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ソウルブレイダー 短篇集  作者: けすと
二年一組、祟りに壊滅す……? 
1/2

前編

「錬成館脇の倉庫ですか?」

 その教師の言葉に、老人は頷いた。

「うむ。たまには掃除せんとな」

 昼下がりの校長室。質感のある高級そうな椅子の上に、老人が胡坐をかいていた。

 藍色の作務衣に身を包み、白髪を頭の上で結ってちょんまげのようにしている。そんな格好にも関わらず、老人はれっきとしたこの学校の校長だった。

「今度の大掃除の日にでも、生徒たちに掃除させなさい」

 その指示に、教師はわずかに眉をひそめる。まだ二十台半ばの、若い女教師だった。

「しかし、普段生徒たちには、あの倉庫に近づかないようにと言っていたはずでは……」

「そうじゃ。だが、掃除をしないわけにもいかなくてのう。どういったものであれ、神は神。最低限失礼のないようにせんといかん」

 教師は若干の驚きと共に聞き返した。

「あの倉庫に神が?」

「神といっても祟り神だがのう。滅するのもばつが悪いので、壷に封じて怒りが鎮まるまであの倉庫で安置しておるのじゃ。特にあの倉庫に置かれているのは、たちが悪い」

「神社本庁で封印した祟り神ですか。しかし封じられているとはいえ、校長がたちが悪いとまで言うものを、生徒たちに掃除させて大丈夫でしょうか」

 ここ光怜学校は、霊能力を始めとした様々な能力者を育成、鍛錬するために、神社本庁をはじめとする複数の団体によって創設された学校である。

 そのため、生徒たちにも心得のある者が多いのだが、仮にも神と呼ばれるものが相手では、さすがに心許なかった。

「まぁ、平気じゃろう。死ぬようなものではないしの。壷さえ割ったりしなければ、大丈夫じゃ」

 たちが悪いのに、死ぬような祟りではないらしい。女教師は気になってたずねてみた。

「ちなみにどのような祟りなのですか?」

「うむ。どれも恐ろしいものばかりじゃ。例えば、九州のとある山奥にある神社で、鎮守の森の木々を悪戯に伐採し、挙句に山そのものを禿山にしてしまったことがあってな。結果、祀られていた神が祟り神へと変じてしまい、伐採を行った者たちと周囲の住人が恐ろしい祟りにあったのじゃ。封印にあたった本庁の何人かも祟りにあてられ、今もなお苦しんでおる。その祟りの内容じゃが……」

 重々しい雰囲気で語る校長に、ごくりと女教師はつばを飲み込んだ。

「祟りにあった者は老若男女問わず、つるっぱげになってしまったのじゃ」

「…………」

「意趣返しだったのだろうなあ。その後、何をしようと髪は生えてこないという。なんとも恐ろしい祟りじゃ」

「はぁ……」

 確かによく考えれば、割と洒落では済まない祟りではある。だが想像していたものと違いすぎていたためか、女教師は気の抜けた相槌を打つばかりだった。

「他の祟り神の説明は後ほどするが、死ぬことはないとはいえ、細心の注意を払って作業させるように。……む、そう言えば君は、二年一組の担任じゃったな」

「そうですが……それがなにか?」

「ならば、作業は彼に任せるかのう。一人では大変だろうから、加えて君のクラスから何人か選ぶといい。彼には儂から説明するから、ここに呼び出すのじゃ」

 そう言うと、校長はつるりと自分の顔を撫でて、年不相応な無邪気な笑みを浮かべた。

 

       ◆

 

 校長室でのやりとりが行われる少し前。新堂直哉は昼休みとなった二年一組の自席で、ひとり弁当を広げていた。中身に手をつける前に、購買から買ってきたジュースパックの口を開き、一口飲んで喉を潤す。

