けじめ
ネネコの速度は魔界一と言っていいほどだ。
そんなネネコの一撃を軽々と避ける…か。
それならば、全力の俺でも油断すれば危ういかもしれない。
「あ、あぅ……」
フェイリスは胸をなで下ろすと、
「私の光の矢に劣らないぐらいの速度です…。びっくりしました」
「まあそれならばやはり別人なんだろう。
特徴が似すぎているのが気持ち悪いが…」
テーブルの上に置かれた仮面を見て、俺は目を細める。
不気味な瞳でこちらを見るその顔は、夜中に出たらまさにホラー。
一体この仮面の下にはどんな顔があったのか…。
「じゃあ結局今は、その仮面の男については不透明なところが多い、でいいのかな?」
「ああ。それと、仮面の男のことはヴァルがバイラスと呼んでいた。だから俺たちもそいつのことをバイラスと呼ぶことにしよう」
皆が一様に頷いた。
「じゃあバイラスの事は今後警戒しておくということで、次はネネコさんの事だね。
ルイ君の言ったとおり、今魔界に帰ることは危険極まりない。だからこっちの世界にいたほうがいいと思うんだけど…」
「腐れ勇者にそんなことを言われなくとも、ルイ様のいる場所が私のいる場所だ」
ネネコも人間界に留まることに決めたらしい。
「ただ、そうなると問題なのは住む場所だよね…。まさか学園に通わせるわけにも…」
「あら、私ならそれなんとかできるかもしれないわよ」
そう言って、エリカはにっこりと微笑んだ。
どうしてエリカが…? と俺は思ったもののある可能性に思い当たった。
「魔法か?」
「ご名答。ただ、学園長にそれが効くかはわからないけどね。やってみる価値はあるんじゃないかしら」
曲がりなりにも魔王討伐学園の長だからなぁ。それなりに実力があるものでないとなれないだろうし、当然魔法耐性も高いはずだ。
エリカの言う魔法は恐らく記憶操作か、一時的にどんな命令も聞いてしまう禁止級魔法のどちらかだろう。
ただ、もし効くとしても問題は…。
「ルイ様、学園とは…?」
「あー…」
ま、当然の反応だろう。
俺はネネコに簡単に事情を説明した。俺の力が封印されていたことだけは知っていたものの、どういう経緯で俺が勇者と行動を共にし、学園に通わされているのか知らないので意味がわからないのも当然だ。
ネネコは俺が学園に通っているという話を聞くと、飛び上がるようにして驚いた。
「ルイ様が、魔王を討伐する学園に…!?」
「全く皮肉なことだろう。だが、実力は一部を除いて烏合の衆だらけだから心配することはないぞ」
「いや、それもそうなのですが…そうじゃなくて…」
「ん…?」
妙に嬉しそうにしているネネコ。これは予想外の反応だった。
ネネコなら真っ先に反対しそうなものだったが…。
「それはルイ様の制服姿を見れるということですか?」
「え? あ、ああ。そうだな。まあ、俺もあの学園では生徒だからな」
「へ、へーそうなんですか…」
どうやら迷っている様子のネネコ。
そこに、畳み掛けるようにして勇者がこう言った。
「それにネネコさん。君はルイ君の部下なんだよね? だったら一緒に学園に行けば、いつでも護衛できるよ」
「…」
その言葉が決定打となったのか、ネネコは、
「いいでしょう。ルイ様もそれを望んでおられるようですし、私はルイ様の決定に従うだけです。決して貴方の意見に左右されたとかそういうわけではありませんから。
もし、学園内でルイ様に危険が及ぶようなことがあれば、私の力を持って容赦なく排除しますので」
「わかった。じゃあとりあえずルイ君とネネコさんも色々話したいことがあるだろうし、今日はここまでにしておこう。
アリサについては、後で僕が言っておくよ」
「わかった。…と、その前にフェイリス。後で言っておきたいことがある。1時間後に噴水まで来てくれるか?」
「あ…はい!」
何やら元気がなさそうなフェイリスだったが、俺がそう言うと、水を得た魚のように元気を取り戻した。その様子をネネコは見ていた。
俺は立ち上がる。
「あ、ルイさん送っていきま――」
「その必要はありません。私が送りますので」
ぴしゃりと言い放つネネコ。
「でも、ルイさん足に怪我――」
「私が魔力を補給して治癒しましたので大丈夫です」
「う…でも」
「フェイリス。心配するな。ネネコの言うとおり、怪我はもうほとんどない。だから気に止むことないんだぞ」
俺を送ってくれようとするフェイリスに、俺はそう言う。
「は、はい。じゃあルイさん、また後で…」
「そんな寂しそうな顔するな…。どうせすぐに会うんだから」
「べ、別に寂しそうにだなんてそんな…」
そうはいうものの、顔に出ているあたりわかりやすい。
全く…。
ある意味フェイリスもネネコと似たようなタイプかもしれないな。
