特訓
「はぁ~…。
じゃあ、ルイくん。覚悟!!」
そう言うとアネットは斬りかかってきた。
大太刀とは思えないほどその攻撃は速い。
俺は真正面から受け止めると、金属同士がぶつかり合い、鋭い音を漏らした。
「くっ…」
昨日のアリサ程でないにしろ、女性とは思えないほどの力の強さだ。
両手で受け止めなければ、剣が弾かれていた可能性が高い。
俺は、アネットを睨むようにして次の攻撃をうかがった。
「はぁ!」
大きな声と共に、再び剣が振り下ろされる。
今度は受け止めることはせず、避けた。
すると、避けられるとは思っていなかったのか、アネットはそのまま前につんのめりそうになる。
俺はほくそ笑むと、その隙を見逃すはずもなく、剣を上へ薙いだ。
「あっ!」
そして、アネットの大太刀を巻き込むようにして上に弾き飛ばす。
大太刀はくるくると回転しながら、やがて地面に突き刺さった。
そして、俺は剣をアネットの首に突きつけた。
アネットは手をあげて降参する。
「あはは~…。
まさかこんなにあっけなく負けちゃうなんて…」
「アネット。残念だけど、君には隙がありすぎなんだ。あれでは魔族が攻めて来たとき、何もできずに倒されてしまうぞ」
「う~…。やっぱりそうだよね。で、でもでもちょっと待って!
もう1回だけ私と戦って!」
「もう1回?
まぁいいけど、多分同じ結果になると思うぞ」
俺は了承してもう1度アネットと戦うことに。
アネットは果敢にこちらに攻めてくるものの、弱体化している俺でも読めるくらい攻撃が単調だった。恐らく、全力の俺ならアネットは俺に近づくことすらできないだろう。
俺は再び、さっきと同じようにして剣を弾く。
「なんで攻撃が当たらないのよ~…」
がっくりとうなだれるアネット。
そこへ、コウヤがやってきた。
「お疲れさん。
アネットが瞬殺されるとは驚きだ!
それにまさか相手の剣を弾いて無力化する゛巻き上げ゛を使えるとは思わなかった。俺でも、まだ成功したためしがないのに。
お前、本当にカードは3なのか?」
「そうだよ。機械から出てきたのは3だったからな」
「そうか…」
まぁ実際はJOKERも一緒に出てきたんだけど。
それにしても、まさか巻き上げが効くとは。
弱体化していても、剣の腕は健在というわけか。
でも、剣技はあまり得意ではない。
俺はどちらかというと殴り合うほうが好きだからな。だが、そっちはほとんど魔法に頼りきりなので、今の俺の戦い方としては不得手だ。
っと、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「アネット。これでよくわかっただろう。
俺と君では、同じ3という数字なれど、強さに違いがありすぎる」
「うん…」
しょんぼりと頷くアネット。
可哀想だが、ここは心を鬼にして、今の現状を受け入れてもらうしかない。
「単純な魔力の大きさだけなら、君の方が高いだろう。
なのに何故負けたか、わかるか?」
「わからない…」
「それはな、君に隙が多いということもひとつの理由だが、もう一つ大きな理由がある。
それは、君の剣には迷いが生じていることだ」
「迷い?」
首をかしげるアネットに俺はこう説明した。
「アネット。
君の剣…いや、大太刀を振るときに何処か遠慮しているつもりはないか?」
「遠慮…?」
俺は頷く。
アネットと戦ってみて思ったこと。
確かに、彼女の大太刀は力強い。
だが、大太刀を振るう箇所によっては、明らかに力が減っているのだ。
例えば、顔や心臓などがあげられる。
俺を攻撃する時に一瞬迷いが生じてしまい、うまく自分の力をコントロールできていない。
人を斬るという事を、心の何処かで恐れているのではないか。
俺はそう結論づけたのだ。
だが、何もアネットに限ったことではない。アネット以外にも、今日の模擬戦を見ていたらわかるように、皆全力で戦っているつもりがどこか遠慮しているようにも感じられたのだ。
これでは、本来の力を発揮することなど到底不可能。
そして、それを乗り越えた大富豪クラスの連中に負けてしまったことも当然のことと言える。
俺は、そのことをアネットに伝えた。
「遠慮…かぁ」
「なぁ、アネット。
君は、俺を斬りつける際、一瞬心のどこかで大怪我で傷つけてしまったら…などと考えてはいないか?」
俺がそう言うと、アネットはまるで図星をつかれたかのように押し黙る。
そして小さくこう言った。
「確かに…そうかもしれない」
「そうか。けどなアネット。
相手がアネットを本気で殺しにかかってきている奴だったらどうする?
