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あの虹の向こう側へ  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#11:インフルエンザ【前編】

長らくお待たせしました。

今日から最終話まで、毎日更新していきますので、どうぞ宜しくお願いします。

 連休明け冬休みが終わると、子供達にとっても三学期が始まった。

 三学期から一年生は、朝の会の時間に縄跳びをする事になった。三学期の体育のメインは縄跳びで、その練習と冬の体力作りも兼ねている。

 徐々に難しい跳び方をマスターしていけるように『チャレンジカード』をつくり、簡単なものから順番に出来るようになるとスタンプを押していく。ゲーム感覚なのか、子供たちはすぐに縄跳びに夢中になった。

 そんな風に元気な子供たちと共に三学期が始まったが、早々に例年のごとくインフルエンザウィルスが猛威を振るい出した。


「大原先生、帰りに休んでいる児童の家に寄りましょうか?」

愛先生のクラスも含め、インフルエンザで数人が休んでおり、その内の一人が俺のクラスの西森翔也の兄なので、弟も罹患するのは時間の問題か。

 児童が学校を休んだ時、インフルエンザのように長引きそうな場合、俺は最初に一度プリント等を持って自宅を訪ねる事にしている。寝ている本人には会えないが、学校の事も気になる保護者の不安を少しでも和らげたらと思っている。でもそれは、担任それぞれの考えなので、決まっている訳ではない。


「大丈夫ですよ。電話も入れますし、プリント等は兄弟や家の近い子にお願いしましたから」

 愛先生が今までどうしていたかは、気に留めた事が無かったので良く知らなかった。本人がこう言っているのだからと納得し、俺は車を出した。


「守谷先生の時は、私の事を気にせず休んでいる児童の家に寄ってくださいね。インフルエンザの時はいつも行っているでしょう?」

 改めて言われて、自分の場合の現実を具体的に考えていなかった事に気付かされた。

 愛先生を乗せたまま休んでいる児童の家へ寄るのか? それとも、愛先生に学校で待っていてもらって、児童の家へ行った後、もう一度学校へ戻るのか。

「その時は、大原先生がまだ学校にいる間に、休んでいる児童の家へ行ってきますから、大丈夫ですよ」

「なんだか、いろいろとすいません」

「いえ。余り気を遣うとストレスになりますよ。できるだけ今まで通りを心がけましょう」

 そう言ってこの件は一応話が付いた。

 単なる送迎だけだと思っていても、お互いに多少の不自由はある。それは仕方ない事だと、心の中で自分に言い聞かせた。


 放課後、子供達の冬休みの宿題のチェックをする。今回の冬休みの宿題は算数の計算ドリルを10ページと漢字ドリル10ページ。それから、家のお手伝い表と『せんせいあのね』の日記を三日分以上だ。

 日記は、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんの家へ泊まりに行った事や初詣に言った事、お年玉を貰った事などが子供達の書く内容のベストスリーか。きっちり三日分しか書かない子が多いが、やはり拓都は毎日書いてあった。

 拓都を特別な目で見る事の無いよう気をつけているが、やはり日記は気になってしまう。


『せんせいあのね、きょうはママといっしょにおせちりょうりをつくったよ。ぼくはさつまいもをつぶしたよ。それでママがおいしいくりきんとんをつくったよ。それから、ママのおともだちが、スキーじょうのしゃしんをおくってくれたよ。2ねんせいになったら、スキーにいこうとママとやくそくしたよ』


 そう言えば年末にあいつに電話をした時に、拓都と来年はスキーに行こうと約束したと話をしていたっけ。

 再度拓都の日記を読むと、あいつと拓都の日常をのぞいているような気になる。大掃除をして、おせち料理を作って正月を向かえ、お餅を食べたり初詣に行ったりと、篠崎家としての伝統をずっと守り続けてきたあいつ。

 やはり俺は篠崎家に入ってそれを一緒に守り続けていきたいと、改めて自分の気持ちを確認する。でもまだ俺のそんな決意は、今のあいつには荷が重いだろう。今年度が終わるまでは、焦らない。まだまだ罪悪感が抜けきれないあいつの心が少しずつでも軽くなって行く様祈りながら。


