緑の椛 バレンタイン
突発的に練ってるネタの子たちのバレンタイン。まだ本編も書き始めてないのに番外編ならぬ、バレンタイン編を書いちゃいました。
本編は少しずつ書いていきたいと思います。
ふわっふわのシフォンケーキが完成するのを想像する。ココアをたっぷり使って、メレンゲをしっかり立ててココアシフォンケーキが綺麗に膨らむように。完成したケーキを渡した時に彼が喜ぶ姿を心に思い描くだけで頬が緩む。絶対に彼が喜んでくれると自信をもって言うことができるお菓子を私は今作っている。完成したココアシフォンケーキに生クリームを添えるとさらに彼は喜んでくれる。他の人は彼が最近普及したケーキ類を好んでいるとは思っていない。あまり喋らないし、甘いものが好きそうなイメージがつかないのだろう。
この世界は普段から砂糖は使われていたが、何故か甘いお菓子が存在しなかった『グリーンメイプル~君と私の魔法のお菓子~』通称『緑の椛』の世界。
ヒロインとして転生した私は攻略キャラではなくヒロインをいつも助けてくれるサポートキャラ(ほとんど表情が動かない)の彼を選んだ。そして私から告白をして、彼から了承を得て今はお付き合いをしている。
恋人同士になって初めてのバレンタイン。ここは生前の私のお菓子作りスキルを披露する時だ! となんとなく思って一生懸命作っている。冒頭通り、彼が喜ぶ姿を想い浮かべるだけで幸せになる。そして、私が作ったお菓子を嬉しそうに食べる彼がもっと大好きだ。とテレるようなことを勝手に思いながら、手際よく作業をして型に生地を入れ、3~5回ほど型を上から落とし空気を抜いて、予熱が終わったオーブンへと入れて焼き始めた。これで焼きあがったらしぼまないように逆さにして置いておかなければならないのでしっかり時間は見ておく。
今年のバレンタインはちょうど休日だったため、明日彼を家に呼んでいる。ラッピングするのも楽しいがお皿に綺麗に盛り付けをしたケーキを彼に食べてもらいたかったのだ。本当に明日は楽しみだ。
ケーキも焼き上がり、明日の朝まで待てば冷まし終えて食べごろになっているだろう、ということで明日に備えて寝ることにした。後片付けを自分でして厨房から出ようとすると厨房を独占していた私に料理長や料理人が笑顔で手を振ってくる。あれか、お菓子を作っていた私が微笑ましいのか、それとも美味しそうなお菓子を作っているから気になっていたのかのどちらかだろう、もしかしたらどっちもかもしれない。また今度レシピを書いて渡すことにしよう、私も他の人が作ったお菓子が食べたいし……。
「それでは、おやすみなさい」
私は少し頭を下げてから厨房を出ると、一斉に料理人が頭を下げる。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
いつもいらないと言うのに、使用人たちは頭を下げる。侯爵家の使用人だからそのあたりは徹底されているのだろう。家の決まりに何を言っても変わらないことはわかっているのでそろそろ諦めるべきだとは思う。やっぱり気になるのだけど。
部屋へと帰り、入浴を済ませベッドへと入る。明日、学校以外で彼に会えることに喜びを感じながら、絶対に喜んでくれると思っているけれど万が一好みに合わなかったらどうしようかと少しの不安を覚えながら私は目を瞑った。
***
「おはようございます、お嬢様」
侍女の声で目が覚めた。思っていたよりも気にしていたようだ。いつもなら侍女が起こしに来る前には目が覚めるのだが、昨日少し不安になっていたため、すぐに寝付けなかったのがこの状態なのかもしれない。
「おはよう、今日は彼が来るからおしゃれをしたいのだけれど――」
「準備はできております。本日の服装はこちらでいかがでしょうか?」
長年一緒にいる侍女だからか、私の言いたいことがわかっていたようでドレスを後ろに隠していて、それを私に見せた。私の大好きな色で彼も好きだと思う淡いオレンジ色のドレスを彼女は持っていた。