もし斬るということにためらってしまえば、君の命など簡単に消し飛ぶ。
相手を殺すつもりで剣を振れないなら、さっさと戦いなどやめたほうが君のためだ」
すると、その言葉にカチンと来たのかコウヤが口を挟んでくる。
「おい、そんな言い方はないだろ!!
アネットだって一生懸命頑張っているんだ!
それを――」
「一生懸命頑張っていようが、斬る事にためらいを感じていては、いつまでたっても成長しないないだろ? 何も出来ないままあっけなく殺されて、今までしてきた努力など水の泡となるだろう。
それぐらい勝負の世界は残酷で――」
するとコウヤは顔をゆでダコのように赤くさせながら俺の胸ぐらを掴んできた。
相当癪に触ったらしい。
「おい、それ以上アネットを侮辱するようなことを言ったら…」
「言ったら殴るのか? それで問題が解決するならいくらでも殴ってくれ。けどな、お前達の考えているほど、戦いというのは甘くない」
睨んでくるコウヤに動じることなく、俺はただ見つめ返した。
今の俺の表情はさぞ冷めていることだろう。
だがコウヤが怒るのも無理はない。
アネットの今までの頑張りを無駄だと言っているようなものだからな。
いや、アネットだけではない。今までこうして頑張ってきた者全員に対して当てはまると言えるだろう。
だが、それでも殺し合いの戦いとなると話は別だ。
剣に迷いなど生じてしまえば確実に殺される。
それを2人にも知って欲しかった。
無駄死になど一番報われない死だからな…。
「お前…」
「それで、どうするんだ?」
黙ってしまったコウヤにもう一度そう問い掛ける。
「うっ…」
俺の威圧感におされたのか、コウヤはおもわずたじろいだ。
そこへ、アネットが割り込んでくる。
「ちょ、ちょっとコウヤくん! 何してるの!
暴力はいけないよっっ!」
アネットの言葉にはっとしたのか、コウヤは俺を離すと謝った。
「…すまん」
「気にしないでくれ。俺の言い方が悪かったのも事実だ。
…話を戻そう。
確かに、今のアネットは、弱いかもしれない。
だが、さっきも言った通り、俺が鍛えれば1週間もあれば立派な戦士にしてやれる」
さっきとは違い、2人共今度は笑うことはなかった。
コウヤは真剣な表情でこう言った。
「アネットのことは頼んだ。
どうやら、俺の教えでは限界があったようだから。
1週間という短い間で、ルイが何をするか見ものだな」
そう言うと、コウヤは何処かに行ってしまった。きっと頭を冷やすのだろう。
アネットはそれを視線で送ったあと、
「じゃあルイくん。
その、私を鍛えてもらっていいかな?」
と、恥ずかしそうに言った。
「勿論だ。だが、その前にこれを舐めて欲しい」
俺は自身のネックレスについている、赤い液体の入った瓶から一滴を、アネットの指先へと垂らした。
「これは…?」
「強くなるおまじないだ。乾かないうちに早く舐めてくれ」
周囲の人が聞いたら誤解しそうな会話だったが、アネットは頷くと、赤い液体を舐めた。
「ありがとう。じゃあこれからしばらく宜しくな」
「こ、こちらこそ!」
俺は頷くと、改めてアネットと握手をする。
こうして、俺とアネットとの1週間だけの特訓が始まった。




