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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#21:年度末へのカウントダウン

 西森さんにカミングアウトをした夜、約束通りあいつに電話をした。

「あの後、西森さん、何か言っていたか?」

 俺の前では笑っていた西森さんだが、あいつだけになったら、言わなかった事を責めたりはしていなかっただろうか。

 西森さんがそんな人じゃないとは思っていても、西森さんの気持ちを思うと、怒っても仕方が無いと思ってしまう。

「慧がね、デレデレだって」

「はぁ?」

 いろいろ悪い想像をしていた俺に、あいつの返答は思いもよらないもので、思わず呆けた様な声をあげた。

「ふふふっ、慧のデレデレぶりに、こっちが恥ずかしくなったって言っていたよ」

 あいつは俺の弱みを握ったかのように、笑いながら説明する。少々ムッとして「なんだよ、それ」と聞き返した。

「千裕さんがそう言っていたのよ。それでね、守谷先生と家族ぐるみのお付き合いができるって喜んでいたんだって、由香里さんが言っていたの。なんだか、千裕さんらしい喜び方だよね」

 ああ、西森さんはそう言う人だった。デレデレは頂けないが、まあそれであいつが安心したのなら、良かった事にしておこう。

「そうか……良かったな。俺達の事を知ってくれている人が増えると、美緒も心強いだろ?」

「うん、そうだね。千裕さんの事が一番心に引っかかっていたから、肩の荷が下りた感じ。もう、何も心配しなくてもいいね」

 あいつにとっては西森さんにいえなかった事が一番の重荷だったのか。今はまだ先のことまで考えられないか。それでも……。

「いや、まだ一番大きな山を越えなくちゃいけないよ」

「えっ? 一番大きな山?」

「ああ、拓都だよ」

「拓都なら心配しなくても……」

 あいつは家族だから拓都の事甘くみているが、そんなに簡単にパパとして認められるわけじゃない。

「今は担任として好かれていても、今まで美緒と二人だけの家族の中に俺を迎え入れてくれるかどうかは、別の話だろ? それに、パパが欲しいって言うのも、友達のパパが羨ましくなった事や、キャッチボールなんかで遊んでくれる人が欲しかっただけで、現実になったらどう思うか……一番は、僕のママを取らないでって言われたら、どんなふうに対応していいか……」

 あいつの余りにも浅慮な物言いに、俺は自分の中のモヤモヤを吐き出していた。

「慧……大丈夫だよ。慧が拓都の父親になりたいって言ってくれて、とても嬉しかったの。だから、その気持ちがあれば、大丈夫だと思う。悪い方に心配すると、本当にそうなっちゃうから。いい結果だけ考えていよう。大丈夫。絶対に3人で幸せになるんだって思っていよう」

 なんだよ。結局土壇場になると強くなるあいつに、フォローされるのか。それでもやっぱりあいつに大丈夫と言われると、どこか安心してしまう俺も、甘いのか。

「美緒……やっぱり美緒は強いな。そうだな。絶対に3人で幸せになろうな。いや、人数はもっと増えるかもしれないけどな」

 俺は自分の甘さを誤魔化すように、あいつをからかう。この手の話題を恥ずかしがるあいつに対し、俺は電話越しにニヤりと笑った。

「な、何言っているのよ」

 分からない振りしてるけど、あいつが動揺しているのは見え見えだ。

「拓都の弟や妹が欲しいだろ? やっぱり兄弟はいないとな」

 あいつはまだそこまで考えてもいないだろう。今のあいつは、西森さんへのカミングアウトと言う大きな肩の荷を降ろして、やっと気持ちが平穏になった所だ。それでも現実の結婚に向けて、少しは意識して欲しいと、俺は話しながら願いを込めていた。

 