私のことを思ってくれ、さらに気が利く侍女がいて私は幸せ者だ。
「ありがとう、私のためにそのドレスを準備してくれたのね。彼も喜んでくれるはずだわ」
「それはようございました。それでは、こちらのドレスでよろしいですね」
侍女に手伝ってもらいながらオレンジ色のドレスに着替える。着替え終わったらさっそく彼が来る準備を……ではなく朝食を食べなければいけない。何かしら準備をするにしても腹ごしらえは大切だ。侯爵令嬢が腹ごしらえなんて本当は言ってはいけないのだけど、心の中でのことなので勘弁してもらおう。生前は普通の日本人だったのだから。
そう考えているうちに食堂へ着いた。すでに家族はそろっているらしい。急いで席へと行って座る。
「おはようございます、お父様、お母様」
「ああ、おはよう。よく眠れたかな?」
「おはよう、今日は彼が来るのでしょう? お気に入りのドレスね。楽しみにしていたから今日は少し遅かったの?」
父も母も私の性格をよく知っている。彼が来るのが楽しみでいつもより起きるのが遅かったのをわかっていた発言だ。
「いつもよりは眠れませんでしたが、よく眠れました。お母様の言う通りですけれど、彼には言わないでくださいね?」
少し不服そうに返せば、母はころころと笑った。これはタイミングが合えば言うつもりだ。どうにかして阻止しなければ。
「ふふふ、本当に貴女は彼が大好きねえ。内緒にしたかったら私が彼と会わないようにすればいいのよ?」
本当にこの母は――! いやいや、だめだ、顔に出したら確実に私が負ける。それは避けたい。ここは本当に彼と母を会わせないようにしなければいけない。今日はバレンタインだ、仲の良い両親だから母も父に何かしら準備しているに違いない。それを逆手に取る。
「本日はバレンタインですし、お母様もお父様に何か準備してらっしゃるのでは? 娘の私に遠慮せずに2人で外出でもしてはどうですか?」
「あら、娘の貴女に言われたら遠慮する必要はないわね。旦那様、本日は私と外出していただけます?」
「ああ、いいぞ。家には彼と娘がいることになるから、何も心配はいらないね」
両親は微笑み合いながら今日の予定を組み立てていく。これで、母が彼に何かいうタイミングはないはずだ。私と彼をダシに使われたような気もするが、母という危険要素がなくなったと思えば痛くはない、はずだ。母が父に準備したものは何か気になるけれどもう聞ける雰囲気ではないので断念する。
朝食を食べ終わったら、さっそく両親は出かけて行った。たぶん、母は事前に準備をしていたのだろう、私の行動パターンを読み取って。さて、彼を迎える準備をしよう。
***
庭で準備をしていると、屋敷の前に馬車が着いた。彼が乗っているのだろう、私は急ぎ足で彼を出迎えに行った。そして、執事が扉を開ける。
「いらっしゃい! いつもの庭でいいかしら?」
「ああ、大丈夫だ」
私が出迎えると彼は微笑んでくれた。この微笑みはレアなのだ。無表情がデフォな彼の笑みは本当にレアで見たことあるのはたぶん、この家の人がほとんどで(私と一緒にいる時)あとは、彼の家とぐらいである。
彼の手を握って庭へと引っ張る。いつもよりはしゃいでる気がするけれど、彼は気にした様子もなく一緒に来てくれる。庭へと到着すると席に座るように勧める。
「どうぞ、座って。昨日あなたのために作ったケーキ持ってくるから待ってて!」
彼の返事も聞かずに私は厨房へと行って準備をしていたケーキを切り分け、お皿に盛りつける。少し泡立てた生クリームも添え、今日は紅茶ではなくココアを入れてお盆に乗せて持っていく。
「お嬢様、私たちが……」
使用人たちが言ってくれるけれどこれは彼のために作ったものだから自分でしたいのだ。
「いいの、これは私がします。あなたたちは気にしないで自分たちの仕事をしてね」
