余韻
俺はアネットの元へと駆け寄ると、手を叩いて賛辞の言葉を送る。
「おめでとうアネット。素晴らしい戦いだった。
俺が言ったことを全てマスターしてくれていて、とても嬉しかったぞ」
「ルイくん…」
未だに歓声が聞こえる中、まだフェイリスに勝ったという実感がなかったのかアネットは呆然と立ち尽くしていた。
そこへコウヤもやってくる。
「アネット~!! お前って奴はほんとすげえよ! 俺、思わず感動しちまった」
「コウヤくん」
そこで、やっと実感が湧き始めたのかアネットの体が震え始めた。
「そっか…私、フェイリスさんに勝っちゃったんだ…。カードの数字が3である私がフェイリスさんに…」
「そうだ。八百長でもなんでもない、君の実力で勝利したんだ」
秘薬の影響も大きいことは否めない。
しかしアネットが強くなりたいと思ったからこそ得た結果であったことは間違いないだろう。
そしてアネットは声高々と言った。
「やったぁーーっ!!! 私、勝っちゃったよルイくんっ!」
そう言うと、アネットはいきなり俺に抱きついてきた。
「ちょっ…!?」
こんな公衆の面前で一体何を……!
よっぽど嬉しくてそれどころではないのか、自分が何をしているのか理解できていない様子のアネット。
彼女の髪から女性特有の甘い匂いが漂ってくる。
なんで女ってのはこんなにいい匂いがするんだ…。
ってそうじゃない。
「おい、嬉しいのはわかるが落ち着け…周りを見ろ」
「どうしよう…でも信じられないなぁ…」
俺の言った言葉が聞こえていないのか、自分の世界に入ってしまうアネット。
無理やり引き剥がすのも流石にかわいそうなので、俺はしばらくされるがままに。
やがて少し落ち着いたアネットは俺に抱きついていることを認識すると、頬をトマトのように紅潮させて俺から離れた。
「わ、私ったら何を!? ご、ごめんルイくんっ」
「あ、ああ…。ようやく元の世界に戻って来れたようで何よりだ。
とりあえず、ここじゃ人も多いし向こうに移動しないか?」
「う、うんわかった。
あ! だけど先に行っててくれないかな? 少しフェイリスさんと話したいんだ」
「ああ…」
そう言うと、俺は野次馬達から離れる。
近くの木陰で涼みながら空を眺めていると、少し時間が経った後アネットがやってきた。
「ごめんね! 思ったよりフェイリスさんと話が長引いちゃって…。フェイリスさんと話せることってあんまりないからつい嬉しくて時間を忘れちゃった…」
「気にするな、待つことには慣れている」
俺の城でも、遅刻する奴のせいでよく会議が遅れたりもしたからな……。
まあ遅れた奴にはお仕置きをしてやったが。
「ともかく、フェイリスに勝ててよかったな。まさか最後の最後であの反応をするとは、本当にすごいと思う」
「うん…。最初はフェイリスさんの光の矢がほとんど見えなくてかなり苦労したんだけどね、段々と戦っている内に見えるようになってきて余裕が持てるようになったの!
でも、そういうことができるようになったのも全てはルイくんの指導があったからこそだよ。
ルイくん、ありがとう…!」
そう言うとアネットは俺に向かって深く頭を下げる。
俺は微笑むと、こう言った。
「確かに、俺の指導のおかげというのもあるかもしれないが、それよりも、君が勝ったのは戦いに対する真っ直ぐな重いがあったからこそだと思う。
コウヤから聞いたぞ。君、俺との鍛錬の後も1人でずっと鍛錬をしていたそうじゃないか」
それをした上で俺との鍛錬も全く疲れを見せずにやっていたんだ。
その熱い想いが勝利へと導いたのだろう。
「コウヤくん…。言わないでって言ったのに…もう」
「あれだけ鍛錬をしてへばった後に更に自主練をするなんて、普通の人間ならばしないだろう。
だから誇りを持つといい。
そして、アネット。これでわかったかもしれないが、3という数字だったとしても努力をすれば、より大きい数字の奴と勝てるということがわかっただろう。
それを俺のクラス、いや君のクラスの友人にも伝えて欲しい」
恐らくしばらくは学園もこの話でもちきりだと思うので、アネットが言うまでもなく伝わるだろうが、やはり本人が言うのが一番だろう。
この出来事をきっかけに低い数字の人は、努力をすればアネットのように強くなれると思うだろう。そうなれば、必然的に学園の地力が高くなる。
上を強くすることも大事だが、下を強くすることのほうがよっぽど重要なのは言うまでもない。
「うん! 言われなくても私、自慢しまくっちゃう! あ、でもフェイリスさんに悪いかな…」
「フェイリスからは俺が言っておく。だから好きなだけ自慢してこい」
勇者パーティの1人に最弱数字が勝ちましたなんて自慢ができるなんてそうそうないだろうからな。
まぁ、あくまでフェイリスは補助、回復がメインなのだが…。
流石にフェイリス以外の3人には今のアネットではまだまだ勝つことは厳しい。だが、アネットのことだ。見えないところで努力をする彼女ならば、いずれは超えることも十分可能だろう。
「ふぅ…」
ともかく、アネットとの鍛錬もこれで終わり。
人間を指導するというのは初めてだったが、色々と面白い発見ができてとても楽しかった。
明日からは俺とアネットもただのクラスメイトだ。
今日のこともいずれはさっぱり忘れていくのだろう…。
少し寂しい気もしたが仕方ない。
「じゃあそろそろ俺は寮に戻る」
俺は魔王だ。いずれは魔界に帰らなければならない。
だから深く仲のいい友人ができたところで、いずれは必ず離別する。
その上、俺が魔王だと知ったら深く付き合う分だけショックは大きいだろう。
だから、これ以上仲良くなることはやめたほうがいいと俺は考えた。
アネットはもう十分、学園にとって素晴らしい働きをしてくれた。
これがもたらす効果はすごいはずだ…。
だからもう、俺はアネットに…。
そうして俺が一歩繰り出したとき、アネットから突如制止の声がかかった。
「待ってルイくん!」
「……?」
俺は、立ち止まってアネットの方を振り向く。
すると頬に柔らかい感触が俺に押し付けられた。
「え……」
俺は突然のことに思わず硬直してしまう。
アネットは、視線を泳がせながら頬を赤らめつつこう言った。
「本当にありがとうルイくん…。
これは私からのほんのお礼だよ…」
そう言うとアネットは俺から逃げるようにして、去っていった――。
俺はしばらく呆然としていたが、やがて意識を取り戻す。
今のアネットがした行為がなにか、さすがの俺もそこまで鈍くはない。
「…キス…」
俺はアネットにキスされた頬を手で触りながら、背中がどんどん遠くなるアネットが見えなくなるまでずっと眺めていた…。




