大浴場
大幅に編集しました
部屋に行くと、勇者が剣を磨いている最中だった。
俺に気づくと軽く会釈してくる。
「やぁ、お疲れさん。
どうだったかい、学園初日は」
「別にどうもしない。
それよりも、どうして俺をこの学園に連れてきたかさっさと言えよ」
「まぁまぁ、そう焦らないで」
俺がそう急かすも、勇者はその質問をはぐらかす。
そして剣をしまうと、突然脱ぎ始めた。
「は? 何しているんだよ」
「何ってお風呂に入るんだけど。
あ、そうだ。よかったらルイくんも一緒にどうかな」
「ごめん被る」
何が悲しくて、勇者なんかと一緒に入らないといけないんだよ。
それに、男同士での風呂シーンなんか誰も見たくない。
だが、さっきのアネットとの鍛錬で汗をかいてしまったのは事実だ。
風呂には入っておくか…。
勇者は、服を脱ぎ捨てると部屋に備え付けてあるシャワー室に入っていく。
「あっ、ここのシャワー室で体を洗ってもいいけど、大浴場に入りたかったらそっちに入ってもいいよ。
でも大浴場は貧民と大貧民は入れないようになってるから、入りたかったら僕のカードを使うといい。
あ、カードっていうのはトランプのカードとはまた別のやつのことだよ。ルイくんも後日また貰えると思う」
大浴場か、それは確かに魅力な提案だ。
よし、大浴場に行くとしよう。
というか、貧民と大貧民ははいれないって…風呂ぐらい平等にしてあげたらいいのに。
そこまで差別化する必要あるのか?
俺は勇者のカードを取ると、着替えを持って部屋から出る。
案内板に沿って、大浴場に向かうと間もなく着いた。。
カードを機械に通すと、扉が開かれた。
『富豪クラスのリュート様ですね。ごゆっくりおくつろぎくださいませ』
機械からそんな音声が発せられる。
へぇ…勇者の言った通り、本当にカードさえあれば大貧民でも風呂に入れるようだな。
俺は服を脱ぎ、タオルを腰に巻くと早速風呂に入ることに。
「はぁ~…これはいい湯だわ」
とてつもなく大きい風呂に浸かると、思わず感嘆の声が漏れる。
汗で冷えた体が、みるみるうちに温まってくる。
しかし、人間達は中々面白い物をおいているんだなー。
魔獣のような置物の口からお湯が出てくるなんて、初めて見たぞ。
そして奥には、洞窟のようなお風呂や、ジャングルのような風呂、石風呂、竹風呂などがあり更にはサウナまで完備されていた。
「これはなかなか気に入ったぞ」
今日はこの普通のお風呂でいいだろう。後日また、違う風呂に入ることにしよう。
そうして俺はしばらくお湯に浸っていた。
しかしそこで俺はあることに気づく。
というかなぜ気づかなかったのか。
「俺以外に誰もいない…?」
不思議に思いながらも体を洗うことに。
洗い終えると、再び風呂に浸かる。
その間も、誰かが大浴場に入ってくるということはなく、閑散としていた。
まあいい。
こんなにでかい浴場を独り占めできるなんてそうそうないことだ。
俺の城にも浴場はあったものの、ここまでは大きくないしなー。
そこで、俺は初めて外に続く扉を見つけた。
「露天風呂か…」
そろそろ上がるか迷っていたところだったが、1度どんな感じか見ておこう。
そう思い、俺は外の扉を開く。
最初は湯気がすごくて前が見えなかったものの、しばらくすると風で視界がクリアになる。
「おー、こりゃいい感じの風呂――」
そこで俺は、固まった。
「えっ?」
そこには何故かフェイリスがいた。
フェイリスは、俺を見て一瞬何が起こったかわからないかのように放心していたが、すぐに顔をトマトのように紅潮させる。
「ル、ルイさんっ!?」
なんでここにフェイリスが…。
今って確か男湯の時間帯って書いてなかったか?