「よう、一緒に食おうぜ」

 そこにパンとジュースをぶら下げた、クラスメートの風林寺昂がやってきた。

 彼はここ、光怜高校へ転入してきた直哉に初めて声を掛けた男子生徒であり、転入の原因となったある事件の解決のため、共に奔走した仲間でもあった。

 事件解決後、直哉はこの学校の生徒として生活を続けていくことにしたのだが、馬が合うのか、彼とは一緒につるむことが多い。

 直哉が黙って机の前半分を空けると、昂は直哉と向かい合うように座った。

「わりいな。お、その弁当自分で作ったのか?」

「いや、家族に作ってもらった。たまに気まぐれで作ってくれるんだ」

「へえ。うまそうじゃん」

 直哉の弁当の中身をチェックしながらも、ジュースパックの口を開いたところで、昂は彼が飲んでいたものに気付いたらしく、

「牛乳って、お前。購買でそれ買ってきたやつ、初めて見たわ」

 直哉は意外そうな顔をして、

「食事に牛乳は必須だろ。むしろ、あまったるいジュースを食事時に飲むほうが分からん」

「いや、米に牛乳とか合わねーだろ。パンとかなら分かるけどさ」

「牛乳のどこが米と合わないんだ」

「合わねーだろ、普通に。お茶とかなら分かるけど」

「お茶が米と相性がいいのは認めるが、栄養がなさすぎる。牛乳は日本人に不足しがちなカルシウムも豊富だし──」

 などと、だらだらと話していると、横から声が掛かった。

「お二人さん、わたしたちも同席していいかな?」

 直哉の席の横に、二人の女子生徒が立っていた。

 クラスメートの望月沙耶と星川光だ。

 沙耶はシャギーの入った涼しげなショートカットで、活発そうな印象を受ける。

 一方、光はすこし癖のあるボブカットで、大人しそうな雰囲気の女子だ。

「ああ。でも机の広さが足りないな」

 そう言うと、直哉は左隣の席を見た。

 そこには、一人弁当をつつく、クラスメートの斉木静音の姿があった。

 長い黒髪に、ともすれば冷たい印象すら受ける涼しげな目。すらりとしたシルエットで、遠目からでも分かるほどの美貌の持ち主だった。

「斉木も一緒に食わないか?」

 直哉が声を掛けると、静音は箸を口に運んだところで動きを止めて、こちらを見た。

「……ん」

 一瞬困ったような、戸惑いの表情を静音は見せる。

「そうだね、斉木さんも一緒に食べようよ」

「お、じゃあ机寄せるか。それならみんな弁当広げられるしな」

 沙耶たちが直哉に同調すると、静音は目を伏せて苦笑し、

「分かった。じゃあ、わたしも同席させてもらう」

 静音は立ち上がり、机を直哉の席へと寄せた。

 彼女もまた、直哉たちと共にある事件に関わった生徒の内の一人であり、二年生ではこの五人以外に事件に関わった者はいない。そのためか、事件後には五人の間に奇妙な連帯感が生まれていた。