俺はフェイリスの頭をくしゃっと撫でてやる。
「ふあぁ…? ルイさん?」
「じゃあまたな」
「あ…」
そう言うと、俺はネネコと共に部屋を後にした。
後になってから、俺はフェイリスに触っても彼女に拒絶されなかったことを思い出すのだった。
「随分と親しいんですね。彼女らと」
先程のやりとりを見ていたネネコが、俺の横を歩きながら言った。
「そうか? エリカやフェイリスはともかく、アリサと俺はどちらかというと仲が悪いほうだぞ」
「ですが、あのフェイリスという子のルイ様を見る目…あれは…」
「ん・・・?」
「い、いえ! なんでもありません」
親しい…か。
俺の周りで仲のいいやつといえば、ネネコや幹部ぐらいなものだったが…。
「俺と親しい奴なんてネネコかルシエル達ぐらいだったが、何がきっかけで親しくなるのはわからないものだな…。
最も、最初はお前も随分俺のこと嫌ってたもんな」
「あれは忘れてください…。本当に後悔しているので」
隙あらば俺を殺しかねない勢いだったからな。
だが、今ではこうして俺を慕ってくれている。
「ふふ、まああのネネコはネネコで可愛かったが」
「ええっ!?」
ネネコの耳がぴょこっと動くのがわかる。
「まあいい…。とにかくまずは今後のことを考えなければならないな。
まず、ご覧のとおり、俺の力は封印されてしまった。それはネネコもわかると思う。
勇者が何故俺を封印したのか。それは頑なに口を閉ざしているからわからない。だが、背後に何者かがいることは確実だ。俺はまず、そいつが誰なのかを確認したい」
「勇者に無理やり吐かせますか?」
俺は首を横に振る。
「そんなことをしても、あいつはきっと吐かない。
じゃあどうするか。勇者を尾行すればいい。
あいつはよく1人で何処かへ出かけると多いと聞く。ならば勇者が何処かへ行く際尾行すれば必ずそいつと接触するだろう」
その言葉に、ネネコは合点が言ったようで頷いた。
「なるほど…では、私はあの腐れ勇者を尾行すればいいのでしょうか?」
「頼む…。俺が尾行出来るならしてもいいんだが、俺では勇者に気付かれる可能性がある。
他に頼る者がいないんだ」
そういうと、俺は頭を下げる。
「ル、ルイ様!? 頭をお上げください!」
「これは人にものを頼む時の俺のけじめだ。元はと言えば俺がドジをふまなければこんなことをネネコに頼むこともなかったんだ」
「ルイ様…」
ネネコはそっと俺の手を握ると、俺の目を見ながら、
「お任せ下さい。必ずやその命令、遂行してみせます」
「ありがとう」
そう言うと、俺はネネコの頭を撫でる。
ネネコは嬉しそうに身をよじらせた。それはまるでじゃれついてくる猫のようだった。
「だが尾行するのは放課後になってからだ。勇者も放課後までは普通に授業だからな。
だから学園にいる間は尾行してもあまり意味がないだろう」
「わかりました」
「よし、じゃあとりあえずはしばらくそれで様子を見よう。バイラスの事も気になるが、そうやすやすと魔界が堕ちることはないだろう」
これで大体は一段落着いたか…?
と思い、俺は寮の近くへたどり着いたところあることに気がつく。
それはネネコの居住だ。
まだ、学園の編入も決まってないので当然、女子寮にネネコの部屋はない。
じゃあできるまでどうするのか。
勇者達にそのあたりのことを聞けばよかったか…。
「ルイ様、どうしましたか?」
「いや、これからネネコの住む場所をどうしようかと思ってな…」
それとネネコの服もどうにかしなければならないだろう。
バイラスとの戦いで、ところどころ破けている。これではまずい。
学園の服が届くまで、買ってやる必要があるな…。
「大丈夫ですよ。野宿には慣れてますから」
「いや、それはダメだ。お前はバイラスやエリカ達と戦って疲弊している上、俺に魔力まで供給したんだ。ちゃんとした所でしっかり休まないと。
…そうだな。後でフェイリスに聞いてみよう。とりあえず、俺の部屋で待っててもらえないか?」
「えっ…? 私がルイ様のお部屋にですか?」
俺は頷く。
「まあ正確には勇者と相部屋だから俺の部屋とはいえないんだけどな。
あ…、もしかして男の部屋は嫌だったか? それなら誰かに頼んで―――」
「い、いえいえ! 全然そんなことはないです。勇者と同じ部屋というのは吐き気がしますが、ルイ様の部屋ならばそこが例え地獄だったとしても喜んで入ります」
お、おう…。
まあ、とにかく嫌がってはいないみたいでよかった。
その後、俺はネネコに部屋を案内(他の寮生に見つからないように注意しつつ)し、ネネコを俺の部屋へと待機させると、フェイリスと待ち合わせしている噴水のもとへと向かった。




