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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#14:送迎の終わりとお礼の食事会

 季節はゆっくりと、しかし確実に時は過ぎていく。プライベートであいつと会わないと約束した三ヶ月の三分の一が過ぎ去った。それでもまだ二ヶ月もあると思ってしまう俺は、我慢が利かない子供みたいだ。

 今はそんな事に気をとられている場合じゃない。一年生の子供達にとって、この一年の集大成とも言える学習発表会が間近に迫ってきたのだ。

 学習発表会では、この一年間に学習した中で、自分の得意なものを保護者の前で発表する事になっている。二月に入り、月半ばにある学習発表会に向けて、それぞれが決めた発表演目の練習を始めた。

 演目は鍵盤ハーモニカやソプラノ笛の演奏、本の朗読、マット運動やサッカーのリフティング、そして一番多かったのが、三学期から始めた縄跳びだった。

「先生、綾跳びが続けてできるようになったから、見て、見て」

「僕も、二重跳びが出来たよ」

「先生、二重跳び、連続何回できるの?」

 一年生の合同練習会で、それぞれ同じ演目の児童達が集まり指導する教師が付く。俺ともう一人の教師が縄跳びの係りで、子供達がたくさん周りに集まってきた。

 子供達が見せたい跳び方のレベルごとにグループ分けして、様子を見る。この一年で成長した姿に少し胸が熱くなった。


*****

 

 立春の朝、部屋を出た俺は、白い息を吐いて駐車場の車に向かった。今日が最後だと思うと、少し心が軽くなった気がした。 

 最後の送迎のために、愛先生の自宅へと車を進める。初日と同じように、彼女の自宅前に二人の人が立っているのが見えた。

「おはようございます」

 車から降りた途端に、明るい声が投げかけられた。愛先生とその母親がニコニコと笑顔で頭を下げる。初日とは違い、落ち着いて挨拶を返すと、再びお礼の言葉が返って来た。

「守谷先生、長い間お世話になりました。お陰さまで順調に治っているようです。本当にありがとうございました。今日が最後になりますので、心ばかりのお礼と言っては何ですが、今日の帰りに是非夕食を食べて行ってください」

 彼女の母親が深々と頭を下げる横で、愛先生も「ありがとうございました」と頭を下げる。

「いや、そんなに気を遣わないでください」

「そんな事言わずに……たいしたご馳走もできませんが……」

「お世話になりっぱなしでは、こちらも辛いので、是非食べていってください」

 尚もお願いされると、だんだんと断り辛くなってくる。される側の気持ちを思うと、一度はお返しを受けた方がいいのかもしれない。

「わかりました。それではお言葉に甘えて、ご馳走になります」

 そう答えると、二人は安心したように微笑み「ありがとうございます」と再度頭を下げた。



「守谷、なんか今日は機嫌が良いな。良い事でもあったか?」

 広瀬先生に声をかけられ、自分が鼻歌を歌っていた事に気付き、恥ずかしくなった。

「何も無いですよ」

 答えながら思ったのは、人に分かるくらい送迎の終わりが気を楽にさせたのか。

「そう言えば、愛先生の骨折、もうギプスが取れるんだって?」

「明日、取れるらしいです」

「じゃあ、来週からはもう送迎しなくていいのか?」

「はい、今日が最後になるそうです」

「それでか。良かったな。お役目ご苦労さん」

 広瀬先生はそう言うと、ポンポンと肩を叩いて行ってしまった。あれ、印刷室に用事があったんじゃ……と思い廊下をのぞいたが、姿はどこにも無かった。俺はしかたなく、来週配る学級通信の印刷の続きを始めた。

 どんどん印刷される様子を見ながら、先程広瀬先生に言われた労いの言葉を思い出し、心の中にじんわりと暖かいものが広がった。


 その後、校長に呼ばれ、校長室へと入った。この時期、単独で校長に呼ばれるのは、異動の内々示だろうか。他の職員に気付かれないようにそっと呼ばれたのだった。

「守谷先生、異動希望と言う事でよかったんだよね?」

 この時期にそんな事を改めて聞くのかと驚いたが、校長は「まあ、ほとんど決まっているので、今更なんだけれどね」と笑った。

「守谷先生は新任で来て三年経ったから、異動となってもかまわないのだけど、やはりあの保護者が怒鳴り込んできたのや投書があったのを気にしているのかな?」

 応接セットで向かい合わせに座った俺の顔を覗き込むように、校長は尋ねてきた。

「いえ、確かにあの時はご迷惑をお掛けしてすいませんでした。でも、それは済んだ事ですから関係ありません。あの……私は今年度が終わり次第結婚しようと思っていまして……」

