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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#20:学習発表会とカミングアウト

 バレンタインデーの翌日の火曜日、学習発表会の当日がやって来た。子供達は何処か緊張気味だけれど、少し興奮しているようにも見えた。力みすぎないようリラックスさせるために、発表会の後の親子レクリエーションについて話をした。『ハンカチ落とし』『ジャンケン列車』『大玉ころがし』をする事を話し、それぞれのやり方について説明すると、子供達から「知ってる」とか「幼稚園でやった」とか「おもしろそう」とかの声が上がった。

「『ジャンケン列車』はとにかくジャンケンで勝ち続ければ、列車のトップになれるからな。『大玉ころがし』は大人対子供で、大人だけ二人三脚でするから、子供チームが勝てる可能性もあるぞ」

 子供達を煽るように話すと、子供達は益々嬉しそうに盛り上がった。

 

 いよいよ学習発表会のある五限目の時間になり、廊下に子供達を整列させ、先導しながら体育館へと向かう。一組から順番に体育館へ入り、保護者の観覧場所と向かい合わせになる場所に、クラスごとに並んで座らせた。

 保護者達がすでに観覧場所に座っていたので、子供達の緊張度は高まっていく。

「皆、練習した事を思い出して、思いっきりやろうな」

 声を掛けると「はい」と元気な声が返って来た。


 学習発表会はクラス役員の挨拶から始まり、学年主任が発表会について説明した。子供達はそれぞれ自分の得意な事を保護者の前で披露する。向かい合わせに座っている保護者と子供たちとの間のスペースが、発表場所だ。

 最初は数人の女子のピアニカ(鍵盤ハーモニカ)演奏だった。代表の子が演奏する曲名を言って「聞いてください」とペコリと頭を下げ、演奏を始めた。

 次は、男子と女子の数人がマット運動を見せ、その後もサッカーのリフティングをして見せる子、ソプラノ笛の演奏をする子、本の朗読をする子、歌を歌う子と続き、最後に一番多いグループが縄跳びをもって登場した。

 縄跳びのグループは、指導担当をしていたせいか、見ているほうも力が入る。一応皆、自分が見せたい跳び方はマスターしたが、緊張すると失敗も多くなる。少々ハラハラする気持ちを抑えながら、最後まで見守った。

 保護者からはそれぞれの発表ごとに盛大な拍手を頂き、子供達も何処か誇らしげに頬を紅潮させ、頭を下げた。そんな子供達を見て、その成長に胸が熱くなった。


 子供達の発表が終わり、親子レクリエーションが始まった。

 最初はクラスごとに別れて円になって座り、『ハンカチ落とし』だ。最初の鬼は担任がすることになり、円の中を向いて座っている皆の周りを回りながら、素知らぬ振りして誰かの後ろにハンカチを落として行く。反対側に座っている子供たちからは見えているため、「今ハンカチ落としたよ」と声が上がったり、落とされた人がハンカチを持って鬼を追いかけたり、それを皆で声援したりと騒がしく盛り上がった。 


 次は『ジャンケン列車』で、これはクラス関係なく子供も大人も混ざってジャンケンをし、負けた方が勝った方の一番後ろに繋がるという遊びで、繋がった様子が列車に例えられている。どんどんジャンケンをし、次々に列車が出来て長くなって行く。担任達も混ざって列車に取り込まれ、最後に一本の長い列車になった。

 学年主任が列車の一番前にいた男の子の手を持ち上げて「今日のジャンケンチャンピオンです」と言ったので、皆で盛大に拍手をした。


 最後の『大玉ころがし』は、大人対子供の対決で、大人には二人三脚と言うハンディキャップが付いている。来られなかった保護者もいるため担任も混じり、唯一学年主任だけが、マイクを持って楽しく実況中継をしてくれた。

 子供達に負けじと一生懸命闘った大人達だったが、練習無しの二人三脚は日頃の運動不足と共に負けの原因になったようだ。それでも子供顔負けの楽しそうな様子や弾ける様な笑顔に、子供達も楽しいひと時を過ごせたようだった。