が、そんなことはとりあえず後回しだ。
俺は冷静にこう主張した。
「待て、落ち着こう。驚くのはわかるが、とりあえず落ち着くんだ。
頼むから叫ぶのはなし――」
が、俺の主張もむなしく、フェイリスは大声をあげようとしたため俺は咄嗟に彼女の口をふさいでしまった。
「むぐぅっ!?」
「だから、叫ぶなって…。
誰かきたらどうするんだ」
間一髪、大声を出されることは阻止した。
フェイリスの柔らかい唇が、俺の手に触れる。
案の定ジタバタと暴れるフェイリス。
俺は、フェイリスの耳にささやきかけるようにして冷静にこう言った。
「いいか、今見つかったらやばいのはどちらかといえばフェイリスの方だ。
なにせ、今は男湯の時間帯だからな。
だから、見つかりたくなかったら静かにしてくれ」
そしてフェイリスを見ると何故か半泣き状態になっていた。
えっ…。
「あっ!」
そうだった。
フェイリスは確か男に触れられたらダメなんだった。
「きゅぅ…」
俺が気付いた時にはもう遅く、フェイリスは目を回すようにして気絶した。
「おいおい…どうすんだよ」
このまま放置するわけにもいかないので、とりあえず俺はフェイリスのバスタオルがはがれないように抱き上げると、着替え室の長椅子に横たわらせた。
そしてフェイリスが起きてしまう前に、俺はさっさと用意していた服に着替える。
まだ入浴時間には早いとは言え、もし誰かが入ってきたら終わりだな…。
「このままじゃ風邪引くな」
俺はフェイリスの頭を少しだけ持ち上げると、濡れている髪をタオルで拭いていく。
既に洗い終えていたのか、彼女の髪からはほんのり甘い匂いがした。
ネネコ以外の髪を拭いたことなど初めてだが、長い髪を吹くのって結構大変だな。
拭いていくと、フェイリスの銀色の髪は艶を取り戻していく。
全て吹き終えると、俺はタオルをカゴに投げ込んだ。
流石に体まで拭くわけにはいかないので、俺ができるのはここまでだ。
しばらくして、フェイリスが目を覚ました。
「…」
「よう。目を覚ましたか」
「ルイ…さん? ここは」
まだ意識半分と言った状態のフェイリスだったが、やがてすぐにさっきの状況を思い出したのか目をパチクリさせ、起き上がる。
「そうだ…。私とルイさんがさっき露天風呂で…」
「ああ。だが、その前にとりあえず服に着替えたほうがいい。
誰か男子が来る可能性がある」
「服…?」
そこでフェイリスは下を向く。
そして自身の状態に気づき、顔を紅潮させた。
慌てて着替え始める。
俺はその間、フェイリスを見ないように後ろを向く。
「あ…もう大丈夫です」
「そうか」
振り向くと、そこには私服姿のフェイリスが。
制服とも私服とも違う彼女の姿に俺は新鮮味を感じた。
「とりあえず、誰かに見られる前に部屋から出よう」
「はいっ」
俺とフェイリスは大浴場をあとにする。
離れにまで来たところで、俺は立ち止まった。
「ここまでくれば大丈夫だろう。
じゃあ、俺は部屋に戻るから。君も、風邪引かないようにな」
「え? あの…」
「ん?」
俺が部屋に戻ろうとすると、フェイリスに止められる。
フェイリスは、おずおずと口を開いた。
「どうしてかは聞かないんですか?」
「…?」
「その…私が、あそこにいたのかとか」
少し、俯きながらそう言うフェイリス。
その言い様から、恐らくただ単に間違えたのではなく、意図的にあの時間帯に入っていたのだろう。
だから俺はこう言った。
「ん~? 何か事情でもあるんだろう?
だから別に聞かない。
それよりも、もしまた入るなら今度は見つからないようにな」
そう言って、俺はフェイリスの頭を撫でよう…として、やめた。
触れたらダメなんだったか。気を付けないと。
俺は話を変えるためにこう言った。
「君はどうやら厄介なことに悩まされているらしいな。
でも気にするな。
むしろそのぐらいの警戒心が強いほうがいいこともある。
だから、そんなに気に止む必要はない」
「…」
恐らく、今の言葉で大体なんのことかは察しているはず。
俺は微笑むと、フェイリスに背を向けた。
「じゃ、俺は部屋に戻るから。君もさっさと戻れよ」
「あ……」
フェイリスが何か言いかけたようだが、俺はそれにたいして言及することなく、部屋に戻った。




