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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#19:バレンタインデー【後編】

 バレンタインデーのその日、俺は余計な問題を抱えてしまった事に落ち込んだ。愛先生からお礼チョコを受け取った後、仕事を続ける気にもなれずに、しばらくぼんやりした後、帰宅する事にした。

 自宅マンションへ帰り、ドアの郵便受けをいつもの習慣のように開けると、四角い包みが入っていて驚いた。

 それは先程貰ったお礼チョコの箱を思い出させ、ギョッとしてしまった。

 何か呪われているのか?

 恐る恐るその箱を取り出し、表も裏も見てみたが、宛名も差出人も書かれていない。これはここへ直接入れられたものだ。

 一瞬思い出したのは、約半年前の投書事件だ。俺が拓都を預かった時、迎に来たあいつと一緒にいる所を盗撮され、学校へ不倫だと投書された事件だ。あの時投書した保護者は俺の住んでいるマンションを知っていた。

 まさか、ね。

 俺は自分の馬鹿らしい想像に、ハハハと乾いた笑い声をわざと出し、溜息を吐いた。

 もしかして、あいつが……、チョコレートも作ったって書いてあったし……、いやいや、拓都の手前難しくないだろうか。あいつも一言も言わなかったし。

 とにかく開けてみようと包みをはがす。中からチョコレートが入れられた箱とカードが出てきた。


『慧へ

 拓都と一緒に、思いを込めて作りました。

 白い粉砂糖がかかっているのが拓都の作ったチョコで、

 それ以外は私が作りました。

 慧、これからもよろしくね!  美緒より』


 じわじわと込上げる喜びに胸が震える。こんな幸せを、以前は当たり前のように手にしていたのに、失って初めて、これは奇跡に近いものだと思った。

 永遠とも思える別れを経て、再びこの手に戻ってきた幸せを、運命なんて言葉で済ませたくなかった。

 さっきまでのチョコの箱一つに怯えていた自分が可笑しくて、今度は腹の底からハハハと笑い声が出た。


 いつもの電話タイムを待って、あいつへ電話を掛ける。早くこの喜びを伝えたくて、呼び出し音が鳴る間、もどかしい気持ちになった。

「美緒、チョコレートありがとう。ここへ寄ってくれたんだな。拓都の日記でチョコレートを作った事は知っていたけど、連絡が無かったから、少しへこんでいたんだよ。まさかここへ寄っているなんて思わなかったから、嬉しかった」

 最初はギョッとした事なんてすっかり頭の中から消え、俺は素直に嬉しさを伝えた。

「慧だって、バレンタインの事、何も言わないから、花束、びっくりしちゃった。ありがとう。私も嬉しかった」

「お互いにサプライズが上手くいって良かったな」

 いつにないあいつの素直な喜びの言葉に、嬉しさが増幅していく。あまりの嬉しさに笑いまで出てしまった。

「やっぱり拓都、日記に書いていたんだ。何だか拓都を通じてこちらの生活が筒抜けになっているみたい」

「みたい、じゃなくて、殆ど報告書並みに詳しく書いてくれているよ。翔也と陸にあげる分とママはお仕事の所の人にあげる分を作ったって書いてあったけど、俺の分は書いて無かったよ」

 分かっているのに、少し拗ねて見せる。あいつに対するからかいと甘えから、調子に乗る。

「慧の方こそ、花束の送り状、拓都に見られたら困ると思って、慌てたんだから。それに、誰から貰ったのって訊かれて、困っちゃったんだから」

 あいつからの反撃に、俺はハハハと笑い声をあげた。

「そうだな、担任がバレンタインに保護者に花束を贈るなんて、あり得ないもんな。それで、美緒は誰から貰ったって言ったんだ?」

「友達からと……」

 その返答を聞いて、仕方のないことだと思いながらも、そんな風に言わせた事が情けない。

「ふ~ん、仕方ないよな。拓都がまだ小学一年生で良かったな。5、6年生ぐらいだと、友達がバレンタインデーに花束なんて贈るのはおかしいって気付くだろうけど……。美緒、ごめんな。本当の事、言えなくさせてしまって」

