事件に遭遇
「アネットか。君も物色か?」
「そうだよー。最近、大太刀の刃こぼれが目立つようになっちゃってね。 だから、何かいいの売ってないかなぁ~って!」
「そうか」
「ルイ君は? ……あ、もしかしてデート中だった??」
隣にいるフェイリスに気付いたのか、そんなことを言うアネット。フェイリスが声を上ずるようにしながら、
「デ、デートッ!? ち、違いますー! 私なんかがルイさんとデートなんておこがましいにも程が…」
「えーそうかな? まぁ確かに傍から見ればお兄ちゃんと妹って感じだよね」
「う、やっぱそうですよね」
そう言うと急にしょんぼりするフェイリス。
「でも、最近2人で行動するの多いよね~! もしかして、本当に2人共出来てたり?」
「で、出来る!? なにが出来るんですか…?」
「おい、落ち着けフェイリス。アネットの顔をよく見てみろ」
「ふぇ……?」
俺が助け舟を出してやると、フェイリスはアネットの顔を見る。彼女はまるでいたずらが成功した子供のようにニヤニヤしていた。
「アネットさん、もしかして私をからかって…」
「ふふ、ごめんね! あんまりにもフェイリスさんの反応が可愛らしいもんだからつい」
「もう…アネットさんっ!」
顔を赤らめてぷんすか怒るフェイリス。
だが、その仕草ですら可愛かったのかアネットがフェイリスを抱きしめた。
「もう、フェイリスさん可愛すぎ!」
「アネットさん!? ちょっ…」
そう言ってアネットに遊ばれるフェイリスをしばらく見ていた。
周りの男共が羨ましそうにアネットとフェイリスを見ていたのは言うまでもない。
「はぁ、満足した~!」
少しげんなりしているフェイリスと、逆に元気いっぱいなアネット。
「じゃあ私、そろそろ用事だから帰るね。
2人と話せて楽しかったよ! また学園でね!」
そう言うと、アネットは立ち去ろうとして、再び振り返る。
「あ、ルイ君。今度は私と一緒にデートしてね~! それじゃっ」
そうして今度こそ去っていくアネット。
今度は私とって…。
あのキスの件以来いつも通りのアネットだったが、やっぱりそういうことなのか?
「ルイさん、アネットさんと何かあったんですか?」
「いや別に何もない…が?」
フェイリスの方を見ると何やらすねている様子がうかがえた。
「何もないのにどうしてアネットさんがルイさんをデートに誘うんですか?」
「あーそれは…」
少しづつ詰めてくるアネットに、俺は後ずさりする。
なんか、いつもと様子が違うぞ…。
「もしかして、ルイさんがアネットさんと鍛錬する時に何かあったのですか…?」
「何かとは?」
「その…えっちぃこととか」
「……」
この前も思ったが、フェイリスは俺のことをなんだと思ってるんだ。
そこまで下半身に直結したことはしないぞ…。
だが、このまま適当に嘘を言っても、アネットに聞かれたら終わりだしなぁ…。
仕方なく俺はどうしてこうなったのか、真実を伝えておくことに。
すると、フェイリスは顔を真っ赤にして驚いた。
「ええっ? アネットさんがそんな大胆なことを…」
「あぁ……」
「へぇ…そ、そうなんですか」
急に何かを考え始めるフェイリス。
「どうした?」
俺が言うとフェイリスはなんでもありません、と首を横に振った。
その後俺とフェイリスは昼食をするため、近くのレストランへと寄った。
メニューを注文したあと、俺は店内を見渡す。
当然だが、人間しかいない。
結構賑わっているものの、静かな場所が好きな俺にとってはあまり居心地の良いところとは言えなかった。
「しかし、まさか勇者の一味と2人でご飯を食べに来る日がくるとはな…」
「私もです。しかもそれが、現役の魔王だなんて本当にびっくりしちゃいます」
「ふふ、ビビったか?」
「はい。少しだけ…」
そうは言うものの、初めて会ったとき程のビビり方に比べると数段マシになったと思う。はじめはほとんど話してくれなかったし。
「最初の頃、ずっとエリカの背中に隠れてたしな」
「うぅ…。すいません」
「まあだが、いつの間にかこうして普通に話せている。これもフェイリスのトラウマ克服に一歩前進しているんじゃないのか?」
「そうでしょうか…?」
さっきまでしょんぼりしていたフェイリスが顔をあげる。
「後は、少しずつ慣らしていけばいずれ気絶することもなくなるだろう」
「ルイさんに言われると、なんだかとても説得力があるので安心します」
「それは魔王だからか?」
それなりに発言力があるとは自負しているが…。
フェイリスはストローでジュースをかき混ぜながら、窓の外の人の流れを見つつ、
「それもあると思います。
でも私、ルイさんと話しているととても気持ちが楽になって、このままトラウマを克服できるんじゃないかっていう気持ちにすらなってしまうんです」
俺は麻薬か何かか?
