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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#22:運命の日へのカウントダウン

 バタバタとした年度末の忙しさの中、同僚達のホワイトデーの話題から、拓都にお返しをしようと思っていた事を思い出した。

 今年のバレンタインデーは、あいつと拓都が手作りしたチョコレートを貰った。まさか二人からチョコレートをもらえるなんて思ってもいなかった俺は、あいつにだけ花束を送った事が悔やまれた。花束の注文をする時に、拓都の事まで思いやれなかった自分が情けない。

 女性の同僚達の話題によく出てくるスイーツのお店に立ち寄り、二人が食べられるよう焼き菓子の詰め合わせを選んだ。発送の手続きをし、メッセージカードを添えられるとの事だったので、拓都へのメッセージを書く事にした。


 『たくとくんへ たくとくんがつくってくれたチョコレートは、おいしかったです。ありがとう』


 拓都の嬉しそうな笑顔を脳裏に思い描きながら書く。それは何処かくすぐったい様な感覚で、早く本物の笑顔を家族として見られる日が来る事を願った。



 年度末へのカウントダウンを意識しだした頃、異動の内示が出された。これは正式発表があるまでオフレコではあるが、いつの間にか同僚たちの間に知れ渡る事になる。

「守谷先生、ちょっと話があるの」

 ある日の放課後、本郷先生に保健室へ連れ込まれた。

「来年度は異動するらしいわね」

 なんとなく威圧的な本郷先生に「そうです」と簡潔に答える。

「もちろん拓都君も転校するのよね?」

「え? しませんよ」

「どうして? 美緒と結婚するんじゃなかったの?」

 一体何が言いたいのかと訝しげに本郷先生を見て「するに決まっているじゃないですか」と答えた。すると、本郷先生は急に怒ったように話し始めた。

「守谷先生は異動するからいいかもしれないけど、後に残る拓都君や美緒は、有る事無い事噂されて傷つくかもしれないのよ。それでもいいの?」

 また噂話か。確かにあいつも俺の噂話を良く聞いたと言っていたが、それは役員で学校へ来る機会が多かったからだろう。来年度は学校へ来る機会も少ないだろうし、子供達の間に大人の噂話が広がるとも思えない。

 大体俺達は、やましい関係でもないし、誰かに迷惑を掛ける関係でもない。それでも今は担任と保護者と言う立場だからプライベートで会う事は控え、結婚は今年度が終わってからと考えているんだ。

 どうしてそこまで噂を恐れて、自分達のプライベートを遠慮しなきゃいけないんだ。

 俺の中にどんどん怒りが湧いてくる。それでも何とか怒りをぶつける事に耐え、「ちゃんと考えていますから心配無いです」と素っ気無く答えた。

 俺とあいつが結婚する事で、拓都の生活を出来るだけ変えたくない。それだけは何があっても守り通したいと、改めて心に誓った。


 内示と言えば驚いたのが、愛先生の異動先だ。異動する事は聞いてはいたが、何か言えない事情があるのだろうと思っていた。

「愛ちゃんはね、学生時代に資格も取っていたけど、いろいろ考えた末に普通学校の方を受験したのよ。でも、やっぱり諦め切れなかったのかな。虹ヶ丘小学校へ来る前にも特別支援学校を希望したのだけど、空きがなくてこちらへ来たけど、今回は無事に希望が通ったのね」

 岡本先生が、俺と本郷先生の三人の時に教えてくれた。今までとは又違う世界に飛び込む愛先生にエールを送りたい。


 

 3月中旬過ぎに卒業式が行われた。俺の受け持った子供達はまだ卒業を迎えていないが、6年生を受け持っていた広瀬先生が神妙な表情で、子供達の名前を呼んでいく。教え子の卒業式はどんな気持ちになるのだろうと、教員席から広瀬先生のフォーマルスーツ姿を見つめていた。

 また一つ年度末までの行事が終わり、カウントダウンの数字が小さくなっていく。それに反して胸の中の不安と期待は大きくなっていくようだ。それはまるで最後の審判を待つような気分でもあり、高い山を前にした登山家のような気分でもあった。

 あいつが言うようにポジティブな気持ちで大丈夫と思っていた方が、良い結果になるかもしれない。未来を信じて、再会できた奇跡を信じて、真摯な気持ちで拓都にぶつかるだけだ。

