侵入者
私は震える足取りで玉座へと向かう。
ルイ様が大切になさっていた玉座。その玉座はもう原型をとどめていなかった。
「…っ」
思わず拳を握り締める。
玉座が破壊されているなんてただごとではない。
ルイ様が襲われた可能性は極めて高いだろう。
でも一体誰に?
過激派? 勇者? それともそれ以外の誰か?
いずれにせよルイ様の身に何かあったのは確実だ。
早く助けに行かないとっ!!
けれどもし既に亡くなっていたとしたら?
想像して、私は背筋がぞっとした。
いくら強いルイ様といえど、不死身ではない。もう死んでいる可能性も…。
そこへ一人の兵士がやってきた。
走ってきたのか、息を切らしていた。
「よ、よかった…ここにい――」
私は即座に兵士に詰め寄ると、その胸ぐらをつかみ上げた。
「…この惨状は一体どういうこと?」
「ネ、ネネコ様…申し訳ありません。勇者がルイ様を__」
「殺したのか?」
自分で言って私は恐怖した。
ルイ様が死んだ。もしそのようなことがあれば私は。
しかし、幸いなことに兵士は首を横に振った。
「いえ、勇者はルイ様をさらって人間界へと逃げました」
そう聞いて私は胸を撫で下ろす。
よかった…。ルイ様はまだ生きている。
けれど、いつ勇者に殺されるとも限らない。
私は兵士から手を離す。
勇者はルイ様をさらって何をする気なのだろうか。
わからないけれど、今は一刻も早くルイ様を救出するのが最優先だ。
「あ、おいネネコ! 何処へ行くんだ!!」
「どこってルイ様の所よ」
「ルイ様を探しに行くのか? それも一人で?どう考えても無茶だぞ。
それに、ルイ様が何処にいるのかわかっているのか!?」
「知らない。
けれど私はルイ様の匂いを覚えているからすぐに見つけられる」
そう言って私はその場から出ていこうとする。
だが、不意に殺気を感じて、私はその場に立ち止まった。
どうやら他の皆もそれに気付いたようで、部屋の入口を見つめる。
しばらく待っていると、やがてそこから一人の男が姿を現した。
顔には仮面のようなものをかぶっており、誰なのかを把握することはできないが、少なくとも味方ではないことはわかる。
ルシエルが警戒するように、男に対して叫ぶ。
「誰だお前!! 変な仮面なんか付けて何をしている!
それに、どうして俺達に殺気を飛ばしているんだ!!」
だが、ルシエルの声を無視して男はゆっくりと私達の方へと近づいてくる。
ルシエルは、再度警告した。
「動くなっ! もしそれ以上動けば敵とみなし、攻撃するぞ!」
そう警告を出すものの、男はこちらに近づくのをやめない。
ルシエルは舌打ちすると、手のひらから黒く長い槍を取り出す。
「警告はしたからなっ!!!」
そう言うと、ルシエルは槍に魔力を込め、男に向けて思い切り投げつけた。
「ちょっ! ルシエル殿、いきなりそのように本気になられては!」
オザルリオがそう叫ぶのも無理はない。
ルシエルの槍の速度は音速に並ぶとも言われている。
まだどのぐらいの能力を持っているかわからない相手にいきなり大技を使ったことに、皆は驚いたようだった。
ルシエルの槍は、禍々しいオーラを出しながら男に向かっていく。
「……」
素性がわからないまま、死ぬのは少々勿体無いが仕方ない。
なにせ、ルイ様の玉座のある部屋に土足で勝手に踏み入れたのだ。その罪、死を持って償うといい。
しかし次の瞬間私は驚くべき光景を目にする。
男はルシエルの槍を片手でいとも簡単に掴むと、逆にルシエルの方に向かって投げ返した。
「なっ!?」
ルシエルは、まさか投げ返されるとは思っていなかったのか、驚きの表情を浮かべる。
それも束の間、すぐにルシエルは戻ってきた槍を避けると、今度は手のひらから2本、槍を取り出して男に投げつける。
しかし驚いたことに、次の瞬間男の姿は消えてなくなっていた。
「っ!?」
ルシエルはとっさに周囲を見渡すが、男の姿はどこにも見当たらない。
私も、探ってみるものの見当たらない。
けれども、いぜんとして男の匂いはこの部屋に残ったままだ。
匂いは残っているのにどうして。
「……………………あっ!! まさか!!!」
そこで私は、はっとなる。
ミリアも気づいたのか、こう叫んだ。
「ルシエル、魔封じの結界を貼りなさい!!
