか…そう言ってもらえると助かる」
「それに、要はルイさんが死ななければ全然問題ないんですよね」
「ああ、そうだ」
俺も次は簡単には死んでやらない。
絶対に生き残ってみせる。
と、俺が意気込んでいると不意にフェイリスは立ち上がり、俺の目の前に立った。
「じゃあ…私がルイさんを守ります」
「…!?」
今度は俺が目を丸くした。
フェイリスは、俺に更に近寄ると、頬を赤く染めながら、
「ルイさんを死なせたりはしません」
と言って、俺の手を包み込むように握った。
無理しているものかと思われたがフェイリスは震えることなく、顔は赤いものの、その表情は毅然としている。
「フェイリス…だが、俺は敵だぞ…?」
「いいえ…ルイさんはもう敵じゃありません。
ルイさんは、この世界にとっても絶対にいなくちゃならない存在です…!
だから、ルイさんが死なないよう私が守ります」
真剣に俺を見つめるその目には、強い意思が現れていた。
きっとその意思を変えることは俺でもできない。
そして情けないことに、今の俺は弱い。
フェイリスがそう言ってくれることはすごく嬉しかった。
だから俺は、
「ありがとう……」
そう言ってフェイリスを抱きしめようとしたとき―――
「その必要はありません」
「ん…?」
その声に、俺達は手を離し、振り返るとそこにはネネコがいた。
「あれ、ネネコ。どうしたんだ?」
確か寮で待っておくように言っておいたはずだが…。
「寮で待っていようと思いましたが、少し気になったことがあったのでルイ様に言おうかと思ったんです。ですが、その間にこんなことになっているとは…」
そう言うと、ネネコはフェイリスを睨みつけるようにしてこう言った。
「貴女が守らずとも、ルイ様の護衛は私一人で十分です。
ルイ様の眷属になれたからと言って、色目を使わないでくださいこの貧乳ロリ…」
しかし、ネネコの睨みにも動じずにフェイリスが反論する。
「い、色目なんて…使ってないです!
私は僧侶なので、魔族から見れば天敵です。
でも、その天敵が味方に付けばこれ以上頼もしい味方はいないと思いませんか…?」
貧乳ロリという言葉は完全に無視して、そう言ったフェイリス。
確かに、フェイリスが味方に付くというのはかなり頼もしい。
魔族に聖属性の奴などいないからな。
「ですが、いつ裏切るとも…」
「ルイさんが死ねば私も死ぬんです。そしてルイさんが死ねばもう魔族たちを止める人たちはいなくなります。私はそんなこと、絶対にしません」
「くっ……」
全くの正論に、ネネコは思わずたじろぐ。
しかし、今度は耳をピンと立て、しっぽを逆立てるとフェイリスを指差し、
「ですが、貴女は私よりも弱い! そんな人にルイ様の護衛が務まるわけがありません!!」
「それはそうなんですけど…。でも、護衛は多いほうがいいですよね? 魔族の方も、私のように聖属性の魔法を使えるものがいたら、戦わずして逃げるかもしれませんし…」
「うぅ……」
これはすごい。
弁論で負けることのないネネコが圧倒されているなんて…。
フェイリス、お前は小さいのにすごい奴だ…。
だが、ネネコの奴もいつもならもっと切れのいい返しをするのにえらく感情的になっているな…。一体どうしたんだろうか。
ネネコは、次に言うべき言葉が見つからないようで目を泳がせていたが、見つからないようでついには、
「ルイ様ぁ……」
すがるような目でこちらを見てきた。その目は今にも泣き出しそうにうるうるしている。
俺は苦笑すると、ネネコの元へ。