 学年主任が、「皆さんよく頑張りました」と(ねぎら)うと、皆の健闘を称える拍手が起こり、今年度最後の学年行事は大成功だと安堵した。

 最後にクラス役員の終わりの挨拶のために、皆の前に出てきた西森さんとあいつを見て、今日やっとまともにあいつの顔をみたような気がした。そして心の中で一年間役員お疲れ様でしたとそっと労った。


 その後、クラス役員と共に一年間の行事の反省会をするため、子供達を教室へ戻し、簡単な帰りの会をして帰らせた。

 会議室に一年の担任とそれぞれのクラス役員が集まった。まず学年主任が一年間の役員活動に対する感謝と労いの言葉を述べる。そして、一年間の役員活動通して感じた事や、提案があれば言って欲しいとお願いした。

 クラス役員が順番に立ち上がり、役員の仕事を通して学校との関わりを持てた事や、いろいろな行事や学校生活が先生や役員や保護者の協力の元に支えられていると知る事ができ、とても良かったと感想を述べた。どのクラス役員も一年間の役員活動を終え、安堵したのかスッキリとした表情をしていた。

 担任と役員達と向かい合わせに座るこの場で、あいつと目を合わせる事はないが、お互いにこの場にいる奇跡が、全ての始まりだったと思うと、感慨深いものがあった。


 反省会終了後解散となり、俺は他の担任達と共に職員室へ戻った。

「今日はお疲れ様でした。子供達、本当に良く頑張っていましたね。レクリエーションも盛り上がったし、怪我もなく無事に終わって、本当に良かったです。ありがとうございました」

 一年生担任の机の島で、学年主任がニコニコと挨拶をした。皆も笑顔で、良かった良かったと労い合う。

 一年最後の大きな山場を乗り越え、皆は安堵の表情をしている。しかし俺にはまだ、この後に大きなイベントがあるのだ。

 いよいよ、あいつが西森さんに告白するのだと思うと、少々落ち着かない気持ちになる。一年三組の教室で話をすると言う事なので、時間を見計らって俺も合流する事になっている。

 しばらく明日の授業について準備をしながらも、頭の片隅であいつはもう話しただろうかと考えていた。

 周りもそれぞれ仕事に没頭している様子を横目で見ながら、そろそろ行った方が良いかと腕時計をチラリと見る。反省会が終わってから三十分弱。もう話し終わっているだろうと、そっと立ち上がった。

 プライベートの事で時間を使う事にやましさを感じながら職員室を出て、教室へと向かう。西森さんの反応も気になるが、あいつはどんな風に俺の事を話したのだろうと、考えている内に教室へ着いた。


 教室からわずかに話し声が聞こえ、もう大丈夫だろうと教室の引き戸を開けた。

「あ、守谷先生、すいません。ちょっと忘れ物があったので……すぐに出ますから」

 西森さんが慌てたように立ち上がりながら、俺に向かって謝ってきた。

 これって、俺の事まだ分かっていないのか?

 まだ話していないのかとあいつを見ると、情けなさそうな表情をしている。

「早すぎたようだな」

 予定ではあいつが話した後、一緒に謝罪と感謝を伝えるはずだったが、まだ本題に入っていないのか、それとも上手く話が伝わらないのか。思い込みの激しい西森さんだから、後者のほうかもしれない。

