絶体絶命
「っ―――――!!!」
次の瞬間、足に焼けるような痛みがはしった。
「ルイさん!?」
「ぐっ………」
矢は俺の血でキラキラと赤く光っている。
「ちっ……油断した」
まさか投げてきた光の矢が直進するのではなく、ホーミングして俺に当ててくるとは………。
神聖な力を持つ光の矢は魔族にとっては致命傷。
俺は、段々と力が抜けてくるのを感じていた。
フェイリスが駆け寄ってくる。
「ルイさん、ルイさん!!」
「心配するな……。この程度、俺ならばっ―――!?」
そう言って立ち上がろうとするも、力が入らない。
仮面の男はゆっくりと俺に近付いてきた。
『やったぁ、獲物が一匹引っかかったよ~!!』
ふざけたこといいやがって。
フェイリスは回復の魔法を唱えるも全く変化はない。
「ど、どうして! ずっと回復の魔法をかけているのに……」
「恐らく、聖なる力によって負傷したからだ…。魔族は、聖属性のダメージを受けた場合普通に回復の魔法をかけても意味をなさないんだ」
だからこそ、聖属性は魔族にとって最大の弱点とも言える。それは魔王である俺も例外ではない。
「じゃ、じゃあ……治せない?」
俺は頷く。
その間にも、仮面の男はどんどん近づいてきていた。
このままでは、2人共殺されてしまう。
だから俺はこう言った。
「…フェイリス。よく聞け」
「は、はい!」
俺は男が攻撃してこないからどうか、視線を時折男に向けながら言った。
「どうやら俺はここまでらしい」
「え……ルイ……さん?」
光の矢によるダメージの蓄積で意識が朦朧としてくる。
だが、俺はなんとか意識を保つと再びこう言った。
「俺がこいつをここで食い止める。だからその間に逃げて学園の教師共を呼びに行くんだ」
俺とフェイリスでは、こいつを倒すことはできない。
だが、学園の誰か…ロイ先生とかならば打開できるかもしれない。
なんにせよ、ここで立ち往生していては、フェイリスまでもが巻き込まれてしまう。
だが俺の案に対し、フェイリスは首を横に振った。
「い、嫌です! ルイさんも一緒に逃げましょうっ」
「そうしたいのはやまやまだけどな…。あいにく俺はもう立つのが精一杯。
逃げてもフェイリスの足でまといというわけだ。
そうすれば、俺もフェイリスも殺される。
賢い君ならどうすればいいかわかるだろう…」
そう言って俺はフェイリスを説得しようとするも、
フェイリスはぶんぶんと首を横に振って動かない。
その目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。
その間にも、仮面の男は更に近づいてきている。
「嫌、ルイさんを置いていくなんてことできませんっっ!!」
そう言うとフェイリスは俺に近付いてくる。
「フェイリス……?」
フェイリスは俺の体に手を伸ばすと、震える手でゆっくりと俺の肩に手を回した。
「おい、フェイリス無理するなっ」
俺はフェイリスから体を離そうとするも、フェイリスはしっかりと俺の腕を掴んで離さない。
「無理なんかじゃ……ありません。
ルイさんをこのままここに置いていくなんてこと、私には考えられないです。
ですから私は、ルイさんを背負ってでも逃げます」
そういうフェイリスだったが、その体は小刻みに震えていた。
男を触れないのにいきなり無茶をした反動だ。
「ルイさん、どうですか…? 私、ルイさんに触っても大丈夫ですよ?」
強がりを言っているのが丸分かりだった。
「馬鹿を言え、さっきから体が震えているぞ」
「ですが、ルイさんの危機です。ルイさんは、絶対にここで死なせたりはしません!!こんなところで死ぬべきじゃないんです!」
そう言うと、俺とフェイリスはゆっくりと歩き出した。
俺は足の痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、男から距離をとっていく。
『ふふ、そんな状態でどこへいくのかなぁ』
仮面の男は尚もゆっくりと俺達と距離を詰めてくる。
ちっ…余裕だからってじわじわ嬲り殺しにする気か?