「──で、なんの話してたの?」

 沙耶が問うと、昂が思い出したとばかりに、

「そうだよ。こいつ、米と牛乳一緒に食べても、気にならないとか言うんだ」

「ええ……直哉君、変わってるねえ」

 沙耶が若干ひいたように言う。

「そう? わたしはご飯と牛乳、一緒に食べても平気だけど……」

 光が言うと、直哉は我が意を得たりとばかりに、

「ほら見ろ、別に普通のことだろう。そもそも、体づくりに牛乳は欠かせないんだ。骨密度が低ければ、骨折のリスクが高まるし──」

「あー、はいはい。ちなみに斉木はどうだ?」

 直哉の話を遮って、昂は静音へと話を振った。

「わたしも特には。そもそも、牛乳と米の相性は決して悪くない。牛乳を使ったリゾットなんかもあるくらいだ」

 これで三対二。直哉の優勢勝ちとなった。だが、昂は納得いかない様子で、

「なにい……おかしいだろ。お前らガキん時の給食で、なんでこんな組み合わせで食べなきゃいけないんだ、って一度だって思わなかったのか?」

「それにお米と一緒に牛乳だと、なんかタンパク質過剰で太るイメージもあるしね」

「それは誤解だ。牛乳は栄養豊富かつ、低カロリーな飲み物だ。それを飲んでるほうが、よっぽど太るぞ。砂糖がたっぷり入ってるからな」

 直哉は沙耶の弁当の傍らにある、カフェオレのパックを見て言った。

「うっ……」

 痛いところを突かれ沙耶がたじろいだそのおり、校内放送が流れた。

『二年一組の新堂直哉君。校長室に来てください。繰り返します。二年一組の──』

 放送が終わると、教室上部に取り付けられたスピーカーをぼんやりと見ていた昂たちは、直哉へと視線を戻した。

「校長室って……お前、何やったんだ?」

「いや……心当たりがないな」

 直哉は特段焦った様子も見せず、弁当をつついている。

「っておい、行かないのか」

「至急とは言ってなかった。昼飯食ってからでも、怒られはしないだろ」

「まぁ、そうかもしれないけどよ……」


 直哉はその後も悠然と昼食を取り、食べ終わると席を立った。

「んじゃ、行ってくる」

 教室から出ていく直哉の後ろ姿を見送った昂たちは、顔を見合わせる。

「なんつーか、あいつも結構図太いよな」

「そんなことないと思うけど……」

 光の言葉に、沙耶も同意するように頷いた。

「うん。直哉君は人並みに繊細だと思うよ。転入初日、斉木さんに無視されてへこんでたじゃん」

「なっ……あれは……」

 それまで黙っていた静音が、途端に動揺した。

「ともかく、気になるから追いかけてみようかな」

 新聞部である沙耶にとっては、同級生がいきなり校長室に呼び出されたとなれば、やはり気になる。手早く弁当を片づけ、席を立った彼女を呆れ顔で昂は見上げた。

「まーた出歯亀か」

「だから、人聞きの悪い言い方しないでよね。風林寺は気にならないの?」

 昂は腕を組み、渋い顔をすると、

「いや、正直気にはなる」

「なら様子見に行こうよ」

「でもなぁ……」

 迷った様子の昂だったが、同意の声は意外なところからあがった。

「わたしも行くぞ」

 楚々として弁当を片付けた静音が、立ち上がっていた。

「わ。斉木さん行くんだ……」

 光が目を丸くして呟く。沙耶も一瞬驚いたものの、すぐに興味深そうな顔になって、

「斉木さんも、直哉君に興味ありって感じ?」

「ち、違うっ。わたしも姉も、新堂には借りがある。もしあいつが、本庁からの依頼かなにかで呼び出されたのなら、力になってやりたい。あ……あくまで借りがあるからだぞ」

 静音の必死に否定する様子に、沙耶は含み笑いを浮かべつつ、

「じゃあ、とりあえず校長室に向かおっか。風林寺と光はほんとに来ないの?」

「え、えっと……」

 光は困ったように、昂の様子を伺う。

 一方の昂は腕を組んで悩んでいたが、やがて髪をガシガシと掻いてから、

「わあったよ。俺も行く。直哉すまん、俺は好奇心に勝てなかった……!」

「あ……それじゃわたしも……」

 昂に追従する光をみて、沙耶は苦笑し、

「はいはい。じゃあみんなで行こう」

 一同は連れ立って、教室を出るのだった。


 直哉は校長室にて、校長と担任教師の二人と対面していた。

 担任の藤林理香子はかっちりとしたショートボブで、淡白な印象の女性だ。怒るときは怒るが、いつもはやや眠たげな目で淡々と話す。

「大掃除で、倉庫の掃除ですか……?」

 その担任から説明を受け、直哉は怪訝な顔をした。

「そう。この学校では月に一回、各クラスの何人かで、自分の教室以外の場所を掃除することになっています。明後日の大掃除で、新堂君には錬成館脇にある倉庫の中の掃除を頼みたいの」