 俺の言葉に西森さんは、意味が分からず呆けたような顔してこちらを見ている。これでは埒が明かない。

 俺は覚悟を決めて教室の中へ入り、二人に近づいた。

「まだ、話していないんだろう?」

 あいつに向かって問いかけると、あいつは戸惑いながらも頷いた。そんな俺達を見て西森さんは益々呆けた顔をしている。

「えっ? ええっ?! 嘘? ちょっと、待って。いや、本当? まさか……」

 西森さんの頭の中はパニックになっているようで、その動揺ぶりが言葉からも分かった。

「西森さん、落ち着いてください。どこまで話を聞きましたか?」

「守谷先生、話って……守谷先生も美緒ちゃんの元カレの先生の事、知っているんですか?」

 そうきたか。

 まったく西森さんときたら、自分の中で納得できる解答に、置き換えるなんて。

 あいつは一体どんな話をしたんだ。

 元カレの先生って、俺だとは思わないのか。

 西森さんの斜め上を行く想像力が可笑しくなり、俺は堪えきれずに笑い声を上げた。

「西森さん、いったいどんな話を聞いたんです?」

 笑いを押さえながら西森さんに尋ね、あいつの方を見ると、変な話はしていないとばかりに首を横に振った。

「えっ? どんなって……それより、どうして守谷先生が、美緒ちゃんの話の事を知っているの?」

 西森さんは本当に分からないのか。彼女の頭の中には、あくまで俺とあいつと言う設定はないらしい。

「ごめんなさい。私が上手く話せなかったものだから、千裕さんを誤解させてしまって……あの、あのね、さっき言っていた再会した先生って言うのは……」

 あまりに西森さんが頓珍漢な事を言うので、あいつも焦ったのか、慌てて説明を始めた。

「私なんですよ。西森さん」

 あいつのもどかしい説明に焦れて、俺はあいつの言葉を断って自ら名乗り出た。それを聞いた西森さんの目はみるみる大きく見開かれ、そしてその表情のまま、確かめるようにあいつの方へ顔を向けた。

「でも、守谷先生は結婚を約束した女性がいると……まさか、それが美緒ちゃん、なの?」

 驚いた表情のまま固まっていた西森さんは、我に返ると勢い込んで言った。

 そうだよな。まさか本人目の前にして結婚を約束した女性がいるなんて、言うと思わないよな。

 その点は納得したが、ここは素直に信じてもらわないと。

「そうなんですよ、西森さん」

 俺は邪気の無い笑顔を向け、自分の言葉が混乱の原因だと言う事を誤魔化した。

 ここまではっきりと言えば、もう分かってくれただろうと思うけれど、西森さんはまた大きく目を見開いて驚いている。  

「ええっー! そんな……この前、美緒ちゃんだって、おめでとうって言っていたじゃないの」

 西森さんは、尚も信じられないのか俺とあいつを交互に見て、まるで嘘だと言ってほしそうだ。 

「あれは……なりゆきで……。ごめんなさい。今まで本当の事言わなくて……」

 あいつが今まで言わなかった罪悪感で苦しそうに謝っている。そんな姿を見て、今こそ俺が謝る時だと思った。

「西森さん。美緒は、西森さんに黙っている事をずっと気にしていたんですよ。でも、役員の仕事をしている間は俺達の事を意識して欲しくないって……、それに、俺が担任だから、やっぱり言い辛かったんだと思います。俺も西森さんには中途半端な事しか言わなかったから余計に混乱させてしまって……俺がもっとしっかりしていたら、美緒にもこんな思いをさせなくてもよかったんです。だから、美緒を恨まないでください。美緒の言えなかった気持ちを分かってやってください」

 俺は西森さんに向かって深々と頭を下げた。今までずっと仲良くしてきた西森さんに恨まれたら、あいつは辛すぎるだろう。それなのに……。

「慧、慧は悪くないの。私が自信無くて、言えなかっただけだから……千裕さん、本当にごめんなさい。千裕さんが怒っても仕方ないと思っている。ずっと騙していたようなものだもの。でもでも、私は千裕さんの事大好きで、ずっと頼りにして来たの。慧も私も千裕さんがいてくれたから役員活動も順調に続けられたし、今私達がこうしていられるのも千裕さんがいてくれたからだと思っている。だから、私の事は恨んでも慧の事は恨まないで」

 あいつまでもが俺を庇って頭を下げた。

 茫然とした表情で俺達を見ていた西森さんが、突然笑い出した。最初は肩を震わせた小さい笑いが、だんだんと大きくなり、そのうちアハハハと笑い出すから、こちらが驚く番だ。

 な、何事だ?

 混乱しすぎて、おかしくなったのか?