フェイリスは必死で俺に肩を貸しながら歩いているものの、その額には大粒の汗が流れ出ていた。
こんな小さな体で男に方を貸しているんだ。かなり重いはず。
だがフェイリスは弱音を一度も吐くことなく、必死で逃げる。
俺は、後ろを確認する。
逃げているものの、依然として距離は開かない。
あの男が歩いているからいいものの、走ってきたりすればすぐに距離を詰められてしまう。つまり、あの男はいつでも俺達を狩れるからこそ歩いているのだ。俺達が弱り切る、その瞬間まで。
俺とフェイリスは既に奴の手の中で踊らせれていると言っても過言ではない。
このまま逃げ続けても、いずれは追い詰められる。
「くっ……くく」
「…ルイさん?」
突然笑い出した俺に、フェイリスは心配そうに俺に目を向けた。
「いや自分の情けなさに、情けなさを通り越して笑いがこみ上げてきただけだ。
魔王である俺が、まさか足でまどいになるとはな……」
しかもこんな小さい女の子に、肩を貸されて……。
しかし、そんな俺を励ますかのようにフェイリスは言った。
「ルイさんは力を封印されているんです。
それに、あの矢は本当ならルイさんでもかわせたはずです。
それなのにかわさなかったのは私に当たるから…ですよね?
もしあの矢が私に当たれば、私が足でまといになるところでした。ですから、仕方ないです」
「フェイリス…」
「ルイさん、頑張ってください! あともう少しすれば市街地です。そうすれば必ず誰かが来てくれます」
フェイリスの言うとおり、間もなくして、市街地が見えてきた。
このまま逃げ切れば、なんとかなるかもしれない。
そう思ったのだが…
『ふふ、逃がさないよ~』
そう言うと、仮面の男は急に走ってきた。
そして、まるで俺達のいままでの頑張りを無駄にするかのようにこう言った。
『幻惑っ!!』
「なっ……」
そう言うと、急に辺りが変わり始める。
見えていた市街地は、不気味な森へと変貌し、俺達は行く手を塞がれてしまった。
「そ、そんな……」
あともう少しで逃げれると思った矢先にこの仕打ち。
フェイリスは、恐怖に顔を歪めそうになる。
だが、なんとかこらえるとこう言った。
「ルイさん…。やっぱりこの人を倒さないとダメなんじゃ……」
「それはあまり得策とは言えないな。残念だが、"今"のフェイリスでは勝つことは厳しい」
「うぅ……じゃあどうすれば…」
俺達が話している間にも、走って距離を詰めてくる男。
もう後数十秒もすれば、ゼロ距離にまで追い詰められるだろう。
だが、俺達が2人して戦ったところで勝てる相手ではない。
それに、俺は足を負傷している以上まともに戦うことは困難を極める。
「……」
その時、ふと俺の中で1つの案を思いつく。
だが、これは後のフェイリスの人生をも左右しかねない危険な策だ。
「ルイさん…?」
俺は言うのをためらっていたが、今更フェイリスに1人で逃げろといっても聞くとは思えない。それは即ち2人の死を意味する。
それならば、もう言ってみるしかないだろう。
「…フェイリス。奴に勝てる方法が1つだけあるかもしれない」
俺の言葉に、フェイリスはまるで寝耳に水と言った感じで驚く。
「なっ…それは本当ですか!?」
「あ、ああ…。
だが、この方法は後のフェイリスの人生すら変えてしまう大変なことだ。
だから…言うことをためらっていた」
「構いません、言ってください…!」
即答するフェイリス。
覚悟は決まっている様子だった。
ならば、俺も言わないわけにはいかない。
「それは、俺の唇にキスをすることだ……。
このことは魔界でも知っている奴はほとんどいないが、魔王はその唇を通じて相手に魔力を分け与えることができる。俺の力が封印されているとはいえ、中に秘めている魔力は変わらない。
だから、俺にキスをすれば―――――」
そうして俺が言い切ろうとする直前、
フェイリスは俺の唇を自身の唇で塞いだ。




