#09:友の吉報とリベンジの電話
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翌日は午前10時頃にようやく目を覚まし、起きてテレビをつけると、箱根駅伝の中継をしていた。昨夜のテレビニュースでQ大が往路で1位になったと言っていたっけ。
ぼんやりとテレビ画面を見ながら、服を着替える。その時不意に携帯が着信のメロディを奏でた。
「守谷、明けましておめでとう」
地元の親友の綾瀬祐司の声を聞いて、ぼんやりとしていた頭が目覚める。
「綾瀬、おめでとう」
長年の親友の声に気持ちが浮き立ち、こちらからも新年の挨拶を返した。
「スノボどうだった? 天気が良かったから、人は多かった?」
綾瀬には年末年始にスキー旅行に行く事は話してあった。しかし、今この話題が出ると必然的にあの衝突未遂事故から昨夜の美緒との電話までのモヤモヤとした気持ちが思い出され、急に気持ちが萎んで行く。
「ああ、楽しめたよ。人出もまあまあだったし」
萎んだ気持ちを無視して、返事を返す。けれど、いつもならもっと盛り上がるスノボの話も、こちらの気持ちの様子に気付いたのか、綾瀬はそれ以上話題を続ける事無く「そうか」とだけ相槌を打つと、この話題を終えた。そして、俺はその事に心の中でホッと安堵の息を吐く。
「なぁ、今話をしていても良いか?」
いきなり綾瀬らしくない口調で話を切り替えた事に驚きながら「ああ」と返事をすると、思いも寄らない爆弾を落とした。
「俺、プロポーズされたんだ」
な、なんだって? プロポーズ? された? 男のおまえが?
綾瀬の言葉に、一気に疑問が頭の中を駆け巡る。
「だ、誰に?」
「真央に決まってるだろ」
その名を聞いて、ちょっとホッとする。
「皆川、男前だな」
皆川真央は綾瀬の幼馴染であり、恋人だ。しかし、しょっちゅう喧嘩して別れる別れないと騒ぐ二人に、周りは結構振り回されている。余りに長く一緒にいたせいか、自分の気持ちにいまいち自覚が無い二人だが、周りから見れば、お互いに好きなくせに意地を張っているとしか思えなかった。特に皆川の方がデレの少ないツンデレだ。そんな彼女がプロポーズってどう言う事だ?
「おふくろ達の陰謀だよ」
「陰謀って……まあ、確かにお前達の母親は、昔から二人をくっ付けようとしていたからな」
「真央の母親が『25歳を過ぎたら、クリスマスケーキのように売れ残るわよ』って言ったらしい。今時そんな事言い出したら、ほとんどが売れ残ると思わないか? 真央も天邪鬼の癖に変な所で親の言葉を間に受けて、俺に『結婚する気はあるのか』って訊いてきたんだ」
「それ、プロポーズじゃ無いだろ」
「それで俺は、『お前の方は結婚する気はあるのか』って訊き返したんだ」
綾瀬は俺のツッコミをスルーして話し続ける。ぼやく様な口ぶりだけれど、彼が浮かれているのが電話越しでも感じられた。
「まあ、それで周りを全て固められて、結婚する事になりました」
綾瀬は元旦と2日に起こった結婚騒動の顛末をぼやく様に説明した後、結婚報告で話を締めくくった。
中学生の頃から綾瀬と皆川を見てきたから、話を聞いて結婚騒動の様子は想像ができ、笑いが込上げた。
二人の母親達の方が年をとっている分、一枚も二枚も上手だった。結婚式から、孫の世話まで母親達の計画は多岐に渡るらしい。恐るべし、策士の母親軍団。
「とにかくおめでとう。お互いに今年は忙しくなりそうだな」
思いがけない綾瀬の報告に自分の事も思い出し、男としての共感を覚えた。そして、この時俺は綾瀬にまだ話していないことを失念していたんだ。
「お互いって、何か忙しくなるような事があるのか?」
綾瀬にそう問い返されて、やっと俺は美緒と上手くいった事を話していないと気づいた。
「あっ、ごめん。まだ話してなかったな。実は俺も結婚するんだ」
「はぁ?」
綾瀬の間の抜けたような声に笑いが込上げそうになった。いやいや、辛い時に話を聞いてもらっておきながら、上手く行ったら報告なしとか、俺って友達甲斐の無い奴じゃないか。
改めて姿勢を正しコホンと咳払いをすると、気を引き締めた。
「クリスマスの日にあいつに……美緒に自分の気持ちを話して、プロポーズしたんだ。そして、OKをもらった。綾瀬、今までいろいろ相談に乗ってくれてありがとう。お陰で上手くいったよ」
「ええっ、マジか? 年度末に告白するって言ってたのに、待てなかったとか?」
「まあ、そう言うことだ。……でも、不思議だよな。お互い数ヶ月前まで結婚なんて思いもしなかったのに」
「俺なんて数日前まで結婚のけの字も考えた事なかったよ」
笑って言う綾瀬の言葉に笑い返すと、「守谷、良かったな。おめでとう」と急に真面目な声が返って来た。
綾瀬の言葉に改めて自分の想いが叶った事を実感し、昨日からモヤモヤしていた気持ちが晴れていくのを感じていた。
そしてその後、連休に帰ったら会う約束をして、電話を切った。