そう言って私は彼が待つ庭へと慎重に歩いて行った。
後ろで料理人たちが微笑ましそうに見ていることには気が付かなかった。(後で侍女に聞いた)
「お待たせ! 今日はココアのシフォンケーキを焼いてみたの。あと、飲み物は紅茶ではなくてココア。ケーキが甘いからココアは甘さ控えめにしてみたのよ」
シフォンケーキを見たことがない彼は少し目を瞠った。こんな彼を見ることができるのは、新しいお菓子を作った時くらいなのでこの瞬間を楽しみにしている。私は少し笑ってテーブルの上にケーキやココアを置いた。
「これは、シフォンケーキというのか」
珍しそうにケーキを見つめる彼、早く食べたくて仕方ないのだろう、私にしかわからない程度にそわそわしている。
「ええ、そうよ。あなたが喜んでくれると思って頑張って作ったの、どうぞ召し上がれ」
「ありがとう、じゃあ、いただきます」
彼がシフォンケーキを少し大きめに切って口に入れる。味見をした時にはふわふわだった、大丈夫、彼は喜んでくれる。少しだけ目を閉じて、彼の方へと目を向けた。
「どう?」
「美味しいよ、生地もふわふわで、生クリームを付けると更に美味しい」
私の方をみて笑ってくれる。いつもよりも笑顔だ。うわああ、これはレアなものを見た。こんな表情をもっとさせてみたいと思ってしまう。これは、お菓子だけでなく料理のスキルも上げることが大切だ! と心に書き留めておこう。
「良かった! あなたに美味しいって言ってもらえると次も作ろう、って思えるの。また何か作ったら食べてくれる?」
「君が作るものならお菓子でも料理でも食べる。絶対に美味しい」
そんな風に断言してくれるとは思わなかったから嬉しすぎて俯いてしまった。これでは彼に心配させてしまう。それでも、今緩みすぎている顔を彼に見られたくなくて俯いたままだ。
そっと髪に手を伸ばされる。俯いている私の髪で彼が遊んでいる気がする。何も言ってこないけれど、そろそろ顔を上げなければだめな気がする! 私はバッと顔を上げた。顔を上げた先で目に入ったものは彼の非常に優しい微笑みだった――!
「え、あの、えっ? え?」
挙動不審になっている自覚はある。だけど、彼がここまで優しい微笑みをしているとは想像しなかった、どうしてこうなった。
「あ、ありがとう……」
もう、お礼しか言えなくて、そこからは自分もケーキを食べたり、ココアを飲んだりと一言も話さなかった。恥ずかしすぎる、彼との沈黙は全く辛くないし、快適なのだけど、いつもより気になってしまう。その沈黙を破ったのは彼だった。
「ホワイトデーは楽しみにしていてくれ」
それだけ言うと彼はそろそろ帰る、と言って帰宅の準備を始めた。思っていたよりも時間は経っていていつも彼が帰る時間ぐらいになっていた。本当は夕飯も一緒に食べたかったけど、今日はもう胸がいっぱいで夕飯までは無理だった。
「また、学校で」
「ああ、また学校で」
手を振って彼が馬車に乗り、帰っていくのを見送った。今日は本当にドキドキしっぱなしで、彼のことがもっと好きになった。また、学校で会えるのが楽しみだ。
彼が帰ったことで落ち着きを取り戻した私だったが、彼の『ホワイトデーは楽しみにしていてくれ』という言葉によって起こることを私は想像もしていなかった。今日以上にドキドキして、嬉しすぎて両親に言う前に即答をしてしまうのは、あとになったら良い思い出だが、その時は自分にも驚いたものだ。
想像もしなかった、ホワイトデーに指輪と一緒にプロポーズされるなんて、ね。
ヒロインのヒーローくんは口にはあまり出しませんがヒロインのことが大好きです。
他の攻略対象者に取られまいと影で頑張っているのでしょう。
キャラがほとんど喋らなかったので次回はもっと喋るように!
久しぶりに小説書いたら書き方がわからなくなってきました。自分の書き方をいていけたらな、と思います。