対立
授業が終わり、休み時間になるとさっきの女生徒がやってきた。
他の生徒達は、俺のことが気になるものの、一歩踏み出せないでいたようだった。
「えっとルイ君でいいのよね? 私はアネットよ。宜しく!」
そうして出された手を俺は握り返す。
「同じ3という数字同士、頑張ろうね!」
そう言うとアネットは笑顔を見せる。
明るくて愛想のいい女性というイメージを持った。
その後、アネットは俺にいくつか質問した後に、他の友達の所へと戻っていく。
「ふむ」
アネットか。
覚えておこう。
俺はその後、他のクラスメイトからも質問攻めにあい、それに対しひとつひとつ答えていくうちに、あっという間に次の授業となってしまった。
しかし、いつまで経っても講師がやってこない。
不審に思ったのか、クラスメイトの一人が廊下へ出ようとした時、やっとのことで講師が現れた。走ってきたのか、少し息切れをしている。
「いやぁ遅れてすまん!
そして突然だが、今から大富豪クラスの人達と模擬戦をやることになった。皆、今すぐ戦闘用の服に着替えた後、外へ出るように!!」
その発言に、クラスの連中達は待ってましたと言わんばかりに、すぐにカードを取り出すと、そこから服を取り出し始めた。
さっきまであまりやる気の見せなかった生徒まで、はりきって戦闘服に着替えている。
突然の出来事に、俺はただ戸惑うばかりだった。
「ルイさん。どうかしましたか?」
服に着替えない俺を不思議に思ったのか、フェイリスが聞いてくる。
「いや、何故皆はそんなに張り切っているんだろうと思ってさ」
「そんなの決まってんだろ! 大富豪の連中を合法的にぶっ飛ばせるチャンスだからさ!」
俺の問いに答えてくれたのは、フェイリスの近くにいた男だった。
拳を握り締め、何かに燃えている。
見るからに熱そうな男だ。ムキムキの筋肉が、彼を更に象徴づけている。
「ぶっ飛ばすって。大富豪の連中が嫌いなのか?」
「あぁ嫌いだね!! あいつらいっつも俺達を見るなり、まるでゴキブリでも見るような視線で見てくるんだぜ。意味がわからないだろう?
それに大会の時もそうだ。 奴ら、俺達に余裕で勝てるからって遊んでくるんだぜ?
俺達の勢力が最後の一人になったとしても、時間ギリギリまでいたぶっておいて、直前で止めを刺すような悪趣味な連中が集まっていやがるんだ。それに、実力があるならまだしも、大した能力もなくただ運良く大富豪というクラスになれた分際の奴が、俺達に偉そうな口を叩きやがる。
そんな大富豪の連中が俺…いや、俺だけじゃなくこの大貧民クラスの奴全員が嫌っているんだ!
そうだろ皆!?」
男の声に同調して、クラスメイト達が声を上げる。
さっきまでのやる気のなさは何処に行ったのか、皆の目には闘志が宿っていた。
「今日こそ、大富豪の連中の鼻をへし折ってやらァ!!」
「もうこの前の大会みたいにはいかないんだから!」
「お菓子の恨みは恐ろしいわよ…」
「あのくそ女、ぜってー泣かしてやるぜ!!」
「…お腹すいた」
各々がそれぞれの想いを叫びながらホールから出ていく。一人おかしな奴も混じっていたが。
というか、今からやるのってただの模擬戦じゃなかったのか。
別に勝とうが負けようがクラス替えになるわけでもないのに、何故あんなに張り切れるのか。
うーむ。
俺は、答えを見つけることができずもやもやしたまま、3のカードを取り出す。
が、どうやって服を出すかわからない俺は、立ち往生してしまった。
すると、そこへフェイリスの救いの手が。
「カードに向かって、念じるだけで自分の想像した服が出てきますよ?」
「そうなのか?」
俺はフェイリスの言われた通りに念じてみる。
魔王城での、いつも俺が着ていたあの禍々(マガマガ)しい服…。忘れるはずもない。
鮮明に覚えていたおかげか、全く同じ服を再現できていた。
「おぉ」
これだ。
やっぱ俺にはこの服が一番だな。
制服の上から着ているものの、まるで制服の感触が感じられない。無くなってしまったかのようだ。
「戦闘服に着替えると同時に、制服は極限まで薄くなるんです」
俺の疑問にフェイリスが答えてくれる。
ふーん。やっぱりただの制服ではなかったか。
「ルイさん、皆は既に外に行ってます。私達も早く行きましょう」
「おう!」
俺は、フェイリスの後に続いて外へと向かった。
外に出ると、既にほとんどの人達は集まっていた。しかし、空気が悪い。
というのも、お互いが睨み合っているからだ。
まさに一触即発の雰囲気といったところか。
大富豪の連中と聞いてどんな奴らかと少し興味を持っていたが、俺のクラスの連中となんら変わりはない。ただ一つ言えることは、全員なんだか目つきがどこか違うぐらいか。
俺のクラスの連中は、相手に大してどこか怒っているような感じだが、それに対して大富豪の連中は、明らかに、蔑んだような目で俺たちを見ている。
全員が集まると、間もなくしてさっきとは違う講師がやってきた。
腰には2つの剣を差している。
「よし、全員集まったようだな。
ってこらこら、そんなに睨み合うんじゃない。別になにも喧嘩しようってわけじゃないんだからさ。
もうちょっと柔軟に行こうよ」
「何を言っているのですかロイ先生。
こんな役に立たない人達をここにおいていても、学園の為にはなりませんわ。ここにおいておくぐらいなら、まだ私達の実験に使ってあげたほうが、いくらか存在価値はあると思います」
そう言うと、高飛車な女は笑った。
俺は思わず笑いそうになってしまった。
そしてフェイリスに小声でこういった。
「ああいうテンプレ女がまさか本当にいるとは思わなかったぞ」
「テンプレ…?