 結婚の話を身内や友人以外に話すのが初めてのせいか、何処かテレが出てしまい、言葉に詰まった。すると、校長は「いや、それはおめでとう」と破顔した。

「あ、ありがとうございます」

 少し照れながらお礼を言うと、校長はこちらへと身を乗り出した。

「と言う事は、我校の職員と結婚するのかな? もしかして、大原先生なんじゃ」

「違います」

 俺は慌てて否定した。校長まで愛先生の名を出してくるとは思わなかった。これはかなりの先生が誤解しているのだろうか。

「そうだよね。大原先生の送迎をしているから、特別に仲がいいのかと思ったりしたんだけどね。でも、大原先生も異動希望が出ていたから、二人とも異動する必要はないものなぁ」

「え? 大原先生も異動ですか?」

「あ、いや、これは内緒にしておいて欲しい。大原先生にも」

 うっかり口を滑らせた校長は、慌てて口止めをした。俺は「わかりました」と返事をしたが、愛先生の異動の話はしっかりと脳に記憶された。

「じゃあ、結婚を理由に異動する必要はないんじゃないのかな?」

 そこ突っ込みますかと、心の中でぼやきながら、この際はっきりと話しておいた方が、今後の拓都のためにもいいかもしれないと思い直した。

「実は……」

 俺は、簡単にあいつとの以前の関係と、今現在のあいつの立場と拓都の事を説明した。校長は驚いていたが、納得してくれたようだった。

「分かりましたよ、守谷先生。確かに担任と保護者と言う立場だけ聞くと、スキャンダル的な話のようですが、君達の場合はお互いに独身だし問題はありませんよ。しかし、いずれ他の先生達には説明しておいた方がいいかもしれませんね」

「はい、異動の前に説明するつもりです。それまで、秘密にしておいてください」

「分かっているよ。守谷先生が結婚するなんて言ったら、学校中に衝撃が走るからね。恐ろしくて言えないよ」

「校長、からかわないでください」

 俺の苦情と恨めし気な眼差しを受けて、校長は「ハハハ」と楽し気に笑い声をあげた。

「すまない。すまない。あ、そうそう、肝心の異動先ですが、第二希望の小学校です。大丈夫ですね?」

 第二希望の小学校は、ここより規模の小さな学校だ。

「もちろんです。宜しくお願いします」

 頭を下げた俺に、小さく頷き返した校長は「では、いずれ内示がでますので、それまではオフレコでお願いしますね」といつもの校長の顔に戻り、話を締めくくった。


      *****


 異動の件が計画通りとなったので、俺は益々気分がハイになっていた。そしてその日の夜、最後の送迎で愛先生を自宅まで送り、夕食をご馳走になるため、俺も車を降りた。

「守谷先生、いらっしゃい。どうぞどうぞ、たいした物はありませんが、沢山食べていってください」

 気分がハイの俺よりも、テンションの高い愛先生の母親が、笑顔で迎えてくれた。愛先生は申し訳なさそうな表情で苦笑している。

「守谷先生はお車なので、アルコールを飲めないのが残念ですわ。一応ノンアルコールビールも用意していますので、ゆっくりして行って下さいね」

 通された居間のコタツの上には、メインのすき焼きがグツグツと煮えている。その他にもお造りやら揚げ物やら、煮物、和え物等、所狭しと並べられている。勧められるまま座り、俺の正面に愛先生の母親が、側面に愛先生が座り、コタツをコの字に囲んだ。

「では、愛の快気祝いと守谷先生へのお礼をこめまして」

 ノンアルコールビールを片手に愛先生の母親が乾杯の音頭をとった。場の雰囲気を盛り上げようと思ってか、愛先生の母親のおしゃべりが止まらない。愛先生も時々口を挟み、自分の子供の頃からの話をされまいと必死で止める様子が、普段見る彼女とは違い笑いを誘った。時々こちらへ話を振られ、質問に答えながら、にぎやかに食事会は進んでいく。

「守谷先生は、お付き合いされている方とかいらっしゃるの?」

 そろそろお腹が膨れてきたなと思っていると、母親がニッコリと尋ねてきた。愛先生が「お母さん」と咎める様に呼びかけるが、母親は気にする様子も無い。俺はいつそんな話題になったんだと思いながらも、これはチャンスかもしれないと思い直した。

「はい、結婚の約束をしている彼女がいます」

 俺の返答に目の前の母親は驚いた表情で「まあ!」と声を上げた。横目でチラリと愛先生を窺えば、彼女も驚いているようだ。

「やっぱりねぇ、素敵な人にはお相手がいるものなのねぇ」

 母親は独り言のように言うと、ウンウンと頷いている。その横から、愛先生も「本当にそうね」と相槌を打つ。

 俺は二人の言葉を苦笑で流し、「大原先生、この事はオフレコでお願いします」ととりあえず口止めをすることにした。

「わかりました。守谷先生が結婚なんてニュースが流れたら、学校中が大騒ぎになりそうですものね」

 愛先生は校長と同じような事を言って苦笑した。母親はまたもや驚き「まるでアイドルみたいね」と笑った。

「とんでもない」と言いながら、心の中でなんだか大げさな話になったなと嘆息する。それでもこれでやっと、本人に誤解されずに済むと安堵したのだった。 



 

 

 

 

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