アネットVSフェイリス
2016 3/4 編集
そして、次の日。
広場は勇者の言うとおり、噂を聞きつけた野次馬で賑わっていた。準備運動をしてコンディションばっちりなアネットと、直前まで杖を磨いて整えていたフェイリス。
俺はコウヤと共に、近くで腕を組みながらその様子を眺めていた。
「本当にフェイリスさんと戦えるんだ…! 嬉しい…」
アネットは今にもその場から飛び跳ねそうな勢いだ。よっぽどフェイリスと戦えるのが嬉しいのだろう。
2人は戦闘服に着替えると、お互い戦う前に握手をする。どうやらこの世界ではそれが1対1の対決する時のルールらしい。中々興味深い。
コウヤは野次馬たちに向かってこう言った。
「おい、お前ら近づきすぎなんだよ! 怪我しても知らねーぞ!!」
その声に、野次馬たちは後ずさった。
俺は周囲を見渡してみるが、勇者達は見当たらなかった。
これだけの騒ぎなら、勇者以外のメンバーにも情報はいっているはずだ。見に来てもおかしくはないと思ったが…。
まぁいいか。
野次馬たちは、ほぼ確実にフェイリスが勝つだろうと話していた。無理もない。アネットとフェイリスの数字の差は6。
魔力も何も持っていない一般人が丸腰で狼の群れに突っ込むようなものだ。
だが、野次馬達は驚くことになるだろう。
そして、今までの常識を覆されたことに度肝を抜かれることだろう。
「……ん?」
そこで俺はあることに気がついた。
最初は、野次馬が集まるのは2人の勝負の気が散るためそこまで気分の良いものではなかったが、よく考えたらこれは他のクラスの奴を見返すいいチャンスではないのか?
最弱カード3保持者が、9という圧倒的強い数字保持者を倒すということは、数字の強さが絶対的ではないという証明につながる。そうなれば、数字の低い人達も戦い方次第では勝てるんだという自信にも繋がる。
つまり、皆の士気が上がる可能性が大いにあり得る。自分もアネットのように強くなりたいと思う人が増え出すだろう。
そうなれば学園全体の戦力の強化になるのでは?
俺はフェイリスを助けるためにこの賭けをしたつもりだったが、この賭けが学園の強化になるとは露にも思っていなかった。
(アネット…。君は知らないだろうが、今、君はとても重要な立ち位置にいる。これであとはフェイリスにさえ勝てれば、俺からはもういうことは何もないだろう…)
そんなことを今アネットに言ってもプレッシャーになるだけなので、これは心の内に秘めておく。
少しして、お互いに準備も整ったところでついにその時が訪れた。
審判はコウヤがやってくれるという。俺がやろうか悩んだが、どうしてもやらしてほしいとのこと。一度審判というものやりたかったらしい。普通審判なんて嫌がるものだけどな。変わった奴だ…。
アネットが大太刀をカードから出したところで、ついにその時は来た。
「じゃあ、2人共、準備はいいな。
では、魔王討伐学園の名の元に…試合始めっ!!!」
そう言った瞬間いきなりアネットが飛び出した。先手必勝と言わんばかりに、大太刀を片手にフェイリスに向かって走っていく。
フェイリスは杖の先を回しながら詠唱すると、それをアネットへと向けた。
何もない空間から光の矢が1つ現れ、アネットめがけて飛んでいく。
「ふっ!!」
アネットは猛スピードで飛んでくる光の矢をなんとかかわすと、フェイリスに対して距離を詰めていく。
フェイリスは僧侶である以上、戦いにはあまり向いていない。主に味方を補助したり回復することが多いからだ。攻撃呪文も遠距離になるものが多いため、距離を詰められると途端に不利になる。そのため、近接型のアネットはフェイリスに対して距離を詰めることができれば、圧倒的に有利になるだろう。
だが、流石勇者パーティといったところだろうか。あともう少しでゼロ距離になると思ったところで、フェイリスの光の矢が3本放たれ、よけざるを得なくなる。
フェイリスも銀色の髪をなびかせながら、アネットから距離をとる。
やっぱ容易には近づかせてくれないか。
「ふむ……」
この勝負は、どちらかが降参するまで続けられる。コウヤは、流石にハンデがいるんじゃないかと言っていたがそれでは意味がない。あくまで全力のフェイリスを倒すからこそ意味がある。
しかしフェイリスは戦いにくくないのだろうか…。ショートカットのアネットはともかく、動くたびに髪が揺れてうざいと思うんだが…。
再び距離の離れた2人。
だが、特訓の成果が出ているのかアネットにはまだ余裕が感じられた。
善戦しているアネットに、周囲からは早くも驚きの声が上がっていた。コウヤも、2人の様子を真剣に眺めている。
「予想以上にやりますね…」
「そうかな? でも今、私すっごく楽しいよ!」
そう言って、再びアネットは特攻を仕掛ける。
距離を詰めなければアネットはどうしようもないが、近づこうとすれば光の矢がすかさず邪魔をする。
光の矢は消費魔力が低い分、何本も出せるのが厄介なところ。このままフェイリスの魔力が尽きるのを待っていては日が暮れてしまう。どうにかして攻めたいところだが、アネットはあと一歩踏み出せないようだった。
だが、常時反射を身につけたアネットは段々とフェイリスの行動パターンが読めてきたのか、最初は当たりそうになっていた光の矢も普通にかわせるようになってきた。
(どうやら、成長くんの効果がこの試合でも発揮されているようだな…)
成長くんの効果はおよそ10日。まだ舐めてから7日目なので依然として効果は続いている。こうしてフェイリスと戦っている間もアネットは強くなっているのだ。やはり成長くんの効果は絶大だ。
段々と距離を詰められてきたフェイリスは、光の矢を5本にして、アネットへと放つ。
だが、アネットはそれをなんなくかわすと、ついにフェイリスをゼロ距離にまで追い詰めた。
「ごめん、フェイリスさん!!」
そう言って謝りながら、大太刀を振るうアネット。フェイリスは杖で受け止めようとするも、成長したアネットの大太刀の威力を前に、後方に飛ばされてしまう。
「くっ…!」
フェイリスはすぐに体制を立て直すと、今度は別の呪文を唱え始める。だが、その詠唱を待たずして、アネットは4の字斬りを放つ。
「おお…」
俺は流れるような鮮やかな4の字斬りに思わず感嘆した。
間一髪、詠唱をすぐに止めてかわしたフェイリスだったが無理にかわしたおかげか、体制を崩してしまう。
「あっ…しまっ――」
フェイリスもやばい、と思ったのかすぐさま杖を構えようとするも既に遅し。
アネットの強烈な横薙ぎがフェイリスを襲う。
そしてフェイリスの杖は弾き飛ばされてしまった。
「あ……」
首元へと大太刀を突きつけるアネット。
流石にすごく動いたためか、彼女の頬からは汗が伝い、肩で息をしていた。
フェイリスは自身に何が起こったのかわからず呆然としていたが、やがて状況を理解すると、
「…降参です」
そう言って両手を挙げた。
2人の試合をいつの間にかはやしたてることもなく固唾を飲んで見ていた野次馬たちから、拍手と歓声があがった。
2人を見届けたコウヤは、アネットの方を手で指し、
「勝者、アネット!!!」
学園全体に聞こえるぐらい大きな声で試合をくくった。