だが、俺と話すことで気持ちが楽になると言われて悪い気はしないが…。
「だが、俺は君達にとっては敵なんだぞ」
「最初は敵だったかもしれませんが、色々とリュートさんから話をうかがっているので私はルイさんを敵だとは思いません」
「ほう……」
ちっ勇者のやつ…余計なことを。
だが、あいつがどんなことを言ったのか気になった俺は少し聞いてみることに。
「例えばどんなことを言われた?」
「ええっと…そうですね…。まず最初に言われたことは……」
「言われたことは?」
俺は前に詰め寄るようにして耳を傾ける。
だが、そこから出てきた言葉は全く見に覚えのないことだった。
「ルイさんの寝顔は可愛いということですね」
「……………………は?」
今、俺の寝顔が可愛いとか言ったか?
「普段は、ぶっきらぼうでクールな印象をもつルイさんの寝顔…。私ちょっと興味あります」
「おい、やめろ」
寝顔など、見られて気分のいいものじゃない…。
しかし、勇者のやつ、俺の寝顔を見て可愛いとかなんか気持ち悪いんだけど…。
緊張した空気が少し緩んだが、次の言葉に再び現実に引き戻される。
「でも、ルイさんのおかげで今まで魔界と人間界で戦争は起きなかったんですよね…?」
「そうだな。
そこまで知っているなら、これも勇者から聞いてるかもしれないが……」
そして俺はフェイリスに穏便派と過激派のことについての詳細を話した。
今まで俺の絶対的な力と穏便派の尽力によって過激派を抑えていたこと、俺の力の封印がバレれば過激派はそれをいいことに裏で俺を亡き者にすること。
そして表では勇者に封印されただのなんだの言って穏便派を強引に黙らせ、人間界に攻めてくること…。
フェイリスは、時折相槌を打ちながら、口を挟むことなく静かに聞いていた。
「じゃあ…その、ルイさん自身には何か、人間達を懲らしめようだとかそういうことは…」
「くくっ。まぁ信じてくれるかどうかは知らんが、全くないな。
先代の魔王が人間達に少しイタズラをした結果、魔王と聞けば諸悪の根源だという認識になっているけどな」
イタズラというより、あの人達からすればお遊戯感覚だったんだろうな。新しい魔法を会得しては人間界に赴いて破壊と殺戮をしていたようだし。
それももう数百年も前の話だが…。
良くも悪くも、あれこそが魔王と言えるのかもしれない。
でも、親父はどちらかといえば人間達をどうこうしようだとかは考えてはいなかったなぁ。
とはいえ、魔界に攻めてきた人間には容赦しなかったが。
「そう…だったんですね…。私、授業で魔王さえ倒せば世界は救われる…なんてことを習ったんですけど、実際は…」
「そんな恐ろしいことを習ったのか? 俺が死ねば困るのは人間達だというのに…」
しかし、俺がいなくともしっかりと魔族達の手綱を握れる主導者を作るべきだったな…。近いものは数名いるが、まだまだだ。
「うぅ……私そうとは知らずにルイさんをずっと悪者だと思って…」
少し涙目になるフェイリス。
頭を撫でて慰めてやりたかったが、それはできないのでこう言った。
「気にするな。そういうのは慣れてる」
「で、でも……! ここや他の学園の皆さん、いえそれどころか世界中の皆さんはルイさんの事を悪者だと思ってるんです! それって辛くないんですか…?」
「辛い…か。そんなこと考えたこともなかったな。
でも、そうだな…。
他の烏合の衆が俺をどう思おうが、そうやってフェイリスや勇者達が知ってくれているというだけで俺は十分だ」
「ルイさん……」
魔王を悪者として晒し上げ、それによって皆が鍛錬に励み切磋琢磨するならそれで構わない。
人間は何か1つの目標があるほど強くなれるのだからな。また、共通の敵を持つことで本当なら起きていたかもしれない戦争を回避できていた可能性も十分あるのだ。
その後、俺とフェイリスは食事を楽しんだ後レストランを後にした。
そして、昼からも俺とフェイリスはあちこちに出回った。
そうしているうちにいつの間にか日は暮れ始め…。
「そろそろ、寮の門限もありますから帰りませんか?」
「もうそんな時間か…。そうだな」