*****


 その後、インフルエンザで休む児童が少しずつ増えていった。毎日子供たちには、帰宅してからの手洗いうがいはもちろん、学校でも手洗いうがいをするように指導した。

 そして心配していたように、西森翔也がインフルエンザで休んだ。俺のクラスのインフルエンザ第一号だ。兄に続いて弟もとなると、役員をしてくれている西森さんは大変だろうなと思う。いつも元気な西森さんも今頃看病疲れが出ているのじゃないだろうか。俺は早速放課後に西森家を訪問した。


「うわー、守谷先生、わざわざ来てくださったんですか? ありがとうございます」

 玄関ドアが開いたと思ったら、俺に挨拶の言葉を述べる隙も与えず、西森さんはマスクをしたまま声を上げた。

「こんにちは。翔也君はどうですか?」

「昨日は40度近くまで熱が上がって大変だったんですよ。でも、病院で貰ったお薬のお陰で随分下がりました。熱が下がると元気が出てきて、おとなしく寝ていてくれないから、これもまた大変なんですよ」

 大変と言いながらニコニコしている西森さんは、相変わらず元気だ。

「兄弟で続いてだったから、お母さんも大変でしたね」

「そうなのよぉ。でも、守谷先生の顔を見たら元気が出ました」

 ウフフ、と声が聞こえそうな笑顔全開の西森さんの言葉に、ちょっと引き気味になりながらも「それは良かった」と笑い返す。

「学校や学習の事で気になる事や不安な事がありましたら、連絡をしてください。お大事に」

 そう言い置いて西森家を後にする。相変わらずの西森さんに少し安堵した。


 その日の夜、珍しく美緒からメールがあった。基本あいつは俺からのメールの返信でしかメールをしてこない。何かあったのだろうかと少し不安になりながら、メールを開いた。


『小学校でインフルエンザが流行っているみたいだけど、慧は大丈夫ですか? 

 熱が出てしんどい時は、駆けつけるから、必ず連絡ください』


 こんな風に心配してくれる存在がいると言う事以上に、それがあいつだと言う事の喜びが胸に広がっていく。きっと、西森さんの息子がインフルエンザと聞いて心配になったのだろう。

 俺はもう拓都が就寝した時間なのを確認して、あいつに電話を掛けた。


「美緒、メール見たよ」

「慧、大丈夫?」

 あいつの心配そうな声に笑いが込上げる。まるで俺がインフルエンザに掛かったかのようだ。

「美緒、西森さんところの翔也がインフルエンザで休んだって聞いたんだろう?」

「そうだけど……」

「やっぱりな」と言いながらも、あいつの分かりやすさに笑ってしまう。

「えっ? どう言う意味?」

「俺までインフルエンザになったって想像して、心配していたんじゃないのか?」

「…………」

「美緒、大丈夫だから。美緒が心配してくれるのは嬉しいけど、まだなってもいないのに先走りして心配されてもな」

「なによ、慧が一人暮らしだから、高熱が出たら大変だろうと思って……」

 俺が笑ったせいか、あいつは憮然とした声で言い訳する。ちょっと笑いすぎたか。先走っての心配も、その気持ちは嬉しいのに、ついからかいたくなってしまう。

「わかっているよ。でも、俺も毎日子供たちと接しているんだから気を付けているよ。予防接種もしているし、手洗いうがいはもちろんだし、食事も睡眠もしっかり取っている。それでもインフルエンザになってしまったら、その時はその時だよ」

「だから、その時には私を頼って欲しいの。仕事の帰りに買い物や食事の用意ぐらいは出来ると思うから……」

「美緒………、わかった。その時は美緒に甘えるよ」

 一人暮らしの俺の事を思っての言葉に、病気になっても一人で乗り越えてきた日々を思うと、今のあいつの心配がとても贅沢なものに思えた。

 辛い時に甘えられる存在。お互いに支えあえる存在。あの日からずっと欠けていた物が、本当に戻ってきたのだと感じられた。

 あいつは尚も「絶対だよ」と念を押す。そう言えば以前付き合っていた時に風邪をひいても、あいつにうつるのを心配して連絡しなかった事があったっけ。あいつもそれを思い出したのかもしれない。

