約束
俺は、寮へと戻ると先程のアネットのしたことについて考えていた。
「まさかあんなことをしてくるとは…」
突然のできごとだったので、動揺してしまった。
誰にも見られていなかったからよかったものの、もし見られていたらどうなるか言うまでもない。
しかしアネットも大胆なことをしたものだ。知らないとは言え、魔王である俺にキスなどと…。
だが、唇にされなかったのは幸いだった。
別に、アネットにされるのが嫌だとかそういうわけではない。
単純にまずいのだ。
魔王である俺に接吻をするということは即ち、俺に永遠の忠誠を誓うことになる。そして、その証として腕に紋章が付けられてしまう。
その紋章はいわば魔王の眷属になったという証。眷属になると、俺の命令には絶対服従になってしまう。
また、その紋章を付けられた者は俺の魔力を少し与えることになるためより強くなる。
つまり、接吻をすればするほど俺の魔力は減っていくのだが100人も200人も作らない限り問題はない。
この情報は先代の魔王から代々受け継がれてきた秘術で魔界でもほとんど知る者はいないが、人間界にも知っている奴がいるかもしれない。
もしそうなれば、アネットを通じて俺が魔王であることがバレてしまう可能性が出てくる。
そうなると非常にまずい。
今のところ俺の眷属はいない。
もしアネットが眷属になってしまえば彼女の意思に関わらず、俺の命令には逆らえない。それは即ち、俺の奴隷になったも同然。
だからキスしたのが頬で本当に良かったと思う。
「…っと、少し深く考えすぎたな」
まだこれからやることは残っている。
むしろ、今からが本番といってもいいだろう。
「あ、ルイ君。やっぱり部屋にいたね」
そこへ、勇者がやって来る。
俺を探していたのか、少しだけ息が荒い。
「フェイリスが君を探していたよ。広場の噴水で待ってるって」
「そうか、わかった」
俺も今からフェイリスを探しに行こうかと思っていたところだったためちょうど良かった。
部屋から出ると、すぐに噴水へと向かう。
フェイリスは噴水から出てくる水を眺めていたが、やがて俺に気付くと小さく頭を下げてきた。
「こんなところへ呼び出してすみません。だけど、この時間帯なら人もいないので…」
「いや、気にするな」
俺は周囲に人がいないことを確認する。
「賭けのことだな?」
フェイリスを小さく首を縦にふる。
「はい。ルイさんの言ったとおり、アネットさんはたった6日で全力の私を倒しました…。正直今でも信じられません…。
アネットさんは、たまたま勝てただけと言っていましたが完全に私の負けです…。
約束通り、私はルイさんの命令をなんでも聞きます。ですがその前に1つだけ謝らせてください」
「謝る?」
「はい。賭けをする前、私がルイさんの言葉を強く否定したこと…」
そう言うと、フェイリスは頭を下げようとする。
俺はそれを制止する。
「なんだ、そんなことか。別に気にしてないさ。
たった数日でフェイリスを倒せるなんて、それではまるでフェイリスがそこまで大した相手じゃないと言っているようなものだ。怒るのも無理はない」
「いえ、ルイさんは何も悪くないです…! 私がムキになったばっかりに…」
ふむ…。
どうやら、フェイリスがあの場で怒ったのはなにやら普通じゃない理由がありそうだ。
その理由はもしかすると、フェイリスの闇に関わることかもしれない。
「それでルイさん、私は何をすればいいでしょうか…?」
上目遣いで見てくるフェイリスに一瞬ドキっとしたが、俺は咳払いしてごまかすとこう言った。
「そうだな…。フェイリス、君は男に触れないんだよな?」
いきなりの核心をついた質問に、フェイリスは体がビクッと震える。
「…はは、やっぱりわかっちゃいますよね…」
「ああ。教室で俺と指同士が触れ合ったとき、対抗戦での気絶、そして大浴場での気絶…。
君は、男が触ると異常なほどに体が震え、そして気絶してしまう。そうだな?」
フェイリスは頷く。
そして、静かにこう言った。
「こうなってしまったのは全て父が原因なんです…」
「理由は……………いや、なんでもない」
俺は、急に体が震え始めたフェイリスを見て、言おうとした言葉を慎む。
「すみません…。その時の事を思い出すと今でも震えが止まらなくなるんです…」
「いい。無理して言わずとも、大体はわかる」
やはり、小さい頃のトラウマが原因のようだった。
「ですが…どうして急にそんなことを?」
いきなりそんなことを言い始めた俺に疑問を抱くフェイリス。
俺は、少し腰をかがめてフェイリスとの頭の高さを同じぐらいにまで下げると、フェイリスの目を見ながらこう言った。
「俺からフェイリスに望むことはただ1つ。
君はこれからしばらく俺の従僕として仕え、男に触れると気絶してしまう厄介な体質を治してもらおう」