 覚悟を決めると、気持ちも軽くなったような気がして、俺は今後の計画を立て始めた。 


 まず、拓都に話をするのをいつにするか。

 今年度の終了式が3月24日で木曜日だから、その週末まで待つしかないだろう。その週の土曜日は3月26日。俺はその日を運命の日とした。

 そして上手く行けば、そのまま実家へ二人を連れて行って家族に紹介しよう。出来るだけ早く籍も入れたいし、新年度からは『篠崎』の名で勤めたいと思っている。

 上手くいったらと思うと、今まで塞き止めていた想いが、一気に溢れ出した。

 落ち着け。落ち着け。まずは拓都に受け入れてもらう事。その先はそれからの事。 

 俺は自分に言い聞かせるようにして、気持ちを落ち着かせた。


「3月24日が終了式で1年生が終わりになるけど、その日は木曜日だから、26日の土曜日の午前10時に美緒の所へ行くよ」

 卒業式が済んだ週末、俺はいよいよ運命の日のスケジュールをあいつに電話で伝えた。あいつは思いも寄らない事を言われたかのように「えっ?」と驚きの声をあげた。

「なんだよ。1年生が終わったら、拓都に話すって言っていただろう?」

 あれ程拓都に話す事を言っていたのに、あいつはまだ心の準備ができていなかったのだろうか。

「そうだったね。分かっているけど……」

「とにかくそういう事だから、美緒も覚悟しておいて……」

 もうここまできたら、止められないんだ。頼むから待って欲しいなんて言わないで欲しい。

 俺はあいつの口からネガティブな言葉が出ない内に電話を切った。

 あんなに大丈夫だと言っていたあいつも、土壇場になると躊躇するのか。いやいや、あいつは本番になると強くなる奴だから、俺は信じている。


 全ては拓都が受け入れてくれてからの話だが、それでもその先の根回しのために実家へ電話を掛けた。

「母さん、今月の最終土曜日、拓都に俺と美緒の事を話して受け入れてくれたら、その日の内に二人を連れて実家へ帰るよ」

「え? いよいよなのね? 頑張りなさいよ。待っているから」

「うん、ありがとう。頑張るよ」

「帰ってきたらお祝いをするから、お泊りの用意もね」

「ああ、ありがとう」

 電話を切ってから、家族の暖かさを実感した。今まで当たり前のようにあり、当たり前のように受けていたものが、家族の思いやりであり、暖かさであると認識できたのは、あいつとの事があったからだと思う。俺も両親のような家族を作りたいと心から願う。母の言葉に力を貰ったような気がした。


 いよいよ今年度の終了式の日がやって来た。俺は最後のホームルームで、皆の顔を感慨深く見渡す。こちらを見る56の瞳は、一年前に比べ成長した自信が感じられた。

 来年度に転任する寂しさよりも、目の前の子供達を無事に2年生へと送り出せる事に安堵を覚える。

 この一年、子供達と同じように、俺も成長できただろうか。

 最後の成績表を渡すために、出席番号順に名を呼ぶ。

「足立幸菜さん、先生はあなたの元気な返事が嬉しかったです。2年生になっても頑張ってください」

 教壇の前まできた児童に言葉をかけ、握手をして成績表を渡す。それぞれ子供達の良い所を話しながら、脳裏にさまざまな思い出が過ぎっていく。そして、それを順番に繰り返していく。

「篠崎拓都さん、先生はあなたの笑顔が嬉しかったです。2年生になっても頑張ってください」

 そう言って目の前に立つ拓都に握手のための手を差し出すと、彼は恥ずかしそうに笑って手を出してきた。

 一年前、拓都の存在を知った時、確かにショックを受けたけれど、その屈託の無い笑顔に救われていた所がある。彼を意識しないようにしてきたつもりだが、プロポーズをしたクリスマス以降、やはり彼をみる目に身内意識が芽生えていたと思う。

 そんな拓都と、プライベートであいつを交えて対峙するのは、もうすぐだ。


 終了式を終え、子供達は春休みに入った。年度末ゆえの忙しさに忙殺され、運命の日の事を考える余裕もなかったが、かえってそれが良かったと思えたのは、運命の日の前夜だった。

 俺は忙しさのせいで疲れていたのか、妙な緊張とネガティブ思考に陥り、あいつにイライラをぶつけてしまった。

「慧、何だか私に家族になりたいって言った時より余裕がないみたい」

 運命の日の前夜、明日の確認のために電話をすると、俺の緊張が伝わったのか、あいつがポツリと言った。

「あの時は、美緒の気持ちに何処か確信があったから……でも拓都の反応は想像もつかないよ。先生としてどんなに好かれていても、家族として受け入れられると言う保障にはならないだろ? だから、先が皆目想像がつかない状態で、余裕なんて持てるはずが無いんだよ」

 俺は少しイラついたような言い方をしてしまい、自分の余裕の無さを実感した。そしてあいつに八つ当たりのように言ってしまった自分に、溜息が出た。

 とうとう、運命の日へのカウントダウンはゼロの日を迎える。



 



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