「その倉庫になんかあるんですか」

 なんの変哲もない倉庫の掃除であれば、わざわざ校長室まで呼び出す必要はない。HRの時にでも伝えればいいことだ。直哉の質問に校長は笑って、

「聡いのう。その通り、ちと厄介なものを安置している倉庫での。君なら信用がおけるし、清掃活動の一環として一つ頼まれてくれんか」

「はあ……分かりました」

 何が置かれている倉庫なのかは知らないが、掃除するだけなら大したことはないだろう。特に深く考えず、直哉は了承した。

「うむ、ではあと何人か、君のクラスから手伝いする者を選びなさい。詳しい指示は藤林君が当日してくれる。む……藤林君?」

 校長と直哉の間を横切り、藤林教諭は部屋の入口まで歩き、

「手伝いならここにいますよ」

 がちゃり、とドアを開く。

「うわわ!?」

 急に開いたドアに支えを失い、室内へと倒れこんだのは──沙耶だった。

 その後ろには、しまったという顔をした昂と気まずそうな静音、手で顔を覆う光の姿が見える。

「お前ら……!?」

「あはは……」

 ひきつった笑いを浮かべる沙耶の前で、藤林教諭は頬に手を当てため息をついた。


       ◆


 二日後、直哉たちは錬成館脇の倉庫の前にいた。

「で、ここに置かれてる厄介なものってなんなんですか」

 直哉は掃除の指示のため、一緒に来ていた藤林にたずねた。

「そうね。まず扉を開きましょう。風林寺君、お願い」

「へーい」

 昂が重たげな観音開きの扉を開くと、中からカビと埃の臭いが漂ってくる。

「倉庫というより、蔵だな……」

 そのなんとも言えない臭気に形の良い眉をひそめて、静音が呟いた。

「なんか、壷? みたいなのがいっぱい置かれてるね」

 沙耶の言う通り、中には棚や机の上、さらには地面まで所狭しと縦長の壷が置かれていた。いずれも麻の布で蓋がされており、外れないよう縄で縛ってある。

「その壷の中には、神社本庁が封じた日本各地の祟り神が封じられています」

「……!」

 藤林の言葉に、光がびくっと体を竦ませる。

 昂は心底嫌そうな顔で、

「祟りって……俺らが掃除なんかして大丈夫なんですか」

「壷を割ったりしなければ、触っても動かしても、まったく問題ないそうです」

「逆に言えば、割ったらアウトってことか」

 直哉が言うと、藤林は頷いた。

「くれぐれも注意して取り扱うように。たちの悪い祟り神が封じられています」

 うへえ、と昂が呟く。

「ちなみにどんな祟りが……?」

 静音の質問に、藤林教諭は淡々と、

「あなたたちの短くはない残りの人生を、スキンヘッドで過ごさなければならなくなる祟りとか、季節を問わず花粉症の症状に苛まれることになる祟りとか、そういったものです」

「嫌がらせみたいな祟りだな……」

 こめかみに一筋の汗を伝わせて、直哉は感想を漏らした。

「どの壷にどういった祟り神が封じられているのか、ここにリストアップしておきました。見れば分かりますが、どれも凶悪な祟りばかりです。万が一壷を割ってしまった場合は、何はなくともまず逃げるように」

 藤林はリストが印刷された紙を取り出し、直哉たちに配った。受け取ってリストを見た皆が皆、一様に顔を顰める。

「死んだりとかしない分、マシなんだろうけど……地味にたちが悪いね。一生足の親指が巻き爪になるとか……何この祟り……」

 いつもは脳天気な沙耶も、さすがに及び腰になっている。

「でも、要は割らなきゃいいんだろ。先生の言う通り、注意してれば問題ないさ」

「そういうことです。手順を説明します。まずは、中の壷を全部外に運び出してください。その後、中の埃を掃き清めて、壷を元に戻すだけです。棚や机は濡れ雑巾で綺麗にするように。分かりましたか?」

 藤林の指示に、はーいと直哉たちは答えた。

「わたしは仕事があるので職員室に戻っています。終わったら呼びに来るように。では作業に取りかかりなさい」

 校舎へと去っていく藤林教諭の後ろ姿を見送ると、直哉たちは作業を始めた。


 作業は滞りなく進んだ。慎重に慎重を期した上で中の壷を運び出し、机や棚を拭き掃除し、地面を掃き清める。後は壷を倉庫の中へと運び戻すだけだ。

 だが、悲劇はその時起こった。

 緊張の続いた作業も終りが見え、軽い悪ふざけのつもりだったのだろう。倉庫の中へ壷を運び込んでいる最中の昂の背中に、沙耶が運び終わった壷の一つをあてて、

「これの祟り、一生切れ痔に苛まれる、だって。ほら、風林寺切れ痔になっちゃえー」

「おいい! フルネームみたいに言うな! っつーか、擦り付けるんじゃねー!」

 割らない限りは平気だと分かっていても、気分のいいものではない。昂は露骨に嫌な顔をして、身を捩り──

「おわっ」

 足を滑らせた。ちょうど足をおろした床に、密生するようにカビが生えていたのだ。

 水分を含んだカビは、そのぬめりをもって昂の踏み出した足をとり、空中へと送り返した。

「あ──」

 沙耶の目の前で、昂が致命的なまでにバランスを崩す。倒れる──と思った瞬間、彼は素晴らしいバランス感覚を発揮して、体勢を立て直した。

 だが、一方の沙耶は、体勢を立て直そうとする昂の身体に接触し、よろめき、背後の棚にぶつかっていた。元々建て付けの悪かった棚はそれによって揺らぎ、一番上に置かれていた壷が倒れ、そのまま落下し──がしゃん、と音を立てて割れたのだった。


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