「ううん。そんな事、謝らないで。それに、後もう少しの間だし……」

「そうだな。何だか今からドキドキするよ。拓都はどう思うだろう?」

「大丈夫。拓都は守谷先生の事、大好きだから」

「担任として大好きでもなぁ……。まあ、先の心配をしても始まらないし、とりあえずは明日の心配をしようか」

 心配と言えば、あいつにとって今は、目前に控えた西森さんへのカミングアウトだろう。明日の学習発表会の後、とうとう西森さんに俺達の事を告白するのだ。

 前回の役員会議の時の事を思うと、言い出し辛い気持ちも分かる。それでもあいつは、まずは自分一人で話したいと、俺は後から合流する事になっている。

「あ、明日、……なんとかなるよね」

「大丈夫さ。西森さんって、懐広そうだから」

 すでに動揺しているあいつを落ち着かせようと言ってみるが、あまり説得力がなさそうだ。それでもあいつは「そうだね」と答えるとフフッと笑った。

 まあ、土壇場になると強くなるあいつだから、大丈夫だと信じている。俺も出来る限りフォローをするつもりでいる。


 それなのに西森さんの事から愛先生の事を思い出し、途端に気分が沈んだ。

 今日の出来事を言うべきか、言わざるべきか。この期に及んでも、まだ迷っている自分が情けない。

 俺達はこんな事では波風なんか立たないだろう? 

 言わなかったら、きっと益々疚しくなるんじゃないか?

 もしも、愛先生が誰かに話したとしたら、回りまわってあいつの耳に入る事だって、無きにしも非ず。

 今度こそ正直に話しをするべきだ。

 自分の中では話すべきだという意見が優勢だ。それでも戸惑わせるのは、あいつがどう思うか想像できないからだ。ネガティブな方向へ受け止めても、あいつは表には出さないだろうから。

「あの…」

 言おうと思うのに、どう話せばいいか分からず、言いあぐねる。それでも言うなら今しかない。

「あ、あのさ、今日……、大原先生に……」

「あっ」

 勇気を出して話し出した途端、あいつの声に阻まれた。

「えっ?」

「あ、あの、私、今日拓都を迎えに行った時、見たの。体育館の渡り廊下の所にいた慧と愛先生」

 あいつの話は想定外で、只々驚く。

「見た? 見たって……。えっ?」

 人目につかないようにと選んだ場所だったはずなのに、見られていた? それもあいつに?

 俺は混乱と焦りで、上手く頭が回らない。

「遠目だったけど、ちょうど灯りの下で姿が見えたから……。愛先生は、そのまま駐車場の方へ歩いて来たから分かったの」

 やはり見られていたのか。こちらから話を仕掛けてよかった。黙っていたらどう思われていたことか。

 そう思うと、少々頭が冷えて、大きく息を吐き出した。 

「そっか、見ていたのか。それなら丁度いい。実はあの時、大原先生に送り迎えとかのお礼にとチョコレートを貰ったんだ。なかなかお礼が出来ないからってバレンタインに便乗したって言っていたよ。本当ならバレンタインチョコは受け取らないんだけれど、お礼と言われると受け取らない訳にいかなくて……」

 正直に話すと、あいつは「うん。わかっているから」と、とても理解ある返事が返って来た。自分の思っていた以上の好反応に、俺は安堵の息を吐いた。

 危なかったと思うと、これは以前あいつが話していた『試されている』と言う事じゃないだろうかと思い出した。

 こんな試練にさえ、心は大きく振り回されるのか。

「やっぱり俺達、試されているな」

「えっ? 試されている?」

「本当はこの事、美緒に言おうかどうか悩んだんだ。例えお礼のチョコだとしても、美緒が聞いたら嫌な気持ちになるかなって思ったから……。でも、話して良かったよ。美緒が見ていたんだったら、話さなかったら、余計に信頼を失くしそうだったから」

 俺は迷った事も正直に話した。やはり、正直でいる事が一番の正攻法だと実感した。

「そんな。慧の事は、信じている。ただ、見た時はちょっとだけ嫌な気持ちになった。でもそんな自分が嫌だった」

「そんなの、当り前さ。俺だって、美緒が男の人と二人きりの所を見たら、嫌な気になるよ。でも、正直に話してくれて、嬉しいよ」

「私も、慧が話してくれて嬉しかった」

 お互いに自分の気持ちに素直に、正直になる事が、試練を乗り越える一番の近道なのかもしれない。

 そんな事に気づけた事が嬉しくて、俺は笑った。

「俺達は試練を乗り越えたって事だな」

 俺の言葉にあいつも同意するように笑った。その笑い声を聞いて、脳裏にあいつの笑顔が浮かんだ。そして、二人の絆がまた強くなったような気がして、胸が熱くなった。


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