センテの街
私が生まれてから一月ほど経った。結局私が魔力を出せるようになるまでに二週間ほどかかってしまった。訓練といってもただひたすら目を閉じて集中するだけなのだが。しかし、訓練をしていると度々マスターがやって来て邪魔…もとい術式の解説や組み方のコツ、時には自身の研究からただの世間話まで延々と話してくるのです。無視せず聞いてしまう私も私でしたが時間がかかったのはそれが一番の原因だと思います。
魔力が出せるようになってからはそれまでの苦戦が嘘のように順調でしたが。今では複雑な術式では焦ると失敗することもありますがほとんどを無詠唱で使用できるようになりました。広範囲に及ぼす魔術の練習は出来ませんでしたが同じような術式を並べて規模を大きくするだけなのでなんとかなると思っています。今練習しているのは術式を少し組み替えて細かい術の制御をする方法です。発動に少し時間がかかってしまうのでもっと練習して慣れないといけませんね。
体術にも手を出そうとしたのですが無理でしたね。一応なぜか屋敷にあった本で基本的な体の動かし方や心構えを知ったのですがそれで動けるようになるかというと全然出来ませんでした。さすがにマスターも体を動かすのは苦手なようで教えてもらえませんでしたし。体を動かすのは気持ちが良かったので軽い運動だと思って続けてはいますが。
そんな日の朝マスターに
「今日は街に行ってこい。」
突然のことに少し唖然としてしまいます。いや突然なのはいつもの事なのですが。
「マスター、街に何か用事があるのですか?」
「用事?…そうだな、買い物をして来い。」
マスター絶対今考えましたよね。もしかしてただの思いつきで街に行ってこいだなんて言ったのですか。私はオッドアイの事もあって余り人が居るところに行きたくないのですよ。
「そんな目をするな。お前まだ街に行った事ないだろう。これも経験だ。外でしか分からないことや出来ないこともあるのだからいつまでも屋敷に引きこもってないで行ってこい。」
私まだ街どころか屋敷に敷地の外にすら出たことがないのですが。そもそも同じように屋敷に引きこもっているマスターには言われたくありません。私だけ外に行かせようとしてマスターは留守番だなんてずるく………あっ、いや…やはりマスターは屋敷に引きこもっていていいです。その方が世の中のためでしょう。しかし、マスターの中では私を街に行かせるというのは決定事項なのでしょうね。…はぁ、仕方ありませんね。眼は魔法で色を変えてローブで顔を隠せば何とかなるはず。バレそうになったら全力で逃げることにしましょう。
「分かりましたマスター。その街はどこにありますか?」
「あっちだ。」
そう言って外を指差すマスター。ちょっとアバウトすぎませんか。そのままではとても街にたどり着けそうにないので異界空間から地図を引っ張りだす。異界空間は私が魔法で作った空間でこの前屋敷を大掃除した時、日常生活に必要なさそうな物を片っ端からここに押し込んである。その中にお金も大量にあったはずだ。…日常生活にお金が必要ないって…何故大量にあるのかと合わせて深く考えないようにしよう。マスターに聞いたりしたら藪蛇になりそうだ。マスターは藪も蛇も数が多すぎます。
確認と準備を終わらせます。準備といっても異界空間があるので手ぶらでローブを被っただけですが。
「マスター、行ってきます。」
「ああ、大丈夫だとは思うが気をつけて行ってこい。」
屋敷の門を出たところで近くに生えている木に近づき異界空間から小ぶりのナイフを取り出して幹に術式を刻みます。こうすることで対になる魔法を発動させると最初に刻まれた術式までの方向と距離がわかるようになります。これで帰りに道に迷って屋敷に帰れないなんて事にはなりません。
暫く歩いてようやく林を抜け平地にでました。
「これは…広いですね。」
今まで歩いてきた林も随分広かったと思いますが木で視界が悪かったのであまり実感できませんでしたが、目の前にあるのは遮る物の無い平地。見渡す限り草原が広がっています。どこを見ても青々と茂っている草以外何も見えない…街も見えない。
「方向間違ってませんよね。」
少し不安になりながらも間違っていたところでどうしようもないと考え直し歩みを進める。
「んっ…あれは…」
しばらく歩いていると視界の端に動く物を見つける。急ぎではないのでそちらに足を向ける。近づくとはっきりとそれが見えてきた。
小さく白い体に赤くクリッとした瞳そして長い耳。見た事は無かったがそれらの特徴を持った生物を私は知っている。そうあれはきっと…
「ウサギ!」
初めて見た。すごく可愛い!ふかふかで柔らかそうな毛に触ってみたい。近づいても大丈夫かな?