      *****


 3月に入り、季節は三寒四温を繰り返しながら徐々に春めいて行く。子供達も寒い冬を乗り越え、一年前と比べると、随分たくましくなったと思う。

 そんな中、もうすぐ卒業する6年生のために『6年生を送る会』が行われた。

 2月の学習発表会の後、今度は『6年生を送る会』の練習が始まり、1年生は全クラス合同で、6年生に対する感謝の気持ちの呼びかけと合唱を行う事になった。

 『6年生を送る会』当日は、5年生が中心となって会を進め、それぞれの学年の出し物はどれも良くまとまり、感動と思い出を残した。

 1年生の子供達もとても頑張り、大きな声で呼びかけが出来、合唱も良く声が揃ってすばらしい出来だった。

 こうして年度末に向けて行事が終わる度に、子供達の成長振りで胸が熱くなった。

「4月になったら、新しい一年生が入ってくるので、皆はお兄さんお姉さんになります。新しい一年生が困っていたら助けてあげてください」

 成長した子供達を、次へのステージへと背中を押す。そうして1年生の終わりが徐々に近づいて来たのだった。



 あいつのPTA役員としての仕事も、クラス役員の方は学習発表会で終わりになったが、広報の委員会は3月に最後の会議があった。

「じゃあ、この前みたいに少し早い目においでよ。美緒に一目でも会いたいからさ」

 いつもの電話で、明日の夜に広報の会議があると告げたあいつに、俺は軽い調子で学校での密会を提案した。西森さんにカミングアウトしてから、もう20日以上あいつの顔を見ていない。これが学校で会う最後のチャンスかもしれない。

「拓都に夕食を食べさせてからだから、早くいけるかどうか分からない」

 照れなのか、天邪鬼なのか、あいつの素っ気無い返事もいつもの事。

「ハハハ、分かっているよ。来られたらでいいから、待っているよ」

 素っ気無い返事でも、真面目なあいつは一生懸命早く来ようとしてくれるのも知っている。だから、俺は余り気負って欲しくなくて、軽い調子で言葉を返した。


 そして翌日の夜、六時半を過ぎた頃そっと職員室を後にした。三十分も早くは来ないだろうと思いながらも、真面目なあいつの事だからと予測すると、案の定、二十分前にあいつが玄関に現れた。

「こんばんは、篠崎さん」

 俺は学校での顔であいつを迎える。あいつも学校だから緊張するのか、遠慮がちに微笑みながら 「こんばんは」と答えた。

「早く来てくれて、良かったよ」

「急いできたら、早く来すぎちゃったみたい」

「そんなに俺に会いたかった?」

 俺はあいつに顔を近づけ、声を潜ひそめると、ニヤリと笑って言った。途端にのけぞり「な、なに、言っているの!」と慌てるあいつ。

 ああ、今日もいい反応を返してくれると、俺は心の中でほくそ笑んだ。

その時、観音開きの玄関ドアの片方が、思い切り開いた。一気に外の冷気が入って来る。その音に驚いた俺達は、同時に玄関ドアの方を振り返った。


「こんばんはぁ」

 ニヤニヤ笑った西森さんが、能天気に明るい挨拶と共に入って来た。そして彼女は「やっぱり」と呟くと、スリッパに履き替えて、俺達の傍にやって来た。

 そこでやっと我に返った俺達は、「こんばんは」と挨拶をした。

「この前の会議の時も、私が来た時二人で話していたでしょう? プライベートでは会わないって言っていたから、こんなチャンスに会っていたのかなって思い出して、二人の事まだどこか現実味が無いから、確かめるために早めに来てみたの。それにしても、いつ誰が来るかもわからないこんな場所で、イチャイチャしていたら、危ないですよ」

 嬉しそうな顔で忠告されてもな……。まったく早く来すぎだよ。

 俺は心の中で嘆息し、西森さんに向き合った。

「西森さん、そう思うなら、ゆっくり目に来てください。それに、自分のクラスの役員さんを見かけて声をかけただけですが、おかしいですか?」

 俺はすぐに教師の顔になり、少々嫌味もまじえて、真面目な口調で対応する。

 わかっていたなら邪魔をしないで欲しいよ。

 しかし、俺の言葉に西森さんは盛大に笑い出した。

「ゆっくり目に来て下さいって……それって、私、お邪魔虫って事ですか? 守谷先生、キャラ違いますから!!」

 ケタケタと嬉しそうに笑う西森さんを、俺は恨めし気に睨んだ。

「西森さん、冗談が過ぎますよ。それに、この間話した事は、本当の事ですから、わざわざ確かめなくても大丈夫ですよ」

 あくまでも真面目に苦言を呈す。西森さんはエヘヘと笑いながら「すいません」と謝った。

「じゃあ、そろそろ時間なので、会議頑張ってください。帰りは気を付けて」

 俺は玄関の壁に掛かる時計をチラリと見て、もう少しでタイムアップだと心の中で嘆息した。もうあいつの顔も見られたしと気持ちを切り替え、この場を去る事を告げた。

 職員室へ向かいながら、あいつが役員として学校へ来るのも今日が最後だったと思い出した。こんな風に年度末へ向けてのカウントダウンは、静かに始まっていた。

 

 

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