えっと、あの人は大富豪クラストップのエリーゼさんですね。
持っているカードの数字は確かQだと思います」
Q…12か。
へ~勇者達よりも高いのか。
ん?
「勇者達よりも強いなら、何であいつが俺を討伐しに来なかったんだ?」
「それは、えっと…エリーゼさんは自身の強さを過信しすぎていて、同じクラスの人達とならともかく、富豪クラスや、ましてや大貧民クラスの私なんかと組んだとしても、言うことを聞かないだろうというロイ先生が判断したっていうのをリュートさんから聞きました」
「なるほどな」
言うことを聞かないからという理由で勇者パーティから外されるなんて面白いやつだ。
それよりも、あれが勇者の言っていたロイ先生か。
年齢は、まだ若いか? いや、もしかしたら若作りしてるだけなのかもしれない。
しかし、お世辞にもそこまで強そうには見えない。
まあでも見た目で判断してはいけないよな。実際それで何度か痛い目を見てネネコに怒られたことがあるし。
あのロイ先生とやらも、相当な実力者なのだろう。
と、不意に大きな声が轟いた。
「あぁ? お前らの実験だって?
馬鹿言うな。実験できるほどの脳も持っていないくせに実験なんかしたところで無駄無駄。
それにお前らの実験材料になるぐらいなら、死んだほうがましだ!」
「なら今すぐ殺してあげましょうか?」
「あ!? やれるものならやってみろよ!
そのキモイ顔面を引きちぎってやる!」
お互いが罵倒しあい、口論はヒートアップする。
「キ、キモ!? 貴方今、わたくしの美しい顔をキモイって言いましたわね!?
ゆ、許しませんわ…
どうやら、身をもってわからせないといけないようですわね」
エリーゼはカードから一本の禍々しい剣を取り出した。俺が使っているものと系統が似ている。
「へっ!てめぇのしょぼい剣なんざ、バキバキに折ってやるよ」
エリーゼが剣を取り出したのと同時に、ムキムキの男も巨大な斧を取り出した。
男のカードの数字は7か?
あっ、そう言えばこいつの名前を聞いてなかったな。後で聞いておこう。
「たかが7程度の人が、わたくしに勝てると思っているのかしら?」
「そうやって数字だけで人を判断するから、てめぇらは嫌いなんだよ!!」
そう言うと、男はエリーゼに向かって突っ込んでいく。
エリーゼは不敵な笑みをこぼしながら待ち構えていた。
ん? なーんか見たことのある構えだな。
男とエリーゼの距離がゼロ距離に縮まろうとしたとき。
そのあいだを阻む者がいた。
「はい、ストーップ!」
「なっ!?」
「ロイ先生! 邪魔をなさらないでください!」
二人の間を阻んだのはロイ先生だった。
ロイ先生は男とエリーゼの間に入ると、まずは男の腕を掴んだ。
「うむ、コウヤ君、また少し魔力が増えたんじゃないかな?
毎日鍛錬を積んで一生懸命練習しているのがわかるよ。
でもね」
あいつコウヤっていう名前なのか。
面白そうだから覚えておくか。
ロイ先生はコウヤに対して目にも止まらぬ速さで肋骨の下の横隔膜辺り、つまりはみぞおちを殴打する。
その1擊でコウヤはその場にうずくまってしまった。
「今はオレが授業をしているんだ。勝手なことはやめてもらいたい」
そう言うと今度はエリーゼの方を振り向く。
「え、ええっと…その…」
さっきとはうってかわって、エリーゼの顔は完全に引きつっており、青ざめている。
高飛車な彼女の姿はなりを潜めていた。
そんなエリーゼに対し、ロイ先生は笑顔で言った。
「エリーゼ君。
オレはね、君には随分と期待しているんだ。だから」
そう言うとロイ先生はエリーゼに対して容赦なくパンチをかました。
エリーゼは遠くの壁に思い切り叩きつけられ、そのまま地面に崩れ落ちる。
おお、あれが俗に言う男女平等パンチとか言うやつか。
ロイ先生は吐き捨てるようにこう言った。
「あまりオレを失望させないでくれ」