どんどん近づいて行くがウサギは堂々としており逃げる気配がなかった。ウサギとの距離がいよいよ二メートルほどまで近づいた時。
「えっ…!」
急にウサギから魔力を感じた。身の危険を感じ咄嗟に魔法で障壁を作った瞬間。
ドカッン
「ゴフゥ………。」
ウサギの体当たりが鳩尾にクリーンヒットした。息ができず悶絶して地面にうずくまる。
「キ、キラーラビットでしたか…」
息を整え周りを見るが先ほどのウサギはいなくなっていた。確かキラーラビットはウサギの一種だが魔法で体を強化して突進してくる事があるので危険というのを思い出す。どのくらい危険かは身をもって思い知った。
「余りにも可愛いから失念していました。」
障壁越しであの威力ですか。障壁がなければ十メートル位吹っ飛ぶのではないでしょうか。なるほど、あの可愛さに近づいてきた獲物を狩るわけですか。(※キラーラビットは草食です。)
気を取り直して若干忘れかけていた街への移動を再会する。
太陽が高く昇ったころ遠目に大きな河に寄り添うようにある街が見えてきた。
「ようやく街が見えましたか。一気に行きたいところですがそろそろお弁当にしましょう。」
お腹が空いてきたので異界空間から作ってきたお弁当を取り出して食事を始めました。
確かこれから行く街の名前はセンテと言うらしく河を利用した交通の要所らしい。遠くには街道も見え人の出入りも盛んらしい。
「そろそろ行きましょうか。」
お弁当を片付け街に近づく。街に入る前に入り口の近くに石を置く。これには朝、屋敷を出る時に木に刻んだのと同じ術式を掘り込んである。ちゃんと屋敷の前の術式と識別できるようにもしている。
改めて街に入ると通りはやはり多くの人で賑わっていた。これだけ多くの人を見るのは…というよりマスター以外の人を見るのも初めてであり他にも住居やお店など見るもの全てが真新しく感じる。自分でも浮かれているのが分かるほどだ。道は多くの人が行き交い、窓を開けて洗濯物を干している人やお店から買い物を終えて出てくる人、大きな建物の窓の中から人が吹っ飛んできたり露天を開いている人が客引きをしていたり河には船が泊まって荷物を降ろしていたりとどれも初めて見る光景だった。
一通り街を探索して街の広場で一息いれる。
「あっ買い物。」
完全にこの街に来た目的を忘れていた。そして同時にあることに思い当たる。
「…何を買うのか聞いてない。」
いやでも買い物というのはマスターが適当に考えた用事だったはず。それなら別に何も買わなくていいのかな?しかし、せっかくなのでさっき見かけた露天をゆっくりと見てみよう。
露天が並んである所に戻って一軒一軒見て回る。
「あっ…これにしようかな。」
目に留まったのは髪留めだった。私は少し髪が長いので運動する時邪魔に思うこともあったのだ。髪留めを買って空を見上げると太陽が傾いてきていた。そろそろ帰らないと屋敷に戻る前に日が落ちてしまうかもしれない。私は帰路に着くことにした。
センテの街から少し離れた所で被っていたローブを取って早速さっき買った髪留めを着けてみる。初めて着けるので上手く出来ているかよく分からなかった。
「マスター、ただいま戻りました。」
なんとか日が落ちきるまでに屋敷に帰る事ができました。
「おかえり。どうだった?」
「初めて見るものばかりでした。マスターの言われた通り実際に見てみないと分からないことも多かったです。」
行きで見つけたキラーラビットとかそうだろう。次はもっと頑丈な障壁を…いやそれより魔法で捕縛してから触る事にしよう。
「そうか。…その髪留めを買ったのか?」
「はい。うまく着ける事ができているかわかりませんが。」
「大丈夫だ。似合っているぞ。」
「…ありがとうございますマスター。」
少し遅いが夕飯の支度を始めなければ。少し早歩きになりながら台所に向かった。
「なんで今日の夕食はいつもより豪華なんだ?」
「…気のせいですマスター。」
次回の更新は一週間以内を目指します。