留守にしていた間の洗濯に取り掛かかろうとカーテンを開けて外を見ると、生憎の雨だ。しかし、綾瀬のお陰で気分が浮上した俺は、若干感じる筋肉痛に苦笑しながら、旅行鞄から洗濯物を取り出す。暖房を入れている部屋の中に干せば乾くだろう。
音を小さくして点けたままになっていたテレビの音量を上げ、箱根・東京間は雨が降らなくて良かったと小さく鼻歌を歌いながら洗濯機に向かった。
洗濯と片付けと明日からの仕事の準備で、気付けば窓の外は暗くなっていた。
明日の準備を始めて思い出したのは、明日から大原先生の送迎をする事。それは俺にとって公私の公の部分だと割り切り、もう余計な不安や戸惑いは考えない事にした。
明日の迎えに寄る時間を大原先生にメールで知らせると、すぐに『よろしくお願いします』と返信があった。これから一ヶ月ほどは、朝早く出るタイムスケジュールだと頭の中の予定に組み込む。
こんなふうに気持ちに区切りをつけると気分もスッキリし、これも綾瀬効果かなと内心苦笑した。
そして大きく伸びをすると、久しぶりにカレーでも作ってみようと用意を始めた。
夕食もお風呂も済ませ、夜の10時を過ぎた頃、俺はあいつへと電話を掛けた。気分は昨日のリベンジだ。昨日の情けない俺を消し去りたい。
「美緒、昨夜はあまり話せなくてごめんな」
「ううん。慧こそ疲れてたのに、電話してくれて、ありがとう。もう疲れは取れたの?」
「ああ、疲れは取れたけど、筋肉痛がね……」
「慧でも筋肉痛になるんだ……」
あいつが呆れたようにフフッと笑った。そんな事にさえ気持ちが癒される。
「美緒も明日から仕事始めなのか?」
「そうだよ。慧も明日からなの? 先生も子供達と同じで来週からだと思ってた」
今年は成人の日の関係で今週末が3連休となり、子供たちは週明けの火曜日から新学期が始まる。
「先生も子供と同じだと、準備も出来ないだろう? それでなくても他の仕事や報告書なんかの事務仕事も多いのに」
「今、慧は本当に先生なんだなって思った。守谷先生、今年もよろしくお願いします」
ふざけて笑いながら言うあいつに、俺は少し不貞腐れて返す。
「美緒、4月からこっち、担任の俺はなんだと思ってたんだよ?」
「いやいや、良い担任でよかったなぁーって思ってたよ」
やはり笑いながら言うあいつは妙に楽しそうで、俺もわざと拗ねたフリをした。
「やっぱり美緒は、意地悪だよな」
「慧にだけ意地悪なの」
「それは、小学生が好きな子にだけ意地悪をするって言う奴だな」
「私は小学生並みだって言いたいの?」
「間違って無いと思うけど?」
最初は余裕ありげに言っていたあいつが、だんだん追い詰められ、とうとう言葉に詰まった。
天邪鬼なあいつをわざと怒らすように追い詰めるのは、俺の楽しみの一つだ。
どうやら今回は大人として怒るのを我慢しているようだけれど、どこまで耐えられるかな?
「美緒、俺もそうだから、こんな風に天の邪鬼な美緒をいじめたくなるんだよ」
本気で怒らせたい訳じゃないから、この辺で助け舟を出す。俺の方も好きな子にだけ意地悪するって言う奴だから。
「慧、降参です。参りました」
珍しくあいつから降参の言葉が出て、お互いに笑い合う。ツンデレな美緒も大好きだよ。
「あのね、今日、美鈴が来てくれたの」
「本郷さんが?」
「ええ、新年のあいさつだって。それでね、いろいろ話をしてたんだけど、美鈴がいなかったら、今私達はこうしていなかったでしょう? それは、由香里さん……川北さんや西森さんも同じで、私はずっと皆にしてもらうばかりで、何も返してこなかったから、彼女達のために何ができるのかなって……」
あいつが言うように、俺達は沢山の人の後押しや応援のお陰で、再びこうして縁を繋ぐ事ができた。その事には素直に感謝しているけれど、してもらったから返さなくちゃいけないというのは友達関係の中では何か違うように思う。
「美緒、友達ってさ、してくれた事と同じだけ返さないといけないものかな? 美緒は友達が困っていたら、力になりたいって思うだろ? それに見返りなんて考えないと思うんだ。今はたまたま美緒の方がしてもらう事が多かったかもしれないけど、今の感謝を忘れずにいたら、いつか美緒が友達の力になる時も来ると思う。それに、美緒はしてもらうばかりで何も返して無いって言うけど、返すものって具体的な行動だけじゃないと思うんだよ。きっと、美緒の何気ない言葉や笑顔に勇気を貰ったり、癒されたりすることだってあると思う。美緒が彼女たちに感謝と思いやりを忘れなければ良いんじゃないかな?」
「慧……そうだね。ありがとう」
俺の言葉に、あいつは少し声を詰まらせた。
「それから美緒、俺達が幸せになる事が一番の恩返しだと思うよ」
「うん。そうだね」
あいつは短く返事をすると、黙り込んだ。きっと涙を堪えているのだろう。
なぁ美緒、俺達は周りの皆への感謝の気持ちを忘れず、この幸せを二度と手放さないようにしような。