「わかった、わかった。大丈夫だから。それより、美緒の方が心配だよ。拓都もいるんだから。美緒の方こそ、困った時は俺に甘えろよ」

「守谷先生に個人的に甘えてもいいんですか?」

 先程のからかいの反撃か、あいつは急に保護者口調で言った。

「みーお」と白旗を揚げるような気持ちで名を呼ぶと、あいつはクスクスと笑い出す。そして尚も「頼りにしてまーす」と笑いながらふざけ口調で言った。

 少々ムッとして「本気で言っているんだからな」と言うと、あいつはすぐに素直に謝ってきた。なんだかまるでじゃれあっているような会話だ。「まあ、お互い様だな」と締めくくった。


「俺のクラスはインフルエンザ、翔也が最初だけど、他の学年はどんどん増えている。もしかすると学級閉鎖とか学年閉鎖になるかも分からないから、拓都に気を付けてやってくれ。それに、美緒がかかったらもっと大変なんだから、しっかり予防しろよ」

 あらためて担任としての気持ちも込めて言うと、あいつは神妙に「はい」と返事を返した。


 

 毎日何処かのクラスに新たなインフルエンザで休む児童が現れたが、どのクラスも学級閉鎖をするほどまでにはならなかった。俺のクラスで休んでいるのはまだ翔也だけで、他の児童は毎朝元気に縄跳びの練習をしている。

「守谷先生、はやぶさ跳んで」

 朝校庭で縄跳びをしている子供達を見回っていると、こんな風にリクエストを受ける。

「よし、見ていろよ」

 一年生にはまだまだ難しいあやとびの二重跳びである『はやぶさ』をしてみせる。学生時代には、それほど苦にせず出来ていた二重跳びの連続やはやぶさも、ここしばらくしていなかったので子供達の三学期が始まる前に一年生の担任が集まって練習しておいたのだ。

 俺が跳ぶのを見て刺激を受けた子供達が、皆一生懸命練習をしだす。そんな様子を見ながら、怪我や事故の無いように意識を子供達の間に巡らせた。


 その日給食の時間になり、いつものようにエプロンを着け、当番の子供達と共に給食の用意を始める。今日は八宝菜と海老シュウマイと言う中華のメニューだ。当番以外の子供たちがトレーを持って並ぶ。給食当番が順番に牛乳や主食副食をのせていく。

 そろそろ終わりかと教室を見回すと拓都が近づいて来た。

「先生、気持ち悪い」

 よく見ると拓都の顔が赤い。思わず額に手を伸ばす。熱い。もしかして、インフルエンザか。今朝はたしか『はやぶさ』をリクエストした中にいて、友達と一緒に練習していた姿を思い出す。いつから気分が悪かったのか。いつから熱があったのか。

「そうか。給食は食べられそうか?」

 俺は拓都の前にかがんで目を合わせ、問いかける。拓都は首を横に振った。

「じゃあ、保健室で少し休んで、お母さんに迎に来てもらおうな」

 そう言うと、拓都はコクンと頷いた。他の子供たちに先に食べるよう声を掛け、拓都を保健室へ連れて行く。

 あいつに電話をしなければ……一昨日電話でインフルエンザの話しをしたばかりなのに、あいつも辛いだろうな。


 そんな思いを振り切って保健室のドアを開けた。中には養護教諭の本郷先生と、なぜか岡本先生もいる。二人はここで給食を食べていた。

「本郷先生、すいません。熱が高いのでもしかしたらインフルエンザかもしれません」と言いながら、こちらに椅子ごと振り返った本郷先生の前に拓都を促した。

「あれ、拓都君。お熱出ちゃったの? 気分悪いの? 給食は食べた?」

 本郷先生の問いかけに拓都は頷いた後、首を横に振った。

「そっかぁ、じゃあ、ママが来るまでここで休んでいようか?」

 本郷先生はそう言いながら立ち上がると、拓都を促してカーテンの向こうのベッドへと連れて行った。


「守谷先生大変ですね。愛ちゃんのクラスもインフル出ているし、これ以上増えないといいですね」

 さりげなく愛先生の話題を交えて声を掛けてきた岡本先生に「そうですね」と返す。これ以上何か言われないよう、すぐに本郷先生を追いかけ拓都の傍へ寄った。

「拓都、先生はお母さんに連絡して来るから、ここで休んで待っていなさい」

 拓都がコクンと頷くのを確認してすぐに踵を返す。俺と入れ替わりで拓都の傍を離れていた本郷先生が、体温計を持って戻ってきたので、「よろしくお願いします」と言って保健室を後にした。

 


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