「もう~、なあに二人とも。ラブラブじゃないの。なんだか当てられて、私一人バカみたいじゃない? あー、暑い、暑い」

 そう言いながら、西森さんは手で顔をパタパタとあおいでいる。そんな西森さんを見て、俺はようやくホッと息を吐き出した。


「美緒ちゃん、おめでとう。良かったね。本当に良かった。こんなに嬉しい事無いよぉ」

 そう言うと西森さんは満面の笑みであいつに抱きついている。

 良かった。

 やはり西森さんは懐の深い人だ。少しは腹も立っただろうに、そんな気持ちを抑えて友達のために喜んでくれる。

 西森さんに抱きつかれたあいつが、困ったように俺の方を見た。

 良かったの? これで。

 良かったんだよ。

 俺達はアイコンタクトで確かめ合うと、あいつはやっと安心したのか、「千裕さん、ありがとう」と西森さんをハグしていた。


「西森さん、私からも西森さんにお礼が言いたかったので、今日ここで話をするように言ったんですよ。西森さん、美緒と再会してからいつも西森さんが間にいてくれて、西森さんの明るさに救われていた事が多かったように思います。それに、本当は1年生の担任が終わってから、美緒に話をするつもりだったんですが、西森さんが2学期の懇談会の時、美緒の携帯の待ち受けが虹の写真だって教えてくれたでしょう? あれを聞いて、予定を前倒ししたんです。……だから、今こうしていられるのは、西森さんのお陰なんですよ。本当にありがとうございます」

 俺はもう一度丁寧に頭を下げた。あいつも一緒に頭を下げた。西森さんは、又驚いた顔をして、そして破顔した。

「なーに言っているんですか。あの時私、守谷先生に失礼なこと言って怒られたんじゃないですか。それなのに、こんな風に感謝されるなんて……なんだか申し訳ないですよ。でも、私の考えなしのお喋りが、二人のためになったんだったら、嬉しいです。ところで、守谷先生、今の私は保護者じゃ無くて、美緒ちゃんの友達だから、そんなに丁寧な言葉を使わなくていいですよ。さっきは自分の事、俺って言っていたのに、もう私に戻っていますよ」

 西森さんは嬉しそうにクスクス笑いながら指摘してきた。

「すいません。さっきはちょっと興奮して、素の自分が出てしまって俺って言ってしまいましたけど……やっぱりここは学校ですから……」

 まさかそんな指摘が入ると思わなかったので、俺は焦ったように謝った。

「まあ、そんな所も守谷先生らしいですけど……それにしても、今日はいつもと違う守谷先生が見られて、ラッキーでした」

「ラッキーってなんですか? 西森さんはいつも私をからかってばかりで……」

 もうすっかり西森さんのペースで、俺は諦めたように溜息を吐いた。相変わらず西森さんは笑い続けている。


「それにしても、拓都君も喜んでいるでしょう? パパが欲しいって言っていたし。そう言えば、翔也からそんな話は聞かないから、拓都君に口止めしているの?」

 西森さんは、さっきまでの笑いをおさめた後、思い出したように訊いて来た。

「いいえ、拓都にはまだ話をしていないの。拓都に話すと、守谷先生の事を意識するだろうし、友達に話したりするでしょう? 1年生が終わるまでは黙っていようって決めているの。だから、プライベートでは会って無いのよ」

 あいつは俺達の現状を説明したが、西森さんは驚きの事だったようだ。

「えー! あなた達、せっかくお互いの気持ちが分かったのに、プライベートで会って無いの? 拓都君ならいつでも預かってあげるのに。守谷先生だって、デートしたいでしょう?」

「いや、会わないって言いだしたのは私の方なんですよ。拓都には、1年生が終わってから話すつもりです。だから、西森さんもそれまで誰にも言わないで欲しいんですよ」

 俺とあいつの立場を分かって欲しい。そして忘れず口止めをした。

「まかせて、私口が堅いから。でも、こんなスクープを誰にも言えないなんて、ちょっと悔しい」

 口が堅いと言いながら、本当に悔しそうな西森さんを見て、あいつも俺も笑ってしまった。

「ハハハ、それじゃあ、よろしく頼みます。私はまだ仕事がありますので、お先に失礼します」

 話が上手くいって良かったと安堵しながら、俺は先に戻る事にした。西森さんに会釈して、あいつの方に「じゃあ美緒、又電話するから」と言って、教室から出た。

 職員室へ戻りながら、一つ肩の荷が下りた事に、俺は大きく息を吐き出した。  



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