あいつは恐らく透明の魔法を使ったわ!!」
「何、透明!?」
だが、彼女が警告した時にはもう遅かった。
ルシエルの目の前に男が現れたかと思うと、剣でルシエルの胸を貫いた。
「かはっ……!!!」
ルシエルは苦悶の声をあげ、胸からは血しぶきが噴き出す。
「ルシエルっ!!」
「貴様、よくもルシエル殿を!!!」
オザルリオとミリアは激怒し、男に特攻を仕掛ける。
しかし次の瞬間、私は信じられないものを見た。
ルシエルに深々と突き刺さっていた剣が、彼の血を吸収したかと思うと、剣先が伸びたのだ。
剣先は分かれ、2人の方めがけて突っ込んでいく。
あまりの速さになすすべなく、そのまま2人の腹部を貫通した。
「ぐああっっ!!!」
「う…そ…でしょ…」
2人は吐血し、歯を食いしばる。
3人が苦しがる様子を見て、男は初めて言葉を発した。
『は…はは、こりゃ美味いなぁ…』
男は口元を歪ませながら、そんなことをつぶやく。
その時、男の顔がこちらを向いた。
『お、おお? 美味しそうな猫さんがいるなぁ』
男は不気味に笑いながら、こちらに近づいてくる。
たった数秒で穏便派の主戦力であるルシエル、ミリア、オザルリオの3人がやられてしまった。
3人の足元にはおびただしい量の血が溜まっている。
もう助からないだろう。もはや治療の域を超えてしまっている。
男の剣はどうやら生き血を戦力として蓄える邪剣のようだ。
3人の血はどんどん剣に吸収されていく。
「くっ……」
私は男に距離を詰められないよう、後ずさりながら様子を見る。
兵士は、この惨状を見て一目散に逃げようとした。
それを見た男は、
『敵に背中を見せちゃっていいのかな』
そう言って一瞬で兵士の目の前にまで詰める。
「ひぃっ!?」
兵士は恐怖に怯え、顔を真っ青にさせていた。
『あんまり美味しくなさそうだけど、でも僕を見たからには死んでもらわないと。ごめんね!』
そう言って男の剣が兵士を切り裂こうとした時、私は動き出した!
そして今にも斬りかかろうとする男の剣を受け止める。
「……今すぐ城に残っている皆に、避難するように命令して」
「は、はい!! 直ちにっ!!」
そういうと兵士は走り去っていった。
後に残された私は、男を睨むようにして見据える。
「何者かは知らないが、貴方はルイ様にとって害悪となりえる存在と判断した。なので、今ここで死んでもらう」
『ふふっ』
男は私に動じることなく、次の攻撃を仕掛けてくる。
剣先がすごい速さで伸びてくるのを、私はかろうじてかわした。
『おお、よくかわしたね。 じゃあこれはどう?』
男がそう言うと、今度は剣先が3つに分かれ、3本同時に突っ込んできた。
「……猫族を舐めないで」
私はそれもなんとか避けると、再び距離をとることに成功する。
男は、驚いたのか拍手をし始めた。
『おぉ。 これを避けたのは君が初めてだよ!!
流石は猫さん。スピードは君の方が1枚上手だったようだね。
いいね、いいね!! じゃあもうちょっと本気になろうかな』
「本気?」
今までのが全力ではなかったの?
男は口元をにやつかせると、何かを唱え始める。
すると、男から何か赤いオーラのようなものが見え始め、更には体格も段々とごつくなり、指先からは鋭く長い爪、頭からは角が生え始めた。
私は男の変化の様子を警戒しながら見ていた。
やがて変化を終えると男は真っ直ぐ私を見据え、こう言った。
『久しぶりに楽しめそうな相手に出会えてなによりだよ!』
そう言うと、男は笑いながら私に向かって突っ込んできた――。