2人で帰路を急ぐ。
が、途中で気になる場所を見つけた俺は横を歩いているフェイリスに、
「ちょっとだけ、寄り道してもいいか?」
「あ、はい。いいですよ」
そうして俺とフェイリスは街のシンボルである時計台の頂上へと登った。
遠くには夕焼けが見え、風も吹いていた。
フェイリスは銀髪をなびかせながら、俺に隣に立つ。
「うわぁ、きれいですね…!」
「ああ…。魔界じゃこういう景色は見られない」
「常に薄暗いですもんね」
「ああ。紫色の太陽ならあるけどな」
「それは不気味です……!」
俺は微笑んだ。
そして、再び景色に集中する。
人間界でしか見ることのできない貴重な景色に、俺は思わず見とれていた。
ネネコや、他の従僕達にも見せてやりたいな…。
だが、その願いが叶うことはない。
「こんなこと言ったら全然魔王らしくないかもしれないけどな」
「……?」
フェイリスが俺の耳に言葉を傾ける。
「いつか、皆が手を取り合って平和に生きれる世の中になって欲しいものだ」
それはまさに理想論とも言えるべき発言。
しかし、それに近づくことは絶対にできるはずだ。
なにせ、俺は絶対的な力を持つ魔王なのだから…。
「ルイさん……。はい。私もそう思います」
そして、再び2人は無言になる。
やがて、夕焼けも見えなくなってきたところでそろそろ降りることに。
「さあ、早く帰らないと門限に間に合わなくなってしまうな」
「今から急げばまだ間に合います! 急ぎましょう!!」
そうして時計台から降りた俺たちは、寮へと向かって走る。
走りながら、俺は今日のことについて思い出していた。
普通に考えればデートなのだが、俺もフェイリスもそんなことは意識していない。あくまで、主人と従僕が一緒に出かけているだけだ。だからなんらおかしくはない。
途中でアネットにからかわれてから、フェイリスはかなり意識しだしたようだが…。
だが、勇者がベラベラとフェイリス達に俺の考えを垂れ流しにしていたことには少し腹が立った。そのおかげで、フェイリス達からは敵認定されなくはなったものの、少しはお小言を言わなければ気がすまない。
だからさっさと帰って…。
………。
「ふぅ……あとどれぐらいだ?」
「もう、着くと思うんですけど……」
俺もフェイリスも結構頑張って走ったが、一向に寮は見当たらない。
それどころか、全く進んでいないように感じられた。
「おかしいですね……」
「俺達、結構進んだよな……?」
ふと気になった俺は後ろを振り返る。
「はぁ……!?」
「ルイさん、どうしましたか?」
俺が後ろを見て驚いたためか、フェイリスも振り返る。
「ええっ!? なんで…」
そこには、もうとっくに離れていて見えないはずであろう時計台が目の前にあった。
「どういうこと、でしょうか……?」
「………」
俺は、心の中で嫌な予感を覚える。
この現象……まさか。
そして、フェイリスにこう伝えた。
「フェイリス。どうやら、俺達は罠に嵌められたらしいぞ」
「罠………?」
「ああ。これは恐らく幻惑の魔法だ。目に錯覚を起こさせることで進んでいると勘違いさせる面倒な魔法だな…」
「え……」
だが、この程度の魔法ならば使われた瞬間に俺なら気付くはず。
それなのに気付かないということは、相手がよっぽど熟練している奴なのかそれとも、俺の力が封印されているからなのか…。
危険を察知したのか、急にてんぱりだすフェイリス。
「ル、ルイさん! どうしましょう、私達狙われてるんですよね!?」
「まあ落ち着け。こんな魔法、封印されてる俺でも―――」
そうして、カードを取り出そうとした時だった。
不意に殺気を感じた俺は、その攻撃から身をかわす。
「誰だ――!」
先程まで俺が立っていた場所に、一本の黒い槍が刺さっていた。
槍はしばらくしてから霧のように消えてなくなった。
「なーんか、魔物くせえ臭いがすると思ったら、こんなところに魔王様がいるじゃないか」
「………お前は」
そうして草村からゆっくりと姿を現す声の主。
そいつはかつて俺の従僕で、現在は過激派に所属する悪魔、ヴァルだった……。




